2026年3月29日日曜日

日本の旅館の外国人労働者  

  


 ここ数年は、日本に一時帰国するたびに地方の温泉宿に泊まって、今まで知らなかった地域を訪れていますが、ここのところ、日本に来るたびに感じるのは、地方の温泉旅館には、どんどん海外からの移民が働いている場面に遭遇することが増えているということです。

 もう、そこそこのレベルの旅館でさえも、必ず外国人が従業員の中の相当の割合を占めているのには本当に驚かされます。

 多くは若者(外国人)が多いこともあり、私としては、彼らに対して「頑張って!」という気持ちが強いのですが、もっと、日本社会全体として、大きく変わり始めている「働く人々」の層?の変化を感じずには、いられません。

 こうして外国人が働いていることを決して否定をするわけではないのですが、なんというか、景色が変わりつつあることを思うのです。

 彼らは一生懸命、日本語を勉強していて、特に、旅館のような場所ではたらくにあたって、「丁寧語」、「尊敬語」などの敬語をマスターし、日本独特とも思われる日本ならではの「おもてなし」重視の接客態度を身につけることは、相当、大変なことなのではないか?と思います。

 私たちは、特に食べ物に関心が強いので、出てきたお食事の食材について、質問させていただくことも多いので、季節の野菜や季節のお魚、〇〇牛とか、〇〇豚とか、お肉のことも尋ねたかったりもするので、大変、面倒臭い客だとも思うのですが、ただでさえ、言葉遣い等を厳しく指導されている中で、食材についての知識などを習得することも、日本人以上に大変なことなのではないか?と思うのです。

 今回、ある旅館の夕食時におさしみについていた、お刺身のツマのようなものが、大根ではなく、なんだかコリコリとした食感の良いもので、海草の一種なんだろうね・・これ、なんていう海草なんだろう?と思って、お給仕をしてくださっていた方(外国人の女の子)に「これは、なんという名前の海草ですか?」と聞いてみたら、「海草でございます」と。

 「ううん、そうではなくて、なんという名前の海草ですか?」再度、尋ねたら、「海草という名前でございます」と。ここで、もうその海草の名前を聞くことは諦めたのですが、外国で、しかも、旅館のようなところで働くことって大変なんだろうな・・と感じたのです。

 おそらく、そこでは、「確かめてまいります」といって、調理場の人に聞くのがよいのではないか?実際に、そういうところもあるので・・そうも思ったのですが・・。

 気の毒に思ったのか、そばで聞いていた娘が「もう無理だよ・・まだ日本に来て1年だというのに、日本語上手だよ・・ママのフランス語よりもずっと上手・・」などと、今度は私に対して、キツいひとことで、その場は終了しました。

 それでも彼らは一生懸命働いているのは、実際にとてもよく伝わってくるので、こんなに朝早くから夜遅くまで働いて、一体、いくらもらっているんだろう?とちょっと心配したりもしたのでした。

 日本語は難しいし、独特な日本ならではの行儀作法やサービスなども、日本で生まれ育った日本人にとっても難しいのだから、さぞかし大変なんだろうと思うのです。

 以前、泊まった日本旅館で完璧な礼儀作法や言葉遣いなどをマスターしているフランス人がいて、あのフランスで生まれ育って、よくぞここまでになられた・・ものすごい努力したんだろうな・・と思うこともありました。

 少子高齢化で労働人口が減っている日本の現実を、私の呑気な温泉旅行でも感じているのです。


日本の旅館の外国人労働者


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2026年3月28日土曜日

日本のスーパーマーケットって、やっぱりすごいというか驚くことがいっぱい 

  


 私が日本に一時帰国する目的の一つには、日本の食べ物をたくさん買って帰ることでもあります。だいたい、来る時はスーツケースひとつに、ほぼほぼお土産や頼まれものなどがいっぱいで、帰りには、スーツケース2つ分23kg×2=46kg、手荷物にする分を入れると約50kg、そのうちの約9割以上が食糧です。

 娘と二人の頃はその倍の100kg近かったのですが、一人になったので半分しか持てなくなってしまいました・・とはいえ、一人で約50kgの食糧を持っていくのですから、なかなかエグいものですが、その後の約半年から1年間の生活がかかっているので必死です。

