2023年6月30日金曜日

フランスに住んでいる日本人の2回の成人式のステップ

  


 パリにいる友人の息子さんが20歳になり、成人になったという話を聞いて、そういえば、成人という区切りが我が家にも2回あったな・・ということを思い出しました。

 フランスでは18歳で成人となり、一応、大人として扱われるようになるので、日本のような成人式はないにせよ、家族や親戚を集めて、派手にお祝いをしたりする家もありますが、我が家では、たしかお兄ちゃんたちがお誕生日のお祝いに来てくれたくらいで、まだ、受験を控えていたこともあったりで、特別なことはしませんでした。

 日本人の私にとっては、どうしても成人=20歳というあたまがあって、18歳はフランスでは成人でも、20歳になるまでの2年間はまだ、どことなく、娘はまだ成人ではないような気分が半分以上ありました。

 とはいえ、フランスで18歳となれば、一番に思いつくのが犯罪などの際の扱いなど、日本よりも一足先に法的に成人です。同じ人がフランスでは成人、日本では未成年と妙な2年間です。

 しかし、日本で生まれ育った日本人の私としては、どうしても二十歳が成人という気持ちが強く、それが私の中では区切りではあったのです。

 とはいえ、フランスでの成人というのも、我が家にとっては大きなことでもありました。

 それは母子家庭であったということが関係しています。

 夫が亡くなったのが娘が10歳のときのことで、誰が通報したのか?夫が亡くなって、まもなくして、児童裁判所に呼び出されたことがありました。

 子供を取り上げられてしまうのでは?という懸念があり、夫の元同僚の女性が裁判所には付き添ってくれて、よく説明してくれたので、子供を取り上げられることはありませんでしたが、それから、成人するまでの間、私たち親子は一応、市の児童裁判所の監督下におかれることになり、私になにか落ち度があれば、娘は取り上げられてしまうという恐怖が私にはいつも付きまとい、娘が18歳になるまでは絶対死ねないし、絶対に子供を1人にして放置して出かけたりすることはできないし、うっかり病気をして入院もできないし・・と大変な気負いがありました。

 年に一度、裁判所から送られてくる、報告書のようなものを提出しなければならなかったし、私の中で、娘が18歳になるまでは・・という気持ちも大きくあったのです。

 一応、18歳になった時点で、児童裁判所からも解放され、私は大きく肩の荷を一つおろした気持ちになったものの、娘はまだ学生で、日本ではまだ未成年。成人式のために日本に帰国することはできなくても、一応、娘には振袖を着せて、写真屋さんでちゃんとした写真を撮ってもらい、私の大好きだった祖父母のお墓まいりに行き、ごくごく近い日本の親戚に挨拶に行き、それをもって、成人式の区切りとしたのでした。

 真夏の暑さの中、私の希望で振袖を着せられる娘も気の毒でしたが、そのために私が成人式の時に来た着物は、その後、従妹のところを転々としたあと、行方不明になってしまっていて、実家をひっくり返したら、母が結婚式の時に着た振袖が出てきたので、それを娘には着てもらい、また別の意味で感慨無量でした。

 できることなら、母に見せたかったけど、私の中ではこの娘の真夏の振袖姿が娘の成人の区切りになりました。

 2回の成人式を通過する海外在住の日本人の子供、2段階の成人式も悪くないような気もしているのです。


フランスの成人式と日本の成人式


<関連記事>

「娘の真夏の成人式」

「フランスの児童保護機関から子供を守るために日本へ帰った男性の話」

「日本に帰っていった娘 親離れ・子離れ」

「親子関係・家族関係 私が海外生活をしている理由」

「バイリンガルになった娘の就職」


2023年6月29日木曜日

燃え上がる警察への怒り 燃える炎は全国に飛び火

 


 警察官が服従拒否をした青年を射殺した事件に多くの人が怒りの感情を燃え上がらせ、本当にたくさんの車やバスが燃やされたりして、暴動のようになっています。

 事件の起こった当日の夜、事件現場となったナンテールの街は、手が付けられないほどに、多くの若者たちが街に出て車を燃やし、爆竹をばらまき、大荒れに荒れ、1,200人の警察官が出動する大騒動になりました。

 翌日のナンテールの街は厳戒態勢が敷かれ、前日に燃やされた車などの撤去作業とともに、2,000人の警察官が動員され、前日のような事態が起こることを警戒して、備えていましたが、この警戒体制が功を奏したのか、ナンテールでは、前日ほどの暴動には至りませんでした。

 しかし、この警察に対する怒りと抗議は、トゥールーズ、リヨン、リールなどなど、遠く離れた地域にまで飛び火し、それぞれの地で車が燃やされたり、ゴミ箱が燃やされたり、場所によっては、バスが燃やされたり、全国的な怒りに拡大しています。


 この青年を射殺した警察官(38歳男性)は、身柄を拘束されていますが、通常、24時間の拘束が48時間に延長されたそうです。しかし、この騒ぎでは、身の安全のためにも警察に拘束されていた方がよいのかもしれません。

 この事件を受けて、マクロン大統領もインタビューで、「若者の死を正当化できるものは何もない。言い訳ができるものではなく、許しがたい行為」と答えています。


 また、フランスの大人気サッカープレイヤーのムバッペ選手なども、この事件について、「僕のフランスが悲しい、受け入れがたい事件」とツイートしています。

 警察官が拳銃を発砲するのは、あくまでも非常手段の場合のみなはずで、撮影されていた複数の映像からは、一度、車を停車させて、押し問答している段階から、警察官は青年を拳銃で威嚇しています。

 青年が何らかの武器を携帯していたのならばともかくも、彼は武器を持ってはいませんでした。この車には、運転手の他、2名が同乗しており、1人は、逃走していますが、もう1人は事故後に身柄を拘束されているので、その際の警察官とのやり取りを間近で聞いていた目撃者でもありますが、この同乗者からの証言はかなり、重要な証言になりそうです。

 この事件への怒りがフランス全土に飛び火して、燃え上がるのも、治安の悪化により、警察との摩擦が増加していることもあるとは思いますが、射殺されるまでには至っていなくても、警察官の威圧的な態勢を多くの人々が体験したことがあるからだという人までいます。

 2022年には路上検問の際に服従しなかったために起きた警察官による射殺事件が13件も起こっていたことが明らかになりました。これは路上検問の際の服従拒否による射殺事件で、その他の事件は含まれていません。

 最初は服従拒否だけで射殺?と驚いていましたが、最近、時々、聞くな・・くらいに増えたような気がしていたのは、やっぱり異常なことです。

 この怒りを燃え上がらせ、車やバスを燃やして、ホンモノの炎を燃え上がらせる行為は間違っていると思いますが、警察官の拳銃の取り扱い方にも、明らかに問題はあると思います。

 せめて、100歩譲って、状況的に発砲が不可欠であったとしても、せめて発砲の際には、急所を外す訓練をするべきだと思います。

 これでは、死刑制度のある国を非難する一方で、裁判なしでの事実上の死刑を執行しているようなもの。しかも検問の際の服従拒否で・・。



<関連記事>

「服従拒否で警察官発砲 17歳の青年死亡の後、警察官のウソがばれた・・」

「パリ18区で検問を拒否した車に警察官が発砲 1名死亡、1名重症 原因はシートベルト未着用」

「パリ18区警察官発砲事件が呼ぶ波紋 警察官発砲事件は今年2件目だった・・」

「パリ シャルルドゴール空港(CDG)でナイフを振り回した男 射殺」

「検問拒否で、また警察官発砲事件 同乗者死亡・運転手意識不明の重体」

「パリ12区で服従拒否の運転手に警察官が発砲 運転手死亡」




2023年6月28日水曜日

服従拒否で警察官発砲 17歳の青年死亡の後、警察官のウソがばれた・・

  

警察への抗議で街が荒れに荒れる様子


 ここ1~2年、警察官の発砲事件がすごく増えた気がします。警察官の発砲事件の全てが公になっているわけでもないと思うので、特にとりあげられているのは、被害者が死亡した場合の、それも一部のことだと思いますが、今回の事件は、特に発砲した警察官が虚偽の報告をあげていたことが、発覚してから、さらに騒ぎが大きくなっています。

 事件は、午前8時半頃の通勤時間帯のナンテール(オー・ド・セーヌ県)(パリ近郊)RERナンテール・プリフェクチュール駅付近でおこりました。

 事件直後の警察の説明によれば、「車両確認のために2人の警察官が車を停車させたものの、彼は警察官の命令に従わずに無理に車を発車させ、警察官の1人が轢かれそうになったために、もう1人の警察官が発砲した」つまり、発砲時に車は警察官に突っ込もうとしていたと説明。

 また、「運転手は複数の交通違反を起こしている人物であった」ことを付け加えています。

 しかし、その後、すぐに、防犯カメラや、警察官が車両を停めている様子などの模様を撮影していた複数の動画がSNSで次々に拡散され、この警察の説明がウソであったことが明らかになって、騒ぎは一層、大きくなりました。


 動画を見ると、2人の警察官が黄色い車を停車させている様子が映っています。 警察官の1人はフロントガラスにもたれて立っており、ピストルで運転手を狙っています。 運転手が車を再発車させると、警察官は車両の側面の至近距離から発砲しています。車が発車するタイミングと銃声は、ほぼ同時で、2人の警察官はどう考えても、車に轢かれそうな位置に立ってはいません。

 銃声のタイミングからも、かなりの至近距離で運転手が撃たれていることは明白で、銃弾は青年の胸に的中していました。


 そうでなくとも、被害者の青年は未成年、警察官の発砲により殺されたとなれば、物議を醸すところ、警察官の報告が虚偽の報告であったという証拠?の映像があっという間に、拡散されて、「たしかに服従拒否は違法ではあるが、それは死刑に値するものではない!」とか、「警察はこうして、殺人を正当化してきたのか?」など、政治家まで巻き込んでの大論争を引き起こしています。

 そして、この事件を受けて、警察への抗議の声が高まり、ナンテールの街は、ゴミ箱が燃やされ、車が燃やされ、爆竹がなり、黒煙があがり、騒ぎは夜まで続きました。

 ナンテール検察庁は、被害者となった運転手に対しての公権力を持った人物への服従拒否と殺人未遂の疑いで捜査を開始、そして、発砲した警察官に対しては、公権力を有する人物による意図的な殺人事件として捜査を開始しました。

 また、当然のことながら、被害者家族の怒りは激しく、この被害者側の弁護士は、3件の告訴状を提出したことを発表しています。1件目は、「警察官による故意の殺人」、2件目は、「同僚(加害者警察官と行動していた警察官)に対する殺人共犯」、そして3件目は「公の文書における虚偽」の3件についてです。

 どんな事件においても、そもそもの罪だけよりも、ウソがばれた時の叩かれ様は、火に油を注ぐ勢いになるのは、自明の理です。


 しかし、このような騒ぎになって、警察への怒りで街のあちこちが燃え上がっているときも、やはり、警察官は、この車での服従拒否に使われた拳銃よりも、さらに大きい銃を構えて警備している様子には、何の救いも感じられないのです。


警察官発砲17歳青年死亡


<関連記事>

「パリ18区で検問を拒否した車に警察官が発砲 1名死亡、1名重症 原因はシートベルト未着用」

「パリ18区警察官発砲事件が呼ぶ波紋 警察官発砲事件は今年2件目だった・・」

「パリ シャルルドゴール空港(CDG)でナイフを振り回した男 射殺」

「検問拒否で、また警察官発砲事件 同乗者死亡・運転手意識不明の重体」

「パリ12区で服従拒否の運転手に警察官が発砲 運転手死亡」



2023年6月27日火曜日

麻薬及び薬物使用に課せられる罰金65%が未回収の現状 徴収はその場で現金かカード払いへ

  

 

 マクロン大統領が仏紙のインタビューで、麻薬や薬物使用に対する罰金の回収率の低さを嘆き、「夏の終わりに向けて法令を整備しなおし、即時、現金かクレジットカードで支払うことを求めるように準備を開始している」と話したことが話題になっています。

 フランスはヨーロッパ最大の麻薬消費国と言われていますが、もはや、この麻薬が違法であるという認識がフランス人には薄いのではないかと思います。

 現在、これらの罰金に対して、実際に回収できているのは、わずか35%ほどなのだそうで、逆に言えば、65%の人は払っていないということになります。

 なかなかな割合です。

 なぜ、こんなことになっているのかというと、この罰金回収の手続きから、実際の徴収までの手続きが煩雑で、時間がかかり過ぎていることが原因の一端であると見られ、手続きを簡素化し、警察がその場で罰金を徴収する権限を持つということになります。

 そうなったらなったで、この警察を装った詐欺師などが出没しそうな気もしますが、まずは、この罰金を支払わせるということを優先にするということだと思います。しかし、これには、当の取り締まりを行う警察官組合(SGP)(や裁判官)は納得していないという声もあがっています。

 フランス人はもともとルールを守らないという印象があります。罰金といえば、最近で思い浮かぶのは、パンデミックでマスク着用が義務化されたときのマスク不着用の場合の135ユーロの罰金135でしたが、これに関しては、あまり回収できなかったという話を聞かなかったので、必ずしも全ての人が罰金を支払わないというわけでもないのだとは思います。

 私には麻薬や薬物をやっている知り合いがいないので、それがどのような人々なのかはわかりませんが、おそらく、これらの人々の間では、「払わなくても逃げ切れる・・」というあたまがあるのではないかと思われます。実際に65%の人は払っていないのですから・・。

 また、この罰金についてのフランス政府のサイトを見てみると、最初に「薬物使用のリスクは?」というタイトルから、健康面の実害等が書いてあるのかと思いきや、「大麻、エクスタシー、コカイン、LSD... は犯罪です。法律で禁止されている行為であり、薬物の種類、量、加害者の犯罪歴などの状況に応じて異なる罰則が課せられ、懲役刑および罰金、または定額の罰金で処罰される場合があります」とあります。

 リスクは罰則、罰金というのも、なんだかしっくりこない気がしないでもありませんが、ダイレクトな感じもします。

 また、現行では、麻薬・薬物に対しての罰金は、定額200ユーロということになっており、15日以内に支払われた場合は、150ユーロ、逆に45日以内に支払われない場合は、450ユーロに増額されるとなっています。

 早く支払えば、減額され、滞納?すれば450ユーロに跳ね上がるということになっていても、支払われていないということは、これがあるから、早く払わなければ・・というふうにはなっておらず、ハナから支払うつもりがないということで、この減額、増額システムは、あまり機能していないことになります。

