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2026年4月29日水曜日

日本での体調不良、めまいの理由を探すために検査・検査の毎日      

  


 いつも、結局は、ギューギューのスケジュールになってしまうのですが、今回の日本への一時帰国は、やはり、というか、いつも以上にスケジュールが詰まってしまい、本当に最後の2〜3日頃になってくると、もう座っていても眩暈がするようになって、朝、起きたときの疲労感がちょっと怖いくらいになり、私が呼吸器を使うようになる(睡眠時無呼吸症候群)少し前の状態以上にしんどくなってきてしまいました。

 それでも、食欲というか、食べたい欲だけは衰えることがなく、なんとか、日本にいる間に食べたいものを食べて行こうという気持ちばかりが焦って、スケジュールをキャンセルすることはいかにしても耐えられず、大袈裟ではありますが、息も絶え絶えな感じになってしまいました。

 あまりの疲労感に今まで一度も試したことのなかった栄養ドリンクのようなものまで試してみたりもしました。それも、一瞬、なんか元気になりかけた気がするだけで、気休めにしかなりませんでした。

 この座っていても眩暈がする感じは、やっぱり不気味なことで、しばらく横になったりしていれば、一時的にはマシになるものの、叔父のお見舞いに行った際の叔母(座っているのに眩暈がして具合が悪くなってしまった)と同じなのかもしれない・・とも思ったりして、大いに不安を感じ、フランスに戻ったら、すぐにお医者さんに行かなければ・・と思っていました。

 要は、動きすぎが大きな原因だと思うのですが、食べ過ぎで胃に血液が全部いっちゃって、頭がくらくらするのかしら??というような、めちゃくちゃなことを思ったりして、なんとか、日本滞在中のスケジュールは消化してきました。

 パリに戻って、しばらくは、ひたすら眠り、少し落ち着いた頃に、まず、かかりつけのお医者さんに行って、日本で起こった恐ろしいだるさと眩暈(めまい)について話すと、心臓かもしれない・・と言われて、血液検査をして、心臓専門医に行った方がいい・・と言われて、予約を取ろうとしたら、なんと予約が取れたのが年内とはいえ、10月でした。

 とりあえず、その前にと言われた血液検査をしたら、なんと肝臓の数値が異常に悪くなっていて、今度は、肝臓のスキャナーを取るように言われて、スキャナー検査へ。

 スキャナー検査の結果、どうやら、肝臓の血管内に問題がありそうということで、さらに詳しい検査と言われて、今度はMRI検査へ。

 そんなわけで、毎週のように血液検査、スキャナー、MRIと続いて、4月中はほぼほぼ、検査に明け暮れる毎日となりました。

 検査というものは、とにかく疲れるもので、その度に食事を抜かなくてはならないし、検査自体も、なにやら、点滴のようなものをしながらする不気味な検査。息を大きく吸って~ハイ、止めて~を繰り返し10回くらい行います。



 最後のMRIでは、ヘッドフォーンのようなものをして、白いドームに永久に吸い込まれていくような、このまま異次元の世界に吸い込まれていくような(少々オーバーですが・・)、他ではちょっとないような体験でした。

 結果的に血管腫というものがあることが判明したのですが、それは、悪性のものではなく、問題ないということで、ちょっとは安心。

 しかし、結果的に、これはめまいやだるさの原因ではないということで、結局眩暈の理由はわからずじまい、お医者さんからは、ストレスや過労などだったのでは・・というのですが、つくづく無理が効かなくなったことを実感しました。

 いやいや、もしかしたら、先生の最初の懸念のとおり、心臓なのかもしれません。

 今後、定期的に検査をしなければならないそうで、病院とは、さらに深いお付き合いが続きそうです。

 以前・・というか、海外に出る前は、海外で病気になったら、一番、困るな・・と思っていたのですが、もうすっかり我が家の近所のあちこちのお医者さん、検査施設なども、常連客のようになっています。

 ちなみにMRIはフランスだとIRMです。

 

MRI検査


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2026年4月28日火曜日

アジア食材のお店が集まっている不思議な感じがするコマーシャルセンター「LA GALERIE Masséna」   

  


 以前に一度か二度は来たことがあったのですが、パリ13区には不思議な感じのするコマーシャルセンターがあります。その時は、「CHEN MARKET」が入っているコマーシャルセンター?(LA GALERIE Masséna)という認識で、その後、あまり足を運ぶことはありませんでした。

 先日、たまたま、近くを通りかかったので、立ち寄ってみたら、やっぱり、その不思議な感じは変わっておらず、全体(中に入っているお店を含めて)が、なんとなく「ここ?ほんとにパリ?」と感じるような不思議な空間です。



 ごくごく普通のコマーシャルセンターに入っているようなサンドイッチも売っているようなカフェみたいなお店とか、ほぼほぼ食料品関係のお店が多いのですが、中央には、雑貨や不思議な洋服や小物などが出ていたりするのですが、どこかテイストが違います。



 このコマーシャルセンターには、「インターマルシェ」というフランスのチェーンのスーパーマーケットもけっこう大きなスペースをとっていますが、今回は、それ以外のお店をいくつかご紹介します。

 一つはパン屋さん・・洗練されたというのとは、ほど遠い感じのお店ですが、いわゆる日本のあんパンやクリームパン、メロンパンのようなもの(AKIなどのパリの日本のパン屋さんよりも安い)や中華のチマキやニラ饅頭など、ちょっと興味をそそるようなものが並んでいます。


 いわゆるパリにあるふつうのパン屋さん(ブーランジェリー)とは全然、違うパン屋さんです。

 ただ、ほぼほぼ中国人のお客さんしかいないのか?英語はおろか、フランス語も話せない店員さんがいて、言葉が通じず、他の店員さんを呼びに行くというイレギュラーなことがおこって、びっくりしました・・英語が通じないというならばともかく、フランス語まで通じないとなるとなかなかです。

 まあ、たまたまそういう人にあたってしまっただけかもしれませんが・・。

 それから、もう一軒、「おっ!」と思ったのは冷凍食品のお店です。

 13区の中華街?界隈には、中華が中心の冷凍食品、冷凍食材のお店があるのですが、わりと、プロ向き(レストラン等)で容量が多いものが多いのです。

 しかし、このコマーシャルセンターに入っている冷凍食品のお店「STARMASSENA」は、比較的、個人でも使えるボリュームのものもけっこうあり、また、少し手を加えるだけで家で楽しめる中華料理、お惣菜っぽいものもあります。


   


 上段はエビワンタンとニラ饅頭、下はエスカルゴの中身とカエルです。



 中には、一瞬、えっ?アサリ?何かの貝?と思ったものがエスカルゴの中身だったり、カエルの肉だったり、また、カニ好きの私としては、見過ごせないカニ缶の中身みたいなものも発見しました。


 お値段的にもおそらくタンフレールなどよりも若干安いのでは・・?と思うような印象でした。

 よくよく見てみると、ちょっと食べてみたいな・・というようなアペリティフにも使えるかも・・?というようなお惣菜もけっこうあって、今度、もう一度、ゆっくり行こうと思っています。

 コマーシャルセンターが衰退しつつある傾向もある中でこうして独特なコマーシャルセンターが生き残っていることは興味深いことでもあります。


🌟Centre Commercial「LA GALERIE Masséna」 13 Place de Vénétie 75013 Paris 


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2026年4月16日木曜日

パリのアジア食材のお店「CHEN MARKET」シェン・マーケット

  


 これまでアジア食材の買い物はバカの一つ覚えみたいにタン・フレール(Tang Frere)に行っていました。まあ、タン・フレールは、おそらくパリの中では最も規模も大きく、店舗も多いアジア食材のお店で、それなりに安定?した中華を中心としたアジア食材(パリのふつうのスーパーマーケットにはあまり置いていない野菜や豆腐、麺類などなど)の品揃えがあります。

 今回、ご紹介する「CHEN MARKET」は以前から、その存在は知っていて、1~2度くらいは行ったことがあったのですが、その際には、あまり興味をそそられず、まあ、タン・フレールでいいか・・という印象を持ってしまって、その後、ずっと行っていなかったのです。