 パリでの日常から、私のケイタイには、「日本で買いたいものリスト」があり、随時、積み重ねて記入しているのですが、帰国して、しばらくは、日本滞在中に家で食べたいものを中心に、持って帰りたいものも横目で見ながら、「うんうん・・ここにあるある・・値段はどうかな?」などと、一応、チラ見しています。

 最後の1週間くらいになってくると、徐々に買い集め始め(といっても、すでに旅行で行った土地のものなどがどんどん溜まっている)、いよいよ2〜3日前になると、本格的に重さとの調整を始めながら準備をします。

 今回、そろそろ最後の買い物をし始めようと、朝、空いているうちにスーパーマーケットに出かけたら、朝、ほぼほぼ開店して、まもなくの時間なのに、けっこう混んでいてびっくりしました。

 パリではさすがに朝の時間帯はわりと空いているのに、びっくり・・。そして、その日は、図らずも、ポイント5倍の日、ポイント換金日だとかで、ずっと「本日は、ポイント5倍です!換金もできる日です!」とアナウンスしています。 

 そして、アナウンスはそれだけにとどまらず、「本日は、今のところは大丈夫ですが、午後からは雨の予報になっております。お買い物をしすぎた方のために、荷物をお預かりするサービスもしております・・とか、駐車場までお荷物をお運びするサービスも行っております・・」とか、さすがにサービス王国日本という感じ。

 内心、さしずめパリだったら、うっかり荷物を預けたら、中身の一部がなくなるんじゃないか?と心配しちゃうな・・と思いながら、私は、黙々とお買い物をして、それでもしっかり、日本滞在中に溜まったポイントを換金してもらって、ちょっと得した気分でお店をあとにしました。

 そもそも、そんなに広くはないスペースに考えられないほどの種類の商品が置かれていて、常に商品が補充され続けているのもすごいし(下手をするとパリのカーフールの大きな店舗と商品の数(種類)は、変わらないのではないかとも思ったりして、カーフールでは商品が横並びになっていることも少なくないし、そのうえ、欠品になっていて、「ちゃんと置いてあれば、買うのになぁ・・」と思うこともしばしばあります)

 なんだか、ガツガツとパリに持って帰る食糧を調達しながら、「日本の商売って、ガッツあるな・・」、消費者のお買い物の仕方がフランスとは異なるながらも、なんか、自分のお買い物とは全然、関係ないことに感心したひとときでした。


日本のスーパーマーケット


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2026年3月27日金曜日

親娘+従姉妹の大満足温泉旅行 鹿児島県 妙見 石原荘 

 


 

 ここ数年の日本への一時帰国の私の一番の楽しみは温泉旅行です。

 今回の一時帰国も例によって、色々な手続き等の用事がいくつかあったうえに、今回は、娘のお義兄さんが同じタイミングで日本に来ていたこともあり、また親戚に不幸が重なったりしたために、さらにスケジュールがキツキツになってしまいました。

 ただでさえ、周囲の友人たちに驚かれるほど、私の日本での親族の結束は固く、これまでもずっと仲良く付き合いを続けてきたので、未だに親しくお付き合いくださることはありがたく、嬉しくもあることです。

 ここにきて、バタバタと叔父や叔母が亡くなったために、これまで以上に、もしかしたら、これがみんなに会える最期の機会かもしれないという気持ちがより強くなり、時には会えずにパリに帰ってしまって昨年は会っていなかった人にまで、できるだけ会っておきたいという気持ちがありました。

 一方、そんな中で私には今回の日本行きを決めたすぐ後に、「どうしても行きたい!」と思っていた旅館があり、その旅行も娘と従姉妹と行くために計画していました。

 少々、私には贅沢なので、今回は、ここだけでいいから・・と是非に!という気持ちで私はこの旅行をとても楽しみにしていました。(結局は娘のお義兄さんとも旅行することになったので今回は2回の温泉旅行になりましたが・・)