 だからこそ、取り逃がしのないように、その場で現金なり、クレジットカード払いででも取り立てができるようにするのでしょうが、すでにそのための決済端末5,000台は発注済なのだそうです。

 この罰金の取り立てについては、一部の政治家たちからは、「法廷の混雑」を回避する「麻薬使用犯罪に対するより効果的な対応」として賞賛されていますが、フランス薬物・薬物中毒監視局(OFDT)は「経済的ペナルティのこの力関係の増大は、個別の健康面での対策に損害を与えている」と複雑な見解も示しています。 

 マクロン大統領は、この話を「マルセイユ・アン・グランド」計画の一環としてマルセイユを訪問する前にこの計画を公にしています。(マルセイユでは、この罰金徴収率35%をさらに下回っている)

 マクロン大統領はこのインタビューの中で、「利用者がいる限り、麻薬密売を嘆くわけにはいかない」、「娯楽だと思って麻薬や薬物を使用する手段を持っている人々は、自分たちがネットワークを育て、麻薬密売を行っていることを理解する必要がある。結果的には密売組織との事実上の共謀だ」と述べています。

 

麻薬・薬物使用罰金 現金 クレジットカード払い


<関連記事>

「マルセイユではパン・オ・ショコラを買うようにカラシニコフを買うことができる マルセイユ14歳少年銃殺事件」

「マルセイユ麻薬密売組織による銃撃事件で一晩で3名死亡」

「クラック(コカインを含んだ違法薬物)常用者溜まり場の中毒者の強制締め出し」

「パリのクラック問題 子供の通学に警察官が同行しなければならない深刻な事態」

「マスクのポイ捨ては、罰金135ユーロ でも、フランス人は、ルールは守らない」




2023年6月26日月曜日

ずっと食べてみたかったバター Au Bon Beurre オー・ボン・ブール

  


 「エシレバターを超える美味しいバター!」とか、「ボルディエなんて目じゃない!」とか、絶賛する人がいるバターがあって、美味しいものと言えば、食べてみたくなる私は、このバターをずっと探していました。

 そもそも、私は子供の頃はバターというものは、あまり好きではなく、特に嫌いと避けるほどでもないにせよ、パンを食べるときでも、「バターはあってもなくてもいいもの・・」くらいの存在でした。もっとも、私が子供の頃の日本のバターは、今から思えば、そんなに美味しいものでもなかったかもしれません。

 それが、バターが美味しいと思うようになったのは、やはりフランスに来てからのことで、もっとも簡単に美味しいものを・・と思えば、焼き立てのバゲットにエシレバターでもあれば、なかなか満足してしまうほどに、私の中でバターの位置づけは確実にランクアップしました。

 とはいっても、今でも、我が家ではそんなに大量にバターを消費する家ではありませんが、やはり、パンを食べるときには、バターは不可欠になりました。スーパーマーケットに行けば、バターだけでも、かなりのスペースをとっているフランスでは、ごくごくふつうのスーパーでも、常時、数十種類のバターがあります。


ぜ~んぶ、バター


 私はふだんは、このたくさんのバターを食べ比べする・・というほどの情熱はなく、日本でも有名なエシレバターの他にボルディエなども試してみましたが、結局、私にはエシレバターの方が私の好みにはあっているので、これまで、わざわざ別のものに手を出すことはしてきませんでした。

 もっとも、エシレバターは少々、高いので、お料理用には、もう少しお手軽価格のものを使っていますが、そもそも私はあまりバターを使うお料理というものをしないので、そんなには減りません。

 それでも、「このバターを一度食べたら、もう他のバターは食べられない!」などという話を聞けば、「ぜひ、機会があれば一度は食べてみたい!」と思っていたのが、「Au Bon Beuure(オー・ボン・ブール)」というバターで、パリの街を歩いていて、乳製品を扱っているお店があれば、必ず覗いて、そのバターをずっと探していました。

 ラファイエットグルメに行けば、あるかな?と思いつつも、あるかないかもわからないバターだけのために、わざわざラファイエットグルメに行くのもためらわれ、まあ、偶然、見つけたら、嬉しいくらいの感じで、このところずっと、気にかけていたところ、思いがけずに家からわりと近いマルシェにあったのです!




 「灯台下暗しとはまさにこれだわ!」と思いつつも、探して歩いた果てにようやく見つけた喜びは大きく、その日はバゲットもふつうのバゲットではなく、バゲットトラディショナルを買って帰り、このバターをお迎えしました。

 包みを開けると、ふわっと香るバターの香り、色はふつうのバターよりも黄色くて、牛の形のスタンプ?がバターの中央におされています。まず、バターの端っこをちょこっと削って、口に含むと、「味が濃厚・・」というよりも、「とにかく味が濃い・・」ドゥミ・セルという有塩の方を選んだので、すごく細かい塩の粒が時々、舌に触りますが、とても、まろやかで、なめらかです。



 エシレバターがさっぱり感じられるくらい、これは、なかなか濃厚ですが、決して、しつこい感じにならないところが不思議で後味もすっきりしています。

 このバターは、生バターで、長期間の保存ができないので、賞味期限内に食べられるだろうか?と思っていましたが、どうやら、恐ろしいことに、全く問題なさそうです。

 「バターの小さな塊を口に含んで味わいたい・・」、「バターのかけらを口に入れると思わず目を閉じて味わいたくなる」、バターを塗るというよりも「食べたいバター」です。

 これには、圧倒的にバゲットやハード系のパンが合うと思いますが、おかげで、買ってきたバゲットトラディショナルもあっという間になくなり、家にあった食パンを焼いて、このバターをつけて食べたところ、これとて、まずいはずはありません。

 健康のためには、あまりバターはよろしくないと思いつつ、また、危険なものを見つけてしまい、あんなに、あちこち探していたのに、よりによって、このバターを売っていたのが、家の近所のマルシェだったとは・・まるで、これからもこのバターを買うように運命づけられていた?と、嬉しいような、後ろめたいような複雑な気持ちです。

 しかし、美味しいものに出会うことは楽しいことです。

 美味しいものといえば、あっという間に火がつく日本、このバターはどうかな?と思ったら、なんと、楽天やアマゾンでも買えるようです(高いけど・・)。

 すごいな日本の市場!


Au Bon Beurre オー・ボン・ブール


<関連記事>

「フランス人は、意外とエシレバターを知らない」

「日本での「おフランス」の高級イメージ商法」

「フランスに来てからの食生活の変化」

「エシレのミルクは超絶、美味しかった・・」

「フレンチパラドックス 先進国で意外と肥満の少ないフランス」

2023年6月25日日曜日

パリ オリンピック組織委員会本部に汚職疑惑で警察の強制捜査にAFA(汚職防止国家機関)の存在

  

 

 パリ オリンピック開催まで、あと1年余りと近付いてきた今、フランス国家警察がパリオリンピック組織委員会本部に強制捜査に入ったというニュースはなかなかおだやかではありません。

 捜査関係者がAFP(Agence France Presse)に伝えた話によると、検察(PNF)は進行中の2件の別々の捜査に関連して家宅捜索を許可、強制捜査対象はオリンピック組織委員会本部とオリンピック建設現場担当部署だということです。

 検察報道官によると、この捜査は、「違法な利益相反、公的資金の悪用、賄賂」に関するもので、すでに最初の捜査は2017年に始まっています。

 これはオリンピック組織委員会の前身のオリンピック招致委員会の段階からオリンピックに関する有力な意思決定者の署名が入った一連の契約書に端を発しており、すでに今回の強制捜査に入るまでに昨年から極秘裏に捜査が進んでおり、今回は、警察の中でも、その財務部隊であるBRDE(金融警察)が担当しています。

 ということは、お金絡みのなんらかの不正の疑いがかなり濃厚であるということで、スポーツ、オリンピックにまつわる汚職は例外なくついて回る話のようです。

 フランスには、AFA(L’Agence française anticorruption)という汚職防止のための国家機関(2016年制定の法律により制定)が存在しており、企業、政府、地方自治体が実施する汚職防止コンプライアンスメカニズムの現実と有効性を検証できる管理権限を持ち、以前存在していた中央汚職防止局(SCPC)に代わり、その権限が強化されています。

 今回のオリンピック組織委員会の強制捜査についても、このAFAが「信義に影響を与えるリスク」と「利益相反」に関する2つの報告書を提出したことから、検察~金融警察が動いたようです。

 AFA(汚職防止国家機関)によれば、「オリンピックのための買収手続きの一部に、不適切な点があり、正しく管理・監督されていない潜在的な利益相反が随所に存在している」と指摘しています。

 オリンピックのみならず、フランスのスポーツ連盟は、このところスキャンダル続きで、フランス国家オリンピック・スポーツ委員会会長は内部論争?を理由に今年5月に辞任、ランスサッカー連盟の会長は、セクハラおよびパワハラの告発を受けて2月に辞任、元スポーツ大臣でフランスのラグビー監督も、汚職で有罪判決を受け、1月にフランスラグビー連盟会長の職を辞任しています。

 オリンピックが始まる前から金融警察が強制捜査・・とは、始まる前からなに?と思ってしまいそうでもありますが、実のところは、オリンピックは大会が始まる前から大きなお金が動き、その一つ一つに利権が存在するのですから、当然といえば、当然のこと、少なくとも、警察が機能しているという意味においては、健全といえば、健全なのかもしれません。

 しかし、このBRDE(金融警察)というのは、一度、たまたま出くわしたことがありますが、ふつうの警察官とは緊張感が違って、突入に際しては、かなりの大人数のうえ、ライフルを持った警察官まで混ざっていて、威圧感がハンパありません。

 日本にもフランスのAFA(汚職防止国家機関)のような機関があり、それが機能していれば、摘発すべきところは、たくさんありそうなのに・・と思います。


パリ オリンピック組織委員会強制捜査


<関連記事>

「2024年パリオリンピック始動 シャンドマルスからヴェルサイユ宮殿まで!」

「2024年パリオリンピック・パラリンピック マスコットキャラクター フリージュ」

「パリオリンピック オフィシャルショップ オリンピックオフィシャルグッズと値段」

「突如、現れた金融警察に衝撃!」

「青く晴れ渡る空の下のセーヌ川岸 パリプラージュの圧倒的な美しさ」

「パリ市内観光の新しい移動手段 トゥクトゥクには、ご注意ください」

 


2023年6月24日土曜日

ガス爆発事故現場は想像以上に悲惨だった・・

 


 たまたま近くに用があって、「そういえば、あの爆発事故はこの辺りだった!」と思い立って、野次馬根性で事故現場をのぞきに行きました。爆発事故のあった辺りはパンテオンからも遠くなく、近くには、リュクサンブール公園や多くの有名な大学や高等教育機関もある高台の、パリらしい優雅な街並みの中にあります。

 事故からまだ日が経っておらず、事故現場の周囲はかなり広い範囲が立ち入り禁止になっており、ごくごく周辺の住民以外は入ることはできません。



 しかし、パリらしい入り組んだ小路の向こうには、爆発現場となった見るも無残な建物の残骸と焼けただれた壁が見え、あらためて、今回の爆発事故がいかに暴力的なものであったかが、直に目にしてみると、かなり衝撃的です。

 ほぼ、隙間なく立ち並んでいる建物の中にぽっかり空間ができていて、周囲の建物の補強と事故現場に設けられているバリアとが、事故からまだ1日半くらいしかたっていないのに、こんなに出来上がっていることに、驚かされます。しかし、このような補強工事を行ってはいるものの隣接している建物の倒壊の危険は残っているそうです。

 現在のところ、原因はガス漏れという説が強く、地域のガスは全て止められているそうで、さぞかし不便なこととは思いますが、この現場を見れば、この二の舞になることを考えれば、苦情も出そうにありません。

 日常的には、フランスの工事は遅くて、時間がかかり、工事現場などに貼られている施工期間などはあまりあてになるものではなく、たいていは期日どおりに仕上がらないことがふつうなのに、さすがにこのような危機的状況の場合は、昼夜を通して工事が続けられているのか、1日でこれだけ進んだの?と驚きです。

 負傷者数は事故当日には、37名と報じられていましたが、2日経った現在では、負傷者は54名に増えており、また依然として行方不明とされている女性が1人存在しています。彼女はこの爆発事故現場の中にあったアメリカン・アカデミーの教師だそうで、事故が起こった時間にその建物にいたことが確認されていますが、彼女は2日経った現在も発見されていません。

 瓦礫の山を取り除く作業は想像以上に難航している模様で、大変、不謹慎な疑問ではありますが、建物をこれだけ崩壊させる現場に人がいた場合、人間というものはかたちを留めているものなのかなどとも考えてしまいます。

 聞くと見るとは大違いというか、映像で見ていた事故現場も、実際に目の当たりにしてみると、その衝撃度はかなり違います。

 事故の起こったパリ5区の市庁舎には、被災者の精神的なケアーサポートセンターに加えて、被災者の宿泊施設の手配、具体的な法的側面や保険の手続きなどにも寄り添って支援していくことを呼び掛けています。


近所のレストランには来週月曜日には再開しますとの張り紙


 当然のことながら、ごくごく近隣の店舗、レストラン、カフェ等も当面、とりあえず、今週いっぱいは休業とのことで、これもまた大きな損害です。

 現場には、私のような野次馬がけっこうやってきていて、ちょっとあり得ない惨事に皆、呆然としています。

 現場に通じる道は数本あるとはいえ、それほど大通りに面している場所でもなく、これだけの建物が一瞬の爆発により崩壊してしまうということが、どれだけの混乱状態であったか?また、付近の人々がどんなパニック状態で避難したか? それが、どんな恐怖であったのか?を現場を見て、あらためて、痛感させられました。

 まだまだ復興どころか、現場検証すら、手をつけられる状態ではなく、いかに昼夜を徹して作業を行ったとしても、この17世紀後半に建てられたという建物はもと通りになるということはないし、この旧建が立ち並ぶ界隈にどのような建物を建て直すのかは、常に美しいパリの建物を残し、パリの景観を保ち続けることを大事にしているパリ市としても、周辺の建物とのバランスをとって、どんな建物を建てるのかは注目したいです。