 先日、たまたま近くを通りかかって、久しぶりに何気なしに立ち寄ってみたら、以前は気が付かなかっただけなのか?商品構成が少し変化したのか?ちょっとタン・フレールとは違うものがけっこうあって、おもしろいな・・と思ったのです。

 やっぱり、私は日本人なので、日本食関連?たとえ、本当に日本で作られたものでなくても、自然と関心がいくというか、注目してしまうところがあって、そんな商品がタンフレールよりも多いような気がしたのです。



 今回の掘り出し物?は、ラーメン用の生めんで、不思議なネーミング「札幌ちだれ麺」というもので、フランス製の麺でした。価格は 2.99ユーロで3玉入っているので1玉約1ユーロでそこまで高価でもありません。

 今やパリではラーメンも大人気でインスタントラーメン(乾麺)に関しては、ほぼほぼ市民権を得たくらい出回っていて、ふつうのスーパーマーケットでも買うことができるほどになっているのですが、生めん、しかもラーメン用の生めんというのは、なかなかありません。

 実際に食べてみましたが、やはり乾麺とは全然、違って、つるっとしていて、風味もよく、とっても美味しくいただきました。

 その他、タンフレールではみかけない種類のお豆腐、日本製の乾麺のラーメン、日本のお菓子を真似して作ったであろう日本語表記のお菓子類、また、日本でよく?使われる食材を使った加工品などなど、そんなものは、見ているだけでも楽しい限りです。


 





 なんか、以前には、大したことないな・・と思っていたお店も歳月の経過とともに、どんどん進化しているので、一度、昔に行って、つまんないな・・と思ったところでも、固定観念は持たずに時々、覗いて見るのもありだな・・と思いました。


🌟CHEN MARKET  Centre Commercial「LA GALERIE Masséna」

           13 Place de Vénétie 75013 Paris 


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2026年4月15日水曜日

ツンデレ娘の食べ物への判断基準       

  


 私は日本に行ったたときには、美味しい食べ物や、私が海外で生活するようになってから、いつのまにかというか、色々、変化していることや、もちろん、やっぱり、なんといっても、日本は美味しいものが多すぎて、感動することがたくさんあって、いちいち、その感動が溢れてしまいます。

 もともと、わりと冷静というか、あまり感情を表に出さない娘は、もう日本での生活が日常になってしまったため、以前、私と一緒にパリで生活していた頃は、特に日本の食べ物に関しては、私同様、大感動していたのに、もう私と同じ感動はなくなってしまいました。

 それが、私一人が感動の嵐(特に食べ物に対して)に溺れているときに、娘は、平静を保ちつつ、あまり、感情を露わにせず、言葉少なめなのです。

 でも、とにかく、私は日本に来たら、試しに食べてみたいものに溢れていて、「これ!美味しそう!食べてみたい!」と色々と買ってきてしまうのです。

 それを家で「ああでもない・・こうでもない・・」と言いながら、みんな?(主には娘)と食べてみるのが楽しいのですが、娘の食べ物への評価の仕方が独特・・しかし、なかなか、意をついているような気もして、最近、これが我が家では流行っています。

 それは、なかなか食べ物に関して厳しい娘は、「美味しい!」と喚呼することは稀なことで、「あったら、食べる」、「あったら食べちゃうから買わない」(罪悪感がある食べ物ということだと思う)、「安くなっていたら買う」、「多少、お高めでも買う」、「買わない」の主に、この5段階で判断しています。

 多分、「多少、お高めでも買う」というのが、最高の評価、「買わない」というのが最低の評価だと思われますが、あとの3つは似通っていながらも微妙な違いが感じとれます。

 まるで、美味しいものを「美味しい!!!」というのを我慢しているのかと思うくらい、親娘でも全然、違います。

 しかし、本当においしくて彼女が静かに大感激しているときには、とても困ったような顔をして、先日は、黙って頭を抱えているところを目撃してしまい、それを指摘すると、「バレちゃった?」と照れたようにするところが娘の独特なところです。

 なかなかストレートに表現しないところは、誰かに似ているかも?と思いましたが、よく考えてみれば、私の父親でした・・。


食べ物の判断基準


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2026年4月13日月曜日

鳥インフルエンザ 欧州で初の人間への感染例を確認  

 


 WHO(世界保健機構)は、欧州で初めてヒトにおける「鳥インフルエンザ」の症例が確認されたことを発表しました。

 この症例は3月にイタリアで確認されましたが、感染した男性はイタリアへ渡航する前にセネガルに6ヶ月以上滞在していました。

 患者はイタリアで「発熱と持続性の咳」を訴え、救急外来を受診して、この症例が発覚したために、国際保健規則(IHR)のイタリア担当窓口(保健警報の発信などを担当)から報告を受け、確認されたものです。

 これがWHOへ報告があがったもので、WHOのウェブサイトに発表された内容によれば、この男性が感染したのは、インフルエンザA型ウィルス科に属する H9N2 ウィルス。

 H9N2 型は、一般的に鳥類由来のインフルエンザA型ウィルスの亜系であり、世界保健機構(WHO)は、「初期の遺伝子検査結果」から、感染はセネガルに関連する鳥類である可能性が高いとしており、ウィルスは「セネガルの家禽で以前に確認された株と強い遺伝的類似性を示している」と発表しています。

 男性から採取された検体からは、結核の原因菌である結核菌(Mycobacterium tuberculosis)とインフルエンザA型ウィルスが検出されました。

 患者は動物、野生動物、農村地域への直接的な接触はなかったと報告しており、症状のある患者や確定診断された患者との接触は報告されていないとしています。

 感染源を特定するための疫学的調査は現在も進行中ということです。

 この患者は隔離され、抗結核薬と抗ウィルス薬による治療を受け、容態は安定し、改善したということですが、救急外来を受診したということは、感染時の容態は軽いものとは考え難いといわざるを得ません。

 この「鳥インフルエンザA  H9N2ウィルス」によるヒトへの輸入感染症例は、ヨーロッパでは初めて報告されたものですが、ウィルスが家禽の間で広く流行しているアフリカとアジアの一部の国々では、既に症例が報告されています。

 特にヒトへの感染例の大部分は中国で確認されています。WHOの説明によれば、一般的に症例は、感染した家禽や汚染された環境への曝露に関連しています。

 しかし、この件に関してWHOは、「これまでに特徴づけられた鳥インフルエンザA  H9N2ウィルスはいずれも持続的なヒトからヒトへの感染を確実にする能力を持っていない」と断言しており、現時点でヒトからヒトへの感染の可能性は低いとし、「家禽の糞便で汚染されている可能性のある表面や家畜飼育場などの高リスク環境への接触は避けるべきである」という注意を促しつつも、警鐘を鳴らすことはしいません。

 鳥インフルエンザが人間にも感染するとは・・しかも、欧州にまでやってきたことも驚きでしたが、この人間への感染例の多くは中国というのにもギョッとします。新型コロナウィルスの時のことを考えても・・ちょっと気味が悪い気もしてしまいます。

  

鳥インフルエンザ


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2026年4月6日月曜日

ちゃっかり娘との口ゲンカと彼女の向上心 

  


 世の中には、自分の力だけでは、どうにもないこともあるものの、自分の置かれた状況なり環境の中でも、どのように対応していくかで、その後の人生は大きく変わっていくということもあります。

 最悪と思われた状況(私の場合、若くして夫に突然、まだ小学生だった娘を残して先立たれた時がまさにその時でした)が長い目で見て、結果的には、あんな状況だったからこそせざるを得なかった経験などが、後に役立った・・というようなこともあります。

 ちょっと大袈裟な書き出しではありますが、今、日本で仕事をしているたくましい娘を見るにつけ、本人の努力ももちろんありましたが、周囲にいかに支えられてきたか?離れていた親戚や家族にもいつも見守ってもらってきたことを感じずにはいられません。

