2026年10月22日木曜日

数十年ぶり?のローマ 私はローマを侮っていた・・

  


 今回の旅行に関しては、本当は、南スペインに行くつもりにしていたのですが、我が家のポニョが病気になってしまったため、人に頼むにしても、あまり長くは家を留守にはできない気持ちが強く、一泊くらいだったら・・と、もう少しパリから行きやすいところに変更することにしたのです。

 となると、やっぱりイタリア・・ローマだったら、ローマに着いてからの乗り継ぎ等もなく、比較的、移動に時間がかからないため、また、一緒に行く従姉妹がとにかく、イタリアには一度も行ったことがないから、どこでも・・という話だったので、ちょうど、たまたま、とても行ってみたいレストランなどもあったことから、ローマに行くことにしたのでした。

 まあ、私がイタリアに行くのは、ほぼほぼ食べることが目的で観光は二の次なのです。しかし、従姉妹が初めて・・というので、一応、観光っぽいものもしないと、なんとなく気の毒かな?とも思い、ローマでは、映画「ローマの休日」に出てくる「真実の口」とか、「コロッセオ」とか、「スペイン階段」とか、「トレビの泉」、そして「サンピエトロ大聖堂」などを廻る予定を組みました。

 そして、大きなマルシェも・・。

 ホテルもそれらの場所に比較的、行きやすい場所を選び、市内では、ほとんど徒歩か路線バスで移動しました。

 私が以前、ローマに来たのは、来たといってもはるか昔。断片的な記憶しかありませんでしたが、特に市内を路線バスに乗っているだけで、ごくごくすぐそばに次々にあらわれる遺跡の数々、パンテオン・・コロッセオなどなどの他にそこまで有名ではなくても、すぐそこに保存されている遺跡があちこちにあり、大興奮でした。

 パリにもパンテオンがありますが、あまりに綺麗に整備されすぎていて、古代感が薄く、逆にローマは、あまり、きっちり整備されきっていないところが、逆にリアル感があり、グッとくるものがあります。

 同じものでも、その時の自分によって、感じることは違うと思うし、現在の私は、気が付いてみると、無意識に色々とパリと比較してしまうところがあるので、また、別の感じ方があるのかもしれません。

 なんとなく、部分的にあった記憶よりも、実際にスマホ片手に手探りで歩きながら、名所を廻っていると、また独特な感慨があります。

 こんな歴史を身近に感じられる都会ってスゴイ!そんな風に思い、なんとなく、ローマを軽んじていた自分を恥じ、また、ゆっくり来たいな・・と思いました。もうすっかりローマのバスの乗り方もマスターしました。

 これはパリも恐らく同じですが、観光客に対して、公共交通機関はあまりに説明がなさすぎです。

 あと、街中では、パリよりも英語を話してくれる人が少なく感じましたが、英語で尋ねても、イタリア語まじりの英語、もしくはイタリア語だけで説明してくれます。

 それから、なんといっても、大きいのが食べ物です。私は、ここ数年はずっと南イタリアばかりに行っていたので、ローマはなんといっても首都だし、都会だし、物価はそこまで安くはないのではないか?と少し思っていたのですが、やっぱり安いです・・というか、パリの物価って、異様に高いんだな・・とあらためて再確認しました。

 ローマ滞在中はイタリア料理オンリーでしたが、もうちょっとした名前を知っているようなメニュー、例えばブルスケッタなどでも、種類はいっぱいあり、また、そのひとつひとつが、小憎らしいくらいにシンプルだったり、「えっ?これ使うの?」みたいな、ちょっとしたアクセントが効かせてあったり、いちいち、大感動です。

 しかも、やっぱりどこのレストランでもハズレなし。毎回、何かをオーダーしても、想像以上のクォリティのものが登場します。いちいち、こんなのパリで食べたら大変な値段!と思ってしまうし、また、別の話ではありますが、パリで美味しいイタリアンを見つけるのは大変なことです。