パリ5区ガス爆発


<関連記事>

「パリ5区でのガス大爆発の大惨事で吹っ飛んだのは17世紀後半に建てられた歴史ある建物」

「パリで200以上の黄色い郵便ポストが閉鎖 黄色いポストはパリの景観の一部?」

「ルイヴィトンと草間彌生の仰天コラボ」

「「さすがフランス!」の意味が逆転する日 日本人は、なぜフランスを美化するのか?」

「パリのねずみ」


2023年6月23日金曜日

ヨーロッパの地球温暖化は世界の他の地域の2倍の速さで進んでいる

 


 年々、夏の暑さが厳しくなっていることは、身をもって感じています。しかも、夏のような猛暑が始まる時期も、年々、早まってきて5月の後半から6月にかけて、もう真夏並みの気温の上昇が見られ、また、秋が訪れたと思ったら、また夏日になったり、おのずと、暑い期間が長くなっています。(冬もまた気温は高く、昨年は20日連続の10℃超えという暖冬で150年ぶりの記録を更新しています)

 以前は、日本への一時帰国は子供の学校の休みに合わせてということになり、しかも、娘が小学生の頃は、日本の小学校に短期間でも体験入学させたくて、フランスの学校がお休みになってから、日本の学校の夏休みに入るまでのわずかなタイミングを狙っていくことになり、その時期は、日本もちょうど梅雨明けするかしないかの最悪のタイミング(梅雨があけない場合は雨で、梅雨あけした場合は夏の暑さが爆発する時期)、しかも、航空券は一年で一番高い季節と、この時期の日本行きは最悪のタイミングでした。

 娘が小学生だった頃は、逆にフランスの夏は楽勝な感じで、エアコンなしでも全然、乗り切れる感じで、けっこう暑い日があっても、それは数日から、せいぜい1週間程度のことで、それ以外は、夏で暑くなるとはいえ、湿度がないので、日陰に入ればすっと涼しかったり、また、夏のバカンス期間はむしろ、パリの住民がパリからいなくなるため、街中も空いていて、こんな時に日本に行くなんて、なんてバカらしいんだろう・・と思っていました。

 あっという間に過ぎてしまった、この15年くらいを考えると、いったい、いつからこんなにパリの夏が暑くなってしまったんだろうか?と思うと、その変化がかなり急速であったことを思い知らされます。

 最近の世界気象機関(国連の機関)とコペルニクス・ネットワーク(欧州連合の地球観測プログラム)の発表によると、「1980 年代以降、ヨーロッパ大陸では地球温暖化が世界の他の地域の 2 倍の速さで進んでいる」とのことで、わかってはいたものの、あらためて、特にヨーロッパが世界の他の地域の2倍の速さで・・などと言われると、脅威と恐怖を感じます。

 昨年は、6月の段階で、フランス国内で40℃を超える地域が出たり、今年も6月というのに30℃超えの日が10日以上も続く異常な暑さで、6月からこれでは、7月、8月は一体、どうなってしまうんだろうか?と不安がよぎります。

 もう夏に日本に行かなくなって、ずいぶん経つので、長いこと日本の夏を経験していませんが、日本の場合は暑さとともに、飛行機を降りた瞬間に感じる、呼吸を一瞬ためらうような湿度の高さがあります。その代わりにというのもなんですが、日本は清潔でどこに行っても冷房完備で、パリのように「やった!冷房車にあたった!」なんていうこともなく、全線、全車両、冷房完備です。

 フランスの場合、暑くなってくると、問題は暑さだけでなく、たちまち「臭い」の問題も発生してくるわけで、先日も家のアパートのエレベーターに乗ったら、強烈な体臭の人が乗ってきて、「ボンジュール!」と明るく挨拶しつつも、あまりに強烈な臭いが衝撃的で軽いめまいがしたほどです。

 また、地域によっては、街中でさえも臭いが酷い地域もあり、先日、たまたまそんな地域を通って、これは大変な場所だ・・街中の空気中に臭いが漂うというのはただ事ではないわけで、(もちろん、パリ市内といっても場所によりますが・・)以前、弟がパリに来た時に、街中がDUTY FREE SHOPの匂いがする(香水の匂いということらしい・・)と言っていたのを思い出し、香水の匂いの方がどれだけマシか?などと1人思いながら、なんともいえない臭いの中を耐えながら歩いたのでした。

 そもそもフランスで香水が発達したのは、体臭がきついため・・などという話も聞いたことがあるような気がしますが、最近は、香水を使用する人も減ったのかな?などとも思います。

 今では子供の学校のお休みも関係なくなったので、日本に行こうと思えばいつでも構わないのですが、パリも夏が暑くなったからといって、さすがに夏の間を選ぶ理由はまるでなく、航空券に関して言えば、相変わらず高いどころか、以前と比べたら、それこそ2倍近いので、いくら冷房完備とはいえ、日本に行く気にはならないのです。

 しかし、ヨーロッパ大陸の温暖化は、やはり深刻なようで、この暑さが干ばつ、山火事等の災害を引き起こし、昨年は、16,365人が熱波のために死亡しているそうです。

 とはいえ、フランス人は太陽が大好きで、ビーチでもなく、パラソルもない街中の炎天下のテラス席でも食事を楽しめる人々で、私が感じているほどには、この暑さにもへこたれていないような気もします。


ヨーロッパの地球温暖化は世界基準の2倍


<関連記事>

「夏休みの日本への一時帰国 日本の小学校体験入学」

「パリが暑くて・・今後、パリはスペイン南部のセビリアのような夏になる?」

「一瞬やってきた秋が去って、また夏日のフランス 10月の異常気象」

「猛暑の後は豪雨、洪水 パリの脆さを露呈する異常気象」

「パリ40℃の猛暑とパリの上空を覆う噴煙のベールの正体」

「フランス 5月の記録的な熱波」

「20日連続10℃超えのパリの暖冬 150年ぶりの記録」

2023年6月22日木曜日

パリ5区でのガス大爆発の大惨事で吹っ飛んだのは17世紀後半に建てられた歴史ある建物

  


 本来ならば、この日はフェット・ド・ラ・ミュージック(音楽祭)の日で、パリのあちこちで、音楽祭が開かれ、最も日が長い夜にみんなが音楽を楽しみ、浮かれている日のはずでした。

 ところが、夕方、16時54分、パリ5区サンジャック通りで大爆発が起こり、建物1棟はほぼ全壊、爆発により、周辺に引火し大火災が起こり、音楽祭気分も爆発とともに吹き飛んでしまった感じになりました。

 パリの建築物には、旧建(旧建築)、新建(新建築)という区別の仕方をすることがありますが、この爆発の起こった建物は、旧建も旧建、ルイ14世の時代、17世紀の後半に建てられた建物だとかで、大変に古い歴史的建造物と呼ばれる建物だったそうです。

 パリの美しい街並みは、この旧建を可能な限り残し、外観はできるだけ崩さないように、とはいっても、内装や設備等は整備し続けられているのがふつうです。

 今回の大規模なガス爆発の原因は現在のところ解明されてはいませんが、警察は事故と事件の両方の可能性を踏まえて捜査を開始しているそうです。

 ガス爆発による建物が崩壊し、瓦礫の山となり、炎が上がっている光景は、パリの真ん中で戦争が起こったかと思えてしまうほどの衝撃的な映像です。


 このような災害にありがちな負傷者、犠牲者の数が少しずつ増えていくのも心が痛むところですが、現段階では、負傷者37名(うち4名は生命に危険の及ぶ重症状態)、行方不明者2名を瓦礫の中を捜索している状態で、夜を通しての捜索が行われるそうです。

 爆発による負傷者は、パリ市内の3ヶ所の大きな病院に搬送されたほか、ブラスリーの一つに緊急救急センターが設置されました。

 爆発が起こった時間は夕方17時頃で、比較的、外出している人が多い時間帯であったことから、この規模の爆発にしては、被害者が少ないとは言われていますが、周辺の住民の動揺は激しく、また、安全が確認できるまで、周辺の住民も立ち入りができません。

 この爆発現場には、約270人の消防士が出動し、10人の医師も駆けつけ、パリ市は緊急対策所を設置しています。

 最も日が長い日の夜は、ゆっくり暮れていく日の中に、いつまでも瓦礫の山を映し出しているのでした。

 ガス爆発の起こった建物では、爆発の数分前に強いガス臭がしたという証言が多数あり、この爆発がガスによるものであることは、わかっていますが、17世紀から存在しつづけていた大きな石の建物が一気に吹っ飛び、周囲の3棟にわたり、大きな被害が及んでいることからも、その爆発がどんなに大きなものであったか、現場近くから避難してきた人は、「大きな爆発は少なくとも2回あり、地響きが起こった・・」とその時の恐怖を語っています。

 しかし、瓦礫の山に見えることは、17世紀後半の建築物が大きな石のブロックで組み合わせて作られていたことで、その大きなブロックに切られた石は、この大爆発をもってしても、粉々に崩れることもなく、そのままの形を成している頑丈なものだったということも驚きです。

 色々な事件が起こりますが、このような事件は、個人的には避けようもないことですが、原因はしっかり究明し、これが故意に起こされた事件でないならば、このような事故が二度と起こらないような対策を講じてほしいと思っています。

 本当に、いつ、何が起こるかわからない毎日です。


パリ5区ガス爆発


<関連記事>

「パリのねずみ」

「枯れ葉舞うパリのゴミ」

「シャンゼリゼのアップルストア Apple Store Champs-Elysées」

「マルセイユでの大規模な爆発事故 夜中にこんなことあり得る?」

「100年に一度くらいのことが立て続けに起こる年 レバノンでの湾岸倉庫爆発事件」

2023年6月21日水曜日

ボルドーの静かな住宅街でのあり得ない暴力事件

  


 今回の事件は、その暴力映像があまりにも衝撃的だったことから、また大騒ぎになりました。事件はボルドーの穏やかそうな住宅街での出来事です。

 映像は、家の扉の前であたりの様子をうかがっていた年配(73歳)の女性とその孫娘(7歳)が家に入ろうとしています。女性はその男の存在に気が付いていたのか、いないのかもわからないぐらいのタイミングで入口の大扉を閉め、ドアが閉まりきらないうちに、その男が割り込んできて、閉まりかけた扉を開けて、2人を暴力的に引っ張り出し、歩道に投げつけ、2人を引き離し、子供だけを連れて行こうとしますが、失敗し、その後に犬が吠え始めたために、そのまま逃走した映像です。

 この映像は、インターホンに接続された防犯カメラの映像で、この映像はテレビやSNSですぐに公開されました。


 

 とても暴力的で、老人と子供(2人とも女性)という弱い立場の無防備な人を暴力的に襲う、非常に悪質な犯罪です。

 午後5時半頃のできごとで、現場に居合わせた目撃者がすぐに通報し、駆け付けた警察が防犯カメラをチェックし、男が黒いルノー・クリオで逃亡したことをつきとめ、事件の1時間後には、逮捕しています。

 この男は、警察から目をつけられている、いわゆる札付きの人物で、1993年ボルドー生まれのフランス国籍の29歳のホームレス。過去に無免許運転、窃盗、暴力、麻薬、さらには殺害の脅迫など15回有罪判決を受けている問題の多い人物のうえ、精神疾患を抱えており、精神科の監督下におかれているはずの人物であるのに、治療は受けていなかったようです。

 検札側は「男は非常に興奮しており、逮捕に抵抗していた」と説明し、彼は犯行事実を否認していたそうですが、この防犯カメラの映像が証拠となり、逮捕が執行されました。

 しかし、逮捕後、まもなく、彼は精神病性統合失調症という医者の診断により、警察での逮捕・拘留が中断され、精神病院に搬送されています。

 また、移民問題か?と思いきや、彼のルーツは別として、彼はフランスで生まれ育ったフランス人。しかし、彼の犯罪歴や病歴を考えると、なぜ、このような人が世に放たれているのかが、疑問というより、恐怖です。精神的な病気を差別するわけではありませんが、このような狂暴な犯罪を重ねている人間で、そのうえ精神的に問題を抱えている人物が保護(隔離)されていないのか?を考えると、そのような危険な人物の管理は大変、ずさんであると言わざるを得ません。

 ボルドーは、娘の学校があったことで、何度か行ったことがありますが、パリよりも、ずっと、ゆっくりと時間が流れている平和なイメージで、バスやタクシーまでも、ゆっくり走っている感じで、警察官もパリよりもずっと少なくて、ボルドーって、やっぱり平和なんだなぁ~というイメージがあっただけに、余計に衝撃的です。

 この容疑者は少なくとも、現在は隔離されていますが、目撃者の証言によると、「彼が逃走した車は彼が運転していたのではなく、運転手は別にいた」とか、逃走する車に同行しているバイクの存在が語られており、彼の単独犯ではないことが疑われています。

 とすると、彼の仲間たちは、まだ、世の中に紛れて暮らしているわけです。

 多くの政治家も、この事件については、多くのコメントを発しており、「刑罰は最大級に厳重に!」などと呼びかけていますが、彼の刑罰についてはもちろんのことではありますが、このような前科15犯もある、しかも精神的な病を患っている人物を監督、隔離管理できていないということをどうにかしてほしいと思うのです。


ボルドー住宅街暴力事件


<関連記事>

「彼女を滅多刺しにして殺した14歳の少年に実刑判決 最高懲役20年」

「アヴィニョンでの暴行事件 襲われた57歳の女性 暴行証拠として男の舌を提出」

「久しぶりにボルドーに行って驚いたこと」

「パリの公立病院の救急治療室で起こった強姦事件」

「8度目の強盗に遭って殺されそうになったパン屋さんの話」



2023年6月20日火曜日

私史上、パリ最高のケバブに感激! パリの美味しいケバブ屋さん Doni Berliner Paris

  



 いわゆるマクドナルドとか、ケンタッキーフライドチキンのようなアメリカ発のチェーン展開のファストフードではなく、フランスでのファストフード的な存在の一つはケバブであると言ってもいいと思います。

 ケバブは、早く、手軽に、そして、比較的、低価格で食べられる食べられるフランスのファストフードのひとつで、ケバブのお店はたいてい、どこに行ってもある気がします。

 もちろん、もともとは、フランス発祥の料理ではありませんが、ケバブがフランスで、これほどまでに広まったのも、移民が多いフランスらしい一面でもあります。

 この間、娘が久しぶりにパリに来ていた時に、久しぶりのパリで何が食べたい?と聞いたら、「バゲットとコンテ、そして、ケバブとファラフェル・・」と言っていました。ハンバーガーが嫌いな彼女は、恐らく、比較的、安く食べられるケバブは学生時代、貴重な存在だったのです。

