2023年5月31日水曜日

娘とのイタリア珍道中 最初からトラブル続きでも、美味しいものお腹いっぱいで超ご機嫌の二人

  


 今回、娘がパリに遊びに来ることになったと聞いて、それなら、こっちに来ている間に久しぶりに2人で旅行しよう!ということになって、「・・なら、やっぱりイタリアだよね!」とものの数分の会話でイタリア行きを決めました。

 娘とは、これまでに母娘2人で、日本はもちろんのこと、ヨーロッパ内もずいぶんと旅行してきたのですが、食べることが何より大好きな母娘は、中でもイタリアが大好きで、これまで、ローマ、ナポリ、フィレンツェ、カプリ、イスキア島、サルディニア、シシリーなど、けっこう行って来て、イタリアだけは、いつでも、どこでも、100%に限りなく近い確率で食事の失敗がなく、何を食べても美味しいので、イタリアが大好きなのです。

 特に直近では、カプリ島やイスキア島など、海のある場所に魅せられていて、今回もできるだけ海がきれいなところで、これまで行ったことのない、あまり、あからさまに観光地っぽくないところにしよう!と検討の結果、現在、トロペア(Tropea)(イタリアをブーツに例えると足の甲の部分あたりにあります)に来ています。

 トロペアの海は砂浜で、何よりも、海の色が比類なく美しいのです。

 パリ・シャルル・ド・ゴール空港からミラノ経由でラメーツィア・テルメへ、空港からのシャトルバスで電車の駅に行き、そこから電車で1時間ほどと、結構、経路は面倒で、当日はパリを朝9時頃の飛行機だったので、早朝に家を出発して、2人共、やや寝不足でのスタートでした。

 娘は日本から来て時差ボケのうえに、毎日のように出かけ歩いていて、パリに来てから、ほぼ毎日4〜5時間だけの睡眠時間の日が続いていたこともあって、彼女はずっこけっぱなしで、ミラノについて、経由便で乗り換えの際に、①乗り継ぎ便のチケット紛失、②乗り継ぎの際の荷物チェックで荷物を取り忘れてくる・・そして、③乗り換え便にのってしばらくしたら、携帯がないといって慌てる・・とお騒がせの連続でした。

 そもそも、彼女は優等生のわりには、実は、ずっこけていて、やたらと忘れ物、落とし物や転んだり怪我したりすることが、多く、今回は、初日からそのオンパレードでした。

 しかし、紛失したチケットはなぜか空港の人が拾っていてくれたし、荷物も取りに戻るとしっかり受け取ることができたし、無くしたと思った携帯も飛行機の座席のポケットに入れたのを忘れていただけでした。

 この日、トロペアは、天気予報では雨だったのですが、幸いなことに、なぜかピーカンのお天気になり、寒いことばかりを心配して荷物の準備をしていただけに、汗だくに・・。

 そして、さらには、電車を間違えて引き返す羽目になるというトラブルに次ぐトラブルでしたが、ホテルに着いて、ちょっと休むとホテルのプールでひと泳ぎして、ビーチベッドでしばらくごろごろしながら日光浴をして、部屋に戻ってジャグジーにつかり、二人でビーチまでぷらぷら歩いていくと、その頃には、夕日が沈みかける絶好のタイミングで、しばし、二人で「こんなきれいな海にオレンジ色の夕日が沈む景色って!いくら見ていても飽きないね!」としばらく、その絶景に見惚れていたのですが、ふと気がついて、横を振り向くと、もうその時には、娘はGoogleで夕食のレストランの検索作業に入っていて、「ほんとうにどれにしたらいいか困っちゃう!と本当に困っていました。

 おかげさまで、夕食のレストランはドストライクにハマり、メニューをあれにしようこれにしよう、これも食べよう!と色々頼んでみて、「やはり、ここに来たのは正解だった・・」といいながら、もうアンティパストだけでお腹いっぱい!などと言いつつ、結局、パスタが運ばれて来たら来たで、デザートは別腹ならぬ「パスタは別腹・・」などと言いながら、お腹いっぱい食べきって、ご機嫌なのでありました。

 そして、夜、遅くに(イタリアは夜の食事が遅い)こんなに食べちゃって、明日の朝ごはんに差し支えるから・・と言いながら、部屋に帰って、またお風呂に入り、そこでエネルギーを使い果たした娘は静かになったと思ったら、お風呂で寝てしまって溺れそうになるのでした。

 なんともずっこけな母娘の旅は、明日も続きます。


イタリア トロペア


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2023年5月30日火曜日

リモートワークに見る日本人とフランス人の時間の感覚


 私は、そんなに頻繁にリモート会議のようなものを使うことはないのですが、先日、たまたま、普段、あまり関わらない人々とのリモート会議の機会があって、時間は13時半からと通知が来ていました。

 この会議は、もう5回目くらいだったので、初回の時には、10分くらい前から、ごそごそパソコンをセットし始めて、「あ~遅れちゃう!」と少々焦りながらも、2~3分前には、待機していたのです。会議に参加しているのは、フランス人ばかりなので、時間どおりに始まるとは思っていなかったものの、けっこう待つハメになったので、次回からは、時間になったら、セットするくらいにしていました。

 そして、最終回の会議は、さんざん日時を変更された挙句だったこともあり、もういい加減に、待たされるのも嫌だったので、少々、時間には遅れ気味の時間に会議に参加すると、結局、それでもまた、待たされることになり、結局、その日の会議が始まったのは、予定されていた時刻の20分後くらいでした。

 そして、2時間ほどの会議が終わって、疲れ切って、今、パリに来ている娘に、「もう・・始まるのも遅れるから、終わるのも遅くなる・・全くフランス人は・・」とぼやいたら、普段、日本で、毎日のようにリモート会議をしてきた娘が、「日本人は、すごいよ~!」と。

 「何が?」と聞くと、「リモートワークがあったら、1分前には、ほとんど全員が待機していて、時間になると、「あら、まだ○○さんがいませんね・・少し待ちますか?」と言って、その1分後くらいに遅れてきた人が登場し、「遅くなってすみません!」と謝るんだよ!」と。彼女は内心、「全然、遅れてないじゃん!1分だよ!1分!」と思うんだとか・・。

 フランス人が時間にルーズなのは承知していますが、リモートだと、待ち合わせをしたりするのとは、また別の感覚だし、ましてや、そういった日本人の会議のようなものから、ご無沙汰している私にとっては、客観的に時間厳守の日本人社会の様子を聞くと、あらためて、「ほ~!日本人ってスゴイ!」などとビックリしてしまう自分にも、ちょっとびっくりしているのです。

 決められている時間どおりということに、そんなにビックリすること自体がおかしいのですが、少々の時間のルーズさにイライラしていてはフランスでは生活できません。

 私自身は、遅刻ということが大嫌いなので、自分自身が遅刻することはありませんが、フランス人相手の時間の約束の場合は、遅れる相手に対して寛容になる習慣がついています。

 まあ、これもさんざん、腹を立ててきた挙句の自己防衛本能のようなものです。

 会議ではなくとも、例えば、家で何かの工事などを頼んだりした場合は、なおさらのことで、まず時間どおりに来ることはなく、遅れるのはあたりまえ、なんなら、約束どおり(時間は関係なく)・・その日のうちに来てくれれば「まあ、いいか・・」となります。

 ということは、すっぽかされることもあるということです。逆に時間どおりに来られたりすると「えっ?時間どおり??」とビックリするくらいです。

 そんなことを思い出させてくれた娘は、パリに戻ればパリ仕様になり、友人と待ち合わせしたりしても、彼女は、必ず遅れるから、「約束の10分後くらいの時間に行けばいい・・」などと、上手く使いわけています。

 日本語とフランス語を流暢に使いこなすようになった娘は、生活も日本とフランスを器用に使いわけているらしいです。


フランス人の時間の感覚


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2023年5月29日月曜日

リヨンの公立病院から5,000人の患者にHIV、B型肝炎、C型肝炎検査要請の手紙

  


 5月初旬、リヨンの公立病院(Hospices Civils de Lyon)から、約5,000人の人がHIV、B型肝炎、C型肝炎の検査を受けるように通知を受け取っています。もしも私が、突然、こんな通知を病院から受け取ったら、震え上がるような気がします。

 これは、そもそも、昨年の12月に同病院の歯科医療センターでのリヨン第一大学歯学部の学生らの過失が発覚したことによるもので、2023年からされ実施された内部調査の結果、器具の洗浄と滅菌のプロセスに重大な過失が発見されたということで、同病院が警報を発令したことから始まりました。

 該当すると考えられる2022年5月から12月にこの病院で受診した患者宛てに、「2022年5月から12月にかけて歯科センターで患者の治療中に使用された「特定の材料」が「滅菌サイクルのプロセスで欠陥を被った可能性があるため、HIV、B型肝炎、C型肝炎の検査を受けてください。これらの検査は無料となります」という旨の手紙が送られたということです。

 病院側は、取材先の地元新聞社に対しては、「あくまでも予防原則を適用したもので、感染のリスクは低い」と回答していますが、そもそも、その過失が発生してから、どれだけ時間が経ってしまっているのか?という話。

 感染の可能性は低いとしながらも、感染の可能性のある人の枠が半年から1年前に受診した者で、それだけの時間が経過してしまった後の通知となっているのは、どうにもモヤモヤさせられるところであるし、そのうえ、病院側の過失にもかかわらず、検査は無料と恩着せがましい気もしないでもありません。

 歯の治療を受けて、半年ないしは、1年後に「HIV、B型肝炎、C型肝炎の検査を受けろなどという手紙を受け取ったら、わけもわからず、動揺するのは必須のことです。

 当面のところ、この地域、オーヴェルニュ・ローヌ・アルプ地域保健局はこの事件を取り上げる予定はなく、制裁も予定されていないと回答しています。

 この通知が遅れたことは、甚だ納得がいかない感じではありますが、それでも隠蔽されなかっただけ、まだマシなのかもしれません。

 また、同じくリヨンの別の病院では、看護師の告発により、病院内の救急外科治療室で大量のトコジラミが発生したことが発見されたにもかかわらず、その間に病室を閉鎖しなければならなくなることを避けるために、経営陣は消毒会社を介入させずに、診療を続けていたことが発覚しています。

 こちらは、たかがシラミの発生・・と思わないこともありませんが、場所は病院・・看護師が告発しなければ、放置されたと思うと、ゾッとするところです。告発した看護師は、介護者や患者に対しても、補償がなされていないと激昂していますが、病院の経営陣は、患者がシラミを家に持ち帰るリスクはほとんどないと回答しています。

 どうにも、とかく病院に関しては、耳に入ってくるのは、おぞましい話ばかり、問題だから取り上げられるとはいえ、やっぱり、なるべく病院のお世話にはなりたくないと思ってしまうのです。


リヨン公立病院 HIV、B型肝炎、C型肝炎検査


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2023年5月28日日曜日

マクロン大統領の支持率 ほんのちょっとだけ回復

  


 年金改革を憲法49条3項の発令により、強行突破して、2019年の黄色いベスト運動以来、26%までに低下していたマクロン大統領の支持率がここへきて+6%の32%まで回復したことが話題になっています。

 とにかく、今回の年金改革問題でのマクロン大統領に対しての国民の怒りは激しく、最低支持率を記録した当時は、フランス国民の 72% が共和国大統領に不満を持っていると答えたが、そのうちの47% が単に不満という程度ではなく、「非常~に不満!」と答えるほどで、このままどうなることかと思っていました。

 マクロン大統領への不満は、街中の落書きだけにはとどまらず、嫌悪感丸出しの肖像画が出没したり、マクロン大統領にまつわるレストランが燃やされかけたり、甥っ子が襲われたりとなかなか深刻なものにまで発展し始めていました。

 しかし、マクロン大統領本人は、国民に嫌われることを厭わずに、国民に嫌われることを憂うよりも、これがフランスにとっては必要なことであるという姿勢を全く崩すことなく、大統領の職務に邁進しつつ、100日後を見ていてほしいと、年金改革法案成立とともに、フランスが乗り越えていかなければならない道と方策を示していくと約束していました。