 シンプルなメニューでも、新鮮な素材が使われているので、この材料が使われていて、この値段!と嬉しい驚きの連続です。

 もちろんパスタも、まず、なかなかパリではお目にかかれないしっかりとした食感の生パスタ・・これをピッタリとアルデンテに茹でるのも難しそう・・と思ったり・・。

 食べ物に関しては、ほぼほぼパリの半額に近い印象です。

 もちろん、マルシェでも、もう欲しいものばかり!マルシェごと買って帰りたい気持ちでしたが、浅漬けのグリーンのオリーブとチーズ、子豚の丸焼きの一部しか、買えませんでしたが、これだけでも重い重い!でも大満足。

 特にパリでも良く買っているイタリアのチーズなどは、なんで、パリだとあんなに高いの?と恨めしくなるくらいでした。

 食べ物は、間違いない!と思っていましたが、やっぱり間違いないどころか、いつも想像の上をいってくれて、しかも安い!そのうえ、ごくごく身近なところに遺跡がポコポコあって、そんなものも楽しめる。ローマがローマ帝国であった・・全ての道はローマに続く・・などと言われた輝かしい過去の面影が見える気がしました。

 そうそう、バチカンについて・・忘れていましたが、凄く壮大!パリのノートルダム大聖堂の何倍もインパクトあり。やはりカトリックの総本山。しかし、ものすごい人・人・人。この荘厳さ・・偉大さ・・世界中の多くの人が惹かれるのもわかります。

 とにかくローマ・・やっぱりすごいです。パリから2時間で行けるし・・。

 また、ぜひ、行こう!と思っています。

 そうそう、一個、忘れていました。ローマの空港は、液体の持ち込みが2リットル以内であれば、OKになっていました。これは、パリでは、まだそんな風になっていなかったので、ローマの空港の方が進んでいます。


ローマ


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2026年10月21日水曜日

へんな飛行機に当たっちゃった・・

  


 イタリアは、大好きな国ですが、イタリアへの往復のフライトには、警戒しています。まず、トラブルありき・・と思っていた方がダメージが少ない・・そんな気がしています。

 飛行機が時間どおりかどうかなどは、もはや、あまり期待はしておらず、たまにオンタイム!なんて表示されていると、こんなこともあるの?と驚くくらい・・。

 遅延はあたりまえです。

 荷物に関しても、痛い目にあったことがあるので、絶対に預けません。

 その他は、パリからだと飛行時間も短いので機内でのサービス等はどうでもいいです。

 しかし、今回のローマ往復は格安航空会社だったので、ちょっと普通ではありえないことがありました。たまたま前日にオンラインチェックインをした際に、残りの席が非常口近くの席以外は追加料金・・と表示されていたので、「まっいいか!」とその席にしてしまったのですが、実際に搭乗すると、「フランス語話せますか?」と。

 「フランス語を話せない方はこの席には座れません」と、もう一人の従姉妹は別の席に移動させられてしまいました。

 なにやら、非常時に手伝ってもらわなければならないから、その時の説明はフランス語なので、フランス語が分からない方はこの席はダメなんだ・・と。

 「そんなこと、書いてなかったじゃない!」と、私が物申すと、「いいえ、書いてありました!」と。そんなこと、今さら、言い合いしても仕方ないので、従姉妹は別席へ。

 しかし、他の席にすると、追加料金をはらわなければならなかったはずなのに、あれって、なんだったの?と後でいぶかしく思いました。

 あと、たまたま、その便は、学生の団体と、なんだか、黄色いスカーフを首に巻いている妙な宗教の団体(なんだか素朴な顔した年配の人々)が一緒になってしまって、乗客のほとんどがその人たち・・。

 異様な雰囲気の宗教団体と学生たちのうるさいこと、うるさいこと・・。

 学生がうるさいのは、まあ、あるあるですが、その妙な宗教団体のおじさん、おばさんたちもよくしゃべる人たちで、なんだか搭乗するや否や、お互いに飴やお菓子を仲間内で配り始めたり・・もう帰りで疲れているのに、ウンザリでした。