 娘は、今や親戚中からも、たくましい女の子として認識され、「〇〇(娘の名前)だけは、本当にどこでも生きていかれるね・・」と言っていただいています。

 リモートワークが良いのか悪いのか、日常的には、日本、アメリカ、ヨーロッパの時間に併せて仕事をしているために、家でも結局はものすごい長い時間を拘束されているんじゃないの?と思うほど忙しく仕事をしている娘は、親の私がいうのもなんですが、もの言いがキツいな・・と感じることが今回の私の一時帰国の間には感じられ、「あなたは、どうして、そんなことで、そんなに嫌な言い方をするの!!」と怒ったことがありました。

 娘はその時は、「人の言うことをそんなに気にすることない!気にする方がおかしいよ!」と私の言うことに反発していましたが、数日後、急に「昔、パリのラーメン屋でバイトしてた時、すごく人当たりがよくなったってみんなに言われたな・・また、単発で、そういうバイトでもしようかな?」などと言い出したのでびっくりしました。

 私が、「あなたの今の収入で、さらにバイトなんかしたら、税金とか、めんどくさいというか、大変なんじゃないの?だいたい、そんな時間あるの?」と言ったら、「いや、人との対応の勉強のつもりで・・・お金のためというより賄い目当てで・・少なくともお金を払わずに勉強になることだから・・」というので、「えっ?」と驚いたのですが、後から考えて、私が言ったことを後になって考えたのだな・・と思い至りました。

 なにより、ちゃっかりしたというか、少しでも自分に得るものがあるチャンスを伺いながら、そういった人としてのあり方についても、常に向上心を抱いて、行動に移していこうとしている彼女は我が娘ながら、すごいことだ・・と思った次第です。

 しかし、彼女のちゃっかりしているところは、日常のごくごく些細なことにも抜け目がないわけで、昨日、私が日本にいる間に買った食材を食べ尽くそうと、ちょっと家にあるダシを探していたところ、昨年、来たときに買った茅乃舎の「おでんだし」というものが半分残っているのを発見し(海外在住の場合は賞味期限が最低でも1年は自動的に延長されている感覚)、じゃあ、あるものでおでんを作ろう!とそのだしと、九州で買ってきたさつま揚げなどを煮始めていたところ、本当は大根くらい欲しいけど、大根重いしな・・もう大根買っても食べきれないしな・・と思っていたところ、娘が絶対に大根買う!と言い張り、一緒にランチをしに行った帰りに大根を買ってきたので、さっそく、味が染みるようにすぐ煮なきゃ!と大根を入れて、火にかけました。

 そこで、私は全然、味見をしていなかったことに気づいて、「あ!全然、味見していなかった!」と言ったら、娘が「ちょっと味、濃い目だよ!」と。「だから、大根入れたらちょうどいいと思って・・」と、ちゃっかり人の作ったものの味見をしていたのでした。

 まったく相変わらずというか、食べ物に関しては特に抜け目のない娘です。


口ゲンカ ちゃっかり


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2026年4月4日土曜日

機内食と最後の食い意地

  


 私の日本への一時帰国の目的のひとつは美味しいものを食べることでもあります。限られた日数の中で食事の回数も限られており、その中で絶対に食べたいもの、絶対に行きたいお店、その他、出かけて歩いている間に目にする食べてみたいものや会食でいただく食事などを加えると、今回は特に家で食事をする機会も少なくなってしまい、日本滞在中に食べるはずだったものを消費していくのが厳しくなりました。

 食べきれなければ、家においていけば、娘がいるので、全くムダにはならないのですが、それは何としても、どうにも悔しい!

 今回は、どういうわけか、パリから羽田のフライトで出てきた機内食が絶望的なものであったので、どうせ、帰りの便も同じようなものだろうと思っていたので、最後の日本での食事は飛行機の中に持ち込んで食べる食事・・みたいな気分になっていました。

 日本滞在終盤になってくると、もう「これは、持って帰ろう!」というものから、「これは、飛行機の中で食べよう!」となってきて、ただでさえ、ギリギリの荷物に手荷物が山のようになるにもかかわらず、私の食い意地は最後の最後まで日本の食べ物を諦めることはありませんでした。

 「これは、飛行機の中で食べよう!」という言葉が、私の口から出るのがあまりに頻繁になってきたことには、自分でも気が付き始めて、自分で苦笑してしまったほどです。

 気が付いてみれば、どんだけ飛行機の中で食べるのか!ってほどに・・。

 友人や従姉妹からは、「そんなに日本の食べ物がいいんだったら、日本に住めばいいじゃない!」と言われるのですが、もちろん、食べ物に関しては圧倒的に日本の方が良いことは事実ではありながら、これが日常になってしまったら、この感動はなくなってしまう!そんな気持ちもあるのです。

 実際に、以前は私と一緒にいちいち日本の食べ物に感動していた娘は、すっかり日本の食べ物がごくごくあたりまえのものになり、何の感動も示さず、涼しい顔をしているのは、私にとっては、ちょっと残念というか同志を失ったというか、寂しい気持ちさえしてしまうのです。

 これまで、こんなに飛行機に乗っているのに、気が付かなかったのは、行きと帰りのフライトの機内食では同じ航空会社でもかなりクォリティが違うということで、その時のメニューやたまたまのめぐりあわせ(少々オーバーですが・・)もあるのか、日本に来るときはさんざんだった機内食がパリに帰るフライトでは、まずまず食べられるもので、それを出されれば、それを食べてしまいます。

 娘に「ママ!どんだけ飛行機の中で食べるつもり!?」とまで言われながら、機内に持ち込んだ食糧には、結局、機内では全く食べることはなく、そのまま、パリに持ち帰ってくることになりました。

 いずれにせよ、パリに戻ってきても、しばらくは、山のような日本の食料品に囲まれて、ごきげんな日々を過ごせるのではありますが、これが不思議で、日本に滞在中は、胃が大きくなるのが追い付かないほどの食い意地、もはや、食べたいと思うのがお腹が空いたからというのではなく、もうひたすら「食べたい!」という気持ちからくる食い意地になってしまっていて、ちょっとした過食症の状態に。

 しかし、不思議なもので、パリの自宅に戻ったとたん、その食い意地はスッと消え、日本滞在中に酷使した胃を休められる状態になっています。ヤレヤレ・・痩せなきゃ・・。


機内食 食い意地


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2026年4月2日木曜日

カニ缶を探すのが大変になっていました!

  


 私が日本に帰国した際に、よく買って帰るもののひとつに蟹の缶詰め、いわゆる「カニ缶」があります。

 フランスにもカニ缶はあるのですが、存在感が薄く、フレーク状になっているものがほとんどで、それはそれで使いようがあるのですが、カニを楽しみたいとなると、まるのままの蟹ということになり、これは非常に高価だったり、いつでもどこでも手に入るものでもなく、ノエルの際には、よく見かけますが、日常的にはあまり見かけません。

 私とて、そんなに頻繁にカニを食べるというわけではなく、カニといえば、ちょっと贅沢感があって、ここ数年は自分のお誕生日には、ちょっと良質な日本のカニ缶を食べるのを楽しみにしています。

 カニ缶というものは、とてもギッシリ詰まっていて、殻から外して食べる蟹と比べると、とてもわりが良いというか、なかなか食べ応えがあるものです。

 日本で買うにしても、なかなか高価ではあるのですが、特別な機会に外食することを考えれば、安いものです。

 それで、日本に一時帰国の際にはカニ缶を買って帰ることが多いのですが、今年も間際になってカニ缶のことを思い出し、「そういえば、カニ缶買うの忘れてた!」と近所のスーパーマーケットに行ったのですが、なんと、フレーク状になったものしか置いておらず、ビックリ! 私の欲しいのは、これじゃない!カニの脚が形状を保っているカニ缶!!、私のカニ缶・・どこに売っているの?と焦ったのです。

 前はふつうに売ってたのに・・・。

 従姉妹に聞いてみたところ、最近は、あまり高いカニ缶を置いても売れなくなったので、ふつうのスーパーマーケットじゃ置かなくなったみたい・・とのこと。

 ネットで探せば、その方が安いかもよ!と言われて、ネットで探してみたのですが、ネットの方もギフトセットなどになっていて、1缶だけ・・というのは、見当たらず、そんなにいくつもはいらないので、そちらも、断念。

 そこで、たまたま、成城に立ち寄る用事があったので、成城石井の本店に行ってみることに・・あそこだったら、売っているだろう・・と久しぶりに成城学園前駅に降り立ってみると、まあ、駅の様子がすっかり変わっていてビックリ!