 正直、彼はフランス国内にとどまることを避けているのではないか?と思ってしまうほど、海外訪問する機会が重なり、フランスにいるより、海外で外交の仕事をしている方が居心地が良いのではないか?と思ってしまうほど、中国を訪問したり、G7に出席したり、その後にモンゴルを訪問したりする日が続いていました。

 一方では、彼はフランスに戻っている間も、勢力的に公務をこなし、インタビューに答える中で、中間層に向けての減税を発表したりしていました。これは人気回復のための手段だと言われつつも、しかし、この減税にも何やらカラクリがあるようで、止まらないインフレで上昇し続ける価格を無理に抑えるのではなく、中間層(実質、中間層というよりもそれ以下の感じ)の人々の生活が少しでも楽になるために、これらの人々に対して減税する手段をとるということに、「恩着せがましく減税などといっておいて、結局は、減税した分など、上昇し続ける価格に対しての消費税等で結局はまき上げられることになるではないか?おまえの言うことなんか、もう信じない!」などと一部から反発の声も上がっていました。

 しかし、結果的には、このままどこまで下がり続けるのかと思われた支持率は、下降がストップし、ほんの僅かとはいえ、上昇に転じたということは、彼が行おうとしていることが、一定の割合の人には響いたのではないかと思われます。

 今後、夏までに(100日後の約束)提出される予定の法案の中心となる移民問題については、フランス人の69%が移民問題については、懸念していると答えてはいるものの、彼らの中での憂慮している問題の6位(24%)にとどまっており、購買力(56%)、健康(38%)、安全(32%)には大きく及んでいません。(複数回答可能の質問)

 しかし、フランス人の67%が移民が多すぎると考えているものの、大多数(60%)は「移民は差別の被害者である」と認識していることも興味深い結果でもあります。

 今後、発表されていく移民問題については、国民の一番の関心事ではないことから、少し、国民の関心が逸らされるような気もしますが、他人事ではないので、これは気になるところです。


 それにしてもマクロン大統領の自己アピールは、なかなか強烈なものがあり、現在は、むしろ、海外での活躍をドキュメンタリーのようにまとめて発信したりするのを見るにつけ、(もちろん、本人が自分で作っているものではないにせよ)、G7の際のフィルムなどを見たりすれば、他国の首脳に比べると圧倒的にスキンシップが多く、肩を抱いたり、抱きあったり、手を握ったりして、相手との距離を縮めて、海外の首脳と向き合っている姿は、もちろん、このフィルムは彼を引き立たせるために作られているとはいえ、さすが!と思わされてしまう感じで、最後はG7の会場となったホテルのスタッフに1人1人握手をしながらお礼を言い、最後は記念撮影を撮るところで閉められていて、マクロン大統領の人気取りもここまでやるのか!と脱帽もので、そのフィルムに彼は、「外交」のひとことをつけてSNSで発信しています。

 このフィルムをどれだけの人が目にふれて、どれだけの人が彼を評価するのかわかりませんが、もしかしたら、このフィルムに誰よりも力づけられているのは彼自身なのかもしれない・・などと思ったりもするのです。

 しかし、若干の回復を見せているとはいえ、未だ67%の国民には否定的に見られているマクロン大統領、とはいえ、いくら支持率が低いとて、大統領は大統領、そのうえ、だからといって、国民から絶大に支持されている他の候補がいないということも、逆風を受けてなお、彼を強くしているのかもしれません。


マクロン大統領支持率


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2023年5月27日土曜日

パリの老舗アイスクリーム屋さんといえば、ここ!サンルイ島 ベルティヨン Berthillon

 


 今年のパリはなかなか気温が上がっていかずに、いつまでも肌寒い日が続いていましたが、ようやく太陽が輝き始め、青空が広がり、初夏の訪れを感じさせる季節になってきました。

 お天気がよいと、パリを歩くのは本当に楽しくて、アイスクリームの出店が街の中にも増えてきました。

 フランス人は、いやいや観光客もアイスクリームが大好きで、暑くなってくるとアイスクリーム屋さんには、行列ができていることが多いです。

 アイスクリームといえば、今や、かなり、ジェラートのお店が多くなってきた気がするのですが、そんな中で、パリの老舗中の老舗のアイスクリーム屋さんがサンルイ島にあります。こちらはほんもののフランスのアイスクリームです。

 食べ物にも流行のようなものがありますが、やはり古くからある、いわゆる老舗と呼ばれるお店には、長い歴史の中を生き残ってきた伝統と、それなりのクォリティは揺るぎないもので、やはり見過ごせないものがあるのです。

 サンルイ島にあるパリ最古のアイスクリーム屋さんの一つといわれる「ベルティヨン(Berthillon)」は、1954年創業で、こんなに有名になった現在も家族経営を貫いているお店です。

 貫いているのはアイスクリームの原材料や製法へのこだわりでもあり、季節の果物などのナチュラルな素材のみを使っており、保存料や人工的な香料や甘味料を一切使っていません。

 90種類近くあるフレーバーの中から季節によってフレーバーが変わりますが、常時30種類程度のフレーバーが待ち構えていてくれます。




 アイスクリームは、牛乳、クリーム、卵、砂糖、果物がベース、シャーベットは、フルーツ(30%~70%)、シロップと実にシンプルで贅沢な材料を使用しています。

 店内には、アイスクリーム以外の商品、ジャムやケーキ類、ヌガーなどのお菓子も扱っていますが、お客様の99%はアイスクリーム目当てで、外に長い行列ができていても、お店の奥は意外と空いている・・なんてこともあります。



 ほぼ、持ち帰りのお客様が多い中、店内で腰を落ち着けて注文して、テーブル席で食べることもできます。

 店内には、かなり大きなサイズの見事なお花が飾ってあり、それと同じお花がテイクアウトのコーナーのカウンターの奥にもあるのが、パリの老舗らしい威厳のようなものを感じさせてくれます。



 お値段は、カップに入れてもらっても、コーンに入れてもらっても同額で、1フレーバー3.50ユーロ、2フレーバー6.5ユーロ、3つで8.5ユーロ、4つだと10.5ユーロです。




 その他にフレーバーによって+50セント(このお店の名物と言われているワイルドストロベリーとマロングラッセ)なんていうのもあり、また、ホイップクリームのトッピングは60セントなど、若干のバリエーションがあります。

 サンルイ島の本店は何とも古めかしい店構えがまた老舗らしい味わいなのですが、実際には、サンルイ島には、「ベルティヨンのアイスクリーム扱ってます!」と看板を掲げているお店がけっこうあり、他のお店でも買うことができます。

 また、サンルイ島以外にもイル・ド・フランス内には約100店舗の小売店のネットワーク(おそらくアイスクリームスタンドや、「ベルティヨンのアイスクリームあります」などの他の店舗の間借りのようなものも含めている)があるそうで、そもそも、私もサンジェルマンデプレ界隈でここのアイスクリームスタンドをみかけたことで、この存在を思い出しました。

 

ベルティヨン本店の近くにある「ベルティヨンのアイスクリームあります」のお店
もともとはお土産屋さん?もう元のお店がよくわからない・・


 娘もいつだったか、学校の遠足?でノートルダム寺院に行った帰りに、ここのアイスクリームを食べたことがあるとかで、全く、なんとも羨ましい遠足です。

 私は今回、マロングラッセのアイスクリームを食べてみましたが、想像どおりのマロングラッセ味・・といったら、身も蓋もありませんが、シンプルな、しかし、かなりしっかりしたマロングラッセの味、マロングラッセのかけらもけっこうたくさん入っていて、食べ応えも満足感もあり、しかし、だからといって甘すぎず、マロングラッセに使われている洋酒の香りがほんのり感じられる後味のよいアイスクリームでした。

 また、コーンも独特でほどよい厚みがあり、もちろんサクサクで、固すぎず、柔らかすぎず、大きさ、バランスともに完璧でした。

 まあ、難をいえば、暑くなってきたために溶けやすいことくらいで、しかし、溶けそうになるアイスクリームをペロペロしながら(お行儀悪い?)あわてて食べるのもまた楽しいものです。

 パリにいらっしゃる機会があれば、パリで一番、フランスで一番とフランス人が誇るアイスクリームを試してみませんか? 正真正銘フランスのアイスクリームです。


🌟Berthillon  31 rue Saint-Louis en l'ile 75004 Paris


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2023年5月26日金曜日

娘の友人関係に見るフランスの社会構造

  


 現在、日本で就職した娘がフランスに一時帰国しており、彼女は久しぶりのフランスで日頃、会うことができていない友人に会ったり、買い物をしたり、私が日本に一時帰国した時と同じようなことをして楽しんでいます。

 まあ、違う点といえば、彼女はそもそもフランスで育ったというのに、フランス料理はあまり好きではなく、圧倒的に日本の食生活に満足しており、私が日本に行った時のように、ここぞとばかりに日本の食料を買い集めて持って帰ろうとするようにフランスの食べ物を買い集めたりすることはなく、日本では、探すのが難しい、彼女の体型に合った洋服などを悠々と探していることで、私が日本に帰った時のように食べ物に対してガツガツした姿勢がないことくらいです。

 日本で生活を始めて約1年半が経ち、日本でもそれなりに友人ができ始めたようで、当初は私が心配していた人間関係も概ね好調のようで、彼女にとっては、特に彼女とほぼ同じような境遇、フランス人と日本人のハーフでパリ育ちで現在、日本で就職して、日本で一人暮らしをし、親はフランスにいる・・という女の子と仲良くなったことは彼女にとっては大きなことだったようです。

 今後のことはわかりませんが、現段階では、フランスで育ってきた彼女にとってはフランスの方が長く知り合っている友人はフランスの方が多いわけで、そんな友人たちに会えることは、何より楽しいことのようです。

 彼女は小学校から高校までは、近所の私立の学校に通っていたので、その学校での友人との付き合いは長く、また、その後、プレパー、グランエゼコールと進む中でも、それなりに友人ができていったのですが、彼女の友人たちの近況を彼女から伝え聞くにつけ、世の中で騒いでいる生活が苦しい学生の話や貧しい若者たちの話などとは、まるで無縁の世界に突入していて、すべて、うまいように人生が転がって行っている感じで、人生は早い時点でその道筋がついてしまっているのかもしれない・・と思わずにはいられない感じがしています。

 とはいえ、皆、仕事を始めて、まだそんなに経っていないので、これからどんな落とし穴が待っているかはわかりませんが、彼女の友人たちは皆、よい就職先に就き、けっこうな高収入を得て、順調にキャリアを積んでいるようで、特にグランゼコールを卒業した子たちなどは、話には、聞いていましたが、普通の人たちが何年もかけて昇格していくところをいきなり管理職だったりするのには、唖然とさせられます。

 私自身は、フランスの学校のシステムをよく理解していたわけでもなく、特に唯一の頼みの綱だった夫が亡くなってからは、彼女にそれらしいアドバイスができていたわけでもなく、なので当然、それを目指して教育してきたわけではないのですが、結局、彼女を小学校から通わせていた私立の学校へ入学させたことが、今から思い返せば、大きな分かれ道だったような気がしています。

 彼女たちは、まだ、20代前半(中盤?)なので、これからも色々なことがあるでしょうが、教育というものは、大変なものだ・・良くも悪くも、人生を全く違うものにするものなんだな・・と実感しています。

 彼女が通っていた私立の学校は、とりあえず、家から近いということで選んだ学校だったのですが、これが、たまたま結構な受験校(フランスには実際に受験らしい受験はないので、受験校という言い方はふさわしくなく、教育熱心な学校という方がよいかもしれない・・)高校卒業時点でプレパー(グランゼコール準備学校)に進む人も少なくないような学校だったのです。

 ですから、そんな学校の中で育てば、負けず嫌いな娘は上を目指すようになったのですが、実際のところ、世間一般の社会の中では、フランス人でもグランゼコールというものを知らない人もいるのには、驚いたことがありました。

 むしろ、在仏日本人の方が、結構、子供がグランゼコールに行っていたとか、ポリテクニック( École polytechnique)に行っていたとか、シアンスポ(Sciences-po)に行っていたとかいう話は、そこここで、よく聞く話なので、そんな学校の存在をフランス人でさえ知らない人がいるということは、もっと知らないはずの日本人の私にとっては、びっくりだったのです。

