2019年11月18日月曜日

パリ一人暮らしの日本人女性の死




 パリには、一人暮らしの日本人も多いのです。留学生や仕事で来ている場合など、考えてみれば、もしかしたら、むしろ、一人暮らしの方が多いのかもしれません。

 今日の話の主人公の女性は、パリで個人で仕事をしておられた女性の亡くなった時の話です。

 彼女とは、顔を合わせれば、世間話をする程度の知り合いでしたが、年齢も私よりもかなり上でしたが、いつも気さくに話をしてくださり、とてもサバサバとした方で、とびっきりの美人というわけではありませんでしたが、さり気ない、おしゃれの上手な方で、決して、派手すぎず、でも、いつも洗練された身なりをされていて、メイクやヘアもいつもきれいにしていらっしゃる素敵な方でした。

 よほど、親しくならなければ、家庭の事情などは、自分から話さない限りは、こちらからは、聞くこともないので、彼女が一人暮らしだということは、知っていましたが、それ以上は、以前、アメリカで暮らしていたこともあるということくらいしか、彼女については、知りませんでした。

 最後に彼女に会ったのは、パリの街中で、彼女がその日に買った化粧品について、少し話した程度でしたが、あまりに彼女が急激に痩せていたので、正直、これは、悪い病気ではないか?と、ちょっと不安に感じたのを覚えています。

 しかし、その時の彼女は、いつも通りのサバサバした様子で、職場のグチをこぼす私を励ましてくれていたのです。

 ところが、それから、約二週間後、彼女が亡くなったという知らせが届いたのです。

 パリに一人暮らしで、身寄りのないことを知っていたので、見送る人もあまりいないだろうと思い、私は、友人と一緒に、彼女に似合うと思われる赤いバラの花束を買って、彼女のお葬式が行われるという、ペール・ラシェーズという墓地に行きました。

 ペール・ラシェーズは、パリ東部にあるパリ最大の墓地で、イヴ・モンタンやエディット・ピアフ、ショパン、モリエールなど数々の著名人が埋葬されていることでも有名な墓地です。

 フランスでは、あまり火葬が一般的ではないのですが、ペール・ラシェーズでは、火葬することも可能なため、日本人がパリで亡くなった場合は、ペール・ラシェーズを利用する人も多いようです。

 墓地は、広く、入り口も数カ所あり、うっかり違う入り口から入ると墓地の中を延々と歩くことになりますが、きれいに整えられた墓地は、時間があるならば、お散歩して歩くのも悪くありません。

 彼女の葬儀は、火葬場のすぐ近くにある葬儀場の小さな一室で行われましたが、最初にびっくりしたのは、彼女の本名が違う名前だったことです。

 ペール・ラシェーズの入り口で、葬儀が行われている人の名前を言えば、広い墓地のどこで、葬儀をやっているのか、教えてくれるのですが、彼女の本当の名前は、私たちが思っていた名前では、なかったのです。

 つまり、日常、パリで彼女が使っていた名前は、仕事のための名前だったのです。

 何か、事情があったのかもしれませんが、彼女の場合、パリで使っていた名前は、名前を大きく出して、広告を張って、仕事をしたりしていたので、彼女の仕事上の屋号のようなものだったのかもしれません。

 彼女の葬儀は、彼女のごくごく近しい友人が取り仕切っており、突然、亡くなったかに思われた彼女の死の経緯を説明してくださいました。

 その方によれば、彼女は、乳がんを患っていたのですが、発見された時には、かなり、ステージが進んでいたため、手術も治療も一切、断り、最後のギリギリまで、日常通りの暮らしを続ける選択をし、身の回りのことを整理して、最後の葬儀の段取りまで、自分でして、あとのことは、その方に全て、託されていたのだそうです。

 亡くなった顔を葬儀に来られた方に見せないでほしい。そして、葬儀に来てくださった方には、元気だった頃の彼女を覚えていてほしいというのも彼女の遺言だったそうです。

 全ての治療を断るなんて、自殺行為だと思う人もいるかもしれませんが、むしろ、私は、彼女が最後まで、生きることを選んだように思うのです。

 私は、彼女が自分の人生最後の締めくくりを受け入れつつ、しっかり思い描いて、それを全うした彼女の選択を潔く、あっぱれだと思いました。

 誰だって、死にたくはないし、いざとなれば、藁をも掴む思いで、辛い治療に耐えようとすることが多いと思います。

 実際に、パリでガンで亡くなった友人は、最後の最後まで、諦めずに、抗がん剤や化学療法に耐え、結局のところ、死ぬほど苦しい思いをしながら、亡くなっていったのです。それは、それで、彼女の選択でしたから、それを否定するつもりもありません。

 完治しないまでも、治療しながら、ガンと共存して生きるという道もあるのかもしれませんが、最後まで、辛い治療に耐えながら、頑張ることばかりがよいとは、私には、思えないのです。

 彼女のように、自分の力で生きられるまででよいと受け入れることも、彼女の強さなのだと思ったのです。

 ベッドの上での命の時間を長らえるより、最後まで、自分で日常の生活をし、できる限りの後の始末まで、きれいにやってのけた彼女を立派な女性だったと、改めて、彼女のお葬式に行って思ったのです。

 彼女は、間違いなく、最後のギリギリまで、彼女の日常をきっと、それまでには、なかった愛おしい気持ちで生きていたのです。

 だって、彼女が、亡くなる二週間前に買っていたのは、いつも彼女が使っていた、高級な、保湿用のクリームだったのですから。


 







 

 

 

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