2019年9月10日火曜日

外交官生活の後にうつ病になったフランス人の夫 普通のおじさんになれなくて・・




 私の夫は、長いこと外地勤務をしていたフランス人の外交官で、私が主人と出会った時も、彼は、日本のフランス大使館に勤務していました。

 とはいえ、外務省からの外交官ではなく、財務省から派遣されている一人の公務員で、いつかは、フランスに戻らなければならない身でした。

 と言っても、外国勤務の間の肩書きは、外交官なわけで、外交官待遇の生活を長くしてきていたのです。

 日本勤務を終えた後は、アフリカの勤務になったわけですが、数年のアフリカ勤務の後には、元のフランスの財務省に戻ることになったのです。

 私自身が、大使館勤務をしていたわけではないので、詳細は、はっきりとは、わかりませんが、大使館というのは、外国にありながら、本国同然の治外法権の領域であり、その中での外交官特権と言われるものは、外国にいながら、かなり、特別な位置付けになるのです。

 また、本人も仕事に対しても、かなりの力の入れようで、日本にいる間などは、本当に日本人以上に昼夜なく働き、自分の仕事にもやりがいと誇りを持っていたのだと思います。

 パスポートも一般人とは違い、車も日本で言えば、ブルーのナンバープレートを付けている車は、外交官の特権で守られた車で、税金などの扱いも違っています。

 アフリカにいた頃には、DIP(DIPLOMA)SHOPという外交官専用の、食料品から食器、電気製品などの広範囲にわたる外国の製品を多く扱うお店があり、一般の人は、買い物をすることが出来ません。

 とにかく、そんな生活を長くしてきた主人は、フランスの財務省に戻ることがショックなのと同時に、普通の一般人に戻るのに酷く抵抗があり、側にいる私としては、” なんて不遜な人なの?"、 ” 一体、あなたは、なに様のつもりなのですか?” と、どれだけ、夫と話し合いをしたことでしょうか?

 フランスに戻って、半年から一年くらいの間は、主人は、うつ病のような状態で、普通のおじさんの生活に戻るのには、かなりの時間がかかりました。

 娘が産まれたばかりだというのに、主人は、鬱々として、夜中に息苦しさを訴え、救急車騒ぎで入院したりしたこともありました。病院では、鬱状態からくる呼吸困難との診断で、本人も苦しかったと思います。

 仕事も休みがちで、それに輪をかけるように、娘の国籍のことなど、アフリカでの出生証明書の不備などもあって、難航し、外国で産まれたフランス人の子供の国籍の扱いは、全て、ナント(フランスの西部、ロワール川河畔に位置する都市)の管轄で、なかなか進まない手続きに業を煮やして、ナントまで、夫の兄夫婦と共に車で出かけたこともありました。

 問題は、山積みで、主人が鬱状態から回復するには、それなりに時間がかかりました。

 それでも、娘は、まだ、赤ちゃんで、毎日毎日の生活は、淡々と続いていきました。

 娘は、そんな中でも、無邪気に成長し、そんな娘の成長が私たちを救ってくれました。

 娘の国籍問題が解決して、私もどうにか仕事を見つけた頃から、ようやく主人は、普通のおじさんの生活に戻り始めました。

 娘の保育園、学校などに顔を出すようになると、すっかり元のフランス人のおじさんに戻っていきました。

 人間、特別扱いを受けるには、本当に心して、自分を戒めなければならないと身をもって感じさせられた次第です。

 普通が一番。

 普通の生活を当たり前に送れることが一番、幸せなのです。

 
















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