 飛行機の便は、その航空会社のサービスもありますが、たまたま乗り合わせる人々によってもずいぶんと差があります。今回はそれも大外れでした。

 しかし、これは、予約時点では、知る由もなし、全くの運です。

 いつか、日本行きのたしかJALだったと思いますが、パリ・オペラ座の一団と一緒になったことがあって、大変、目の保養になったことを思い出しました。でも、パリ・オペラ座の人たちが、エアフランスじゃなくて、なんでJAL?と思ったりもしたのですが・・。

 とにかく飛行機は、色々と当たりはずれがあります。


フライトの当たりハズレ


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2026年10月20日火曜日

イタリア行きの飛行機はいつも・・

  


 従姉妹が日本から来てくれていて、パリ滞在中に一緒にヨーロッパのどこかに行こうと言っていたのですが、猫のポニョの体調が今一つのために、あまり長期間、留守にするのは、少々心配で、誰かに頼むにしても、せいぜい一泊くらいなら・・ということで、近場を選ぶことにしたのです。

 本来はグラナダの方へ行きたかったのですが、一泊しかできないのに、あまり移動時間に割くのは、もったいない・・ということで、さんざん迷った挙句、今回もまた、イタリア・・イタリアの中でも移動にあまり時間のかからないローマに行くことにしたのです。

 ローマならば、パリから飛行機で2時間ほどです。そして、できるなら、CDG空港ではなく、オルリー空港から出る便を選びました。オルリー空港からなら、メトロ14号線で直通で行けるので、空港までの時間がCDG空港よりも、ずっと時間が短縮できるうえに、簡単。

 しかもメトロ14号線ならば3分に1本くらいの頻度で出ています。

 というわけで、オルリー空港からローマに行く便を探したのですが、これが、大手の航空会社の便はなく、以前、苦い思いをしたこともあったのですが、トランザビア航空になりました。

 個人的には、わざわざ災いの中に飛び込んでいくというような気分ではあったのですが、まあ、トランザビア航空とて、いつもいつも問題ばかり・・というわけではないだろうし・・と祈るような気持ちでした。

 イタリア好きの私としては、これまで数十回となくイタリアには行ってきましたが、まあ、フライトでトラブルに遭遇する確率はかなり高く(というか、単に私が運が悪かったのかもしれませんが・・)、「とりあえず、荷物は預けない」のが、私の中での鉄則です。

 どこへ(イタリアの)行った時だったか忘れてしまいましたが、空港に着いたら、空港のあちこちに、やたらと「バゲージ・クレーム」のポイントがあり、嫌な予感。

 案の定、私たちの荷物は届いておらず、その「バゲージ・クレーム」ポイントへ。

 彼らにとっては、荷物が届いていないのは、いつもの通常運転のごとく、明日、ホテルに届けるんだから、いいじゃない・・と。どうやら、彼らにとっては、スーツケースは何も、乗客と同じ便に乗せなければならないという頭はないらしく、同じ場所に届ければいい・・とそんな風に思っている感じでした。

 結局、荷物は翌朝、ホテルに届いたには届いたのですが、到着した日は着の身着のままで過ごすハメになりました。それからというもの、イタリア行きの場合、スーツケースは預けないで済むように、機内持ち込みできるだけしか、荷物は持って行かないようになりました。

 その他、定刻に出ないのは、もうあたりまえのような感じで、ある程度は、遅れることを前提に予定を立てています。

 今回、空港について、まず、出発時にチェックすると私たちの乗る便はまさかのオンタイム。は~~?こんなこともあるんだ・・と思ったのに、飛行機に搭乗してからのまさかの1時間待ちでした。まあ、1時間で済んだだけでも、幸いです。

 いつだったか、ナポリからの飛行機が気が遠くなるくらい遅れて、深夜、しかもオルリーではなく、CDGまで行ってしまって(夜間だとオルリー空港には着陸できないらしい)、もう家に着いたのは午前3時過ぎ・・なんてことがあったのです。

 今回は、行きはそんな感じでしたが、今度は帰りの便。もう最初から、遅延のお知らせ・・で、やっぱり1時間以上の遅延でした。どうやらオーバーブッキングだったことが、原因だったようなことを周囲の乗客が話していましたが、トランザビア航空からは、遅延のお知らせは、空港で待っている間にスマホに連絡が来ていましたが、理由は何も説明がありませんでした。