 たいていは、ピタパンのような薄い生地のパンにグルグル回りながら焼かれている肉を削ぎ切りしたものと、サラダが入っているサンドイッチのようにしたものが多く、そのうえ、たいていは、フライドポテトが添えられているので、かなりボリューミーです。

 注文するときにソースの種類を聞かれるのですが、ケバブならではのソース・ブロンシュ(白いソース)と呼ばれるヨーグルトっぽい薄いサワークリームのようなソースがつきものです。

 安いところだと、1人前、5ユーロ程度、高くてもせいぜい10ユーロ前後でかなりのボリュームのある庶民の味方、まあ、1人で全部食べ切るのはちょっと苦しいくらいです。

 この間、日本に行った時に実家の近所のスーパーマーケットの前にケバブの屋台(小さなトラック)が出ていて、「えっ?日本にもケバブが進出している!」とビックリしたのですが、ちょっと見かけただけなので、よく覚えていませんが、「なんか、フランスのケバブとは違うんだな・・」と思った覚えがありましたが、到底、日本のケバブを食べてみる胃の容量の余裕がなく、どんなものなのか、食べてみることはできませんでした。

 私にとって、ケバブは、まあ、ふつうのファストフードと同じで、そんなに頻繁に食べるものではありませんが、時々、なんとなく食べたくなる・・私にとっては、そんな感じの食べ物なのですが、今回、娘がパリに来て、満足気に「すごく美味しいケバブ屋さんみつけた!絶対に行った方がいい!」というので、「まあ、行ってみるか・・」という程度で出かけたのです。

 たしかに人気店ではあるようですが、美味しいといっても、所詮、ケバブ、どこがどう美味しいのか?取り立てて、特に他のケバブとどのように違いが見いだせるのか?私は、正直、そんなに期待はしていませんでした。



 お店自体は、小さなお店で、イートインもできるスペースもちょっとだけありますが、中は、冷房もなく、肉を焼いているので、灼熱地獄。男性、2人が手際よく、注文どおりのケバブを次々に作っていきます。

 注文したのは、そのお店の名前がついた、サンドイッチ・ドニー(Doni)というケバブサンドイッチで、ポテトは付けますか?と聞かれましたが、ボリュームを考えて、今回はポテトはなしにしておきました。

 アツアツのサンドイッチは、数分で出来上がり、家に持ち帰ることも考えたのですが、そこは出来立ての方が絶対に美味しいだろうと、テラスで・・。

 一般的にケバブサンドイッチに入っている野菜はきざんだレタスや玉ねぎ、薄切りのトマトなどの生野菜が多いのですが、ここの野菜は、薄い、いちょう切りにしたズッキーニ、なす、人参、パプリカなどを素揚げしているものが入っているのがポイントで、この素揚げの野菜が野菜そのものの甘味を引き立てていて、また野菜の切り方、大きさも、肉とのバランスがよく、薄切りの赤玉ねぎは生のままで入っていて、ちょっとした薬味のような役割を果たしています。



 肉の焼け具合も、ケバブにありがちな焼きすぎなこともなく、ミディアムな感じで、しっとり肉汁が感じられる程度で肉自体をしっかり味わえる感じです。

 そして、散りばめられているフェタチーズがまた、これらの具にコク深さを加える、いい仕事をなしており、とにかく全体的なまとまりがパーフェクト。

 それに加えて、これでもかというぐらいパンがまた美味しい!・・パンは一般的なピタパンよりも、少し厚めな代わりに表面がパリッとしていて、内側は、ホカホカで・・しかし、パンの厚みも中の具とのバランスがちょうどいい厚さです。



 お店の看板には、VIANDE FRANCAISE(フランス産の肉)の看板が・・。あまり期待していなかっただけに、目を見開きながら、感激して食べていると、私の食べっぷりの勢いを見てか、お店のおにいさんが紙ナプキンをもってきてくれました。

 所詮、ケバブ・・と甘くみていた私はあまりに美味しくて感激し、無言で立ち去ることはできずに、帰りにお店のお兄さんに「すっごく、美味しかったです!ありがとう!」と言わずにはいられませんでした。

 このお店、他にもファラフェルなどのメニューもあるようで、ケバブがこれだけおいしければ、他のものも期待できるかも・・と、次回は別のものを食べてみたいと思います。



🌟Doni Berliner Paris 

    17 Av.Secretan 75019 Paris 

  営業時間 11:30~23:30  無休


<関連記事>

「ファラフェル激戦区 パリ・マレ地区の美味しいファラフェルのレストラン2選」

「パリで食べられる世界一のピザ PEPPE PIZZERIA ピッツェリア・ペッペ」

「フランスの貧乏大学生の質素な生活」

「最近のフランスのケンタッキーフライドチキンはちょっと残念」

「シャンゼリゼのマクドナルドのテラス席はおしゃれで可愛い」

 



 

 

 

2023年6月19日月曜日

ポニョの家族感

 


 ポニョは今年14歳になった我が家の猫です。人間の年齢にしたら、あっという間に娘の年齢も私の年齢も飛び越し、けっこうな高齢者になってきていますが、生まれてすぐに我が家にやってきて以来、ずっと一緒に暮らしている立派な家族の一員です。

 夫が亡くなって、しばらくした頃に、娘と2人の生活になり、2人とも大切な家族の1人を失った悲しみと、やるせなさに、我が家にはぽっかりと大きな穴があいてしまった感じでした。

 二人とも、懸命に日常生活を取り戻そうとしていましたが、寂しさはなかなか埋まりませんでした。

 そんな時、夫の元同僚だった、夫の死後の手続きなど、書類上の色々なことを助けてくれていた女性から、近所の家で子猫が生まれたという話を聞いて、何匹か生まれたの中から、娘が1匹を選んでもらってきました。

 猫が来る前に猫のトイレや猫用のお皿などを用意して待っていたのですが、まだ小学生だった娘は待ち遠しくて嬉しくて嬉しくて、猫のトイレに自分が入ってみたり、猫のお皿で猫のようにお水を飲んでみたりしてはしゃいでいました。

 家はアパートの高層階で、庭もなく、小さなベランダがあるだけなので、ポニョは外に出ることがなく、また、たまに外に連れて行こうとしても、全力で抵抗し、家に戻ろうとします。

 当然、家族の歴史を全て見てきたわけで、娘がまだ小学生の頃に算数の宿題がよく出来ないといってきた時に、まだ、私にも手に負える程度のことだったので、一応、説明してみたら、理解できていたので、あとは、これに慣れるようにある種のトレーニングをするしかないよ・・と、私も疲れていて突き放してしまったら、その後に娘は1人、自分の机に向かってシクシク泣いていたのをポニョがそばでじっと見守っていたこともありました。

 そんなこともあってなのか、ポニョは娘のことを姉妹のように思っているふしがあります。

 また、娘が成人するまでは、私も娘1人をおいて、夜出かけたりすることはできないので、おのずと友人に家に来てもらうということが多かったのですが、色々な人が来る中で、ポニョはなかなか人の好き嫌いが激しくて、その人によって、自分との相性を寸時に見分けて、その人との距離感を測っていました。

 もともと、あまり人懐っこい猫ではなく、自分から私たちの膝の上に乗ってきたりすることもなく、抱っこされるのも嫌いなくせに、常にちょっと触れるくらいの位置に居座ろうとするツンデレの猫なので、友人などが来ても、気に入った人でも様子を伺いながら、願わくば何か美味しいものにありつけるかもとそばをウロウロする程度です。

 一番、おもしろかったのは、従妹がパリに来てくれた時で、この時ばかりは、よそよそしい態度も見せず、娘と従妹と3人で食事をしていたりしても、しっかり自分も参加して、しかも、「なんだ、おまえ、家族の一員になったのかよ!」とでも言いたげな、どこかちょっと従妹に対しては、下に見て、威張っているようなところもありました。

 しかし、娘は同等の家族と思っているようで、以前は、娘が出かけてしまったりすると、ポニョは「なんだ・・勝手にでかけちゃったじゃないか!あいつは・・」みたいに、私のところに抗議に来たりすることもあったのですが、ここ数年、娘は、学校が地方にあったり、地方でスタージュをすることもあったりで、娘がいなかったりすることも増え、次第に娘がいないことにも慣れてきました。

 さすがに昨年以来の娘の日本での就職に、ポニョも娘が一年以上も本格的にいなくなって、長らく会っていないので、娘が久しぶりにパリに来たら、もう忘れてしまったということはないにしても、懐かしそうにするかな?と思っていたのですが、ポニョは、とりたてて、何の特別な反応もせず、かといって、よそよそしい態度も見せず、「あなた昨日もいたわよね!」とでもいいたげな、あたかも、今でも娘がいることがあたりまえのように、ごくごくそれまでと同じ様子を貫いていたのでした。

 私がちょっと長時間、出かけていたりすると、不機嫌な顔をするくせに、娘がまた日本に帰ってしまっても、それはそれで、もう私に抗議しにくることもなくなり、ポニョはポニョで現在の娘の家での位置を理解して受け入れているようで、とても賢いな・・と感心しています。

 こうして、今、私がパソコンに向かっている間、ポニョはいつの間にか、私とパソコンのキーボードの間にちゃっかり入り込んで、私の腕を枕にして、寝ています。

 暑いのに・・。


猫 猫の家族 家族の一員


<関連記事>

「隣人のフランス人のおばさん」

「妻に花束を贈り続けるフランス人の話」

「お留守番していた猫は、とても寂しかったらしい」

「娘の帰省」

「人の気持ちがわかる猫 我が家に猫がやって来た」

 


 

2023年6月18日日曜日

妻を殺して3ヶ月間ウソをつき続けた男 逮捕拘留の末、自白

  


 今年の3月27日以来、行方不明になり、目撃者を募っていた女性について、ここひと月ほど、かなり頻繁に報道されていました。彼女が失踪?する直前まで一緒にいたという彼女の夫は、彼女の失踪時の様子などをテレビのインタビューに答えて説明していました。

 彼女の夫は、彼女が自発的に失踪したであろうという見解を述べ、自身のFacebookなどに、「私たちは、あなたのことをとても心配しています!安否だけでも知らせてください!」という妻宛てのメッセージ投稿したり、テレビに向かって呼び掛けたりもしていました。

 また、彼女がいなくなった時の状況について、彼女が消えた当日、彼らは一緒にいて、猫を追いかけるために、2人で庭に出たが、その数分後に、突然、彼女は消えてしまったと説明しており、その後に家の中のものを確認すると、彼女の歯ブラシや電子タバコ、リブレ・ド・ファミーユ(家族証明書のようなもの)に加えて、金庫に保管されていた4万ユーロ相当の現金などがなくなっていたと話していました。

 また、彼が「妻が自発的に失踪したことは間違いない」とする理由として、失踪の数日後に彼女の携帯から末娘の携帯に2枚のピラ砂丘の写真とともに、海外に行くつもりだというメッセージが届いていると説明していました。

 夫は「あまりに突然、彼女が消えたのは、タクシーかウーバーを利用する以外にあり得ないことだ!」と話していましたが、捜査線上にそのようなタクシーもウーバーも浮かんでこずに、事件は当初、「誘拐・強制監禁」の疑いで捜査が開始されました。

 しかし、彼女をよく知る人は彼女が子供の誕生日が近いのに、失踪するような人ではないと証言し、また、誘拐された痕跡や目撃者等が現れないことから、疑惑は夫に向けられるようになりました。

 この事件の証言者には、彼女の姉妹や元夫、夫の元妻などが出てきて、なかなかフランスらしい複雑な家族関係が垣間見れると思っていたのですが、そのうちに、この夫と失踪したとされる妻は4年来の家庭内別居状態で、金銭的な事情により、同居していただけで、不仲であったことが浮き彫りになってきました。

 彼女の失踪届けは実際に彼女が失踪してから、約1週間後に提出されており、また、彼女の携帯電話は、それからさらに1週間後に自宅から数メートルの場所で発見されました。

 しかし、携帯にはSIMカードは入っておらず、また、満タンに充電され、汚れもなく、放置されて時間があまり経っていないことを示していました。そのうえ、末娘に送られたピラ砂丘の写真はネットからダウンロードされたものであったことも発覚しました。

 世間の疑惑は夫に集中し、彼に対する誹謗中傷などがネット上で湧き上がり、ついに夫は容疑を否認するまま、逮捕されました。

 1日目の拘留では否認を続けていたものの、拘留が延長になり、2日目になると、彼はついには、突然、泣き出して、「銃の手入れをしていたところ、間違って発砲してしまい、妻を殺してしまった」と自白しました。

 3ヶ月近くにわたって、警察に対しても、マスコミに対しても、ウソをつき続けていた男は、彼の弁護士によれば、「精神的にも体力的にも大変、弱っている・・」とのことですが、自業自得。彼の「あくまでも事故だった・・」という話は、さんざんウソをつき続けてきたこともあり、また、銃に消音装置がつけられていたことなどからも、もはやあまり、信用されていません。

 彼女の遺体は彼の自白どおりの場所、自宅からそう遠くない森の中に土もかけられず、(埋葬されず)捨てられるような状態で放置されていたのが発見され、凶器となった銃もそこから遠くない場所で発見されました。

 気の毒なのは、彼らの子供たちで、彼女は全夫との間の子供を合わせると、5人の子供の母親でしたが、特に現夫との間の長女などは、インタビューに答えて、「父親が有罪の証拠は何もない、全ては父の犯行ではないことを示している!」と訴えていました。

 父親の無実を必死に訴えていた娘は、母親とともに父親も失ってしまったのです。

 このような失踪事件?(結果的には殺人事件だった)の場合、必ず、誰かが言い出すのは、「誰にも失踪する権利はある・・」というものにも、それを聞くたびに、閉口しますが、「女性の失踪届けが提出された場合、結局は夫に殺されていた・・」というシナリオは少なくない気もします。

 それにしても、失踪時に関する彼の証言、庭で猫をおいかけたとか、金庫から4万ユーロや歯ブラシや電子タバコがなくなっているとか、偽装のために末娘の携帯にメッセージを送るとかの全てのシナリオは彼が作ったものであり、彼の犯行を隠すための偽装工作であったのは、もはや明白ですが、そのわりには、遺体を埋めもせずに放置するというのは、なんだかちぐはぐな感じもします。