 この旅館は数年前に友人と一度、来たことがあったのですが、あまりの素晴らしさ(お料理、温泉)に、次回は、絶対に娘を連れてきたい!と思っていたのです。

 山の渓谷の中、しかも渓流がそばに流れ、ふんだんな温泉が沸く素晴らしい場所に、なんといっても、お料理が非の打ち所がない素晴らしさ、温泉の快適さ、至る所に気が配られたゆき届いたサービス、センスのよい、華美過ぎないけれども洗練された旅館内のインテリア?調度品。

 私にはなかなか贅沢ではありますが、その内容とのバランスを考えると、決してめちゃくちゃに高くはない価格。

 なかでもお料理が最高で、この旅の予定があったために、今回の日本への一時帰国では他で和食を食べようとは思いませんでした。そして、その大いなる私の期待はまったく裏切られることはありませんでした。

 地元の土地の産物、季節の食材がふんだんに使われ、一品一品、唸ってしまうお料理です。




 よく、旅館に泊まったときのお食事には「おしながき」が添えられていますが、ここでは、実際には、そのお品書きに書かれている以上のもの(そこには、一品のうちのメインのみが記されているため)が出てきます。








 十分にメインをはれるお料理も、ここでは脇役扱い?になっておしながきにものっていないということです。なんと、もったいないというか、奥ゆかしいというか・・。

 ここで、本当に味覚が一緒で、食べ物の好みもぴったり一緒の娘と従姉妹とうんうん唸りながら感動しながら食事をしたかったのです。



 受付をしていただいている間に出してくださるお茶とお茶菓子も絶品。

 また、大浴場に行く通路(といっても森林に囲まれた風情のある通路)には、囲炉裏があり、そこに前割焼酎(前日から天然水で割られて一晩寝かした焼酎)(これが超美味)と、お酒が飲めない人や子供連れの人のためなのか?焼きマシュマロができるようになっています。




 そもそも食べ物に大いに興味を持ち続けている私たちは、私の想像していたとおり、出てくる一品一品にいちいち深く感動し、唸りながら美味しくいただき、本当に楽しい時間を過ごしました。

 一品一品の量は決して多くはないのに、なかなかな品数があるために、もうデザートの時には、超満腹状態。石窯でそれぞれのタイミングに合わせて炊いてくださるご飯が残るとおにぎりにして、お夜食用に・・とお部屋に届けてくれます。

 そもそもお米からして、信じられないくらい美味しいので、おにぎりになっても、これまた唸るくらい美味しいのです。




 そして、翌朝の朝食のために、少しでもカロリーを消費しなくちゃ・・と、また温泉につかりにいくのです。露天風呂のあるお部屋もありますが、大浴場(これまた素晴らしい!)、貸切のお風呂(予約制)、有料の貸切風呂、そして、渓谷の中の流れる川のすぐそばにある露天風呂(混浴)もあります。

 今回は、有料のもの以外は、全て体験しました。渓谷の中の露天風呂は最初、混浴のために躊躇していたのですが、誰もいなかったら、女3人で入っていたら、誰も来ないでしょ!ということで3人でしっかり浸かってきました。

 渓谷に流れる冷たい川のすぐ脇に温泉が出ることもスゴいと思いましたが、とにかく感動の嵐です。

 もう、今回行って、再確認しましたが、これ以上のところは、なかなかないと再認識を強め、これから、日本に帰国するたびに、絶対にここへ来たい!と深く心に決め、旅館の人にも来年、また、絶対きます!と宣言してきたのでした。


⭐️鹿児島県 妙見 石原荘

 鹿児島県霧島市隼人町嘉例川4376番地


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2026年3月26日木曜日

娘の元上司との会食  

 


 娘が日本で今の会社での仕事を初めて、およそ3年目くらいになりました。日本に来て最初に就職した会社を1年ほどで転職し、現在は、フランスの企業の日本支社(とはいえ、日本の企業として独立したカタチになっているらしい)でお仕事をさせていただいています。

 今の会社に入社して以来、大きな会社の中の一部のプロジェクトの小さなチームの中で仕事をしてきたらしいのですが、彼女が仕事を始めたばかりの頃、「会社はどう?」と電話でですが、たびたび、話を聞いていたのですが、その中に「Kさん」という方がいらして、「すごくキツくて怖い人がいる・・」ということで、会社の話を聞くたびに、その方が話題の中心になっていました。