 そもそものフライト時間は2時間くらいでも、結局、遅延の時間がプラスされてしまうわけです。

 まあ、これもイタリア旅行らしいといえばらしいのですが、毎度のことながら、疲れます。

 毎日、同じ便が飛んでいるのに、どうして、こうも毎度毎度、遅延が起こるのか?全く疑問です。

 しかし、イタリア自体は、すばらしく、特に食べ物は、最高です。


イタリア行きの飛行機


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2026年10月19日月曜日

10月17日のフランス全土にわたる暴動について これは酷すぎ・・

 


 フランスに住んでいると、デモは日常的にやっているし、実際、「また、やってる・・」と、そこで、多少の騒ぎになることはあっても、さほど響かなくなっていることが、正直、自分でも驚きではあります。

 冷静に考えれば、大変なことではあるのですが、慣れというのは怖いもので、実際にデモなどの情報が入れば、一応、気をつけたりはするものの、私が住んでいる場所が比較的、穏やかなエリアであることもあって、土日だったりすれば、静かなままであったりもするので、報道等で流れてくる映像を見て、初めて驚いたりするのが実のところです。

 しかし、今回のデモから暴動へと発展している様子には、さすがに度を越えているな・・と危機感を持っています。

 今年度の大がかりな動きは、高校生のデモから始まり、今回は、そこから派生したというか、この最初のデモが想像以上に大きなものになったことが呼び水のようになり、もっと広範囲な不満、燃料、エネルギー、食料品等の生活費の高騰や公共サービスへの不満、格差への反発、政治への失望(マクロン大統領の政権運営に対する不満から学生や労働組合、左派の政治勢力を動かしている)という単なる一つの政策への反対だけではなく、生活への不安と政治への不信が重なったものであると見られています。

 今回、10月17日のデモは、内務省の発表では、全国で約55万人(うち11万人がパリ)、主催者側は80万人を動員したとしています。また、1,800人が逮捕され、500人以上の警察官、憲兵、消防士が負傷し、マティニオン宮殿では、閣僚級の危機対策会議が招集されました。

 パリでは店舗の略奪や車両への放火、警察との衝突が激しく、リモージュでは市庁舎が燃やされ、リヨンでは観光案内所が放火されるなど、深刻な被害が発生しています。

 昨今のデモは、すぐに暴徒化してしまう傾向があり、生半可なデモでは、政府が動かないと思っているのか?手が付けられない状況になりますが、これは、れっきとした犯罪ですし、これらの暴力・破壊行為が本来の要求を掻き消してしまうことになってしまうのは、正当な主張をするためにデモを行っている人々にとっては、非常に気の毒なことです。

 また、今回の暴動は、間近に控えている大統領選挙も関係しているとも言われ、左派勢力が先導とまではいわないまでも、このデモを支持していますし、これに乗じていつも登場するブラックブロックのような破壊行為そのものを目的とするグループまでもが登場していることが確認されています。

 ただでさえ、景気が停滞しているところに、このような破壊行為・略奪行為などが頻繁に起これば、ますます事態は悪くなるばかりです。

 マクロン大統領が1期目に就任してすぐに起こった黄色いベスト運動でしたが、2期目の任期の終盤で再び国中を沸かしている今回の暴動・・マクロン大統領は、結局、最初から最後まで暴動に苦しめられることになっています。


10月17日フランス暴動


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2026年10月18日日曜日

フランスのマルシェ文化 土曜日のパリのマルシェ

  


 私が子育てをしていた頃には、あまりマルシェに行くことはありませんでした。我が家のごくごく近所には、マルシェがなかったということもありますが、マルシェでの買い物は、明らかに時間がかかり、一か所で素早く買い物ができてしまうスーパーマーケットばかりで買い物をしていました。

 とにかく、子育て期間中は、途中で夫が突然、他界してしまったこともあり、とにかく忙しく、常に時間に追われており、働きながらの子育ては本当に大変で、平日の学校の送り迎えと仕事で平日もゼーゼーな感じ、週のうちの2日のお休みには、お稽古事の送り迎えやその他、やらなければならないことが山積みでマルシェでのんびりお買物をしている時間はありませんでした。