 ということは、もうその親からして、まるでそういう学校とは無縁の人生を送ってきたということで、家族もろとも、別世界を生きているのだと思わざるを得ません。

 これまでのフランスでの生活で、私自身は、ロクにフランス語もできていないような状況なので、圏外みたいなものですが、話には聞いていた格差社会は根深いものだという裏付けが娘やその友人たちを通して見えるような気がしています。


フランスの社会構造 格差社会


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2023年5月25日木曜日

今度はパリ日本大使館近くで銃撃事件 31歳の男性死亡

  


 パリのど真ん中で銃撃事件が起こった・・事件現場はパリ8区のクールセル大通り、メトロ・クールセル駅の近く、クールセル駅とテルヌ駅の間・・と聞いて、えっ??聞き覚えのある駅だ・・と思いました。

 パリには、かなりの数のメトロの駅があって、もちろん、私の行動範囲は限られていて、自分の通勤圏内だったり、ごくごくよく利用する駅だったりする以外は、なんとなく見覚えがある気がしたりするものの、全部の駅を知っているわけではありません。

 しかし、この駅には、なんか聞き覚えがあったと思ったら、パリの日本大使館から遠くない駅なのでした。大使館といのは、そんなに頻繁に行く場所ではありませんが、パスポートの書き換えだったり、日本での公式な手続きに必要な在留証明書だったり、在外投票だったり、また、娘が義務教育の期間は、日本語の教科書をもらいに少なくとも年2回は、行っていました。なので、そこそこ記憶には、残っている場所です。

 パリの日本大使館は、シャンゼリゼからも近く、凱旋門からも歩いていけるような、とてもよい場所にあるのですが、今回の銃撃事件は、クールセル駅の近く・・というよりは、私にとっては、日本大使館の近く・・と連想する場所でした。

 あのあたりは、ゆったりした優雅な街並みで、とても銃撃事件が想像しがたい場所です。

 銃撃犯は、最初、クールセル大通りにある被害者の父親が経営する不動産屋さんに入っていき、その後、被害者が危険を感じて逃げようとしたところを路上で撃ったようです。目撃者の証言によると、少なくとも3発以上の銃声を聞いたと証言しており、数人の銃撃犯は、その後、青いヤマハのバイクで逃走したとのこと。

 被害者の31歳の男性は犯人が最初、入っていった不動産会社の経営者の息子で10年近く、その不動産屋で働いていたようです。被害者は即死ではなかったものの、かけつけた救急隊の処置も虚しく死亡しました。

 数名の銃撃犯が逃走に使用したバイクは、それからまもなく、シャトネー・マラブリー(オー・ド・セーヌ県)で発見されたものの、彼らはそこで待機していた別の車で逃走したと見られています。

 被害者の男性はパリ16区育ちの富裕層であったものの、子供の頃からのつきあいのあった友人たちの話では、彼は豪華な車を乗り回すわけでもなく、見栄を張るでもなく、歯に衣着せぬ物言いをするところはあったものの、基本的にはとても優しい人だったと話しています。

 しかし、犯行の状況から考えるとこの銃撃事件はなんらかの報復であると見られていますが、それにしても大通りの路上で銃撃とは・・全く無関係の第3者に被害が及ぶ可能性もあったわけで、本当に恐ろしい話です。

 シャンゼリゼのすぐ近くのジョルジュサンク付近で射殺事件がおこったのはついこの間のこと・・。今回の事件ともそんなに離れている場所でもなく、歩いて行ける範囲内の距離にあります。

 だからといって、前回の事件とは、無関係であるとは思われますが、いずれにしても、パリのど真ん中、しかも、かなり高級な住宅や店舗が並ぶような地域での銃撃事件には、ほんとうに閉口してしまいます。

 少なくとも、銃を持つ輩たちは、もはや、ここらあたりではやめておこう・・というような思いはなくなってきていて、所かまわず銃を向けるようになってしまっているということで、こうなってくると、もう危険な地域には近寄らないだけでは済まされないことになります。

 とりあえずは、テロのような無差別な攻撃ではないことだけが、幸いであったとでもいうしかない、本当にショッキングな事件がパリでは続いています。

 犯人は未だ逃走中とのことで、パリの日本大使館も銃撃事件についてのお知らせと注意喚起のメールが届いています。


パリ 日本大使館付近銃撃事件


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2023年5月24日水曜日

しばしの娘の帰省と早々の転職

 


 日本で就職した娘が半年ぶりぐらいにパリに来ています。

 娘が日本で就職して、1年とちょっとが経ちました。昨年の夏頃に一度、友人の結婚式があるとかでパリに来ていたのですが、その時は、「就職して、まだ半年くらいしか経っていないのに、そんなに長くお休みが取れるの?」とビックリしたのですが、娘の仕事は、ほぼリモートで、実際に出勤することはほとんどないので、移動中の日程だけの分のお休みをとれば、あとは、パリに来ても、日本時間に合わせて起きて仕事をすればいいのだとかで、仕事柄ということもあるのでしょうが、まぁ時代も環境も変わったものだと感心していました。

 しかし、日本のリモートでの会議に合わせて夜中に起きたりしていたので、ほぼ、私まで時差ボケ状態で、その合間を縫って、彼女は友人の結婚式に出席したり、友人に会いに行ったり、いくらリモートワークができるとはいえ、若いからこそなせる業だと、その体力とバイタリティが羨ましい気がしていました。

 あれから、さらに半年と少しが経ったころ、日本にいる彼女から電話があって、「ちょっと報告することがある・・」と。ちょっと私はドッキリしたのですが、現在の会社に就職して1年数ヶ月経ったところで、もう次の転職先を見つけたとかで、転職することにしたとか・・。

 理系の彼女の仕事に関しては、私はよくわからないので、何も口を出す気もないのですが、まあ、彼女が就いた仕事を一生続けるともハナから思っていなかったし、今の時代、転職をしてキャリアアップしていくのは、珍しくない話だし、転職先がフランスなら誰でも知っているようなフランスの大手の製薬会社ということもあり、転職先としては文句なしで、しかも、その会社の日本支社ということで、日本に居続けることもできて、まことによいお話で「よかった!よかった!おめでとう!」ということになったのです。

 そんなわけで、最初の就職先を退社して、次の会社との契約が始まるまでのひと月ほどの間が空くので、その間にパリにも行くから・・と。

 だいたい、これまでも、ある程度、時間の自由が利く仕事で、ここぞとばかりに日本に行って以来、なんだかあちこち旅行して歩いて、大いに人生を楽しんでいる様子の娘。

 小さい時から、とにかく日本語をしっかり教えることにこだわってきた私にとっては、娘が日本で仕事ができていることは嬉しい限りですが、これまでの会社は英語圏の会社で、仕事は日本語と英語の職場で、彼女にとって母国語であるフランス語を仕事を使えないのは、なんとも残念なことだと思っていたのです。

 しかし、今度の仕事は日本語、英語に加えて、フランス語も使う機会がありそうなので、ヤレヤレよかったよかった・・と思っています。

 とにかく、今回は、転職する間の本当のお休みで来ているため、前回のような、日本時間での生活をする必要はないわけで、それはちょっとホッとしています。

 日本の便利な生活にすっかり慣れた娘は、パリのCDG(シャルルドゴール)空港について、いきなりエスカレーターが壊れているのに遭遇して、「あ~~フランスに帰ってきたな・・」と実感したとか・・。

 そのうえ、電車に乗ったら、途中で何度も電車が止まって、さらにその実感が増したとか・・。

 私はと言えば、とりあえず、さらにたくましく成長している彼女の顔を久しぶりに見れて、とても嬉しいのですが、それに加えて、自分が長距離フライトに苦しむこともなく、山のような日本の食料が手に入って、とってもごきげんなのでありました。


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2023年5月23日火曜日

もしも彼らが生きていたら・・移り変わる家族環境

   


 今、私の友人の多くは介護とまでは言わなくとも、高齢の親を抱えていて、なかなか自由に旅行したりすることができないという人が多いのです。私の友人には、なぜか独身か、結婚していても子供がいないという人が多く、日本の少子化を現状を物語っているような感じがしますが、それでも、彼女たちにはなかなか自由は訪れないようです。

 私の世代では、20代後半から30代にかけて、親からの「早く嫁に行け!結婚しろ!」プレッシャーはなかなかなものでしたが、もう親も歳をとるにつれ、それがぴったりと止むどころか、逆にいつのまにか「行ってほしくない」に変わっていたのです。

 なので、親子(母娘)二人暮らしという人も結構、いて、親子関係にもよるでしょうが、母親にとったら、高齢になって、娘と二人暮らしというのは一番心強いのだとも思いますが、さすがにその娘の方もかなり年齢を重ねていくと、体力的にも精神的にもきつくなることがあるようです。

 私の母が亡くなったのはもう17年前のことで、そんな友人のぼやきを聞いても、今でも親が生きていてくれるなんて羨ましいと思ってしまうのですが、今後、必ずやってくる親を見送る時が実際に自分が体力的、精神的に衰えた時にやってくるのも、それはそれで、さぞかし辛いことではないか?と思ったりもします。

 それと一緒で、結婚している友人は、相変わらず夫の生活にびっちりと合わせて生活している様子が垣間見れて、こっちの方は、夫を失って、シングルの生活に慣れきってしまっている私には、夫の死後、否応なしに仕事と娘の生活には合わせてきたものの、娘も独立した今、人に合わせて生活するということが、窮屈そうに見えてしまうこともあります。

 しかし、天気の良い日に公園などを老夫婦が仲良く手を繋いで散歩していたりする様子をみるにつけ、羨ましいな・・今も夫が生きていてくれたら私も夫と仲良く手を繋いで散歩でもしてみたかったな・・と思ったりもするのですが、日々の生活の毎日には、仲良く手を繋いで散歩するだけではないだろうと、ちょっと捻たことを考えたりもします。

 これまでに、夫が生きていてくれたら・・とどれだけ思ったことかわかりませんが、そんなことは言っても仕方のないことでもあるし、生きていたら生きていたで猛烈にケンカしていたかもしれません。

 特に夫は比較的、年齢も若く、現役中に亡くなってしまったので、夫の退職後の生活というものを私は体験しておらず、今、もしも生きていたら、そろそろ定年退職を迎えていたであろう生活はまるで想像がつきません。

 フランス人だけあって、初めて定年退職のポイントの通知(現在、何ポイントで満期になるまであと何ポイントとかいう予定表のようなもの)が届いた時には、大喜びで、「やっぱりこの人、フランス人だわ・・」と呆れたのを覚えていますが、結局、彼は定年を迎える前に亡くなってしまったので、亡くなってしまった時には、あんなに定年を楽しみにしていたのに・・と思ったくらいです。

 夫は定年退職後のことをよく語っていて、定年になっても、まだしばらく働くつもりだとか、日本に住みたいとか、ジンバブエに住みたいとか、わけのわからないことを言っていましたが、結局はどれも実現はしませんでした。

 最近はよく、同年代の日本人の女性がつぶやいている、子供が独立して、夫が定年になる生活が苦痛・・というのも、それまでの生活の仕方や夫婦関係にもよるだろうし、それこそ、人それぞれだとは思いますが、一般的には概して日本人男性の方が大変そうだな・・と勝手なことを思ったりもしますが、いずれにしても、私としては、自分が体験できなかったことでもあり、そんなボヤキも含めて羨ましいと思ってしまうのです。

 両親にしても、夫にしても、もしも、彼らのうち誰かひとりでも生きていたら、私の生活は全然、違うものになっていたと思うと、自分が選べることではありませんが、周囲の家族の状態というのも大きく人生を左右するものには違いなく、今は自分は自分に与えられた状況をできるだけ楽しく快適に過ごせるように心がけるのみと思っています。


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2023年5月22日月曜日

8度目の強盗に遭って殺されそうになったパン屋さんの話

  


