2019年9月25日水曜日

子供の急病




 娘は、幸いにも、とても健康に生まれて、健康に育ち、どんなに動いても疲れるということを知らず、虫歯の一本もなく、どちらかというと、溢れるエネルギーを発散させるのに苦労するほど元気に育ちました。

 ただ、一度だけ、あわや、入院!?という病気にかかったことがありました。

 それは、娘がまだ5歳くらいの頃でした。

 そのころ学校では、なわとびが流行っていて、暇さえあれば、ぴょんぴょんと家でも、なわとび、また、学校でも大流行していたようで、なわとび片手に通学し、休み時間になると、こぞって、みんなで、なわとびをやっているようでした。

 ある朝、起きたら、娘が足が痛いと言いだして、私たちは、てっきり、なわとびのやり過ぎだろうと思っていましたので、なわとびは、いい加減にしておきなさい!と注意して、そのまま、学校へ行かせました。

 ところが、なわとびをやめても、娘の足の痛みは治ることなく、治るどころか、翌朝、起きた時には、まるで、小児麻痺の子供のような、独特な足の引きずり方で歩くようになっていたのです。

 娘の歩き方を見て、焦った私たちは、慌てて、近所のかかりつけのお医者さんに連れて行きました。すると、彼女は、厳しい顔をして、”これは、救急で、病院に行った方がいいから・・”と言って、パリの12区にある小児病院への紹介状を書いてくれました。

 救急で、小児病院へなどと、思ってもみないことを言われて、私たちは、ビックリして、娘を車に乗せて、慌てて病院の救急へ向かいました。

 症状を見たお医者さまが、検査のために、軽い麻酔をしますからと、娘の口に、プラスチック性の簡易マスクを当てた時には、私よりも主人の方が動揺していました。

 私も、それなりにショックでしたが、娘の病状とともに、大きななりをして、娘が麻酔用のマスクを当てられただけで、卒倒しそうになってしまう主人にも、情けないと思う気持ちと、心底、娘を大切に思っている主人の気持ちの深さとが交錯する複雑な気持ちでした。

 結局、娘は、リュームダンシュという、日本語にすると腰風邪という病気で、風邪のウィルスが体内の腰の部分に入って引き起こされる病気で、投薬治療と、できる限り安静にということでした。

 お医者さまに、入院しますか?ご自宅に帰られますか?(まあ、どちらでもいいですよということだったのだとは思いますが・・。)と聞かれて、当然、私は、病院で見ていただいた方が安心だと思っていたのですが、主人が、まるで、不本意に娘を取り上げられるとでも言わんばかりに、半ば、強引に家に連れて帰ると言い張り、お医者さまも、”それでは、薬をちゃんと飲んで、できるだけ、歩かせないように・・。”とおっしゃって下さり、その日のうちに、娘を連れて、家に帰ってきました。

 タダでさえ、動き回ることが好きな娘も、さすがに、なわとびどころではなく、学校も一週間は、休み、家の中でさえ、できるだけ、歩かない生活を強いられました。

 私と主人も交代で休みを取りながら、なんとか、娘についていましたが、1日だけ、どうしても、数時間、娘が一人でいる時間ができてしまったのです。

 その日は、休みを取るはずだった主人が、どうしても空けられない仕事が入り、午後の数時間、私が早めに退社するまでの時間だったので、まあ、大丈夫だろうと思いつつも、私が、急いで、家に帰ってみると、珍しく、娘は、リビングの大きなソファに座って、” 寂しい・・” と言いながら、一人でシクシク泣いていました。

 こうやって書いていて、ああ、そういえば、彼女も泣いたことがあったんだな・・と思うくらい、普段は、明るく元気な娘でしたので、あの時の彼女の様子は、彼女自身も、急に足が痛くなったり、大きな病院に急に連れて行かれたり、自分の周りで大人たちがバタバタしたりと、それなりに不安定な気持ちだったのでしょう。

 幸いにも、その後は順調に回復し、以来、これまで、大きな病気もせずに元気に育ってくれました。

 子供は、やっぱり、元気すぎるくらいの方が良いと、心底、思わさせられた出来事でした。

 それにしても、あの時の主人の情けない動揺ぶりは、一生忘れません。

 









 

 

















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