 それにしても、フランスは、女性が殺人事件の被害に遭う場合はそのパートナーによって殺される場合が多いのには、ちょっと驚愕の事実でもあります。


妻殺し 嘘つき


<関連記事>

「パリのバラバラ殺人事件 真犯人は被害者の夫だった・・」

「度を超えているフランスのDV 逮捕・投獄・釈放後に元妻を焼き殺す凶暴さ」

「嫉妬による嫌がらせから起こった14歳の殺人事件 セーヌ川に捨てられた少女」

「恐ろしく物騒になってきたフランス」

「彼女を滅多刺しにして殺した14歳の少年に実刑判決 最高懲役20年」

 

2023年6月17日土曜日

暑い日はプールへ フランスのプール事情

  

 

 最近?旅行をするたびに、体力の衰えを著しく感じて、日頃から鍛えていなければ、いつまでも旅行を楽しむことができなくなる・・という危機感を感じるようになりました。年齢を重ねるごとに哀しいかな、何もしないでいると、みるみる体力は衰えて、現在の状況を維持するだけでも、なにか定期的な運動をしなければ維持できません。

 日頃から、ロクに動かずにゴロゴロしている我が家の猫などは、こんなに動かずにいても、時たま、ものすごい脚力や瞬発力を見せたりするので、身体能力すごいな・・などと、猫に嫉妬したりもします。

 しかし、私の場合、努力しないと衰える一方なので、こころして、歩ける区間はできるだけ歩き、せめて週1回は泳ぎに行くと決めています。

 以前は、スポーツクラブに入っていたので、快適に運動ができていた・・といっても、結局、時間に追われて仕事帰りにジムに寄っても、結局はサウナかハマムに入るだけというお風呂屋さんのような使い方が多かったけど、たまには、トレーナーさんが組み立ててくれた最低限のマシンを使っての一通りのメニューをこなして、たまにはプールで泳ぐといったことができていました。

 施設もきれいで、おしゃれな空間で、子供がいない大人だけの空間が心地よく感じたりもして、とても気に入っていました。

 しかし、パンデミックを機に、ぱったりと行かなくなって、また再開しようと思った時には、パンデミックの煽りを受けて、そのクラブは潰れてしまっていました。

 他に探せば、ジムはいくらでもあるのですが、やはり定期的に通うとなったら、通いやすい場所にあってほしいもので、もろもろを考えるとジムは断念し、最近、改装された市民プールに週1で通っています。

 手軽にできる縄跳びをしたりしていたこともあったのですが、別にひねったとか、くじいたとかいう覚えはないのに、いつの間にか骨折したりしたこともあって、痛い思いをしたためにこれは断念。

 何だか知らないけど、ちょっとうっかり運動すると、転んだり、怪我したりもするので、私にとっては泳ぐことが一番、安全でもあるのです。

 それでも、週1回泳ぐだけでは、充分ではなく、(私の場合は食べることを諦めたくないため)とにかく、とりあえずは、できるだけ歩くことにはしていたのですが、ここのところ、パリはちょっとヨレヨレしてしまうくらい暑くて、ふつうに歩くだけでもしんどいような気候になってきました。

 これなら、週1と定めずに暑いならばプールに行けばよいと、ここのところ、時間があけば、プールに通っています。

 しかし、市営プールは、近隣の小学校の生徒が使用する時間帯が決まっており、バカンス時期でなければ、小学生が使わない時間が一般公開になっているので、いつでも行けるというわけではないのです。

 どんな学校にもあたりまえのようにプールがある日本と違って、フランスの学校には、公立、私立ともにプールがないのがふつうで(最初は驚きました)、一年を通して(屋内プールであるため)近隣の学校に割り当てられていて、水泳の授業の時間は、生徒たちが市営プールに出むくのです。

 なので、一時は娘の学校の水泳の授業は真冬の寒い時期に割り当てられたりしていた時もあって、真冬で極寒なのにもかかわらず、「水泳の授業の日はタイツを履かせて来ないでください(脱いだり着たりするのに時間がかかるため)!」などという先生がいて、「風邪ひいちゃうでしょ!ふつう、逆じゃないの?」と憤慨したりしたこともありました。

 そのために、我が家の近所の市営プールが一般公開される時間帯は限られていて、早朝7時から8時半までか、昼休みの時間帯12時から13時半までか、夕方17時から20時までとか限られた時間、あるいは小学校が休みの水曜日の午後か土曜日になるのです。

 先日、あまりに暑くて昼休みの時間に泳ぎに行ったら、限られた時間だというのに、えらい混んでいて、こんなにアグレッシブに運動しようとしている人が沢山いるのかと驚かされました。まあ、暑いので、ちょっと水浴びがわりという私のような人もいるのかもしれませんが、ちょっとびっくりした次第です。

 日本はフランスとは逆のようで、この間、娘が来た時に聞いたら、実家近くの区立の中学校のプールが夜、一般公開されていると聞いて、昔はそんなサービスはなかったのに、日本も変わったのだなぁ・・フランスとは、全く逆なんだな・・と思いました。

 あたりまえのように、どんな学校にもプールがある日本は、そういう意味ではずいぶん恵まれていて、それをより多くの人が使えるようになっていることは、スゴいことだな・・とちょっと感心しました。

 数少ない市営プールを市民と学校でシェアしているフランスとは絶対的にプールの数が違います。

 今の小学校はどうなっているのかわかりませんが、大昔、私が小学生だったころは、夏休みでさえも、学校のプールに通っていた記憶があり、ということは、先生がその期間も働いているということで、これはフランスの学校だったら、「バカンスを侵害する!」とストライキでもおこりそうな、あり得ないことではありますが、そんな日本の学校のプールのおかげで、私は、泳げるようになりました。

 「日本の学校は・・日本の教育は・・」と嘆く話をよく聞く気がしますが、とりあえず、水泳に関しては、日本の学校はすごいな・・と思うのです。


フランスのプール


<関連記事>

「久しぶりの市営プールは夏のバカンス期間でも休まなくなったらしい・・」

「この猛暑の中、パリ市内のプールがストライキ」

「フランス人は、女を捨てない! パリのジムでの大らかなパリジェンヌたち」

「バカンス期間中の怪我」

「実践よりも、まず、理論のフランスの教育」

2023年6月16日金曜日

パリのメトロ4号線トンネル内ブロックでパニック状態の大混乱

  


 パリのメトロはよく止まるので、それがたとえ、トンネル内であろうと、そんなに驚きはしません。たいていは、しばらく止まっても、少したてば動き出すし、その時の情報はあまりあてにならないのもわかっているので、たとえ、「プロブレムテクニックでしばらく停車します!」などとアナウンスがあっても、その直後にいきなりドアが閉まって動きだすこともあるので、運よく駅に止まっていても、とりあえずは、そのまま、しばらく我慢して、様子をうかがってみます。

 朝の通勤時間帯だったりすると、皆が遅刻を知らせる電話をしたり、メッセージを送ったりし始めるので、しばらくは、「まあ、みんな慣れたものだな・・」と大して怒りもせずに、淡々とやることを済ませていく様子をなんとなく観察しています。

 時には、駅ではなく、トンネル内で止まってしまうこともあるため、そんな時は止むを得ずに、車内に留まりますが、それとて、ふつうはそんなに長い間のことではありません。

 それが、先日、パリのメトロ4号線で、多くの乗客の帰宅時間帯に電車が止まってしまい、ちょっとパニック状態に陥りました。普段、たびたび止まるパリのメトロにも、日常の彼らの感情的な爆発のさせ方を思うと、比較的、怒っている人が少ない印象を受けるのですが、今回ばかりはちょっと違ったようです。

 それもそのはず、当日のパリは午後の気温が31℃まで上昇する熱波の中、数百人の乗客が2時間近く、オーブンの中のような電車の中に閉じ込められることになり、暑さが怒りに火をつけるかたちになり、パニック状態になりました。

 今回のメトロのブロックは、複数の問題が重なったもので、結果的に最悪の状況を引き起こした模様です。最初は午後6時頃に、信号機の故障により、部分的に自動化されている4号線の南部で最初に交通が減速していきました。

 その後、ポルト・ド。オルレアンとモンパルナス間のネットワーク全体が混乱し、列車の損傷が起こり、シテ駅で乗客がバッグをドアに挟み込み、警報が鳴り響き、これらのいくつかの事故が重なって、ついには、トンネル内で列車5本がストップしてしまいました。

 ブロックしてしまったメトロの車内では、詳しい説明もあまりなく、この暑さは乗客の不安と怒りを煽りたて、メトロの中は赤ちゃんが泣き出したり、1時間を過ぎたころから、子供だけでなく大人たちも怒りはじめ、全てを壊してやる!と警察に通報する者まで現れ始め、カオス状態になりました。

 立往生している車内には冷房もなく、暑さの中、水もなく、何よりも、いつ、復興するかわからない状態に人々の不安と怒りは増すばかりで、そのうち、メトロのドアをこじあけて、脱出し始める人が現れました。


 こうなると、メトロを動かすことは不可能で、警察も出動して、どうにか怒りまくりながら、線路を伝って避難する人々を落ち着かせようとしましたが、パニック状態になった乗客の怒りは鎮まりません。

 フランス人は、日本人のように我慢強くはないのです。

 もしも、自分がこんな長時間メトロに閉じ込められたら、どうするだろうか?と考えますが、私だったら、多分、周囲の人の様子をうかがって、やっぱり、同じように線路を伝って歩くだろうな・・と思います。

 場所にもよりますが、パリのメトロは比較的、一区間が短いところが多いので、次の駅まで歩ける距離であることも多いのです。

 一度、12号線が止まって、線路の上を歩いたことがありましたが、その時は、無理やりというより、運転手さんが乗客が線路におりるためのハシゴをかけにきたので、どちらかといえば、誘導された感じでした。

 いずれにしても、そんなに珍しくないパリのメトロの不通にしても、この暑さの中、2時間という長時間にわたり止まってしまうとは、困りもの・・拷問です。

 この日は、13号線にも事故があり、全線不通となったとかで、年々、着々と値上げしながら、なにかといえば、ストライキのRATP(パリ交通公団)、まずは、トラブルを軽減する努力はもちろんのこと、トラブルが起こった際のマニュアルくらいは用意してもらいたいものです。

 RATPは、今回は「異例の事件」であり、内部調査を始めると説明しています。

 過去には、2018年夏に、やはり自動運転化されている1号線で故障が発生し、過熱状態で数千人の乗客が通行できなくなったという記録が残っています。

 パリのメトロは夏に弱いのかも?


パリ4号線トンネル内2時間足止め


<関連記事>

「パリのメトロ6号線でコートがドアに挟まって死亡事故」

「メトロ6号線の死亡事故 運転手の過失致死起訴に同僚が抗議のデモとストライキ」

「ストライキの被害を被りぐったりした1日」

「パリ市内のバス RATP(パリ交通公団)キセル乗車の取り締まり」

「パリのメトロのプロブレム・テクニック」




2023年6月15日木曜日

3ヶ月待たされた医者の予約から、またさらに2ヶ月待ちの検査

  


 そもそも、今回の私の一連の医者・検査通いは、主治医に「あなた、しばらく心臓専門医にかかっていないから、そろそろ、またチェックしてもらった方がいいわよ・・」と言われて、そのために、まず血液検査をしたことから始まりました。

 私には、特にどこか体調が悪いといった自覚症状などはなく、まあ、ざっくりした定期健診のような気持ちでした。

 ところが、血液検査をしてから、心臓専門医に予約を入れようとしたところ、3ヶ月待ちということがわかり、血液検査の結果を持って、とりあえずは主治医のところに行ったのです。すると、肝臓の数値が悪いということで、心臓専門医にかかる前に別の検査をすることになり、今回の予約は、待たされることを覚悟してすぐに予約。

 しかし、こちらのエコーの検査も結局、1ヶ月ほど待たされましたが、検査の結果、多少、問題はあるものの、取り立てて深刻な状態ではなく、次の心臓専門医の診察を待っていました。

 そして、先日、ようやく心臓専門医の診察の日を迎え、予約の時間どおりに行くと、けっこう待たされたのちに、ようやく診察室へ。待合室は、心臓専門ということもあるのか、極度の肥満体型の人や、鼻から酸素の管を通していて、機械を引きずりながらやってきている人などもいて、ちょっとなかなか、普通のお医者さんの待合室とは違う感じでした。

 実は、これまでかかっていた(といっても2~3回かかっただけなのですが、)お医者さんが、あんまり好きではなくて、医者とも相性というものがあるかな?と、今回は、別の医者を紹介してもらったために、彼女とは初めての診察でした。

 血液検査の結果を見せながら、最初は問診から始まりましたが、彼女は、音声入力をしているらしく、どうにも要領がいいんだか悪いんだか・・と思っていたところ、「上半身だけ脱いで、そこに横になってください」と、言ってから、「ちょっと息子の学校のレターを見なくちゃいけないから、ちょっと待ってくれる?」とまた、この医者もまたハズレの気配・・。

 「それ、診察中にどうしてもやらなきゃいけないこと?」とちょっとムッとしつつ、こちらには、選択の余地がありません。数分後に診察が始まったのですが、結局は、まあ、今、飲んでいる薬の処方は変える必要はないけど、ちょっと別の検査もした方がいいでしょう・・?と。

 内心、「え~~?また、検査?」と思いつつ、検査をした方がいいと言われて、それを無視するほどの度胸もなく、結局、また別の検査の予約を取ることに。

 しかも、先生のご提示になられた検査はどこでもやっている検査ではないらしく、パリ市内のいくつかの検査機関を紹介してもらいました。さっそく、予約の電話を入れると、その検査は、ちょっと複雑だから、予約には、ここに来てもらわないと・・と言われて、もう一気に済ませてしまいたい私は、電話を切るとすぐに直行。

 そして、予約がとれたのは、またさらに2ヶ月後の8月のこと。しかも、その前にまた、「血液検査をして、薬局で検査に必要な薬剤?を調達して、持ってきてください・・」と。

 こういうのは、フランスではめずらしくないことで、コロナウィルスの時などは、ちょっと例外的でしたが、必要なものは自分で調達して医者に持参するというのは、よくあることで、特に、あまり一般的ではない検査やワクチン接種などの場合は、医者が在庫をかかえることもなく、合理的といえば、合理的でもあります。

 しかし、日本のようなシステムの中で生活してきた者としては、なにからなにまで自分で用意して、しかも、あちこち違う場所に検査に行って、その結果を持って、また別の医者に行くというのも医者の側からしたら、合理的ではあっても、個人的にはけっこうな時間と労力がかかります。

 そのうえ、予約がいちいち数ヶ月待ちともなれば、なんのためにやっているのか?だんだん、検査といっても緊張感がなくなってきました。

 どこでもやっている検査ではないと聞いた時から、覚悟はしていて、驚きはしなかったものの、またさらに2ヶ月待ちとは・・。一体、いつになったら、スッキリできるんだろうか?と、もうゲンナリ・・。

 私一人でさえも、一度、足を突っ込んだばかりに、こんなに、あちこち行くハメになるのだから、どこの検査機関に行っても、医者に行っても、長い長い予約待ちと大勢の人がいるのも頷けるような気がしてきました。

 もうこれで、約半年間、検査や医者通いが断続的な状態で続いています。もう、こうなったら、年内に片が付いてくれれば・・と全然、期待しないように、さらにこれ以上の最悪のケースをも想定することが、精神衛生上よいかと思い始めています。

 とりあえずは、そんなに急がないということは、そこまで深刻な状態ではないんだと思いたいです。


検査予約 


<関連記事>

「医者の予約がとれない! 病院・検査機関にインフレは関係なし」

「さんざん待たされた検査にちょっとドキドキした・・」 

「カルトヴィタル(健康保険のカード)が壊れた・・」

「フランスの医者不足 医者に定年後も働いてもらうためのシステム」

「一年以上かかって、まだ治療が終わらないフランスの歯医者」


2023年6月14日水曜日

パリが暑くて・・今後、パリはスペイン南部のセビリアのような夏になる?