 毎日のように、どうにも物騒な話ばかりがニュースにあがってくるので、そのたびにウンザリとさせられます。もっとも、物騒な事件だからニュースにあがるのですが、それにしても、その頻繁さに慣れそうになっているのが怖いくらいです。

 フランスはヨーロッパの中で最も殺人事件が多い国なのだそうで、最近はそんなデータにも頷けてしまう感じがしています。

 昨日もマルセイユで若者3人が殺された話題があがってきています。

 もっとも、殺人事件にまでは至らないとはいえ、それに近い事件はもっと頻繁に起こっているのにも閉口してしまいますが、、今回はクレイユ(オー・ド・フランス地域圏・オワーズ県)でパン屋さんが強盗に襲われ殺されそうになったという話に驚いています。

 強盗といえば、宝飾店とか、高級ブティックとかを思い浮かべがちなのですが、なんとパン屋さんまで襲われるとは(決してバカにしているわけではない・・)。

 本人は「本当に殺されるかと思った・・」と言っているそうですが、彼は事件当日の午前3時頃に出勤(パン屋さんの朝は早い・・)しようと自宅を出て、車でパン屋に向かう途中でした。待ち構えていた4人組が車の窓を割って、彼を車から引きずりおろすと別の車に乗せて拉致し、森へ向かいました。

 森の中で、彼らはハンマーで身体中に暴行を加え、ナイフを突きつけて喉を掻き切ると脅し、お金を要求。さらに、お金がどこにあるのかを言わなければ、家に戻って、妻と子供を殺すと脅しました。ナイフを突きつけて脅すだけでもよさそうなものに、この必要以上に殴りつけ、暴力的なところがさらに恐怖です。

 彼らは、彼のキャッシュカードを奪い、暗証番号を聞き出し、パン屋で3,000ユーロを奪って、暴行を加えて、半裸状態にした彼を森の中に置き去りにして逃走しました。

 そして、さらに驚くことには、彼が強盗に遭ったのはこれが8度目だということです。過去の強盗事件がこれほどの狂暴性を持っていたかどうかはわかりませんが、それにしても、彼がこのパン屋で働いて、16年というのですから、8度目だとすれば、2年に一度の割合で強盗に遭っているということになります。いくらなんでも多すぎませんか?

 しかし、なぜ、パン屋が狙われるのかといえば、これだけの成功体験?があるからなのか?とも思いますが、この午前3時という出勤時間が待ち構えて襲撃しやすいということにあるのかもしれないし、また、宝石商などならば、それなりのセキュリティがかかっていて、事件が発覚しやすいのでパン屋さんならば比較的ハードルが低いのかもしれません。

 事件後、このパン屋さんは、現在、「無期限閉鎖」になっており、フランチャイズ側からも、この店舗を永久閉鎖するという話も持ち上がっているそうで、彼自身もいよいよ大きなトラウマを負い、引っ越しを考えていると言います。

 この事件が起こったクレイユは、パリ北部に位置しており、パリから45キロほどの人口、約3万5千人の街で、そんなに田舎町というわけでもありません。

 しかも襲われたのがパン屋さんというのも、しかも8度目だということにも驚きです。

 近隣の店舗のオーナーたちは、この地区の治安レベルの低下に言及し、「20年前にクレイユで商売を始めたが、今日では大きな違いがある。駅の警備をもっと強化すべきだ」と警戒感を強めているようです。

 いつ、わが身にも降りかかるかわからない惨事に街の人々は震撼としているようです。

 このような手口が通用するようならば、本当に商店だけでなく、個人を攻撃しても成り立ってしまう犯罪です。

 警察は、誘拐、拷問および野蛮行為による強制監禁、および武器による恐喝の疑いで捜査を開始していますが、これまでのところ犯人は逮捕されていないようです。


8度目の強盗事件


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2023年5月21日日曜日

G7開催の広島へ来たゼレンスキー大統領 彼はなぜフランス政府の航空機で来たのか?

  


 G7(先進国首脳会議)が広島で開催され、当然、マクロン大統領もこれに参加するために訪日しています。

 現在の世界情勢の中でのG7の開催地が広島であることは非常に意味深く、世界への平和を議論する場としては、ベストチョイスであったような気がしています。

 フランスでもこの広島という地を1945年8月6日にアメリカの原爆が投下された過去を持つ、現在では平和の象徴となっている場所として紹介しています。

 マクロン大統領は、すでに前日に到着していたアメリカ、イギリス、ドイツ、カナダ、イタリアの首脳たちに合流するカタチで当日早朝に訪日しました。

 その時点では、フランスでは、特にはこのG7において、マクロン大統領(フランス)が主張したい内容について、報じていました。

 今回のG7においては、ウクライナについての問題だけではなく、アメリカと中国の緊張の高まりについて、また、気候変動問題についてなどの危機が重なりあう状況で開催される非常に重要な場であるとし、フランスは「アメリカの中国への対立的なアプローチに同調しないように他の欧州諸国に積極的に呼びかける」と発表したマクロン大統領の談話などを紹介していました。

 マクロン大統領はこの中国の立ち位置、中国への対応について、多くの面において、単に対立するのではなく、協調と要求を同時に行っていくことをG7で提案していくと語っています。

 しかし、翌日になって、騒ぎになったのは、当初はリモートでG7に参加すると発表されていたゼレンスキー大統領がフランス政府の航空機で日本に到着したことが話題の中心にのぼりました。

 エリゼ宮は、このゼレンスキー大統領の来日のための航空機要請は、ウクライナ側からの要請によるものであり、アメリカも彼の移動手段については、準備があったにもかかわらず、彼はフランスに要請した・・というようなことを言っています。


 絵的にも、リパブリック フランセーズという大きな文字が刻まれた航空機が日本に到着して、ゼレンスキー大統領が飛行機から降りてくる様子はフランスのウクライナへの連帯を全世界に知らしめた大きなアピールであったと好意的に評価されています。

 先週から勢力的にヨーロッパを訪問していたゼレンスキー大統領は、数日前にパリにも来ていたばかり、その時点で、すでにG7への参加について、航空機の提供については、織り込み済みであったようです。

 ゼレンスキー大統領の移動に使われたのは単なる政府の航空機ではなく、フランス空軍所属の航空機であり、ヨーロッパ間の移動と異なり、長時間フライトで危険度も増すことから、核所有国であるフランス空軍の航空機であることは安全確保のために必要であったとともに、ゼレンスキー大統領とマクロン大統領の緊密な信頼関係のうえに成り立っていたと言われています。

 この航空機は、フランス空軍機であるとはいえ、マクロン大統領の渡航に使われる大統領専用機とほぼ同じ仕様のものであるそうです。


 今回の航空機は、フランスを出発し、ポーランドへ向かい、ゼレンスキー大統領を乗せて、サウジアラビアへ送り、彼はアラブ連盟首脳会談に参加し、その後、日本へというルートをとった模様です。

 しかし、今回はG7ということで、やたらと注目されていますが、ゼレンスキー大統領の移動にフランスの航空機が使われているのは初めてのことではなく、先週の訪仏に際してもドイツからの移動にフランスの航空機が提供されているようです。

 ともかくも、今回の広島訪問は、G7加盟国だけでなく、ブラジルやインドなどの首脳などとも一度に対面で会談できる機会でもあり、これを最大限に利用できる場であると言われています。

 最近は、たいていのことは、リモートで済んでしまうような気になっていますが、やはり実際に対面するかどうかは、人と人との繋がりにおいて、説得力は各段に違い、とても大切なことなんだと思わせられています。


G7 フランス政府専用機


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2023年5月20日土曜日

フランス最大の移動遊園地 フォア・デュ・トローヌ・パリ(Foire du Trône)

  


 フォア・デュ・トローヌ(Foire du Trône)は、春になるとパリにやってくるフランス最大の移動遊園地で、フォア・デュ・トローヌの看板を見かけたりすると、「もうそんな季節か・・」と思わせられる季節限定・期間限定(4月・5月のみ)のお祭り的存在でもあります。

 今年は、350のアトラクションと80の乗り物が出ています。

 娘が小さかった頃は、何回か連れて行ったことがありましたが、勇ましいくせに、遊園地の乗り物があまり好きではなかった娘は、ハッキリ言って、それほど喜んでくれるわけでもなく、そんなに頻繁に行くわけではありませんでした。

 考えてみれば、狭いパリの中で、常設の遊園地というものは思い当たらず、たいていは、季節限定の移動遊園地で、ノエルの前くらいになると、チュイルリー公園の一部などにも遊園地がやってきますが、それ以外の常設の遊園地となると、ディズニーランド・パリをはじめとして、だいたいパリ郊外になります。

 このフォア・デュ・トローヌもパンデミックのために2年間は開催されなかったようで、なんとなく存在自体も忘れていたのですが(昨年はやっていたようです)、今年は、「フォア・デュ・トローヌのアトラクションで子供が落下事故!」というニュースを見て、「ああ、そういえば、今やっているんだ・・」と思い出しました。

 このフォア・デュ・トローヌは、パリ12区のヴァンセンヌの森の一画にあり、天気のよい休日の日は、これが森の人出かと思うほどの人出で、もう近づいていくだけで、それぞれのアトラクションなどが流している音楽や効果音などの爆音が遠くからも聞こえてきて、バーバパパ(綿菓子)や賞品でゲットした大きなぬいぐるみを抱えて歩いている子供などもいたりして、皆が少し、ウキウキしている感じが伝わってきます。

 入場料は無料ですが、入場するには、以前はなかった荷物検査、ボディチェックをされるようになっていて、時代の移り変わりを感じます。


入場にはけっこう厳重なボディチェック


 乗り物なども、以前よりは、規模が大きくなっていて、これを移動してくるの大変だろうな・・と思うような大掛かりなジェットコースターや観覧車がいくつもあり、かと思うと、サッカーボールを蹴って、積み重ねてあるドラム缶を倒すようなシンプルなゲームにさすが、サッカー大好き国民だ・・と思ったり、金魚すくいならぬ、お風呂に浮かべるようなアヒルちゃん釣りだったり、クレーンゲームなどのマシーンもけっこうあり、ポケモンなどが入っていました。



 このような催し物にはつきものの、食べ物屋さんもたくさん出ていて、チュロスや綿菓子、アイスクリーム、ゴーフル、ベニエなどの甘いものから、フライドポテト、チキン、ソーセージ、ケバブなどなど、食事ができるスペースもあります。


ハズレなしのぬいぐるみ釣り


ボールに入って水の上を歩く



アーチェリー


サッカーボールでドラム缶を倒すという・・


クレーンゲームではピカチューが人気


 何よりも、ひとつひとつのアトラクションの色合いが、なかなかケバケバしくて、およそパリらしくないところも珍しいといえば、珍しい空間ですが、これだけの人が集まって、楽しんでいるのを見ると、インフレだの、食事の回数を減らすほどお金がない・・とか言っているのがうそのようで、こういう遊興費を含めてお金が足りないということなのか?などと、ちょっと皮肉なことを感じたりもしました。

 ヴァンセンヌの森という広大な敷地には、場所もあり、これだけ人気ならば、期間限定でなくてもいいかもしれないと思いつつ、期間限定だからこそ価値があって、この期間だけだから、行こうと思うのかもしれません。

 このフォア・デュ・トローヌはパリ市が主催しており、今年は5月29日まで開催されています。この時期にパリを訪れる方は、パリのちょっと違った風景を楽しめるかもしれません。


フォア・デュ・トローヌ・パリ(Foire du Trône)

Pelousse de Reuilly 75012 Paris


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2023年5月19日金曜日

14年間、存在を隠されていた14歳の少年

 


 14年間にわたり、14歳の少年がその存在を隠された状態でいたことが発覚し、世間を騒然とさせています。昨年の7月、体調を崩した少年を母親が病院に診察を受けに連れてきたことから発覚したこの事件、少年が14歳という年齢にもかかわらず、体重が25キロしかなく、知的発達に遅れがあったことから不審に思った病院が警察に警告を発し、この少年は14年間、かかりつけの医者というものももたずにきたでなく、一切、学校というものに行っておらず、社会とは隔絶された家の中で母親とともに生活していたことがわかりました。