 改札をおりてすぐのところに、成城石井よりも少し庶民的と思われるスーパーがあったので、こっちにあれば、成城石井よりも安いかも?と、こちらに先に立ち寄りました!

 すると、ありました!カニ缶が!さすが成城!と思ったのもつかの間、1つだけ残っている?と思ったそのカニ缶を手に取ってみると、なんだか妙に軽い!中が入ってない不良品?そんなことあり得る?と思って、マジマジと缶詰めを見つめると、そこには、「見本品」の文字が・・。現物はお店の人に頼まなければなりません。

 カニ缶って、そんな存在になっているのか?と驚いた次第です。




 その後、せっかく来たから・・と成城石井の方にも行ってみたのですが、ここには、さすがに中身の入った現物のカニ缶がふつうに他の商品と同じように並んでいました。なんだか些細なことではあるのですが、小さな市場の変化を感じたのです。


カニ缶


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2026年3月30日月曜日

娘の成長に戸惑うけれど・・     

  


 娘が日本での就職を決めて早や4年の月日が経とうとしています。学校を卒業して就職活動を始めたころ、(といっても、いわゆる私の時代というか、日本での就職活動とは違い、実際にスーツを着て、面接に行って・・というようなものではなく)、コロナ禍ということもあって、履歴書を送って、あとはリモートでというカタチでした。

 当時、娘もフランスで暮らしていたので、まあ、フランスのどこかで就職するのだろうな・・くらいに思っていて、特に就職先が見つからないということもないだろうから、あんまり親が口を出さない方がいいなと見守っていました。

 それが、日本の会社に就職することになって、勤務地は東京ということで、それなら、家もあるし、IT関係の企業ということもあって、ほとんどがリモートワークで出社しなくてもいいとのことで、最初の3ヶ月はフランスで仕事をしていました。

 それでも日本の会社ということで、これまで私が頑張って娘に日本語を教え続けてきたことが実質的にようやく役だった!と私としては、就職したのは娘自身であるにもかかわらず、私には、それなりの達成感がありました。

 その後、日本に行くことになったので、最初に日本で生活を始めるところまでは、いろいろな手続き等は手伝えることは手伝って、娘の門出を見送りました。

 それから、約1年後、娘は早々に転職先を見つけて転職してしまったのには驚かされました。しかし、その会社はフランスの超優良企業で、彼女の専門を活かせる会社でもあり、一時は、娘が「この会社もいいな・・」と言っていた会社でもあったので、「よかったね・・」という感じでした。

 当初は、その会社での仕事はフランスのV.I.E(Volontariat International en entreprise)(国際企業ボランティア活動)というシステムを利用したもので、フランス政府がフランスの若者たちに海外で活躍する人材を育成するためのシステムになっていて、ボランティアという名前がついていますが、しっかりお給料は支払われ、そのうえ、その収入は免税になるというなかなかよくできたシステムです。

 当初の期限?は2年間、その後はその会社で本採用になれば、別の契約携帯に移行するか、やめたければ、別の道を選ぶのも自由ということになっているのですが、娘の場合は、2年を待つことなく、その前に本採用となり、現在は、ふつうに就職した感じになっています。

 その間、時々、会社の話は聞いていましたが、時が経つにつれて、「ここにいても、これ以上の自分の成長は見込めない・・」などと言い出し、私としては、そんなに成長しなくてもいいじゃない・・もういい加減・・おちついてくれたらいいのに・・と思っています。

 一般的には、よい学校を卒業し、優良企業に就職し、それなりのポジションについて、かなりの収入も得られるようになり、もういいじゃん!と思うところだと思うのですが、まだまだ止まらない彼女の「もっと、もっと成長したい」という欲望。

 もう見守るしかないのですが、どんどん遠くにいってしまう感じの娘に半心は、寂しい気持ちもしている今日この頃の母なのです。

 しかし、考えてみれば、私の若い頃を顧みても、突然、イギリスに留学するといって、いってしまったり、その後、パートナーをみつけてアフリカに行ってしまったかと思ったら、今度はフランス・・なんてことをやってきた私。

 娘を見ていると、私のしてきたことなど、たいしたことないようにも思わないでもありませんが、当時としては、そんな人、あんまりいませんでしたから、私の親たちもさぞかし、心配したり、いろいろと思うことがあったんだろうな・・とも今になって、思わされてもいるのです。


娘の成長


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2026年3月29日日曜日

日本の旅館の外国人労働者  

  


 ここ数年は、日本に一時帰国するたびに地方の温泉宿に泊まって、今まで知らなかった地域を訪れていますが、ここのところ、日本に来るたびに感じるのは、地方の温泉旅館には、どんどん海外からの移民が働いている場面に遭遇することが増えているということです。

 もう、そこそこのレベルの旅館でさえも、必ず外国人が従業員の中の相当の割合を占めているのには本当に驚かされます。

 多くは若者(外国人)が多いこともあり、私としては、彼らに対して「頑張って!」という気持ちが強いのですが、もっと、日本社会全体として、大きく変わり始めている「働く人々」の層?の変化を感じずには、いられません。

 こうして外国人が働いていることを決して否定をするわけではないのですが、なんというか、景色が変わりつつあることを思うのです。

 彼らは一生懸命、日本語を勉強していて、特に、旅館のような場所ではたらくにあたって、「丁寧語」、「尊敬語」などの敬語をマスターし、日本独特とも思われる日本ならではの「おもてなし」重視の接客態度を身につけることは、相当、大変なことなのではないか?と思います。

 私たちは、特に食べ物に関心が強いので、出てきたお食事の食材について、質問させていただくことも多いので、季節の野菜や季節のお魚、〇〇牛とか、〇〇豚とか、お肉のことも尋ねたかったりもするので、大変、面倒臭い客だとも思うのですが、ただでさえ、言葉遣い等を厳しく指導されている中で、食材についての知識などを習得することも、日本人以上に大変なことなのではないか?と思うのです。

 今回、ある旅館の夕食時におさしみについていた、お刺身のツマのようなものが、大根ではなく、なんだかコリコリとした食感の良いもので、海草の一種なんだろうね・・これ、なんていう海草なんだろう?と思って、お給仕をしてくださっていた方(外国人の女の子)に「これは、なんという名前の海草ですか?」と聞いてみたら、「海草でございます」と。

 「ううん、そうではなくて、なんという名前の海草ですか?」再度、尋ねたら、「海草という名前でございます」と。ここで、もうその海草の名前を聞くことは諦めたのですが、外国で、しかも、旅館のようなところで働くことって大変なんだろうな・・と感じたのです。

 おそらく、そこでは、「確かめてまいります」といって、調理場の人に聞くのがよいのではないか?実際に、そういうところもあるので・・そうも思ったのですが・・。

 気の毒に思ったのか、そばで聞いていた娘が「もう無理だよ・・まだ日本に来て1年だというのに、日本語上手だよ・・ママのフランス語よりもずっと上手・・」などと、今度は私に対して、キツいひとことで、その場は終了しました。

 それでも彼らは一生懸命働いているのは、実際にとてもよく伝わってくるので、こんなに朝早くから夜遅くまで働いて、一体、いくらもらっているんだろう?とちょっと心配したりもしたのでした。

 日本語は難しいし、独特な日本ならではの行儀作法やサービスなども、日本で生まれ育った日本人にとっても難しいのだから、さぞかし大変なんだろうと思うのです。

 以前、泊まった日本旅館で完璧な礼儀作法や言葉遣いなどをマスターしているフランス人がいて、あのフランスで生まれ育って、よくぞここまでになられた・・ものすごい努力したんだろうな・・と思うこともありました。