 そんな私がマルシェに行くようになったのは、ごくごく最近のことで、行きはじめてみると、マルシェの食材の方が断然、新鮮だし、買い物するのにも、そこには、何かしらの触れ合いがあって、ぬくもりが感じられる空間で、私のマルシェ通いも板についてきた気がしています。

 マルシェは場所によって市が立つ日が違うのですが、私の行っているマルシェは水曜日と土曜日に市内の屋内スペースに設けられるマルシェです。




 特に土曜日のマルシェは、休日にみんなが買い物に来ている憩いの場という感じで、フランス人の生活感がとても感じられる感じでとても好きです。

 どちらかといえば、年輩の人が多いとはいえ、子連れ、犬連れの人なんかもけっこういて、お客さんどおしが皆、顔見知りというか、なんなら、連れてきている犬どおしも顔見知りな感じで、ほんと、下町感というか、田舎の人付き合いみたいなホッコリ感があります。




 マルシェのお店を出している人たちは、どんどんお客さんに声をかけるし(商売だし)、顔見知りにもなっていくし、最初は、マルシェなのに愛想のない感じのおばあさん(パン屋さん)も、最近は、ニッコリしてくれるようになったりして、そんな小さなことも嬉しかったりして、人のぬくもりが感じられます。

 こうしたマルシェという文化がパリにもしっかり残り続けているということが、フランスらしいところで、こういうところだからこそ、フランス人ってこういう人たちなんだな・・というところが垣間見える場所なのです。




 まあ、パリジャン・パリジェンヌにも色々な人がいるので、一概に言うこともできないかもしれませんが、いわゆる下町のおじちゃん、おばちゃんみたいな人がたくさんで、実は面倒見のよい、人の良さが感じられる空間なので、私としては、とても居心地が良い場所なのです。

 そういう私は東京生まれ、東京育ちで、逆に私の生まれ育った地域には、このような場所がなかったので、余計に、もう一つのほっこりする故郷のような気がしているのです。

 パリ=ほっこり・・というイメージは一般的にはあまりないかもしれないのですが、実はパリにもこのような空間があるということはとっても嬉しいことなのです。


フランスのマルシェ


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2026年10月17日土曜日

パリのメトロの通路はやたらと歩くし、上り下りが多い

  


 私自身は、もう慣れてしまったので、そこまで気になることはなかったのですが、日本から来た人などには、驚くことがいっぱいあるようで、そのひとつは、やたらと歩くところが多いということです。

 どこかの駅で違う路線に乗り換えたりする場合、同じ駅内でも別の路線のホームまで移動するわけですが、アクセスがしやすい路線というものもあるには、あるのですが、そう遠くないにしても、途中で階段を上って、またすぐ下りて、「じゃあ、さっき、なんで上がったのよ!」と思うようなところがけっこうあって、細かな通路を渡り歩かなければならない場合が多いです。

 エスカレーターがない駅も多いし、あっても故障中というケースも多いし、ホント、健脚じゃないと、メトロの移動は厳しいだろうな・・と思うことがあります。

 それでも不幸中の幸いは、例えば、ベビーカーを押していて、階段の前で立ち往生している人がいたりすると、スッとどこからか人が表れて、ひょいとベビーカーを持ち上げて階段を上ってくれたりして、その後は、何ごともなかったようにスマートに立ち去っていく人がけっこういるので、本当に困っている人は見たことはありません。

 私でさえも、重い荷物を持っていたりすると、「手伝いましょうか?」と声をかけてくれて、重い荷物を持って上がってくれたりする人があらわれることが多いので、優しいな・・と好意に甘えてしまいます。

 とはいえ、ムダな上り下りが多いメトロの通路には、遭遇するたびに、また・・ここもだ・・と軽くウンザリします。

 パリのメトロは1900年に開通したそうで、その後、路線が段階的に増えてきています。1号線から今のところ14号線、15号線(これは2026年10月開通予定となっていますが・・)、この先、16、17、18号線まで計画・建設が進められています。