 かかりつけの医者を持っていないという人は最近、増えているとは聞いていましたが、その存在すらも隠され、学校にも通わせずに社会生活から一切隔絶されているというのは、ちょっと尋常ではありません。

 最近、たまたま読んでいた小説が出生時に親が届けを一切、出さずにいて、戸籍がないままに育ってしまった少年の話だったので、「小説みたいな話!」と余計にびっくりしました。

 もしかしたら、出生届もでていない?と思いきや、この少年は国外で誕生しており、出生した国のフランス大使館に出生届は提出されていたとのことで、戸籍?がない状態ではありません。

 しかしながら、幼少期にフランスに戻ってきてからは、彼女の母親は息子の存在を隠し、外の世界とは遮断した状態で彼を育ててきたようです。体重が25キロしかなかった・・というので、虐待?とも思いきや、母親は自分の息子は自分で教育する・・という信念?のもとに彼を育ててきたと言っています。

 14年間、子供を家に閉じ込めたまま、その子供が体重25キロと聞けば、どう考えても毒親で残酷な鬼畜のようなイメージを持ってしまいますが、なんと彼女は堂々と顔を出して、これが私の教育方針だというようなことをテレビのインタビューで答えており、また、想像に反して、柔和な感じの印象の人なのも驚きでした。

 しかし、出生届まで出ているにもかかわらず、義務教育である学校にも行かせず、医者にもほとんどかかることなく、幼児期に必要な予防接種等も受けずに生活することが可能なのか? 市役所などからのチェックはなかったのか?と、とても疑問ではありますが、出生届が海外の大使館で出されて、その後、ずっと家から出ない、周囲の人とは接しない生活をしていれば、もしかしたら、そんなこともありえるかもしれません。

 以前に、娘が小さい頃、「あの家は、子供を学校にやっておらず、子供に教育を受けさせていない!」などと嫌がらせの通報をされたことがあり、そんなことは、学校へ行って調べてくれればすぐにわかること、学校どころか、公文やお稽古事と大変、忙しい思いをしているのに、とんでもない話だと憤慨したことがありました。

 ごくごく、普通にその存在が周囲に知られていれば、あの子は学校に行っていないようだ・・というようなことはわかり、誰かしらが通報したりすることもあるとも思うのですが、そもそも存在自体が知られていない場合、こんな状態で放置されていることもあり得るのかもしれません。

 しかし、数年に一度?くらいの割合で忘れたころに世帯調査のようなものが回ってくるので、それでチェックができそうな気もしますが、世帯調査の子供の欄に学校に行っているかどうか?を記載する箇所があったかどうかは記憶していません。

 ですから、嫌がらせにせよ何にせよ、存在が知られていれば、そんな風に通報する人はいるもので、14年間、学校にも行かせずに生きてきたとなると、よほど、家の外に出さなかったのではないかと思います。

 0歳からの14年間という時間、社会生活で学ぶべき時間を奪われた子供の時間は戻りません。とりかえしのつかないことです。

 この母親は、身柄を拘束、拘留され「子供の健康、安全、道徳や教育を損なう親の法的義務の回避行為、および15歳未満の未成年者の健康を損なう食事やケアの剥奪」の罪で起訴されました。

 今後、裁判が開かれることになりますが、彼女には、最高で懲役7年、罰金10万ユーロが課せられる可能性があります。



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2023年5月18日木曜日

これまで何回かあった日本に本帰国する機会

  


 海外に出て、もう四半世紀が過ぎようとしていますが、私はこれまで、一度たりとも、海外に永住しようと決意したことはありません。逆に常に、何かあったら、日本へ帰ろうと思っていました。

 しかし、結果として、これまでは、何かあっても、日本に帰りませんでした。もちろん、両親もいて、娘もまだ小さかった頃は毎年のように、バカンスで日本に一時帰国はしていましたが、本帰国となると、そんなに簡単ではありません。

 最初に日本に帰ろうか?という機会は、アフリカにいた頃の話で、妊娠して、「出産するのは日本の方がいいんじゃないの?」というタイミングでしたが、これは、どちらかというと私の方が子供の誕生と育児という一大事をスタートから夫とともに経験したいと考えていたため、夫の仕事の都合上、日本で生活するということは全く選択肢になく、日本には帰りませんでした。もっとも、もしも、この時に帰国したとしても、本帰国と言う話ではありませんでした。

 その後、夫の仕事の都合上、私たちはフランスに転居し、フランスでの生活がスタートし、1年弱かかって、ビザがおり、私もフランスで仕事を始め、娘はフランスの保育園、小学校・・とフランスで教育を受け始めました。

 次に日本への本帰国を考えたのは、夫が突然、亡くなってしまった時のことで、直後はもう私は本気で日本に帰ろうと思っていました。しかし、帰国するといっても、夫の死後の手続きはかなり煩雑で、しかも時間がかかり、その間、私は仕事を再開し、娘もそれまで通っていた私立の小学校に通っていました。

 その時、最も助けてくれたのは、夫の元同僚だった女性と娘の学校の先生やママ友たちでした。数日前に倒れた夫が集中治療室に入ってはいたものの、前日には面会もできて、話もできていたので、そんなに急なことになるとは思っていなかったので、夫が亡くなったその日も娘は学校に行っていました。

 私はしばらく、仕事に行けないので会社の鍵(私が毎朝、会社を開けていたので・・)鍵を渡しに行って、家に帰ると病院から電話で危篤だと電話があり、病院に駆けつけると、夫はもう息絶えていました。

 その後、私は娘を迎えに学校へ行ったのですが、学校に夫が亡くなったことを告げたのはその時、担任の先生に話しただけなのに、その後、学校の校長先生から電話があって、今後、お嬢さんの学費はカトリックの支援機関が負担するように手続きができましたから、落ち着いたら、学費のことは心配しないで、娘さんを学校に来させてくださいと伝えてくれました。

 また、あの時の周囲のママ友たちの団結力は、ちょっと驚くほどのもので、それまで私自身は、学校のことは夫にほぼ、任せて切っていたため、正確には、その時点では、彼女たちはパパのママ友たち(パパ友も・・)でしたが、彼女たちが、夫の葬儀のためにしばらく学校を休んでいる娘の学校の勉強を子供を連れて教えにきてくれたり、学校やお稽古事(バレエや水泳など)の送り迎えを手伝ってくれたり、皆が声をかけあって、助けてくれました。

 それまで、私はフランス人は利己的で冷たい・・などという勝手な印象を持っていたのですが、ここぞというときは、団結して助けてくれる暖かさと強い行動力を持った人々であったことを思い知らされました。

 彼女たちは、私が日本に帰国しようとしていることなど、そんなことは全くあり得ないことだと言い張り、「パパを亡くした○○ちゃんから、学校や友達、そして彼女からフランスと言う国を奪うつもりなの?大変なことはたくさんあるだろうけど、私たちが助けるから・・」と言ってくれました。

 言われてみれば、娘にとっては、パパを亡くして、そのうえ、友達もなくして、学校も変わって、国まで変わるということは、かなりな負担になることは間違いないことで、私もそれからしばらく考えました。

 それでも、もしも、すぐに帰国できる状況であったならば、この時ばかりは私も本当に日本に帰ってしまったかもしれないのですが、夫の死後の手続きにかなり時間がかかったこともあって、その間にママ友たちが言ってくれたことなども心に響き、私もフランスで仕事をしているし、娘のことを考えたら、やっぱりフランスに残った方がよいだろうと思い直して、結局、日本へ帰国するのはやめたのです。

 この時に最も印象的だったのは、ここぞという時のフランス人の優しさと団結力と愛国心で、中でも「娘からフランスと言う国を奪うつもりか!?」という言葉はちょっと日本人には出てきそうにない言葉だな・・と思いました。

 その後、日本にいる父がかなり弱ってきて、一人で生活するのが厳しくなり始めた頃、父は、私に日本に帰ってきてほしいと言い出しました。しかし、ちょうど娘の受験の時期と重なり、ここまで頑張ってきたのに、娘のフランスでの教育を実らせてあげたい、ここで台無しにするわけにはいかない・・と、ひとまず受験が終わるまでは、フランスに残りたいので、それまでは頑張って!と父に話しました。

 しかし、結局、父はその前に逝ってしまいました。親不孝なことです。

 結局、これまでに、何回かは日本に帰ろうと思ったこともあったのですが、結果的には、タイミングがよかったのか?悪かったのか?日本に帰ることにはなりませんでした。

 今、もしも、両親のどちらかでも生きていれば、私は今度こそ、本当に日本に帰っていたと思うのですが、今では帰ることができないわけでもないのですが、特に帰る理由もない感じになりました。

 最近、パリにいる日本人の友人には、「子供も巣立って、夫婦で日本に帰ろうか迷っている・・」と話している人もいれば、もうすっかり日本には帰るつもりはなく、しっかり終活をして、準備をしている人もいます。

 私は今のところは、結局、どちらにも決めきれず、まあ、もう少し考えようと、決断することを先延ばしにしています。私の理想はフランスと日本、半々の生活です。


日本への本帰国 永住


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2023年5月17日水曜日

パリのブックオフ BookOff は生き残っていた・・日本語の本、CD、DVDの買取

  


 留学ではなく、一応、期限なしに私が海外で生活することになった時、最初の国はコートジボアール(西アフリカ)だったので、一年中夏ということで、夏服しかいらず、もう家は家具などすべて揃っていたし、あまり物も必要ないと思って、スーツケース一つと大きなボストンバッグだけで日本を出国したのでした。

 今から考えると、全く考えられないことで、ほぼ日本の食べ物なども持たずにずいぶん身軽に出かけたものだと、最初はあんまり、海外生活が(しかもアフリカで)ピンと来ていなかったな・・と思います。

 ただ、その頃、仲良かった友人の一人が、海外で生活するには寂しいこともあるだろうから、自分の拠り所になり得るような自分のものをできるだけ持って行った方がいいよ・・と言ってくれたので、私は日本語の本を別送で段ボール4~5箱分くらい送ったのでした。

 私はとにかく本が好きで、本屋さんに入るとなんか安心する気がするほどで、自分の好きな作家の本などを大量に送ったのでした。アフリカですから、郵便事情もあまりよくなくて、送った段ボールのうち一つは紛失してしまいましたが、事前に送った本は私の到着後、数ヶ月たってから届き、私は大いに日本語の本に慰められたのでした。

 パリに来てからは、日本に帰るたびに、あらかじめ書き留めておいた自分が読みたい本を買い漁り、食料でいっぱいのスーツケースの中には、本にするか、食料にするかを泣く泣く悩みながら、いつしか、パリの家にも、かなりの本が溜まってきました。

 パリのオペラ座界隈にブックオフができたのは、もうかなり前のことで、一時はかなり人気だったと見えて、すぐ近くに2号店(日本語以外の本の扱い)もできるほどで、中古ながら割安な本を手に入れることができて、ずいぶんブックオフでも本を買っていました。

 しかし、そんなブックオフの隆盛も長くは続かず、今では縮小して2号店のみが残っており、その後はあまり頻繁にオペラ界隈には行かなくなったこともあって、パッタリ足が途絶えていたのです。

 それが、先日、たまたま近くを通ったので、懐かしくなって覗いてみたら、縮小されたものの、日本語の本も今でも扱っており、売るだけでなく買取もしてくれるということで、それならば・・と、断捨離中の私は、いよいよ家にたまりにたまった本を少しずつ処分していくことを決意しました。

 家にある日本語の本は、娘の絵本などを除けば、ほぼ全て私の本で、私が少なくとも一度は読んだ本で、どの本にも愛着があり、本当は本が並んでいるだけでも落ち着く感じがするものの、これでは、私がいなくなった後、娘がこれらの本を読むとは到底思えないし、中には、私だって、恐らく、もう二度と読まないであろう本もかなりあります。

 家の近くには、古本を置いておくと好きな人が持っていくスペースがあるのですが、さすがにそれはフランス語かせいぜい英語の本で、そこに私の日本語の小説などを置いたところで、誰も読むわけがありません。

 しかし、もう多分読まないとはいえ、「本を捨てる」ということは、私には、とても抵抗があって、買い取ってくれなくても、もしかしたら、再び誰かが読んでくれたら・・と思ってしまうのです。