 少子高齢化で労働人口が減っている日本の現実を、私の呑気な温泉旅行でも感じているのです。


日本の旅館の外国人労働者


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2026年3月27日金曜日

親娘+従姉妹の大満足温泉旅行 鹿児島県 妙見 石原荘 

 


 

 ここ数年の日本への一時帰国の私の一番の楽しみは温泉旅行です。

 今回の一時帰国も例によって、色々な手続き等の用事がいくつかあったうえに、今回は、娘のお義兄さんが同じタイミングで日本に来ていたこともあり、また親戚に不幸が重なったりしたために、さらにスケジュールがキツキツになってしまいました。

 ただでさえ、周囲の友人たちに驚かれるほど、私の日本での親族の結束は固く、これまでもずっと仲良く付き合いを続けてきたので、未だに親しくお付き合いくださることはありがたく、嬉しくもあることです。

 ここにきて、バタバタと叔父や叔母が亡くなったために、これまで以上に、もしかしたら、これがみんなに会える最期の機会かもしれないという気持ちがより強くなり、時には会えずにパリに帰ってしまって昨年は会っていなかった人にまで、できるだけ会っておきたいという気持ちがありました。

 一方、そんな中で私には今回の日本行きを決めたすぐ後に、「どうしても行きたい!」と思っていた旅館があり、その旅行も娘と従姉妹と行くために計画していました。

 少々、私には贅沢なので、今回は、ここだけでいいから・・と是非に!という気持ちで私はこの旅行をとても楽しみにしていました。(結局は娘のお義兄さんとも旅行することになったので今回は2回の温泉旅行になりましたが・・)

 この旅館は数年前に友人と一度、来たことがあったのですが、あまりの素晴らしさ(お料理、温泉)に、次回は、絶対に娘を連れてきたい!と思っていたのです。

 山の渓谷の中、しかも渓流がそばに流れ、ふんだんな温泉が沸く素晴らしい場所に、なんといっても、お料理が非の打ち所がない素晴らしさ、温泉の快適さ、至る所に気が配られたゆき届いたサービス、センスのよい、華美過ぎないけれども洗練された旅館内のインテリア?調度品。

 私にはなかなか贅沢ではありますが、その内容とのバランスを考えると、決してめちゃくちゃに高くはない価格。

 なかでもお料理が最高で、この旅の予定があったために、今回の日本への一時帰国では他で和食を食べようとは思いませんでした。そして、その大いなる私の期待はまったく裏切られることはありませんでした。

 地元の土地の産物、季節の食材がふんだんに使われ、一品一品、唸ってしまうお料理です。




 よく、旅館に泊まったときのお食事には「おしながき」が添えられていますが、ここでは、実際には、そのお品書きに書かれている以上のもの(そこには、一品のうちのメインのみが記されているため)が出てきます。








 十分にメインをはれるお料理も、ここでは脇役扱い?になっておしながきにものっていないということです。なんと、もったいないというか、奥ゆかしいというか・・。

 ここで、本当に味覚が一緒で、食べ物の好みもぴったり一緒の娘と従姉妹とうんうん唸りながら感動しながら食事をしたかったのです。



 受付をしていただいている間に出してくださるお茶とお茶菓子も絶品。

 また、大浴場に行く通路(といっても森林に囲まれた風情のある通路)には、囲炉裏があり、そこに前割焼酎(前日から天然水で割られて一晩寝かした焼酎)(これが超美味)と、お酒が飲めない人や子供連れの人のためなのか?焼きマシュマロができるようになっています。




 そもそも食べ物に大いに興味を持ち続けている私たちは、私の想像していたとおり、出てくる一品一品にいちいち深く感動し、唸りながら美味しくいただき、本当に楽しい時間を過ごしました。

 一品一品の量は決して多くはないのに、なかなかな品数があるために、もうデザートの時には、超満腹状態。石窯でそれぞれのタイミングに合わせて炊いてくださるご飯が残るとおにぎりにして、お夜食用に・・とお部屋に届けてくれます。

 そもそもお米からして、信じられないくらい美味しいので、おにぎりになっても、これまた唸るくらい美味しいのです。




 そして、翌朝の朝食のために、少しでもカロリーを消費しなくちゃ・・と、また温泉につかりにいくのです。露天風呂のあるお部屋もありますが、大浴場(これまた素晴らしい!)、貸切のお風呂(予約制)、有料の貸切風呂、そして、渓谷の中の流れる川のすぐそばにある露天風呂(混浴)もあります。

 今回は、有料のもの以外は、全て体験しました。渓谷の中の露天風呂は最初、混浴のために躊躇していたのですが、誰もいなかったら、女3人で入っていたら、誰も来ないでしょ!ということで3人でしっかり浸かってきました。

 渓谷に流れる冷たい川のすぐ脇に温泉が出ることもスゴいと思いましたが、とにかく感動の嵐です。

 もう、今回行って、再確認しましたが、これ以上のところは、なかなかないと再認識を強め、これから、日本に帰国するたびに、絶対にここへ来たい!と深く心に決め、旅館の人にも来年、また、絶対きます!と宣言してきたのでした。


⭐️鹿児島県 妙見 石原荘

 鹿児島県霧島市隼人町嘉例川4376番地


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2026年3月26日木曜日

娘の元上司との会食  

 


 娘が日本で今の会社での仕事を初めて、およそ3年目くらいになりました。日本に来て最初に就職した会社を1年ほどで転職し、現在は、フランスの企業の日本支社(とはいえ、日本の企業として独立したカタチになっているらしい)でお仕事をさせていただいています。

 今の会社に入社して以来、大きな会社の中の一部のプロジェクトの小さなチームの中で仕事をしてきたらしいのですが、彼女が仕事を始めたばかりの頃、「会社はどう?」と電話でですが、たびたび、話を聞いていたのですが、その中に「Kさん」という方がいらして、「すごくキツくて怖い人がいる・・」ということで、会社の話を聞くたびに、その方が話題の中心になっていました。

 主にそのKさんとNさんと娘の3人のチームが基本となっているのですが、Nさんの仕事ぶりにそのKさんは少なからず不満なようで、その怒り方がものすごい!と言っていました。別にその怒りの矛先が娘に向かうわけではないので、娘はさして気にしてはいなかったようではあるのですが、職場での人間関係がうまくまわらないことほど、辛いことはないので、私は少なからず、心配していました。

 それが、娘が「だんだんKさんの気持ちがわかるようになってきた・・Nさん仕事できなさすぎ・・」などと言い出し、しばらくすると、娘の方が思わず声を荒げてしまったところをKさんに「まあまあ・・」と宥められてしまった・・などと言い出していました。

 そのうち、Kさんと娘は意気投合し始めたようで、かなりプライベートでも仲良くしていただき?彼が結成する社内での「肉の会」なるものに混ぜていただいたり、海釣りに連れて行っていただいたりすることもあるようになっていました。

 そもそも、けっこうやり手で滅多に人を褒めないというそのKさんが娘に対しては大絶賛をしてくださっているらしく、周囲からも、かなり難しくて怖いと思われているその人がこんなに部下を可愛いがっていることは見たことがなかった・・と周囲も見ているようで、まあ、かなり個性的なキャラクターではありそうなのですが、娘とて、それは同じこと。

 とにかく、一緒に働いている人とうまい人間関係が築けているということは、母としては喜ばしいことに違いありません。

 今年に入り、同じチームではありながら、彼はもう娘の上司ではなくなったということなのですが、とにかく、昨年あたりから、私がフランスから日本に来るたびに、「娘がお世話になりまして・・」ということで、ちょっといいチョコレート(といってもほんの少しだけ)やチーズを「Kさんに渡しておいて・・母が娘がお世話になっていますって言ってます」って言っておいて・・と娘に託けていました。