  


 今年のパリは、5月の半ば頃まで、けっこう肌寒い日もあったりで、今一つ、お天気もよくなくて、たまに晴天の日があったりすると、この出不精の私でさえも、せっかくお天気がいいんだから、どこかにでかけなくちゃ損!みたいな気がして、無理やりに何かにかこつけて出かけたりしていたほどでした。

 それが、個人的には、ちょうど娘が日本からやってきた頃から、お天気も良くなり始めて、「ちょっと前までお天気も悪くて、肌寒いくらいだったのに、ついてるね・・」なんてことを言ったりしていました。

 そして、なんやかやとバタバタしている間にあっという間にパリは「お天気がいい・・」を通り越して、夏のようになり、こうなってくると、もう陽ざしが夏・・というか、真夏のようで、もうヘロヘロしながら日陰を探して歩くようになっています。

 特にここ数日は、30℃を超える日が続いていて、早くもちょっと夏バテ気味です。

 以前は、7~8月の真夏がこんな感じだったな・・と思いつつ、今はまだ6月。今からこれでは、全く、先が思いやられます。なにせ、年々、体力が衰えているうえ、今年はイタリアに行って食べすぎた分を歩いたり、運動したりして、なんとか回復しなければならないのに、この暑さでは、せっかくの志が萎えてしまいそうです。

 それでも、湿度は比較的低いので、日陰に入れば、なんとか凌げないほどではないのですが、なんといっても、メトロやバスなどの公共交通機関は冷房車に当たる可能性が低く、運よく冷房車にあたることもあれば、今日などは、一度も冷房車には遭遇しませんでした。

 この暑さで密閉空間になるメトロやバスは、そもそも気温が高くなっているうえに、乗車している人々の体温がさらに熱気を煽り、冷房なしだとかなりキツいです。

 昨年は、5月に記録的な熱波とかで、5月の段階ですでに30℃近い気温になっていましたが、今年は、その期間は、むしろ寒いくらいだったので、逆にその落差が身体にはキツいです。

 以前は、一年で苦しいほど暑いのは、せいぜい真夏の1週間くらいのことで、それさえ乗り越えれば、夏は楽勝だったパリも暑い時期が長期化して、夏も辛くなりました。

 とはいえ、日本のように湿度が高くはないので、その面ではまだ少しはマシな気もするのですが、ここ数日は連日30℃超えで、これがまだ、しばらく続き、少なくとも夏至までは、気温は下がらないというので、なかなか、ウンザリしています。

 本来ならば、6月はジューンブライドと言われるくらい、最も気候の良い時期だったにもかかわらず、これでは、結婚式には、あまりふさわしくない汗だくの季節になってしまいました。

 この熱波は、高気圧異常の結果であり、地球温暖化に伴い、熱波は今後さらに増加することが予想されており、 パリでは、今後数年間の気温がスペイン南部のセビリアに似てくる可能性があると言われています。

 このため、パリ市の一部の商店などでは、お水の提供をするサービスなどを始めたりもしています。夏の異常な暑さは年々、エスカレートするばかり、まだまだ、パリでの夏の異常な熱波への対応は追いついていない気がしますが、最近はルート検索アプリなどでも、冷房車をチェックできる機能が追加されているものなどもあって、涼しい電車やバスを選んで移動することも可能になっています。

 日本だったら、ほぼ全てが冷房車なので、こんなアプリもいらないですね・・。

 来年のパリオリンピックを控えて、この暑さ対策は益々、急務になっていると思われますが、まったく、一年を通して、最もスポーツには適さないような真夏の暑い時期にオリンピックをやるのか? オリンピックは誰のためにやるのか?と、最近、よく言われているようなことを考えてしまいます。


パリ猛暑 異常気象


<関連記事>

「夏にバカンスで閉めるフランスのプールとラーメンを出さないラーメン屋」

「フランスの天気予報は当たらないのに洋服選びが上手なフランス人」

「便利な生活がもたらすもの フランスへの修行ツアーのススメ」

「パリで冷房なしで猛暑(42℃)を乗り切る方法」

「フランス人は日傘も雨傘もささない」



       

2023年6月13日火曜日

フランスードイツ鉄道パス 18 ~ 27 歳の若者向けの無料鉄道チケット6万枚

  


 エリゼ条約およびフランスとドイツの和解 60 周年を記念して、フランスとドイツの若者・居住者(フランスもしくはドイツに居住する1996 年 7 月 1 日から 2005 年 12 月 31 日生まれ)に両国の鉄道を無料で利用できるパス 60,000 枚が提供されます。

 「えっ??ほんと?」と一瞬、図々しくも思いましたが、私は18歳~27歳でもなく、また、このチケットは発表から数時間で完売?(無料なのだから完売というのもおかしいが・・)してしまったようです。

 エリゼ条約とは、1963年フランスのシャルル・ド・ゴール大統領とドイツ連邦共和国 (FRG) のコンラート・アデナウアー首相の間で結ばれたドイツとフランスの間の協力条約で、この条約は、特に防衛、教育、青少年の分野における両国間の協力を強化するものだそうで、仏独協力条約とも呼ばれています。

 6万枚のチケットの内訳はフランス3万枚、ドイツ3万枚で、さらにフランスの3万枚のチケットのうち、半分の1万5千枚は、奨学生 10,000 人、職業訓練中の若者 4,000 人、機会の少ない若者 1,000 人 (JAMO) に割り当てられ、一般公募には1万5千枚というさらに狭まった枠だったようです。

 このチケットでは、1ヶ月以内の自分の好きな7日間、ICE 高速鉄道を含む、ドイツのすべての鉄道にアクセスが無料になり、この間、一度は隣国にも無制限に旅行できますが、TGV を利用する場合は、追加料金 20 ~ 30 ユーロが必要となります。

 とはいえ、TGVを使ったとしても20~30ユーロの追加料金のみで旅行できるなど、このバカンスシーズンに魅力的なチケットに違いありません。

 しかし、これは、単純に先着順ということであったため、アクセスが殺到し、サイトにはなかなか通じずに、やっと通じたと思ったら、もう締め切りになっていたという人が大多数だったようで、そんなに上手い話には、なかなかありつけないのが普通なのかもしれません。

 この発表は、フランスとドイツ間の鉄道網の発展を背景にした一種のキャンペーン的なものでもあり、パリとベルリンを結ぶ夜行列車が2023年12月から再び運行され、2024年には新たな直通高速鉄道リンクが両首都を結ぶことになるにあたっての序章のようなキャンペーンです。

 パリとベルリンの間に TGV と夜行列車の 2 本の直通路線が開設されることにより、フランスとドイツ間の鉄道接続は改善される見込みで、どちらも 2023 年 12 月に予定されています。

 私は何かと言えば、すぐに飛行機での移動手段をまず考えてしまうため、鉄道での旅行はあまりしたことがなく、フランス国外への旅行で鉄道を使ったのは、ユーロスターでロンドンに行くか、TGVでベルギーに行った時くらいですが、たしかに鉄道での旅というのも、趣きがあって楽しいかもしれません。

 先日、イタリア国内で、一部、鉄道で移動しましたが、全くアナウンスがないうえに、急にプラットフォームが変わったりもするので、ちょっと慣れないとドキドキではありましたが・・。

 また、あまりに早く締め切りになってしまった人々のために、運輸省は、大金をかけずにドイツを旅行する別の方法も紹介しています。

 それは、2023 年 5 月に導入されたドイチュラント チケットというもので、月額 49 ユーロで国内のすべての鉄道と公共交通機関を無制限に利用できます (ICE 高速鉄道を除く)。 ただし、国境を越える場合には使用できないそうです。

 また、逆に考えれば、フランスには、少なくとも3万人の若者がドイツからやってくるということで、何もパリとは限りませんが、こんなカタチで若者が行き来する機会が増えるのも、良いことかもしれません。

 旅が若者の成長を促すことはよく知られていますし、 友情を育むと付け加えることもできます。 仏独関係を祝うため、両国政府は若者向けに無料チケットサービスを設定することで両国間での鉄道旅行を促進したいと考えています。

 こんなキャンペーン?もなかなか粋な計らいではありませんか? 日本でも、どこかの国との共同で、若者向けのこんなサービス、あってもいいんじゃない?と思いました。


フランスードイツ間 若者向け無料チケット6万枚


<関連記事>

「16歳〜25歳の若者への就職サポート月額最大500ユーロの支援 「青年エンゲージメント契約」」

「フランス政府が若者に発行したカルチャーパスがMANGAパスになった!」

「フランスの文化チャンネル カルチャーボックス Culturebox」

「25歳以下の女性への避妊ピルの無料化に踏み切るフランスの事情」

「10年間で2倍に増加した子供への向精神薬の投与」

 




 

2023年6月12日月曜日

15歳の少女をメッタ刺し、生きたまま火をつけた未成年の男子に懲役18年の判決は妥当か否か?

  


 フランスに死刑制度がないのは、知っているし、私は死刑制度がよいことだとも思っていません。しかし、今回の判決には、被害者を全く知らない私でさえも、どうにも納得がいきません。思わず、「日本なら死刑だろう・・」と思ってしまったほどです。

 事件が起こったのは、2019年10月クレイユ(オワーズ県)でのできこと。当時15歳だった少女は、彼女のボーイフレンドに刺され、生きたまま火をつけられ死亡しました。彼女は妊娠しており、事件の2年前の2017年に最初の性的暴行を受けた被害者でもあり、そのうえ、その時の映像がネット上で流され、「軽い女」という評判を植え付けられ、モノのように扱われ続けていたと遺族の弁護士は語っています。

 事件の2日後にクレイユのプラトー地区にある庭の小屋の中で少女の焼死体が発見されたことで捜査が開始されましたが、犯行現場付近の目撃者の証言により、彼女のボーイフレンドであった当時17歳であった男性が逮捕されました。

 逮捕、拘留後、「自分の売春婦であったガールフレンドを殺害した」と自白。事件の2日前に彼女が妊娠したことを告白したため、それを受け入れることができなかったと語ったと言われています。

 検死の結果、遺体には少なくとも8~14ヶ所の刺し傷が確認され、直接の死亡の原因は、生きたまま顔を中心にガソリンをかけられ、火をつけ、焼かれたことに起因することがわかっています。ちょっと想像するのもおぞましいほどの残酷な殺人事件です。

 この事件は、容疑者が当時17歳という未成年であったことから、裁判もオワーズ県の未成年向け裁定裁判所において、非公開で行われました。裁判が開始すると、容疑者である男性は、一転して無罪を主張したそうですが、過去の自白や周囲の証言、状況証拠、また、事件の際に負傷したと思われる足の火傷などから、彼には懲役18年の刑が言い渡されました。

 事件の凶悪性、残酷性から、検察側は被告に対して、未成年者のための減刑措置を却下するように求め、懲役30年を求刑していましたが、これは却下されています。通常、フランスでの未成年者への懲役は最大20年とされているそうで、判決が18年ということは、その最大拘留にも達していないことになります。

 裁判は、非公開で非常に緊迫した状況の中での激しい双方の弁論により5日間にわたって行われ、陪審員の4時間にわたる審議の結果、判決陳述には報道陣や一般の人々にも公開されました。

 裁判が始まって以来、被告は事実を否認しており、「自分は無実だ!これは間違っている!」と主張して、18年の判決を不服としているようです。

 しかし、被告以上に不服なのは、被害者の家族の方で、「この犯罪で18年!これがフランスの正義なのか?」と憤りを通り越して、被害者の兄弟である男性は、被告とのあまりに緊迫した話し合いの最中に倒れ、救急車で搬送されています。

 同氏はソーシャルネットワーク上で「フランスの司法を恥じている!」と表明し、未成年者は成人と同様に処罰されないという未成年という言い訳が解除されていないことに憤慨する意見を発信しています。

 そもそも未成年とはいえ、17歳というギリギリの年齢(18歳で成人)のうえ、犯罪自体は成人も真っ青になるくらいの凶悪さと狂暴さと残酷さ。未成年として裁かれるべきかどうかは、甚だ疑問でもあります。

 この判決には、様々な意見が上がっていますが、犯罪そのものは、充分に成人の犯した犯罪となんら変わることない(なんなら、一般的?な殺人事件以上にずっと狂暴)にもかかわらず、未成年扱いの求刑。

「司法は女性に対する暴力を甘く見ており、被告が未成年であるという言い訳を却下することを恐れたにせよ、最大20年にも及ばない判決は不当である」などと、否定的な意見も多く、また、被告がすでに3年半の公判前拘留中であり、今後の更生が認められるなどの恩恵を受ければ「8年以内に釈放されるだろう」という見方もされています。

 この見方が正しければ、現在、20歳の彼は28歳には、出所してくることになります。怖い怖い・・。

 公式統計によると、フランスでは3日ごとに女性が配偶者や元配偶者からの暴力で死亡していると言われており、「フランスはヨーロッパで一番、殺人事件が多い国」というのも、残念ながら納得してしまいます。

 