 家のあちこちに収まっている本は想像以上にたくさんで、とりあえず、「これはもういいや・・」と思った本を袋に詰め始めると、あっという間に満杯で、車もなく、自分で運ぶことを考えて、持てる範囲でとりあえず一袋をまとめて持っていきました。

 これくらいなら、持てるだろうと減らしたにも関わらず、袋を持ってでかけてしばらくすると、腕が引きちぎれるかと思うほど重く、挙句の果てに駅についたら、「なんで今日に限って??」と駅のエスカレーターは止まっており、ブックオフに着いた時には、もう汗だくでした。

 店員さんが本をチェックして、状態のよい本しか買い取ってはもらえませんが、値段のつかない本に関しても引き取ってくれるところがあるとかで無駄になることはありません。

 本当にいくらにもなりませんが、本を捨てなくても済むというところが私にとってはとても大事。自分でも何でこんなに本に執着するのかわかりませんが、捨てられてしまう本というものが、とても切ないのです。

 それこそアフリカにいたころは、今のようにネットも繋がらず、送った日本語の本も全部読んでしまって、とにかく日本語の活字に飢えていて、意味不明な注意書きまで読んだりした記憶があるからかもしれません。

 最近は、日本の本は持って帰るのも思いし、始末が大変なので、もっぱら電子書籍を利用するようになり、これ以上、我が家には本は増えないであろうとは思いつつ、四半世紀を超える海外生活でたまりにたまった本の数は、半端ではなく、日本人の友人などが家に来ると、フランスにいるのに、こんなに日本の本持ってるの?と呆れられます。

 今日、少し持って行ったくらいでは、全く本が減った感じはなく、まだまだあと、何十回、通うかわかりませんが、これからしばらくは、オペラ界隈に行く度に少しずつ持っていこうと思います。

 最近は、時間が経つのが早くて、1日が24時間ではなく、20時間くらいになってしまったくらいの感覚で、なんだかんだと忙しく、以前に比べると圧倒的に読書量は減ったのですが、それでも本がないと寂しい私です。

 最初に海外に出る時に、自分が落ち着けるようなものを持って行った方がいいといってくれた友人の言葉はやっぱり正しかったなぁ・・と、本の山を見ながら思うのです。


☆BookOff Paris 11 Rue Monsigny, 75002 Paris


ブックオフ パリ BookOff Paris 日本語の本


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2023年5月16日火曜日

中産階級対象の減税措置の発表がまさかの大論争

  


 週明けにTF1(フランス国営放送TV)で放送された独占インタビューの中で、マクロン大統領がこの5年間で中産階級を対象に総額20億ユーロの減税を実施すると発表しました。

 「一生懸命働き、子供たちをしっかり育てたいと思っている人々、そして今日、生活費の上昇と賃金動向のために、家計をやりくりするのに苦労している中産階級を対象に対して、少しでも豊かな生活を送れるように減税政策を検討する」というものです。

 また、「人々の生活を少しでも楽にするために取る措置は、「減税」が賢明な方法であり、それは、購買力を促進するための価格の値下げやクーポンの配布ではない」という文言も付け加えています。

 これに伴い、月収1,500ユーロ~2,500ユーロの人々が減税対象になると見込まれていますが、本来ならば、喜ばしいニュースのはずが、かなり反発の声も上がっています。

 大反発を受けている年金改革を決定したマクロン大統領が一見、美味しそうな話で国民の機嫌を取ろうとしている・・これには、決して国に損にはならないトリックが隠れている・・おまえなんか、もう信用できない・・もう騙されてたまるか・・そんな声が溢れているです。

 たしかに、年金問題では、このままでは年金制度が破綻するから、2年余計に働けと言っておいて、減税など、ちょっとおかしな話のような気もします。

 これを聞いていて、たしかに減税はありがたい話ながら、これは所得税に対してのもので、消費税などが減税されるわけではありません。物価の上昇を止めずに商品の価格が上昇し続ければ、結果的には国が入る消費税などの収入は増加し続けることになります。

 また、この話は、中産階級対象と言っているのも、一見、困っている人々を対象に手を差し伸べているようにも見えますが、実際のところ、彼らは高額納税者ではなく、そもそも減税といっても、国にとっては、大きな痛手でもないのです。

 これは、なんだかスーパーマーケットで「アンチインフレ」などと、銘打って対象商品は半年間値上げしないなどと、値上げしない商品を選んでアピールしているやり方に似ているかもしれないと思うのです。

 アンチインフレ商品に選ばれているのは、もともと、値上がりしたところで大した金額にならない商品ばかりが選ばれていて、そりゃ~値上げしないでいてくれるのはありがたいけど、これらの商品が値上がりしたところで、大した金額にはならないのに、こんなもので恩着せがましくされるのもなんだかな~・・という感じがしたのです。

 消費税に関しては、その商品によって税率が違いますが、「購買力をあげるための価格の値下げはしない」と言っているのですから、減税された分は、言い方はちょっと悪いのですが、結局はまき上げられることになっているという見方が強いのです。

 普段、日用品などの買い物をしている時には、内税のために、あまり消費税に対してはピンときていないのですが、たとえば、ここのところ急上昇している電気代などでは、請求書にもともとの消費電力に基づいた電気料金プラスTVA(消費税)の内訳が記載されていて、税金は15%程度で、これを乗せられた金額が請求されています。

 価格が上昇している電気料金など、15%が上乗せされると、結構、インパクトがあり、逆に、こんなに税金払ってるんだ・・とちょっとウッときたりもします。考えてみれば、世の中には、消費税以外の税金はいくらでもあって、最近は、日本からの荷物の受け取りにまで税金を取られるようになりました。

 どちらにせよ、少しでも減税してくれることはありがたいことには違いないはずなのに、こんなにも懐疑的な声があがることの方がちょっと驚きで、国民へのご機嫌とりのつもりが、やはり、こんなに信用されてないんだ・・と思わせられた今回の減税措置の発表でした。

 また、この減税の発表をなぜ?総額20億ユーロ、中産階級対象というざっくりとした発表の仕方にしたのか? なぜ、インタビュー形式にしたのか?なんだか、最近、やることなすこと、全て裏目に出ている感じのマクロン大統領。

 現在の状況で彼の発言することが懐疑的に受け取られるのは必須にもかかわらず、せっかく減税するならば、もっと明確にどんなに人々の助けになるのかを示さなければ、逆効果になりかねないことを想像できなかったのは、やはり国民の気持ちを理解していない国民とはけはなれた存在の宇宙人のようだと言われてしまうのもわからないでもありません。


フランス中産階級減税


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2023年5月15日月曜日

シャンゼリゼ近くで48歳男性 射殺事件 パリに安全な場所はない

  


 ここ数年で、フランスではずっと銃による事件が増加したような気がします。何も、パリだけに限った話ではありませんが、以前は、こんな銃による殺人事件を今ほど頻繁には耳にしなかった気がします。

 しかも今回は、シャンゼリゼのほぼほぼ近くでおきた事件で、地図を見てみると、シャンゼリゼの George Ⅴ(ジョルジュ・サンク)の駅から数分の場所でシャンゼリゼとは目と鼻の先。フランス人が世界一美しい通りと誇るパリで最も有名な大通りの近くで射殺事件とは、ちょっと絶句してため息も出ない感じがします。

 事件が起こったのは先週の土曜日から日曜日にかけての午前0時すぎ、シャンゼリゼの近くのワシントンストリートを見下ろすギャラリーモールの中で起こりました。被害者は48歳のマリ出身の男性で被害者自身も警察にマークされていた人物であったようです。

 発砲は1発のみで、胸部に命中しており、被害者は即死の状態。犯人は銃声にどよめき騒ぎになって集まった群衆に乗じて逃走し、まだ逮捕されていないようです。

 しかし、初動捜査により、犯人はすでに特定されており、前夜にこの二人が口論になっていたことをわかっており、その前夜からの諍いの報復のための犯行と見られています。

 被害者の身体からは小口径の自動拳銃が発見されていますが、これが犯行に使われたものかどうかは、判明しておらず、両者ともが拳銃を所持していたとも考えられます。

 とにかく、最近は発砲事件と聞いても、そんなに驚かなくなった気もするのですが、今回は、場所が場所だっただけに、まさかシャンゼリゼのすぐ近く??ということが何よりも衝撃的でした。

 気候も良くなってきて、観光客もふえてきたパリで時間は午前零時すぎという時間ながら、この時間帯でさえも人通りがない場所でもなく、観光客が多い場所でもあります。観光客狙いのスリやひったくりなどの犯罪はあるという意味では治安が良い場所とは言えないかもしれませんが、一般的には、特に治安が悪いとされている地域ではありません。

 今回の犯行は、個人的というか、はっきりと被害者を狙って一発だけ発砲しているもので一般大衆に向けられたものではないにせよ、騒ぎになった犯行現場では怪我人も出ています。

 こんな場所でまで、射殺事件が起こるとは、やはりパリには、もう安全な地域と言える場所はないのかもしれないと思うと、あらためてウンザリします。

 すでに捜査が開始され、暗殺容疑でパリ第1司法警察に捜査が委託されていますが、犯人は依然として逃走中でまだ逮捕されていません。

 真夜中のシャンゼリゼの散歩など、ちょっとロマンチックで素敵な感じもしますが、命がけでするほどではありません。


シャンゼリゼ射殺事件 


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2023年5月14日日曜日

大所帯でやってくるパリのバスの検札 

  


 このあいだ、パリ市内のバスに乗っていて、ある停留所に着いたところで、降りていく乗客を待ち構えているRATP(パリ交通公団)の検札の一団がいて、ヤレヤレ、最近は降りようとしているところを待ち構える作戦に切り替えたんだな・・でも、検札やっている様子を見かけたら、切符やNavigo(定期券のようなもの)を持っていない人、つまりキセル乗車をしている人は、そのまま乗り過ごせば検札を避けられちゃうんだろうな・・と思っていたら、さすがにそれは甘い話で、その停留所で降りる人のチェックがすんだら、今度は、その一団がバスの中に乗り込んできて、検札を始めました。

 しかも、それが6人組くらいの一団で、一台のバスにしたら、かなりの大所帯、彼らが検札をしている間は、バスは停車状態で、平日の午後のそんなに乗客も多くない時間帯で、その時は結局は、私の乗っていたバスにはキセル乗車をしていたらしい人は全くおらず、バスの中を一回りするとRATP(パリ交通公団)の一団は降りていきましたが、ものすごい威圧感でした。

 バスやメトロの検札、いわゆるキセルチェックは時々、見かけることがありますが、バスの場合、終点の停留所で待ち構えていたかと思うと、今度は私服に近い二人組のやたらと感じのよい女性が乗り込んできて、これまた本物のRATPの職員?逆にお金をまき上げるための詐欺ではないか?と疑っでしまったりと、パリ交通公団も手を変え品を変えと言う感じでキセル対策を行っています。

 しかし、それにしても、バスのキセル乗車チェックのためにこんなに大所帯の職員いる??と思ってしまうのです。

 そもそもバスに乗る時には、通常は運転手のいる前の入口から乗るのが普通で、乗車時に切符を買うこともできるにはできますが、最近Navigo(ナビゴと呼ばれるチャージできる定期券のようなもの)がほとんどで、切符を使っている人は少なくなりました。

 Navigoの場合、機械にかざしてチーンと音がして終わりなので、人に紛れて乗車して、このチーンをやらなくても、また、切符を持たずに乗り込んでしまっても、その一人一人を運転手さんがチェックするのは、かなり難しい話で、また、注意をすれば乱暴したり、運転手に暴力をふるったりする人もいかねません。

 またフランスならではの分業制?、運転手の仕事は運転することでキセル乗車のチェックは運転手の仕事ではないなどとも言いだしそうでもあります。

 インフレの波は公共交通機関にも及んでいて、今年に入ってから、パリのNavigoは一年で10ユーロ近くも値上げし、ひと月あたり84.10ユーロ(約12,500円)になり、切符(バス・メトロ共通)は1枚2.1ユーロ(約310円)になっています。