 私自身は直接の知り合いではありませんが、なんとかよろしく・・というホンのちょっとだけのちっちゃな気持ちのつもりでした。

 それが今年、「Kさんがお母様と娘と3人で焼肉でも行きませんか?」って誘ってくれてるけど、ママどうする?と言い出し、びっくりしました。

 だって、娘の上司(元)が部下?の母親も一緒に食事するって、そんなことあるかな?と・・私自身に置き換えてみても、私の仕事場の人が私の母を食事に招待してくださる・・そんなこと、絶対なさそうだし、私だったら、娘の立場としたら、絶対いやだな・・と。

 なので、娘に「ママが行くの、あなたは嫌じゃないの?」と聞いてみたら、「別に嫌じゃないよ・・」と。そこで、私は、まあ、そんな機会もそうそうあるわけじゃなし、私とて、そのKさんって一体、どんな人なんだろう?と非常に興味はあったし、焼肉自体もとても美味しい焼肉屋さんということなので、それにも惹かれ、お言葉に甘えて会食に伺うことにしたのです。

 すでに私の方も日本でのスケジュールがかなりキツキツになってしまっているために、「3日間くらいのどれかで・・ここでダメなら、今回は残念ですが・・お断りして・・」と娘に伝えました。

 それからすぐに、では、この日で・・という日時が決定しても、「なんで、私なんかを招待してくださるのだろう?いわゆる親の顔が見てみたい・・というやつかもしれない・・」などと頭を巡らしていました。

 しかし、実際にお目にかかってみると、とても気さくな方で、どちらかというと私と同年代(私よりもちょっと年下)、楽しく美味しい夕食の時間を過ごすことができました。

 食事の前に「お飲み物は?」と注文をとりに来たので、私は、「お酒は飲まなくなったのでウーロン茶で・・」、その元上司の方は「ハイボールで・・」と言ったところで、娘は、「霧島、ロックで・・」と言ったのには、びっくり!

 「もうちょっと、目上の方を阿るようなところはないの?」と嗜めたのですが、「阿るってどういう意味?」と娘。その方も、「いつもこうだし、全然、彼女のこういうところ、いいですね・・」と庇ってくださったので、ちょっとホッとしたり・・。

 「彼女はもう家族みたいな存在というか、家族以上にズバズバ言ってくれるところがとてもいい」と言ってくださっていたのですが、恐縮の一言。でも、反面、娘を好意的に受け止めてくださる方に出会えてよかった・・と安心もしたのでした。

 まさに、親の顔が見たい・・ということだったような気がしますが、悪い意味ではなく、非常に娘を評価してくださってのうえでの「親の顔が見たい!」だったようなので、ちょっとホッとしました。

 まあ、こんなこと、滅多にないことですが、なにも標準的なことばかりが正しいわけでもなく、それなりの人間関係というものはあっていいものだ・・と思った1日でした。


娘の上司


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2026年3月25日水曜日

入院中の伯父のお見舞いに行ったら・・

  


 今回の日本への一時帰国、羽田に到着して、私の乗るリムジンバスまでの待ち時間が少々あったので、その間に私が日本に到着したことを友人や親戚に「今、日本に無事到着しました」というお知らせをしていました。

 相変わらずガラケーのみでスマホしか使っていない叔母には、公衆電話から自宅に電話を入れたところ、私の一番仲良しの伯父がなんと1ヶ月以上も入院していることを知り、大変ショックを受けました。

 私は、伯父がそんなことになっていること全然知らずにいたので、先日、パリで映画「国宝(フランスでは「KABUKI」というタイトル)を見て感動して、今度、日本に行ったら、歌舞伎が大好きなこの伯父に頼んで歌舞伎に連れて行ってもらおう(伯父は昔から大の歌舞伎好き)などと、考えていました。

 それが、歌舞伎どころか、もう1ヶ月以上も入院していて、容態もあまり思わしくないということで、自宅で倒れて病院に運ばれた時には、かろうじて自分の名前が言えるほどで、意識も朦朧としていたということ、体力がかなり弱っていて、嚥下機能が低下しているために、流動食しかたべられないということで、自宅に戻って生活するのは絶望的だという話。

 そのうえ、認知機能も低下し始めているということで、そんな話を聞いて、私は絶望的な気持ちになりました。私はその伯父の奥様(叔母)ともかなり仲が良いので、さっそく、自宅に戻ってから彼女に電話して、おおまかな事態を聞いて、「お見舞いに行きたいけど、もう私がお見舞いに行ってもわからないのかな?」とか、「そんな状態だったら、あんまりもう人にも会いたくないのかな?」と聞いてみたところ、「〇〇ちゃん(私のこと)だったら、きっと、お見舞いに行ってくれたら、喜ぶと思うし、ちゃんとわかると思うから、一緒に行こう」と言ってくれました。

 なので、スケジュールを調整して、その叔母ともう一人の叔母と私と3人で、お見舞いに行って、帰りに一緒にお墓参りに行って、そのあと一緒に食事しよう!という予定にしていました。

 叔母の話によると、伯父はすっかり痩せてしまって40キロ台身長(170㎝程度)になってしまっているということだったので、もう見る影もないくらいに衰弱してしまっているであろう伯父の姿をみたら、泣き出してしまうかもしれない・・ととても心配していました。

 ある程度、覚悟して、「絶対に伯父に会っても泣いてはいけない!」と自分に言い聞かせながら、病室に入ると、思ったほどではなく(見た目)、ちゃんと私だとも認識してくれて、ベッドに起き上がって、話をすることができました。

 伯父に今の体調や病院での生活を聞きながら、「伯父ちゃまに歌舞伎に連れて行ってもらおうと思ってたのに・・」とかいう愚痴もこぼしたりしながら、けっこう楽しく話ができたのですが、それでも認知機能が混乱している部分もあって、伯父は非常に病院の入院費などのお金の心配をしているようで、〇〇円を振り込んで欲しいということが伯父の手でメモ書きしてあると同時に、何度も何度も話の中に出てくると同時に、あとは、自分がこれから移るであろう病院のことをとても気にしていて(当然といえば当然だけど)、それが今度、移るつもりでいるところが今いるところなのですが、その建物が構造的に欠陥があると繰り返すのです。

 また、入院費のお金に関しての振り込みを頼んでいるメモ書きを見ると、「なんだかオレオレ詐欺の文面みたい・・」と思わないことはなく、しかし、伯父にしては、最大の心配事の一つのようで、本当はお金の心配なんて、全くいらないのに、気の毒に思いました。

 そして、もうひとつショッキングだったことは、一緒にお見舞いに行ったもう一人の叔母が一緒に座って話していたにもかかわらず、「なんだか眩暈がする・・気分がわるい・・なんだかちょっと危ない感じがする・・」と言い出し、「悪いけど、私、今日はこれで失礼するね・・」、と突然、帰らなければならなくなってしまったことです。

 この伯父・叔母たちは、母方の兄弟姉妹なのですが、ここに来て、みんなバタバタと体調に大きな変化が起きていて、伯父のことも当然心配なのですが、もう一人の叔母に関しても、またまた心配事の一つになってしまったのです。

 伯父の奥さんの方の叔母と、その後、予定していたとおりのお墓参りに行き、一緒に食事をして、お茶をしながら、話をしたのですが、その後、帰り際に、きっと〇〇ちゃん(具合が悪くなってしまった叔母)は、今日はお昼も食べずに放っておいたら、なんにも食べないでいるだろうから・・と思って、サンドイッチを買って、一緒にいた叔母に届けてもらいました(その叔母たちは隣の家に住んでいる)。

 夜、私はまた、別の予定があり、それから家に戻ったあとに、元気な方の叔母から、「心配していると思って・・」と電話があり、倒れかけた叔母は家になんとか戻って今は落ち着いていて大丈夫だから心配しないで・・とのこと。

 でも、座っているのに、眩暈。突然、そのままいられないくらいになってしまうとは、絶対にふつうではありません。

 年齢、老化といえば、仕方がないのですが、まったく悲しいことです。

 入院している叔父と具合が悪くなってしまった叔父・叔母は歳をとったとはいえ、親戚の中では一番、若くて、私と娘にとっては一番、近い関係をずっと続けてきただけに、なかなかショックなことなのです。