 主にそのKさんとNさんと娘の3人のチームが基本となっているのですが、Nさんの仕事ぶりにそのKさんは少なからず不満なようで、その怒り方がものすごい!と言っていました。別にその怒りの矛先が娘に向かうわけではないので、娘はさして気にしてはいなかったようではあるのですが、職場での人間関係がうまくまわらないことほど、辛いことはないので、私は少なからず、心配していました。

 それが、娘が「だんだんKさんの気持ちがわかるようになってきた・・Nさん仕事できなさすぎ・・」などと言い出し、しばらくすると、娘の方が思わず声を荒げてしまったところをKさんに「まあまあ・・」と宥められてしまった・・などと言い出していました。

 そのうち、Kさんと娘は意気投合し始めたようで、かなりプライベートでも仲良くしていただき?彼が結成する社内での「肉の会」なるものに混ぜていただいたり、海釣りに連れて行っていただいたりすることもあるようになっていました。

 そもそも、けっこうやり手で滅多に人を褒めないというそのKさんが娘に対しては大絶賛をしてくださっているらしく、周囲からも、かなり難しくて怖いと思われているその人がこんなに部下を可愛いがっていることは見たことがなかった・・と周囲も見ているようで、まあ、かなり個性的なキャラクターではありそうなのですが、娘とて、それは同じこと。

 とにかく、一緒に働いている人とうまい人間関係が築けているということは、母としては喜ばしいことに違いありません。

 今年に入り、同じチームではありながら、彼はもう娘の上司ではなくなったということなのですが、とにかく、昨年あたりから、私がフランスから日本に来るたびに、「娘がお世話になりまして・・」ということで、ちょっといいチョコレート(といってもほんの少しだけ)やチーズを「Kさんに渡しておいて・・母が娘がお世話になっていますって言ってます」って言っておいて・・と娘に託けていました。

 私自身は直接の知り合いではありませんが、なんとかよろしく・・というホンのちょっとだけのちっちゃな気持ちのつもりでした。

 それが今年、「Kさんがお母様と娘と3人で焼肉でも行きませんか?」って誘ってくれてるけど、ママどうする?と言い出し、びっくりしました。

 だって、娘の上司(元)が部下?の母親も一緒に食事するって、そんなことあるかな?と・・私自身に置き換えてみても、私の仕事場の人が私の母を食事に招待してくださる・・そんなこと、絶対なさそうだし、私だったら、娘の立場としたら、絶対いやだな・・と。

 なので、娘に「ママが行くの、あなたは嫌じゃないの?」と聞いてみたら、「別に嫌じゃないよ・・」と。そこで、私は、まあ、そんな機会もそうそうあるわけじゃなし、私とて、そのKさんって一体、どんな人なんだろう?と非常に興味はあったし、焼肉自体もとても美味しい焼肉屋さんということなので、それにも惹かれ、お言葉に甘えて会食に伺うことにしたのです。

 すでに私の方も日本でのスケジュールがかなりキツキツになってしまっているために、「3日間くらいのどれかで・・ここでダメなら、今回は残念ですが・・お断りして・・」と娘に伝えました。

 それからすぐに、では、この日で・・という日時が決定しても、「なんで、私なんかを招待してくださるのだろう?いわゆる親の顔が見てみたい・・というやつかもしれない・・」などと頭を巡らしていました。

 しかし、実際にお目にかかってみると、とても気さくな方で、どちらかというと私と同年代(私よりもちょっと年下)、楽しく美味しい夕食の時間を過ごすことができました。

 食事の前に「お飲み物は?」と注文をとりに来たので、私は、「お酒は飲まなくなったのでウーロン茶で・・」、その元上司の方は「ハイボールで・・」と言ったところで、娘は、「霧島、ロックで・・」と言ったのには、びっくり!