 インフレにつれてスーパーマーケットでの万引きも増加し、キセル乗車も増えているのかもしれないので、検札を強化するのもわからないではありません。

 しかし、先日起こったメトロのホームで、コートが挟まったまま電車が発車したために起こった悲劇的な死亡事故などを考えると、バスのキセルチェックに大所帯を動員するなら、駅のホームに1人ぐらい駅員を配置してもいいんじゃないか?とも思うのです。

 結局、安全性よりも、お金をしっかり取り立てる方に注力しているような気がして、どうにもバランスが悪い気がしてしまうのです。しかし、要は駅のホームに安全チェックのための職員がいないことがおかしいとは思わない・・あれはたまたまの不幸な事故だったと片付けられている節があります。

 私は最近の日本の事情には疎いのですが、そもそも都内でバスに乗ってキセルチェックなどしているところを見たことがありません。

 要はパリは、運転手が乗車時にチェックしきれない、うっかり注意すれば運転手に危険が及びかねない治安の悪さに加えて、待ちきれない乗客は出口からでも平気でバスに乗ってしまったりもするので、収拾がつかないので、こんなキセルチェックが必要になったりもするのです。

 こういうところが民度の違いといってしまえばそれまでですが、バスのキセルチェックに6人もの大所帯がやってくるのを見るにつけ、どこか殺伐とした気分になるのでした。


パリのバス 検札 キセルチェック


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2023年5月13日土曜日

2023年パリ・バゲットコンクール グランプリ受賞のバゲット オー・ル・ヴァン・デ・ピレネー


 ここ30年間続いているパリ市が主催するバゲットコンクールですが、今年は30年目という節目の年を迎えて、今年2023年最高のバゲットが発表されました。

 バゲット(バゲットトラディショナル)といえば、昨年、ユネスコ無形文化遺産にも登録されたフランスの誇る食文化でもあり、フランスには数々の美味しい食べ物や料理があるものの、パン、バゲットは、結局、シンプルで手軽で、一番美味しいもののひとつであると私も思っています。

 正確に言えば、コンクールで競われるバゲットトラディショナルは、いわゆる一般的なバゲットとは区別されており、バゲットトラディショナルと称するためには、冷凍をせず、添加物を一切使わずにその場で調理するものに限られており、一般的なバゲットよりもお値段も若干高いのですが、ほんの少しの値段の違いで各段に味は違うので、せっかくならば、フランスでは、バゲットトラディショナルをお求めになることをお勧めいたします。

 今年のバゲットコンクールには、同時刻に176本のバゲットが出品され、その中から126本が選択基準にしたがって選ばれ、同じ条件のもとで審査されました。審査基準には、製品の外観、調理の質、パン粉の硬さ、重量、匂い、そしてもちろん味が含まれます。

 コンクールのグランプリ獲得者には、賞金4,000ユーロ(約60万円)と今後1年間エリゼ宮(大統領官邸)の公式サプライヤーを務めることになります。

 毎年行われているこのバゲットコンクールは、ここ数年の私の楽しみにもなっており、今年もさっそく、今年最高のバゲットを買いに行ってきました。

 グランプリ受賞直後ということで混雑が予想されたので、お昼時は避けて行ったにもかかわらず、お店の前には、行列ができていて、せっかく買いに来たのに、もしかして買えない?とちょっと焦りました。

 行列に並ぶ人々の中には「バゲットコンクールでグランプリ!」をとったのよ!と説明して歩く近所の住民ら式おばさんなどもいて、なんだかお客さんまでウキウキしている感じでした。

 ちょうど私のふたり前くらいでバゲットの入っていた籠が空になってしまったので、一瞬、呆然としたのですが、すぐに奥から焼き立てのバゲットを持ってきてくれて、おかげで正真正銘、焼き立てホヤホヤのバゲットをゲットすることができました。

 本当に手に持つのも熱いくらいホカホカの焼き立てのバゲットは家に帰るまで待っているのがもったいなくて、お店を出るとすぐに食べずにはいられませんでした。

 バゲットをちぎってみると、ほわ~んとした湯気があがるほどのホカホカぶりと、すぐに立ちのぼる香ばしい小麦の香りに大感激。

 すぐに口に運ぶと外はパリッとしていて、中はふわっとしながら、もっちりとした程よいねばりもあり、もう一人でバゲットをほおばりながらニッコニコしてしまいました。

 焼き立てというだけでもかなり、美味しさは倍増して感じられたとも思いますが、冷めてもなお、いや、冷めたら冷めたで余計に味わえる香ばしさと小麦そのものの味に大感激したのでした。

 


 食の好みは人それぞれなので、必ずしも、毎年選ばれるバゲットが最高に美味しい!と感じるわけではなく、「もしかして、去年のお店の方が美味しかったかも??」などと思ってしまうこともあるのですが、今年は文句なしに大満足したバゲットでした。

 今回、グランプリを受賞したのは、スリランカ出身のパン職人で2006年に来仏、その後、イタリアンレストランで仕事をしていたところ、彼の仕事ぶりやパンの味を見込まれてスカウトされてパン屋さんを任されたという人で、すでに2018年には、このグランプリの3位に入賞しており、今回の優勝は待ち焦がれていたもので、優勝の知らせを聞いて泣いてしまったとのこと。

 しかし、驚くことに彼は小麦アレルギーで医者から仕事を辞めるように言われたこともあると笑いながら語り、「とにかく、仕事、パンを焼くことが好きでたまらない!これが自分の趣味だ」という、とにかく真面目でよく働く、根っからの職人気質の人のようです。

 パリ20区は、普段、あまり行く地域ではないのですが、これならまた、バゲットを買うためだけにでも、私はまたきっと行くだろうな・・と思っているのです。美味しいものに出会えることは、本当に楽しいことです。


☆Au Levain des Pyrénées  44 rue des Pyrénées 75020 PARIS


2023年パリ・バゲットコンクール グランプリ オー・ル・ヴァン・デ・ピレネー

バゲットトラディショナル


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2023年5月12日金曜日

マクロン大統領が発表したフランスの再産業化 

 


 年金改革問題の火が消えないまま、マクロン大統領は逆風の中、前向きな姿勢を崩さず、フランス産業関係者の前でスピーチを行いました。

 マクロン大統領は、この場で閣僚理事会に提出される予定の「グリーン産業法案」の骨組みと、この加速を実現するために重要視される措置について説明しています。

 フランスの再産業化を加速する戦略の中で、特に小さな街や貿易に関して、研修や訓練などの学びの場を設けるために7億ユーロを投入する計画を予定しています。

 また、電気自動車購入に対するエコロジーボーナスは、電気自動車の生産による二酸化炭素排出量を考慮したもので、ヨーロッパで製造された自動車を優遇するように改革される予定となっています。

 そして、さらに風力タービンやヒートポンプなどの主要な脱炭素製品の環境基準を以前発表していた2026年から2024年7月に前倒しにすると述べています。

  また、ヒートポンプ、風力タービン、ソーラーパネルの生産を支援するための新たな「グリーン産業税額控除」も導入される予定です。

 これらは「グリーン産業法案」の一部であり、2030年までに国内で200億ドルの投資を引き起ことが可能になると見込んでいます。

 マクロン大統領は、このために近日中にダンケルクにあるヨーロッパ最大のアルミニウム工場を訪問し、来週には、ベルサイユ宮殿で行われる海外投資誘致を目的とした第6回「Choose France」サミットに出席する予定にしています。

 また、この機会にマクロン大統領は、環境制約に関する「欧州規制の打破」を呼び掛け、「欧州連合はすでに近隣諸国よりも多くの規制を行っており、今はフランスの業界が安定を必要としている時期である」とも述べ、現在の規制に手を加えないとしています。

「規制の面で、我々は、アメリカ、中国、あるいは世界のどの強国よりも進んでいる!」とし、これらのルールに関しては新たな変更を加えることは、資金調達などの面でリスクを引き起こし、これらの事業参入を遮ることになるため、控えなければならない時だと言っているのです。

「フランスは世界のどの強国よりも進んでいる!」と言い切るとは、相変わらず、自信満々で自画自賛するあたりは、また反発を呼びかねないところですが、早速、数人の左派や環境活動保護家の懐疑的、また批判的な反応を引き起こしており、これは大統領の環境への配慮低下の表れとみなしています。

 臆面もなく、「世界一!」だとか、「今は、その時ではない!」というマクロン大統領に対して、「フランスを統治する未熟なティーンエイジャーだ!」など、これまたちょっと言い過ぎなキツい声も上がっています。

 今回のマクロン大統領の提案に対しては、この「現在の規制に変更を加えない」という部分が反発を生んでいるのですが、彼は「既存のルールに従って欧州大陸で生産する方が、世界の他の地域よりも優れている」と言っているのです。

 日本でも太陽光発電やソーラーパネルなど、環境問題に対応する産業については、その産業促進のための保護や支援などが様々な問題を生んでいる面もあるという話も聞こえてきますが、彼自身も公言している200億ドルの投資が見込まれているという大金が動く産業は、単に環境問題だけでは片付けられない大事業であるということです。

 しかし、それにしても、行く先々で鍋を叩かれ、反発の声が上がっても、相変わらず自信満々にスピーチし続けるマクロン大統領、しかも、いかにも反発を生みそうなことを平然と言ってのけるあたり、やっぱり彼のハートは強いな・・と感心するのです。


フランスの再産業化


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2023年5月11日木曜日

さんざん待たされた検査にちょっとドキドキした・・

  


 ここのところ、私は老人なみに医者通いばかりしている気がします。そんなに深刻な状態ではありませんが、そもそも私には心臓などの持病があり、だいたい3ヶ月に一度はかかりつけのお医者さんに通い、一応、チェックしてもらって処方箋を書いてもらって、薬を飲みながら生活しています。

 2~3回、心臓専門医にもかかったことはあったのですが、しばらくご無沙汰していたので、かかりつけのお医者さんに行った時に、ずっと心臓専門医にかかっていないんじゃない? そろそろ、また行ってチェックしてもらった方がいいから、まず血液検査をして、その結果を持って、また心臓専門医に行った方がいいかもしれない・・と言われて、血液検査をしたのがそもそもの始まりでした。

 血液検査はすぐにできたものの、心臓専門医の予約が数ヶ月先になるというので、一応、血液検査の結果を持って、いつものかかりつけの医者に行きました。すると、心臓の他に肝臓の数値に問題があると言われて、今度は別の検査をするように、そのための処方箋を書いてくれたのですが、今度はその検査の予約が1ヶ月後と言われて、まぁそんなに緊急にというわけでもないだろうから、まあいいか・・と検査の日を待っていました。

 そもそも検査なんて気が進まないものです。

 過ぎてしまえば1ヶ月など、すぐに過ぎてしまうもので、検査の日の前日の夜9時以降は何も食べないで朝も水だけにしてくださいなどと言われたものだから、なんだか余計に前夜からドキドキして、私もけっこうチキンだな・・などと思いながら、当日の朝はいつもよりずっと早起きして検査に行ったのです。

 今回の検査は病院内の放射線科に予約を入れていたので、他の患者さんもたくさんいる中、やはり検査の場所は前日から食事がとれなかったりすることもあるせいか、早朝というのに結構、混んでいて、時間を決めて予約しているのにもかかわらず、結構、待たされるハメになりました。

 まあ、それ以前にもう1ヶ月も待っているので、ここでちょっと待たされるくらいで腹をたてても仕方ないし、なんだか検査を受けたくない気持ちもありました。

 健康診断と違って、明らかに異常があるから受けに来ている検査で、一体どんな結果が出るのか知りたくないという気持ちもあって、正直、入院した方がいいとか、手術が必要だなど言われたら、どうしよう? あまり積極的な治療はしたくないしな・・などと思いながら、しかし、この検査を先延ばしにしたところで、いつまでも不安な気持ちが残るだけだと自分に言い聞かせていました。

 かかりつけのお医者さんには、ラジオを受けてきなさいといわれていたので、私はてっきりレントゲンだとばかり思っていたら、実際の検査はエコグラフィーで、そういえば、エコーなんて、妊娠していた時以来のことだな~と思いながら、検査を受けました。