未成年の凶悪殺人事件に判決18年


<関連記事>

「パリの治安の悪化再び エッフェル塔近辺で暴力を伴った強盗事件で一晩で12人逮捕」

「少年院から出て2ヶ月後、5歳の少女を殺害した15歳の少年」

「マルセイユ麻薬密売組織による銃撃事件で一晩で3名死亡」

「嫉妬による嫌がらせから起こった14歳の殺人事件 セーヌ川に捨てられた少女」

「パリ15区での14歳の少年への集団襲撃事件」

 


2023年6月11日日曜日

日本に帰っていった娘 親離れ・子離れ

 


 転職を機に、パリに一時帰国?していた娘が日本に帰っていきました。2週間程度の滞在でしたが、その間、彼女は時間を惜しんでパリにいる友人と会ったり、私とも一緒にパリで買い物して歩いたり、食事に行ったり、イタリアに旅行したりと私にとっても、楽しい時間でした。

 私は子育ての過程において、かねてから、子供は、ある程度の年齢になったら、家を出て、独立した生活を経験するべきだと思っていたし、娘の場合は、彼女のエコールがボルドーにあったために、以前にも1人暮らし(といってもシェアハウスのようなところでしたが・・)をしていた期間がありました。

 途中、パンデミックで予定が狂ったりして、海外への留学がキャンセルになったりして、その間は、ボルドーを引き払って家に帰ってきて、パリでスタージュをしたりしている間は、家に戻っていましたが、就職先に日本にある会社を選んだことで、パリの家からは、出ていくことになりました。

 彼女が最初にボルドーで一人暮らしを始めるときは、親元を離れて生活するということが初めてだったので、日本っぽいとか、少々、親バカかとも思いつつ、どんなところで彼女がこれから生活するのかも見ておきたかったし、大家さんにも一応、挨拶をしておこうと思って、日帰りですが、一緒についていったし、また、日本で生活を始めるにあたっても、日本には何度も行ったことがあるとはいえ、日本で生活するのは初めてのことなので、住民票のこととか、銀行のこと、また、空き家になっていた私の実家で生活するために、家に不具合はないかとか、周囲の親戚や、私の友人など、色々な人に一応、声をかけておこうと、親として、私が彼女にしてあげられる最後のこと・・と思って、最初だけ一緒に日本に行き、その後、私は1人でパリに帰ってきました。

 彼女が日本で仕事をし、一人暮らしを始めて、1年とちょっとが経ち、今回、彼女がパリに帰ってきて、普段、時々、電話で話したり、メッセージを送りあったりしているものの、ゆっくり話をするのは、久しぶりで、彼女の様子から、日本とフランスの違いを肌で感じながら、着々と1人での生活を確立していっている様子が見えて、もともとしっかりした娘ではありましたが、またワンステップ、人として、成長した様子が見えて、やっぱりよかったな・・とそんな気持ちでいます。

 経済的にも、今の彼女はけっこう稼いでいるにもかかわらず、旅行などはけっこうしているらしいものの、実生活は、かなりガッチリとしていて相変わらずのケチケチ生活をしているようで、そんなところも、自分の生活を自分で営んでいるところが垣間見えて、微笑ましい限りです。

 正直、夫が亡くなって以来、親一人子一人の生活をずっと続けてきて、私は、これまでは何よりも娘のことを優先に生活してきたし、当初は、私も自分だけのために何かをするというリズムをすっかり忘れていましたが、今では、すっかり自分のリズムで生活することに慣れてしまいました。

 多少、寂しい気もすることはありますが、やっぱり、ある程度の年齢になったら、親から独立することは、必要なことだと思っています。

 私が彼女くらいの年齢の時は、時代も国も違うので、必ずしも、比較の対象にはなりませんが、父親がうるさくて、女の子が一人暮らしをするとか、あり得ない感じだったし、夜、出かけるにも、旅行に行くにも、いちいち親がうるさくて、かといっても、なんだかんだいって、自分は親がかりの生活を抜け出す勇気もなかなかなくて、どこか不満に思いながらも中途半端だったなぁと思います。

 日本は成人しても親元に居続けることが珍しくもないし、親の方も子供を独立させたがらないので、その時は、そのことをあまり、おかしいとも思っていなかったのですが、こうして海外に出てみると、子供が成人したら、わりと普通に独立していくのを見るにつけ、ある程度の年齢になったら、男女問わず、親離れ・子離れしていくことは、親にとっても、子供にとっても、人間として大事な成長の過程であると思うようになりました。

 海外での子育ては本当に大変でしたが、思い返すと本当に楽しかったし、子供がいなければできなかったであろう、このうえない経験を沢山させてもらいました。本当に楽しかったし、子供を産んで育てるという経験ができて、本当に有難い経験でした。

 しかし、この先もズルズルと親も子も、もたれかかりあう生活はどちらのためにもならないとも思い、区切りをつけることも必要だと私は自分に言い聞かせるようにしています。

 私の両親はもう他界してしまっているので、私は親の介護という問題からも卒業?し、今のところは、私が介護してもらうような状態でもないので、今は私は一応、子育ても卒業し、自分自身の生活を有意義に過ごせるように楽しみながら生活し、娘は娘でこれから彼女が自分自身の家庭を持つまでは、独身生活を謳歌しながら送っていくと思います。

 もともと、私は、彼女が生まれた時から、娘には国際人になってほしいと思っており、彼女には、日本にも海外にも共通に存在する名前をつけました。日本語も必死で一生懸命教えてきたし(英語はほんの少しだけだったけど・・)、こうして、今、色々な国の人々と仕事をし、海外を自由自在に行き来している彼女の姿は私の理想にかなり近かったかもしれないとも思います。

 彼女の今回の来仏は、できるだけ安いチケットを探したと言っていて、ベトナム経由のフライトを選び、ついでにベトナムにも数日、滞在するとかで、その体力とバイタリティには、感心するやら羨ましいやら・・。今、私にもそんな自由はあるものの、とても体力的に無理になってしまいました。

 とはいえ、離れて生活している以上、いつ何があるかもわからないし、「あれが最後だった・・」なんてことにもなりかねないため、空港までは送って行って、「次は私が日本に行くね・・元気でね・・」とお見送りをしてきました。

 今回、彼女がパリに着いた時に、エスカレーターが壊れていて、「フランスに帰ってきたなぁ・・」と実感していた彼女でしたが、彼女を見送って、早々に電車で帰ろうとした私は、不審な荷物があるとのことで、空港の駅が閉鎖・・。

 どうにか、違う駅まで移動して、もう娘の飛行機は出ている頃だろうな・・ヤレヤレ・・と家に帰ってくると、娘からメッセージで「飛行機が遅れていて、まだ出ていない・・」と。飛行機は結局1時間半も遅れて離陸し、彼女は、行きも帰りもフランスらしさを満喫することになったようです。

 彼女の選んだフライトは、ベトナムエアラインで日本への直行便ではないのに、「日本人観光客がいっぱいで、乗り継ぎに間に合わなくなると日本人が騒いでいる!」と・・。

 多くの日本人観光客も同じエアラインを選んでいるということは、やっぱり今、ベトナム経由が安いのかも??などと、思ったりしました。

 そんなわけで、彼女は今、フランス、イタリアに次ぎ、ベトナムでのプチバカンスを楽しんでいます。パリを出る時にスーツケースの計量とともに、自分の体重を測りながら、「ヤバい!4キロも増えてる!」と焦っていた娘・・ベトナムに着いても、「食べ物が美味しくて、しかも安い!これで4ユーロ!」などと写真を送ってきています。

 彼女のダイエットは日本に帰ってからになりそうです。


親離れ 子離れ


<関連記事>

「娘の真夏の成人式」

「子供のために使うお金 フランスのコロニー(子供の合宿・サマーキャンプ)」

「娘の留学ドタキャン コロナウィルスによる被害」

「バイリンガル教育は簡単じゃないけど、頑張れば、その子の一生の財産になる」

「フランスの小・中学校(高校) 私立進学へのススメ」

「娘の卒業式」

2023年6月10日土曜日

一日にして、フランス中のヒーローになったバックパックの男

 


 アヌシーの平和な公園で突如、ナイフで小さい子供4人を含む6人を襲った凶悪事件にフランス中が震撼とした翌日、この凶行の様子は、居合わせた人々が撮影していた動画がテレビやSNSで拡散されました。

 この動画は、犯人の動向とともに、犯人を追いかけまわし、持っていたリュックサックでナイフ男を払いのけ、犯人に立ち向かう若者の姿が映されていて、この「バックパックの男」は、瞬く間に有名人になりました。

 この犯人は、犯行時に「キリストの名のもとに!」と叫びながら、子供にナイフで襲い掛かったと言われており、自らをキリスト教徒であると名乗っていたそうですが、皮肉なことに? この犯人に立ち向かっていった24歳の男性もまた、敬虔なカトリック教徒で、哲学と国際経済学を専攻していた彼は2ヶ月間にわたり、バックパックを背負って、フランスの大聖堂巡りをしている最中でした。




 恐らく事件現場は、異常な緊迫感と恐怖に包まれていたと思われますが、彼は、「自分自身の身の危険は全く思いもせず、飛び散る血を見て、何もせずにはいられなかった・・自分自身の命よりも、危険にさらされている人々の身の危険を恐ろしく感じた・・」とインタビューに答えています。

 ちょっと美談すぎる気もするのですが、動画を見ると、最初、彼は非常に大きなバックパックを背負ったまま、犯人を追いかけていっているので、彼があまり深く考える間もなく、行動を起こしていたことがうかがえます。

 彼は、途中でバックパックをおろしてから、もう一つのリュックサックで犯人を攻撃?回避しながら、彼がベビーカーに近付こうとするのを追い払いながら、闘っています。

 彼自身は、自分のとった行動が自分の身に危険が及ぶことであったと気が付いたのは、犯人が逮捕されて、ストレスから解放された後だったと話しています。

 この男性は、瞬く間にフランス中のヒーロー・英雄となり、事件の翌日に犠牲者の病院を訪れたマクロン大統領にも対面し、直接、称賛の言葉を受けています。大聖堂マニア?の彼は、マクロン大統領に来年行われる予定のパリ・ノートルダム大聖堂の再建祝賀式に招待してほしいと頼み、マクロン大統領は「私が個人的に手配します」と快諾の返事をもらっています。このあたりは、なかなかちゃっかりした面も持ち合わせているようです。

 もしも、自分がこのような現場に遭遇した場合、後になってみれば、犯人は一人であったことがわかりますが、事件が起こっている現場では、はっきりとした状況は把握することは難しかったはずで、自分の身の危険を考えたら、まず逃げることを考えてしまうのが普通で、逃げたところで誰も攻めはしないと思うのですが、そこで、彼のような行動に出ることは、なかなかできないことです。

 また、このような動画が残されているということは、その緊迫した状況で、襲われている子供を助けずに、自分自身も逃げずに動画を撮り続けていた人もいたということでもあります。

 しかし、この動画のおかげで、彼の勇敢な行動はフランス中から称賛の声を受けることになったのです。

 彼がバックパックで犯人と闘っている間に警察が到着した模様ですが、警察とて、ナイフを持った犯人が暴れていれば、パリなら、警察が現れた時点で犯人は射殺されてしまいそうなところですが、彼は撃たれることなく、逮捕されています。犯人が射殺されてしまわなかったのも、ちょっと不思議といえば、不思議でもあります。

 逮捕された犯人は、英語、アラブ語を話すのみで、フランス語が話せないそうで、あまり多くを語らず「kill me」とつぶやいたという話も上がってきているくらい、取り調べも難航しているそうです。

 後から出てくる犯人についての目撃証言では、彼が大人しく、礼儀正しい?ホームレスであったということもあるのでしょうが、けっこう、周囲の人々も彼に食べ物や薬を差し入れようとしていた模様で、結局は、大変なしっぺ返しを受けたとはいえ、そういうところ、困っている?人に対して、フランス人って優しい人が多いな・・などと、妙なところに感心したりもしています。

 バックパックの彼はインタビューの中で、「私はフランス人らしく行動し、最も弱いものを守るという本能に従いました。 襲われた子供を守りたかった。誰でもできることをしただけだ・・」と語っていますが、彼ほどの勇敢さはなくとも、彼が言っている「フランス人らしく行動し、最も弱いものを守る・・」という点については、たとえ、彼ほどの勇気がなくとも、最も弱いものを守ろうとする・・というところは、たしかにフランス人らしいところだ、私も感じます。

 今回、思わぬ事件に遭遇してヒーローとなったこの男性もまた、これを機に人生が変化していくかもしれません。

 とりあえず、彼が大聖堂めぐりをしながらアップしているInstagramのアカウントは、あっという間に、フォロワーが10万人に迫る勢いで増えており、ハッシュタグ#MerciHenri(アンリーありがとう)がネットを駆け巡り、多くの著名人が称賛のメッセージを送り、特に極右活動家の間で人気になっているのも、これはこれで、微妙な気持ちにさせられます。


フランスのヒーロー 英雄 バックパックの男


<関連記事>

「フランス全土が震撼とした のどかなアヌシーの公園で起きた難民による子供を狙った襲撃事件」

「トゥーサンのお墓参り フランスのお墓のこと 夫が亡くなった時のこと」

「宗教に傾倒しすぎる義理の息子 フランス人の宗教」

「リサイクルショップ・エマウスがノエル前に繁盛しているフランスの一面」

「コロナウィルス・ロックダウン下で驚かせられるフランスの変化」



2023年6月9日金曜日

フランス全土が震撼とした のどかなアヌシーの公園で起きた難民による子供を狙った襲撃事件

 


 事件は朝の9時45分頃に起こりました。アヌシー(オー・サヴォア県)にあるのどかな湖のほとりの公園で、ナイフを持った男が22ヶ月から3歳の子供たちに襲いかかる(成人1人を含む7名が負傷・子供たちは生死をさまようほどの重症を負った)という、ちょっと信じられない事件に誰もが震撼とさせられました。

 襲われたのが、まだヨチヨチ歩きの子供ばかりというのも余計に恐ろしく不気味な事件で、その日は、一日中、フランス全土はそのニュースでもちきりで、少しずつ判明していく犯人のプロフィールに最も過激に反応し始めたのは、移民を叩き出したい極右政党の政治家と過激派でした。

 犯人は、迅速な警察の介入で、その場で逮捕されていますが、この男性は、1991年生まれ、31歳のシリア国籍で、スウェーデンで難民認定を取得し、10年間スウェーデンに住んでいたものの、昨年秋からフランスに入国し、このアヌスの近辺にホームレスとして?滞在しつつ、フランスでも亡命申請を提出していましたが、すでにスウェーデンで難民認定を取得していたために、フランスはこれを却下しており、その通知を彼が受け取ったのがこの事件の4日前であったと言われています。