お見舞い 老化 


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2026年3月23日月曜日

「井上 靖」「天城越え」ゆかりの宿 伊豆 湯ヶ島温泉 白壁   

 


 今回の日本への一時帰国はいつもと違うことがいくつかあって、そのひとつは、娘のお兄ちゃん(亡き夫の前妻の息子)が同時期に日本に来ていることでした。

 そもそも、私が提案したことではあったのですが、ノエルの時に、彼がパリにある私の家に来てくれた時に、「私、来年の3月に日本に行くんだけど、あなたも行かない?」とちょっと軽く、半分、冗談めいて誘ってみたのです。

 彼も忙しい仕事をしているし、一緒に行くといっても、彼は現在、ドイツに住んでいるので、物理的にピッタリ一緒に行くということは、難しいのです。

 その時は、「うん〜まだわからないけど、消化してしまわなければならない休暇が余っているから、ちょっと考えてみる・・」と言っていたので、まあ、無理だろうけど・・というか、正直なところ、まさか本当に来るとは思っていなかったのですが、しばらくして、「行くことにした!」と連絡が入り、逆に「うっ!本当に来るんだ!」とびっくりしたくらいでした。

 しかし、考えてみれば、日本に来たら来たで、私はなんやかやで殺人的な(私にとっては)スケジュールです。そんな中、彼がどこかの週末にでも、娘(彼にとっては妹)と彼と私と3人でちょっと日本国内でどこかちょっとした旅行でもできないかな?と言い出し、今回の伊豆旅行に至ったのです。

 彼は小さい頃に父親の転勤で日本に1年くらい住んでいたことがあったほかは、数年前に日本で学会があるとかで、ついでに娘と富士山に登ったとかいう話は聞いていました。

 今後、断然、日本に来る機会は少ないであろう彼に行きたい場所を選んでもらって、行き先、宿泊先等は全て彼と娘で相談して決めたようでした。

 私としては、伊豆は何回も行ったことがあったけれど、まあ、温泉とごちそうがあればどこでもいいから・・ただし、山登りはできない・・ということだけ言って予定をたててもらいました。



 とはいえ、旅程などは、ほぼほぼ娘が決めて、新幹線や車の手配などをしてくれていたのですが、出発前に「どんな旅館なのかな?」と調べてみたら、なんと、私の大好きな作家「井上靖」先生のゆかりの旅館とかで、私は、それだけでも、もう大感激!




 旅館に到着して、豪華な食事を運んでもらっているときに、女中さんの一人に、「井上靖先生の大ファンなのですが、ここは先生がよくいらしていたお宿だと伺ったのですが、なにか、先生ゆかりのものなどあるのでしょうか?」と尋ねてみたら、なんと、「食後にここのオーナーが先生のお話をしてくださると申しております」とのことで、わざわざ時間を割いてくださいました。



 伊豆、湯ヶ島は井上靖先生が少年時代を過ごした地であり、小学校の国語の教科書にも載っていたほど有名な「しろばんば」の作品の舞台となっている地です。 

 お話によると、その旅館のオーナーは井上先生のご親戚だとかで、生前、先生もよくいらしていて、必ず先生がお泊まりになっていた囲炉裏のあるお部屋や先生はお酒がお好きで最後に必ずブランデーを2本用意していて、悠々とお飲みになっていたという話、東京の自宅(私の実家から歩いて行けるくらい近い)に行った時の話、川端康成先生や東山魁夷先生との関係など、たくさんお話を聞かせていただいたうえに、ご自身(旅館のオーナー)が井上先生についてかかれた井上靖記念文化財団の発行している冊子などまでいただきました。

 もうファンにとってはたまらないことで、翌日は先生の生家や博物館にまで行ってきました。

 この旅館の温泉も53トンの溶岩をくり抜いて作られた温泉や樹齢1200年の巨木を切り抜いた温泉、お部屋のお風呂も含めて源泉掛け流し。お料理も言うことなし、品数も多くて、お料理には必ずわさびがまるまる1本ついてきて、わさびのおかわりも頼めます。

 はっきり言って、もう食べ過ぎでしたが、最後まで美味しくいただきました。




 本当は、その旅館は、井上靖先生よりも「天城越え」の歌が生まれた宿として有名なようで、作詞家、作曲家、ディレクターの3人がこの旅館にこもって完成させたそうです。

 歌詞の中に登場する「浄蓮の滝」もこの旅館からほど近いところにあります。

 個人的に私が最も好きな作家ということで、井上靖先生のことを主に書いてしまいましたが、本当に素敵なお宿でした。


⭐️伊豆 湯ヶ島温泉 白壁荘

 静岡県伊豆市湯ヶ島1594


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2026年3月21日土曜日

無言の重圧感の日本の満員電車    

  


 日本の満員電車は海外でも有名なものです。

 私も海外生活を始める前、まだ日本に住んでいた頃は、その日本の満員電車に乗って通勤していた時期もありました。当時は、時差出勤とか、フレックスタイムなどもなかったために、おそらく、満員電車は、現在の日本よりも、その満員度合いは激しかったと思います。

 ただでさえ超満員の電車に、駅に常駐する駅員さんが乗客を電車に押し込むというそんな感じの電車でした。

 それが海外での生活に変わってからは、日本のような満員ぶりの電車に乗ることはなくなりました。パリではストライキの際に電車が間引き運転になったり、もしくは、なにか事故や、お得意のテクニカルプロブレムなどで、電車が止まることがあって、電車が混むことはあっても、日本ほどの、まさにすし詰め状態、電車に押し込まれるような乗り方をすることは、まずありません。

 先日、日本にいる友人が電車が事故で止まってしまって、電車に缶詰状態だから、今、電話できない・・と連絡があり、日本でも、そんなことがあるんだな・・と思ったと同時に、2時間も缶詰状態だったら、パリのメトロだったら、みんな線路の上を歩いて、抜け出してるな・・と、その友人に話したら、びっくりしていました。

 日本への一時帰国は、結局、いつものことながら、超忙しいスケジュールになってしまうために、けっこう朝、早い時間帯にでかけることもあり、先日、日本の満員電車に久しぶりに遭遇してしまいました。

 とはいっても、ピーク時ではなかったとは思うのですが、なかなかギューギューな感じでした。しかし、このギューギュー詰めになっていく感じが、駅員が押し込むわけでもなく、誰もが押しているという様子は微塵も見えないのにもかかわらず、かなり強力に押し込められていく感じです。

 誰一人、声を発さず、しかし、無言で結果的にはものすごい力で押されて詰め込まれていく感じが、なんだかとっても日本っぽくて、ちょっと怖い気もしたのでした。

 パリだったら、黙って・・ということはなく、「もっと詰めて!」とか、「奥に入って!」とか、逆に「押さないで!」・・とか、絶対になんらかの言葉を誰かが発していると思うのです。

 なんだか、無言のまま、ものすごい重圧感を感じるところは、なんだか、とっても日本っぽいんだな・・と、久しぶりにすし詰め電車に乗りながら考えていたのでした。

 しかし、ともかくも、こんなに混んでいる電車がすごく短い間隔で次から次へと到着し、時間通りに、きちんと出発していて、事故が極端に少ないというのも日本のすごいところだな・・とも思うのです。


日本の満員電車


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2026年3月20日金曜日

久しぶりの日本では不幸が続いていて・・    

  


 約1年ぶりくらいに日本にやってきて、昨年の帰国時は、ちょっとスケジュールを詰めすぎて、いささか疲れてしまったので、今回は比較的、スケジュールは余裕をもって計画していました。ゆったりとした、日本で日常に近い生活を送りたいな・・と。

 それでも、さすがに日本とはいえ、一時帰国とあって、色々と用事もあるわけで、まず、必須の要件から済ませていこうと少しずつこなしていっています。

 ところが、フランスから帰国が迫った数日前に、叔父の一人が突然、亡くなり、突然亡くなったといっても、高齢ではあったので、まあ、残念ではあるけれど、あり得ない話でもありませんでした。