 仰向けに寝てください、こっち向いて横になって、あっち向いて横になって・・などと言われながら、私には、エコーで映し出された画面は見えず、また見たところで全く私にはわからないけれど、検査をしている人には、その場で結果が見えているわけで、びくびくしながら、まな板の上の鯉状態。黙って彼女の言う通りにしていると、彼女の方から、「特別に深刻なことではないから、お医者さんに結果を持って行って、薬を処方してもらうか、食餌療法をしてみるかになると思います」とその場で言われて、診断結果をもらって、まずはホッとして、帰るとすぐにかかりつけのお医者さんに予約をとったのです。

 相談の結果、「しばらく食事に気をつけて様子を見て、改善されるようだったら、それに越したことはないし、それでもダメなようだったら、薬を飲むようにしましょう。一度、薬を飲み始めると一生つづけなければならなくなるから・・」と言われて、嬉しいような哀しいような気持ちでした。

 最近でこそ、できるだけ野菜を多くとるようにしようなどと、少々、食事には気を付けているものの、私は若い頃からお酒が大好きで、結構、飲んでいたし、熱いもの、辛いものなど、およそ身体に悪いものばかりが好きで、「身体にいい・・」などと言われるだけでマズそうな気がしていました。

 それでも、フランスに来てからは以前よりはずっと飲まなくなっていたし、ここ半年ほどは、あんなに好きだったお酒が全然、飲みたくなくなっていて、冗談みたいに「お酒が飲みたくないなんて、私、死ぬかもしれない・・」などと思っていました。

 身体というのはうまくできているようで、私がお酒を飲みたいと思わなくなったのには、身体が拒否していた状態だったのかもしれません。

 とはいえ、長年の習慣で、飲みたくなくても、スーパーマーケットなどでワインの瓶などが積みあがっていたりすると、なんだかワクワクする気持ちは残っているので、なんだか少し哀しいです。

 ひとまずは、食事に気をつけて様子を見るということで、一件落着したのですが、もはや食べることくらいしか楽しみがないのに、食事に気を使わなければならない=好きなものを好きなだけたべられないのはとても悲しいことです。

 しかし、好きなものを好きなだけ・・といいつつも、その大部分は食い意地の方が勝っていて、実際にそんなに食べられるわけでもありません。

 体力も低下してきて、食べられるものも減ってきて、できなくなることが増えていきますが、身体の調子が悪いのは何よりも辛いこと・・死んでもいいけど、死ぬまでは元気でいるために、それなりの努力をしていかなければならないんだな・・と戒められる検査でした。

 

検査 エコー 食餌療法


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2023年5月10日水曜日

世界の料理ランキング 今度は3位だったフランス料理 フランス人の反応は?

  


 夏のバカンスシーズンの予約戦線模様が高まる中、バカンス先を選ぶにあたって、旅先で、その行先を左右する大きな項目の一つとなり得るとして、CNNトラベルが世界の料理ランキング発表しています。

 たしかに、私もバカンスの目的地を選ぶ時、美味しいものが食べられる場所というのも重要なポイントになっています。

 今年のランキングの堂々1位は、イタリアで、パスタ、ピザ、リゾット、生ハムやサラミ、チーズなどなど、イタリア料理は何世紀にもわたって世界中の味覚を魅了し続けていると評されています。どうやらイタリア料理の人気は、不動のもののようで、この手のランキングには、たいていイタリア料理が君臨しています。

 2位に選ばれたのは中華料理で、同じ国とは思えないほどの多様な郷土料理、点心や酢豚、鴨の丸焼きなどが挙げられています。私は中国には行ったことがないので、本場の中華料理はわかりませんが、逆にけっこう、色々な国を旅行していると、そのクォリティは別としても、どこの街にも中華料理のお店があるということは、それだけ多くの人に受け入れられている料理であると言えるかもしれません。

 昔、イギリスを車で旅行してまわっていた時、かなり閑散とした田舎町でも、フィッシュアンドチップスと中華料理だけは、どこにでも必ずあるんだなぁ・・と感心した記憶があります。

 そして、今回、フランス料理は、3位に入ったのですが、フランスでは、3位になったということを「表彰台を完成させるのは、フランス料理だ!」などと、その3位をことさらに重要視するような書き方をするところがフランスだな・・と失笑してしまいます。

 ミシュランガイドの発祥地であるフランスでは、食べることは芸術であり、上質なワイン、洗練されたチーズ、カスレ、シチュー、カタツムリ、フォアグラ、マカロン、そして伝統的なバゲットは、最も美食家の味覚を喜ばせると豪語しています。

 昨年末にWorld Atlasが発表した世界の料理ランキングでは、フランス料理がアメリカよりも下にされたことに憤っていたフランスは、今回のランキングでは、アメリカを引き離した結果になったことには、そこそこ満足しているものの、フランスは美食の国!フランス料理は1位の座を奪還しなければならないと息巻いています。

 我々は、もっと観光客を歓迎しなければならない!工業生産ではないフランスの本当の美味しさをあじわってもらいたい!と・・。

 しかし、実際には、いわゆる観光地と言われる場所の近辺には、明らかに観光客仕様と思われるレストランも多く、若干、値段が高めの設定がされているうえに、その値段のわりには、クォリティがイマイチだったりすることも多いので、パリでレストランを選ぶ時には、観光客目当てのお店と思われるレストランは、避けるようにするのも現実です。

 今回の4位以降のランキングには、スペイン、日本、インド、ギリシャ、タイ、メキシコ、アメリカが続いています。

 個人的には、食べ物ならば、圧倒的に日本なのですが、日本人の私にとって、日本は圏外というか、殿堂入り的な存在です。日本に帰国する際には、旅行と言うよりも所用も多いのですが、なんといっても食べに行って、食料をたくさん買って帰ることも重要な目的です。

 しかし、旅行先として場所選びをする場合は、もうあまり長旅は嫌だということもあるのですが、やっぱり、比較的、気軽に行けて、美味しい場所として、イタリアを選びがちで、今年は久しぶりにイタリアに行こうと思っていたところです。

 イタリアは、何を食べてもハズレがなく、旅行していると、つい、その土地の料理に飽き飽きしてきたりすることも多いのですが、イタリアなら、全然、飽きることなく大丈夫。食材はもちろんのこと、その組み合わせなどもセンスがよく、シンプルな素材が引き立つような感じで、これまで何度もイタリアには行っていますが、今まで一度たりとも、「これは、ハズレだ・・」と思ったことはありません。

 逆に、フレンチの場合は、正直なところ、いくら美味しくても、数日続くと、「ちょっと、しばらくはいいかな・・」と思ってしまうのも事実です。

 まあ、フランス、特にパリならば、フランス料理だけでなく、色々な料理が楽しめるので、不自由はしないのですが・・。

 それでも、フランスにはけっこう長くいるので、そこそこ国内旅行もしてはいるのですが、あらためて、国内旅行したいと強くは思わないのは、私にとって、そこに特に食べたいものがあるわけではないからかもしれません。

 つまり、CNNトラベルが言っている、食べるという目的が旅先の選択に重要な役割を果たしているというのは、本当だな・・と思っているのです。


世界の料理ランキング フランス料理3位


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2023年5月9日火曜日

海外在住の場合、お墓はどこに入るのがよいのか?

  


 年齢を重ねると、友人との話題も健康問題やお墓の話題が多くなるなどという話を聞いたことがありますが、今のところ、私たちは、健康問題については、はたまに話すことはあってもお墓の話についてはあまりしたことがありません。

 一度、従妹の一人が嫁ぎ先は代々、医者の家系?で遺体は遺骨もろとも献体しているためにお墓というものがないとのことで、自分が死んでもお墓というものがないので、実家のお墓に入れてほしい・・なんならお墓には家名を掘らずに、誰でも入れるように墓碑銘として、この食い意地の張った家系にふさわしい「食」とう文字を刻んだらどうか?などという話はしたことがあります。

 私の場合は、日本の実家のお墓か、夫の眠るフランスのお墓かなのですが、そもそも私はこのままずっとフランスに住み続けるかどうかも、はっきり決めているわけでもないので、どうなるかはわかりません。

 もしも、フランスにお墓がなければ、私のためにわざわざお墓を立ててもらうつもりはなかったのですが、思わぬことに、夫が急に亡くなった時に、夫が走り書きのように書き残していたメモのようなものを偶然にも義理の息子が発見し、それには、「自分が死んだ時には、お墓は家から一番近い墓地にしてほしい・・」というようなことが書いてあったので、夫のお墓は近所の市営墓地に決め、思いがけずに、フランスでまさかこんな買い物をするとは思わなかったお墓を買うことになったのでした。

 そもそも、夫が亡くなったのは、夫がまだ50代の時で、しかも、倒れてから数日後のことだったので、まさか亡くなるとは、まるで思ってもみなかったので、夫とお墓の話などはしたことがありませんでした。

 夫の両親が入っているお墓は義兄夫婦の家の比較的近くにあり、当時は夫も羽振りがよく、やたらと立派なお墓を建てたみたいなのですが、なぜか夫はそこに一緒に入りたいとは思っていなかったようです。

 そんなわけで私には、もしも私がフランスで死んだ場合には、自分で買ったお墓が待っているので、そこに入ることもできます。というよりも、自分で買っておいて、そこには入らないというのもなんか損な気もします。

 しかし、妙な話ですが、市営墓地なので、場所を借りているというようなカタチになっているので、夫が入った時の契約では、30年契約にしてあるので、それ以降になる場合は、契約を更新しなければなりません。契約を更新しない場合は、次の借り手のためにお墓は潰されてしまうので、まあ合理的といえば合理的なシステムです。

 つまり、私が買ったのは、墓石だけなのですが、私としては、けっこう大きな買い物でした。

 もしも、日本にいた時に死んだ場合は、実家の両親や祖父母が入っているお墓ということになるのだと思いますが、特に私には、どこのお墓に入りたいという希望はなく、娘には、遺体や遺骨を運ぶのは大変だろうから、フランスで死んだ場合はフランスのお墓に、日本で死んだ時には日本のお墓にと、一番、簡単な方法にしてほしいとだけ頼んであります。

 よく、仲の悪い夫婦や義家族などと一緒のお墓に入りたくないなどという話を聞くこともありますが、骨になってまで、それがどこにあろうと、あまりこだわるつもりは全くありません。なんなら、海にでも捨ててくれてもいいと思うくらいなのですが、それはそれで結構面倒なことらしいので、本当に簡単にしてくれて構わないと思っています。

 わりと最近にお父様を見送った友人が父上の遺言で海に散骨して、とても清々しく良かったという話なども聞いたこともありました。

 フランスでは、最近は火葬も増えたという話も聞きますが、一般的には未だに土葬にする場合が多いのですが、日本人の場合は火葬にして、日本に遺骨を持って帰るか、もしくは、火葬のできる墓地(ペーラシェーズなど)では、特にお墓を持たない人のために、遺骨を撒く場所もあります。

 フランスの火葬の場合、遺骨というよりも遺灰にしてしまうので、遺骨というよりは、灰(砂)とよぶくらいなので、土にそのまま撒いてしまうという感じにもなるのです。

 私の知人の何人かも灰になって、ペーラシェーズの土となっています。

 私自身は、すでに両親も亡くし、夫も亡くしているのでお墓問題以上に死後の手続きや後片付けがどんなに大変なことなのかはわかっているので、娘一人にかけてしまう負担はできるだけ少なくしたい・・と思うばかりです。

 こうして家の中を見渡してみるだけでも、私一人が生活している空間にどれだけたくさんの物があるのかと思うと本当にこれを少しでも少なくしていかなければ・・と思うばかり、しかも、両親が残してくれた?家や物でさえも、まだ全然、片付いていません。

 自分の後始末は自分でしなければ・・と思うものの、人間は一生の間に1人の人間が一体、どれだけのものをため込んでしまうのか?と思うとおぞましい気さえしてくるし、ましてや自分の身体は、自分では片付けられないし、迷惑をかけてしまうんだな・・とそんな妙なことを、最近は考えているのです。


墓問題


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