 この衝撃的なあまりに狂暴な事件の知らせに当日、開催されていた国民議会も議事を中断して1分間の黙とうが行われています。

 この犯人からは、麻薬などのドラッグやアルコールの反応は出ておらず、また、彼には精神病歴もありませんでした。付近の住民によれば、彼はフランス入国以来、この事件を起こした公園を根城にしていたのを目撃されていましたが、彼は非常に礼儀正しく、周囲の人々の邪魔にならないように、午後7時半頃になるとやってきて、朝8時頃になると公園を出ていき、清潔な身なりで、挨拶をすれば、それに応えて挨拶をし、まるで軍隊生活をしているようにきちんとしていたため、彼が公園に留まっていることを通報する必要は感じていなかったという証言もあるようです。

 彼に対して、毛布や食べ物を提供しようとしても、彼はこれをいつも拒否していたそうです。

 事件後になってみれば、あの彼の行動は周囲を油断させるものだったのだろうか?とその証言者は、ホームレスとしては、あまりに礼儀正しく、清潔にひそやかに暮らしていた彼の様子を逆に不気味に思い返しています。

 また、彼は亡命申請の際にシリア出身のキリスト教徒であると宣言しており、今回の襲撃事件においても、子供たちに襲い掛かる際に「イエス・キリストの名において!」と数回、叫んでいたと言われており、スウェーデンでは、一時、教会で生活していたこともあったと言われています。

 彼は、スウェーデンでは、結婚歴があり、信じられないことに、今回襲った子供たちと同じ年ごろの3歳の子供がいるそうですが、8ヶ月前に離婚しており、元妻が電話でのインタビューに回答しています。

 彼はスウェーデンでの生活も決して順調ではなかった模様で、スウェーデンの新聞によると、スウェーデンにおいて、彼には、研修中に失業手当と奨学金の両方を受け取ったとされる給付金詐欺の前科があり、執行猶予付きの有罪判決と罰金が課せられていたそうで、そんなことも影響してのことか、スウェーデンにおいて取得したかった国籍取得に失敗し、スウェーデンを出国することを決意したと元妻が証言しています。

 彼の今回の襲撃事件の本当の理由は解明されてはいませんが、スウェーデンに亡命し、腰を落ち着けるつもりが、それに失敗し、イタリア、イスラエル、マレーシアなどでも亡命申請をしようとしていたものの、フランスでの亡命申請の結果、すでにスウェーデンでの難民認定があることを理由に却下されたために、今後も他国で亡命申請が認定されないことが予想さたことに失望したとも考えられます。

 しかし、なぜ、彼が襲ったのが自分の子供と同年代の小さな子供であったのか?  一見、冷静そうに見えていたこの男の狂気は何に起因しているのか?

 いずれにせよ、この不可解かつ、狂暴な子供を中心に狙った襲撃事件は、単に恐ろしいだけでなく、再び移民問題に大きな波紋を呼ぶことは間違いありません。

 現段階では、アヌシーでは、この件に関するデモを禁止していますが、いつまでも禁止というはずもありません。この事件に多くの人が憤りを覚えていますが、この事件を間違った方向で騒いでほしくはありません。


アヌシー ナイフによる子供襲撃事件


<関連記事>

「早朝のパリ北駅での6人刺傷事件 容疑者は、OQTF(フランス領土退去命令)の移民」

「パリの公立病院の救急治療室で起こった強姦事件」

「スティーブン・スピルバーグ「ターミナル」にインスピレーションを与えた伝説のホームレスCDGで死去」

「2023年に提案される移民法の改正案の概要 積極的な受け入れと追い出しの両刀使い」

「12歳の少女殺人事件が呼び起こす極右政党の移民叩き」






2023年6月8日木曜日

モンサンミッシェル1,000周年 自然と融合した神秘的な芸術

 


 モンサンミッシェルの修道院が1000周年を迎えたそうで、週明けにマクロン大統領が夫人を伴い1000周年記念祝賀のために予告なしに訪問しています。

 フランスでは、モンサンミッシェルはミッテラン大統領以来、歴代大統領、あるいは、大統領候補者が何らかの決意、メッセージを伝える場所として、この地を訪れるのがある種の習わしのようになっています。

 年金改革問題を機に数ヶ月にわたる強い不信感を経て支持率が回復しつつある中、マクロン大統領が1000周年を迎えたモンサンミッシェルで何を語るのか?と思いましたが、1,000周年ということ以外に特別な意味はなかったみたいです。

 彼は「私たちが風景が消えていくのを恐れるこの時代に、モン・サン・ミッシェルは不可能なことは何もないということを証明しています。 私たちの国には再び希望を抱く十分な理由があります。モンサンミッシェルに象徴されるように、回復力と抵抗力を兼ね備えているこの国を作り上げていきます」と、マクロン大統領の口から出てきたのは、具体的な話ではなく、強いてあげれば「遺産の修復を支援したい」といった程度の話でした。

 モンサンミッシェルといえば、日本人にも人気のフランスの代表的な観光地の一つで、ユネスコの世界遺産にも登録されているフランスの文化遺産です。ノルマンディーの潮の干満の激しい地にそびえ立っていることから、満潮時には、海の上に浮かんでいるように見える自然と融合した神秘的な芸術であると言われています。

 現在は、すでに工事が完了していますが、一時は、車や観光バスを通すことを目的とした道路が岩の周りの水の循環を妨げ、泥が堆積する恐れがあり、この災害を避けるために、1億8,400万ユーロを費やして、大規模な工事を行い、駐車場を押し戻し、道路を作り直しましたが、このために、モンサンミッシェルの修道院の岩山に到達するために2km歩くか、シャトルバスを使わなければならなくなることについての賛否が分かれ、ゴタついていた時期もありました。

 私がモンサンミッシェルに行ったのは、そんな工事が行われる前だったので、モンサンミッシェルの中にいて、うっかり満潮になる時間にかかってしまい、靴をぬいで、足を海の水につかりながら、戻ってきた覚えがあります。

 その時は、家族で何日かかけて、車でノルマンディー地方を旅行した時に立ち寄ったのですが、その時は、駐車場はそこまで遠くではなかったのですが、周囲約 960 メートル、標高 92 メートルのこの岩山の上にそびえ立つモンサンミッシェルの修道院に上って観光するのは、けっこうな脚力が必要で足がガクガクになった記憶があります。

 一時は、日本人のフランスツアーなどには、必ずといっていいくらいモンサンミッシェル観光が組み込まれていて、そうでない場合は、日本の大手旅行会社がやっているオプショナルバスツアーが毎日のように出ており、しかも、その大半が1日の日帰り観光だというのに、フランス人は目を丸くしていました。

 どうやら、ツアーに参加する人々は東京ー横浜くらいの気分で参加しているのではないか?と思いつつ、実際は、普通は車で日帰りするような場所ではなく、朝7時過ぎにパリを出発し、パリに戻ってくるのは、早くて夜9時過ぎで、モンサンミッシェル滞在時間よりもバスに乗っている時間の方がずっと長い耐久レースのようだ・・とフランス人からは嫌みがましく言われていました。

 当時は、モンサンミッシェルに一番多いのは、日本人観光客だと言われるほどで、日本人は、ずいぶん、この地方の観光業界に貢献してきたのではないかと思います。

 現在は、まだ、日本人観光客が以前ほどは戻ってきていないので、以前ほどは、モンサンミッシェルに日本人が多いとは思えませんが、とにかく観光客が多く訪れる場所であることは間違いなく、色々な言語が聞こえてきます。年間約300万人が訪れるというモンサンミッシェルは、周囲のホテルやレストラン、土産物店など、地域を潤し続けています。

 話は少々、逸れてしまいましたが、そもそも何かの○○周年記念ということは数あれど、1,000周年などという機会はめったにあることではなく、歴代大統領ゆかりの地?であるモンサンミッシェル1,000周年の年に在位しているマクロン大統領というのも、「この男、持ってるな~」と妙な感心をするのでした。


モンサンミッシェル1,000周年


<関連記事>

「パリに日本人観光客がちょっとだけ戻ってきた・・」

「パリに巻き起こる「エミリーパリへ行く」現象と経済効果 Emily in Paris」

「パリに日本人観光客が戻る日は遠い 燃油サーチャージ大幅値上げ」

「日本人の旅行の仕方が変わった理由 パリに日本人団体観光客がいなくなった?」

「日本の雑誌のパリ特集と電気・ガス料金・高速料金値上げ(2022年から変わること)」






2023年6月7日水曜日

ユニクロがプリンセス・タムタムとコントワー・デ・コトニエの店舗を大幅閉鎖

  


 ユニクロ・フランスがプリンセス・タムタム (Princesse Tam Tam (ランジェリー)とコントワー・デ・コトニエ(Comptoir des Cotonniers (婦人服)の国内店舗を大幅縮小することを発表したというニュースを聞いて、最初は意味がわかりませんでした。

 この2つのフランスのプレタポルテのブランドは、ユニクロの子会社だということを私はこのニュースを聞くまで知りませんでした。

 ユニクロ・フランス本体は、街を歩いている人が持っているユニクロの紙袋の数や、お店に買い物に行った時の様子などを見るにつけ、どう考えても業績は悪くないと思うのですが、ここのところ、カマイユ、kookai、ピンキー、サンマリーナなどフランスの中堅どころのプレタポルテのブランドは、軒並み倒産が続いています。

 たしかに、フランスのファッション業界は、いわゆるハイブランドか、そうでなければ、かなり思い切った低価格帯のブランドか?両極化しつつある気がします。「フランス人はもはや中堅どころのブランドの名前では買い物をしなくなり、価格で買い物をするようになった・・」とも言われていますが、その中間のところを綱渡りしていけるブランドはそんなに多くなくなってきた気がします。

 今回、ユニクロ(ファーストリテイリング)は、「流通戦略の抜本的見直しプロジェクト」と「販売拠点ネットワークの再編計画」をかかげ、フランスにおける厳しい中堅どころのファッションメーカーのポジションを維持していくために、子会社の中でも、もはや回復の見込みのない、この2つのブランドの55店舗(136店舗中)の閉鎖を検討すると発表し、また、多くの雇用が失われると話題を呼んでいます。

 そもそも、ユニクロがなぜ?この2つのブランドのオーナーになったのか?ということも疑問といえば、疑問でもありますが、そもそもフランスにユニクロが進出した当時は、ユニクロは、その品質には、絶対的な人気があったものの、ファッション的、デザイン的には今一つという評判であったことも否めません。

 そんな中、これらのブランドを買いとることでデザイン性やフランスのファッションブランドの香りを吸収していくことは、彼らにとって一定の狙いがあったのかもしれません。

 しかし、ここ数年の中堅どころのファッションメーカーの急降下の勢いは想像以上に早く、業績不振にあえぐ中堅ブランドは、彼らの顧客層の認識の変化に追いつかず、気が付いた時には、店舗数だけがやたらと過剰に増えており、それと反比例するようにオンライン上での存在感が薄すぎて、それを凌駕する戦略を打ってこなかったことが敗因です。

 おそらく、今回の発表は、現時点では店舗縮小に留まっていますが、すでにユニクロ本体の足を引っ張る存在になりつつあったということだと思います。

 この子会社ブランドの縮小とともに、ユニクロは、パリ・リヴォリ通り店で、アフターサービス、カスタマイズ ワークショップ(リペア・カスタマイズ・リフォーム)を組み合わせた「お直しサービス」を開始すること(3ユーロからの価格で、ボタンの縫い付け、破れの修理、裾上げを依頼できる)、また、使用済のアイテムのリサイクルへの取り組みを開始することも同時に発表しています。

 ユニクロはさらに、NGOと協力して、状態の良い古着を世界中の困っている人々に配布するプロジェクトも開始しています。

 常に何か新しい試みを催し、他のブランドにはないサービスという付加価値をつけることで、他のブランドとの差別化をはかり、また、世界的にも環境問題に積極的に取り組む姿勢をアピールしているあたり、さすが!とうならせられます。

 労働組合が強いフランスでは、店舗の縮小、それに伴う解雇などは、生易しいことではありませんが、会社全体が生き残るためには、不要な人材や店舗を抱え続けるのは命とりです。

 ユニクロがフランスに進出したのは2007年のこと、ラ・デファンスに1号店ができると聞いて、日本人の私は、なんか嬉しくてワクワクしたのを覚えています。当初から、ユニクロは日本式に店員を教育するとかで、お客さんが手に取った洋服はすぐにたたんで棚に戻すとか、レジでは人を待たせないような工夫をするとか、日本人から見たら、当然のサービスを提供するために、フランスでも日本風の店員の教育をしていたため、フランス人がその厳しさに耐えられずに、人がすぐ辞めてしまい、常に求人広告が出ているようでもありましたが、それも店舗が増え、ユニクロがフランスに浸透していくにしたがって、そんな店員の教育も浸透していき、最近では人を待たせないレジどころか、レジ自体の多くがオートレジになってしまいました。

 世の中の変化や流行、人々のショッピングの形態の変化についていけない限り、企業も生き残れないので、ユニクロとしては当然のことをしていると思うのですが、中には、この縮小されるブランドの店舗贔屓の側からすれば、「ユニクロはなぜ、プリンセス・タムタムとコントワー・デ・コトニエを犠牲にするのか?」などという批判じみたタイトルをつける新聞もあったりで、全くそのあたりは、フランスだな・・とも思うのです。

 ただ、現時点では、店舗数縮小を検討するということで、対象店舗の実質的な閉店は2024年7月の予定と1年以上の猶予期間をとっているあたりも、フランスでの解雇の難しさを物語っています。

 それにしても、ユニクロがこんな世界的なブランドになるとは・・。


ユニクロ フランス プリンセス・タムタム  コントワー・デ・コトニエ


<関連記事>

「Kookaï(クーカイ)、Pimkie(ピンキー)相次ぐ中堅どころの衣料品ブランドの経営危機」

「カマイユ(Camaïeu)倒産に見るカマイユとユニクロ パリの微妙な比較」

「ユニクロ パリ・リヴォリ店オープン ルーブル美術館・日本文化とのコラボ」

「ブリヂストン・フランス・べチューン工場閉鎖 ①」

「ブリヂストン・フランス・べチューン工場閉鎖 ②」