 多少の例外はありますが、このため、後からできたものほど、奥深く掘っているため、階段が多いことになります。ただし、最近、出来ている駅に関しては、エスカレーターがしっかり完備はしていますが、その駅との乗り継ぎの路線とのアクセスとなると、路線ごとに違う深さで作られていることもあり、また、パリの地下には、古い建物の基礎、上下水道、地下室、他の路線のトンネルなどが入り組んでおり、高さが一定にはできずに、上がったり、下がったりが多くなっているのです。

 もともと別々に作られた駅を乗換駅として接続した場合、最初から一体設計された駅のように平らでまっすぐな通路にするのは困難なのだそうです。

 また、古い駅になればなるほど、エスカレーターやエレベーターを後付けしにくいということもあり、こんなに階段上る??と心底、ウンザリする駅もあります。

 しかも、螺旋階段のようになっていて、終わりが見えず、延々と上らなければならない駅もあります。

 総合的にいえば、乗り換え客の歩きやすさよりも、各路線を建設できる場所に通すことが優先された結果ということらしいです。

 これは、メトロの階段問題だけでなく、あらゆる面において、顧客の便利さとか、使いやすさといったことに対する配慮が欠けている・・と感じることが多いのです。

 これも私が日本(東京)で生まれ育って、日本の清潔で便利な環境がごくごく当然のこととして、育ってきたので、いちいち「え~~?」と思うのであって、パリの人は、「これはこういうもんだ・・」と素直に受け入れている感じがします。


パリのメトロの階段


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2026年10月16日金曜日

私のいない日本での娘と私の友人

  


 友人から、突然、LINEで写真が送られてきて、「サプライズー!」と書いてあったので、ふむふむ、どんなサプライズなのかと思ったら、写真には、その友人とそのパートナーともう一人・・なんと、娘が映っていて、ホントにサプライズでした。

 どうやら、写真は彼女の家のような感じ(といっても私は、大昔に一度おじゃましたくらいなので、全くどんなお家だったかは覚えていない)で三人がニッコリ笑っています。

 私の友人と娘は面識はあるし、私が日本に帰国した際などに、一緒にでかけたりしたこともあったし、それこそ、娘が小さい頃には、私は日本に帰国時も(母がすでに心臓の具合があまりよくなかったこともあって・・)どこに行くにも娘を連れ歩いていたので、私が帰国時に友人に会ったりしている場所には、常に一緒にいたので、自ずと、私の親しい友人は、全員、娘のことを知っているわけです。

 とはいえ、娘が大きくなってから、また、一人で日本で生活を始めてからは、そうそう接点はなく、といっても、娘が日本で生活を始めたばかりの頃には、なにか困ったことがあったら、きっと助けてくれるだろうから・・と、娘と私の友人たちのLINEを繋げてもらっていました。

 以前にも別の友人と彼女がパリに来るときに、友人が託してくれたものがあって、それを受け取りに二人で食事してきた・・とかいうのが、そういえば、あったのですが、今回は、まるでそんな話を事前に聞いていなかったうえ、彼女の自宅。

 そりゃビックリです。

 娘は、そのへんは、妙に腰が軽いというか、食べ物につられて出かけるというか・・あまり、私の友人に私なしで会うということに抵抗がないらしく、今回も、近々、パリに来る従姉妹に言伝てくれるものを受け取りに行ってくれたとのこと。

 なんともありがたい話です。

 しかし、自分自身に置き換えてみるならば、私が母の友人に母ぬきで会って食事する・・なんてことは、想像すらつかなかった話。これまでの経緯があればこそという感じではありますが、不思議な気持ちです。

 以前にも、娘には、「そういうの(私の友人に私なしで会ったりすること)って嫌じゃないの?大丈夫?」と聞いたことがあり、彼女はサラッと「全然・・」とひとこと。

 「美味しいもの食べられるもん!」と。

 思うに、なんなら、私が死んだあとも、彼女たちは、こうして付き合い続けられるんじゃないかと・・。そんな妙な勘ぐりまでしてしまうのでした。

 それもこれも、娘が日本語をふつうに話せるようになっていたおかげ・・日本語教えておいて、本当によかったな・・と思います。

 しかし、嬉しい話です。


娘と私の友人


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