 父方の叔父叔母たちは、父が末っ子でもあったためか、もうすでに皆、ほぼ全滅状態なのですが、母方の叔父叔母たちは、母が他界した後も、長いこと、高齢ながらも皆、存命?で元気に過ごしていました。

 母はわりと早くに他界してしまったので、もっともといえば、もっともなのですが、ここへ来て、母の兄にあたる叔父が亡くなってしまいました。

 母方の兄弟姉妹たちは、とても仲良く、何かというと集まる家族でしたし、私も小さい頃から、とても可愛がってもらってきて、母が他界してしまった後も親しく過ごしてきました。

 今回は、フランスを経つ前から、叔母たちと連絡がとれず(彼女たちは今の時代にスマホを持たない人々)、羽田に着いたときに、ようやく繋がったと思ったら、なんと、よりにもよって、その中でも一番仲良しだった叔父の一人が、もうひと月以上も入院しているんだとか・・「それで、バタバタして大変だったのよ!」とのこと。

 誰とでも気兼ねなく、打ち解けられるタイプの人ではない叔父が、娘が小さい頃から、私たちが帰国するといえば、必ず空港まで迎えに来てくれて、山の家に行くときなども必ず、一緒に行ってくれたり、食事を作って届けてくれたり・・思い起こすに、まだ、私自身が小さかった頃から私の面倒もよくみてくれて、祖父母が元気だった頃、病気になった時も一緒に二人で病院にお見舞いに行ったり、本当に親戚の中でも、かなり親しい叔父なのです(その叔父もガラケーのみ)。

 その叔父がまさかの容態も急にどうのこうのということはなさそうなものの、もう自宅での生活は無理そうなんだとかで、現在、施設を探しているとのこと。これには、とても心穏やかではいれません。

 亡くなった叔父の弔問(葬儀には間に合いませんでしたが・・)や、叔父の入院している病院へのお見舞いなどの予定が急遽、加わって、もう次から次へと、もうほぼほぼキツキツの状況に気ばかり焦っている来日、早々の日々なのです。

 ここのところ、日本に帰国するたびに、着々と歳を重ねていることが目に見えるような感じで、これが最後になる可能性だってあるかも・・と心の底で思わないこともなかったことではありますが、それが、完全に今回は見過ごせない状況になってきていることをひしひしと感じさせられているのです。

 海外で生活するということは、こういうことも含まれているということを痛感させられています。


不幸続き


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2026年3月17日火曜日

フランスの医療制度のひとつ 長期疾病 ALD(Affection Longue Durée)制度           

  


 以前、同僚がガンに罹った時、そのガンという病名自体も衝撃的でしたが、病気発覚後、入院、手術を控えている彼女がミューチュエル(補足健康保険・通常の国民健康保険ではカバーされない部分を保証してくれる保険)に入っていなかったということで、それを聞いた私は、「えっ??なんで?どうするの?どうやって治療費、入院費払うのよ!」と真剣に心配したのでした。

 彼女は「だって私、これまで病気らしい病気はしたことなかったし、父が医者だったので、お医者さんにかかるということをほとんどしてこなかったから・・」と。

 彼女は「独身で子どももいないし・・今まで全く必要なかったし・・でも、不幸中の幸いというか、フランスはガン治療にはお金がかからないんだって・・」と聞いて、それ以来、フランスでガン治療にはお金がかからないことを知っていました。

 もちろん、ガン治療でも、特別、特殊な治療をしたりする場合は、違うのでしょうが、ガン保険などという保険がある日本から比べたら、すごいことです。

 しかし、最近、ひょんなことから、これはガンに限ったことではなく、このガンに関しての治療費関連のことは、フランスの長期疾病 ALD(Affection Longue Durée)制度によるもので、これに該当する病気は他にもかなりあることを知りました。

 このALDに分類される疾病には免除対象(自己負担の免除)になるものと非免除対象のものとに分かれており、長期疾病とはいえ、免除対象にならない疾病もあります。

 この免除対象になるALDでも、若干、超過料金、2ユーロの定額拠出金等、一部の費用は自己負担となります。とはいえ、治療費が免除というのは、大きなことです。

 基本的に、入院予定があること、繰り返し行われる医療処置があること、繰り返し行われる臨床検査があること、頻繁かつ定期的な医療補助を受けていること、複数の疾患を併発し、6ヶ月以上続くと予想され、特に高額な治療費が必用となる、身体に障害を及ぼす病的状態にあることなどの条件があります。

 これに該当する疾病として、障害を伴う脳卒中、再発性うつ病および双極性障害を含む長期疾患、進行性潰瘍性大腸炎およびクローン病、虚血症状を伴う慢性動脈症、1型および2型糖尿病、重度心臓病(心不全、不整脈、弁膜症、先天性心疾患等)、ガン・・ちょっと書ききれないほどの疾病が並んでいます。

 こうしてみると、同じ長期疾病でありながら、自己負担の免除を受けられない場合は悲惨な感じがしますが、通常の割合で治療費の払い戻しは受けられますし、一定の条件下で6ヶ月を超える病気休暇と病気に関連する交通費の補償は受けることができます。

 このALDに関しては定かではありませんが、補償や補助金のようなものというものは、概して、自ら制度を探し出して申請しなければ、受けられないことが多いため、知っておくと便利かもしれません。

 まあ、できれば、そんな制度のお世話にならないで済むのが一番よいのですが・・。


長期疾病 ALD(Affection Longue Durée)制度


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2026年3月12日木曜日

欧州連合(EU)域内の女性のほぼ3人に1人がの暴力を経験しているという驚くべき調査報告書  

  


 EUの2つの機関である欧州連合基本権機関(FRA)と欧州ジェンダー平等研究所(EIGE)が発表した調査報告書によると、EU域内の女性の3人に1人が生涯で暴力を経験していることが明らかになっています。

 この調査は2020年9月から2024年3月にかけて18歳から74歳までの女性11万4,000人以上を対象に実施されています。

 欧州連合基本権機関(FRA)によると、「女性の約30%がパートナーから屈辱、脅迫、または支配的な態度をとられた経験があり」、約10人に1人が「パートナーから傷つけられた」と回答し、17.2%が性的暴力を受けた」としています。

 さらにFRAは、「女性の8.5%がネットいじめを受けた」と報告し、「10.2%がパートナーからオンライン監視、またはストーカー行為を受けた」と付け加え、オンライン暴力の増加を指摘しています。

 この調査によると、パートナーによる虐待の被害者のうち、警察に通報するのは、わずか6.1%、パートナー以外の人物から暴行を受けた被害者のうち、わずか11.3%です。

 EUは、女性に対する暴力を撲滅させるための法的文書である「イスタンブール条約」(女性に対する暴力および家庭内暴力および、これらとの闘いに関する国際条約)に批准し、各国に対し、法律整備や被害者支援体制の強化の義務付けや国際的な監視制度を設けることを規定していますが、事実上、これは全く機能していないと言わざるを得ません。

 しかし、このイスタンブール条約に対して、ブルガリア、チェコ共和国、ハンガリー、リトアニア、スロバキアの5ヵ国は批准していません。

 ちなみに日本は加盟していません。

 この調査に関しては、特にオンライン暴力の増加を問題視していますが、女性への暴力に関しては、「知られたくない」という心理が働くことから、通報にも至らず、暴力が常態化したり、無視されたりする結果に繋がることから、制度的な欠陥が浮き彫りになったと言えます。

 以前、職場にどうやらDVを受け続けているらしい同僚がいて、心配したことがありましたが、本人が「転んだ・・」などと言い訳するので、それ以上は介入できず、それでも、あまりに頻繁に転びすぎるので、「絶対、転んだんじゃないよね・・」などと言っていましたが、結局、彼女はしばらくして、仕事を辞めてしまって以来、その後はどうなったのかはわかりません。

 このような国際条約などには、実際には、まるで機能していないものがけっこうあるものです。


女性への暴力


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「数度にわたる殺害予告の末、逮捕・拘留も、釈放され、元パートナーを殺害した男」

「「拷問および蛮行を伴うレイプ」で起訴されたボルドーの4人の男」