 「もうちょっと、目上の方を阿るようなところはないの?」と嗜めたのですが、「阿るってどういう意味?」と娘。その方も、「いつもこうだし、全然、彼女のこういうところ、いいですね・・」と庇ってくださったので、ちょっとホッとしたり・・。

 「彼女はもう家族みたいな存在というか、家族以上にズバズバ言ってくれるところがとてもいい」と言ってくださっていたのですが、恐縮の一言。でも、反面、娘を好意的に受け止めてくださる方に出会えてよかった・・と安心もしたのでした。

 まさに、親の顔が見たい・・ということだったような気がしますが、悪い意味ではなく、非常に娘を評価してくださってのうえでの「親の顔が見たい!」だったようなので、ちょっとホッとしました。

 まあ、こんなこと、滅多にないことですが、なにも標準的なことばかりが正しいわけでもなく、それなりの人間関係というものはあっていいものだ・・と思った1日でした。


娘の上司


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2026年3月25日水曜日

入院中の伯父のお見舞いに行ったら・・

  


 今回の日本への一時帰国、羽田に到着して、私の乗るリムジンバスまでの待ち時間が少々あったので、その間に私が日本に到着したことを友人や親戚に「今、日本に無事到着しました」というお知らせをしていました。

 相変わらずガラケーのみでスマホしか使っていない叔母には、公衆電話から自宅に電話を入れたところ、私の一番仲良しの伯父がなんと1ヶ月以上も入院していることを知り、大変ショックを受けました。

 私は、伯父がそんなことになっていること全然知らずにいたので、先日、パリで映画「国宝(フランスでは「KABUKI」というタイトル)を見て感動して、今度、日本に行ったら、歌舞伎が大好きなこの伯父に頼んで歌舞伎に連れて行ってもらおう(伯父は昔から大の歌舞伎好き)などと、考えていました。

 それが、歌舞伎どころか、もう1ヶ月以上も入院していて、容態もあまり思わしくないということで、自宅で倒れて病院に運ばれた時には、かろうじて自分の名前が言えるほどで、意識も朦朧としていたということ、体力がかなり弱っていて、嚥下機能が低下しているために、流動食しかたべられないということで、自宅に戻って生活するのは絶望的だという話。

 そのうえ、認知機能も低下し始めているということで、そんな話を聞いて、私は絶望的な気持ちになりました。私はその伯父の奥様(叔母)ともかなり仲が良いので、さっそく、自宅に戻ってから彼女に電話して、おおまかな事態を聞いて、「お見舞いに行きたいけど、もう私がお見舞いに行ってもわからないのかな?」とか、「そんな状態だったら、あんまりもう人にも会いたくないのかな?」と聞いてみたところ、「〇〇ちゃん(私のこと)だったら、きっと、お見舞いに行ってくれたら、喜ぶと思うし、ちゃんとわかると思うから、一緒に行こう」と言ってくれました。

 なので、スケジュールを調整して、その叔母ともう一人の叔母と私と3人で、お見舞いに行って、帰りに一緒にお墓参りに行って、そのあと一緒に食事しよう!という予定にしていました。

 叔母の話によると、伯父はすっかり痩せてしまって40キロ台身長(170㎝程度)になってしまっているということだったので、もう見る影もないくらいに衰弱してしまっているであろう伯父の姿をみたら、泣き出してしまうかもしれない・・ととても心配していました。

 ある程度、覚悟して、「絶対に伯父に会っても泣いてはいけない!」と自分に言い聞かせながら、病室に入ると、思ったほどではなく(見た目)、ちゃんと私だとも認識してくれて、ベッドに起き上がって、話をすることができました。

 伯父に今の体調や病院での生活を聞きながら、「伯父ちゃまに歌舞伎に連れて行ってもらおうと思ってたのに・・」とかいう愚痴もこぼしたりしながら、けっこう楽しく話ができたのですが、それでも認知機能が混乱している部分もあって、伯父は非常に病院の入院費などのお金の心配をしているようで、〇〇円を振り込んで欲しいということが伯父の手でメモ書きしてあると同時に、何度も何度も話の中に出てくると同時に、あとは、自分がこれから移るであろう病院のことをとても気にしていて(当然といえば当然だけど)、それが今度、移るつもりでいるところが今いるところなのですが、その建物が構造的に欠陥があると繰り返すのです。

 また、入院費のお金に関しての振り込みを頼んでいるメモ書きを見ると、「なんだかオレオレ詐欺の文面みたい・・」と思わないことはなく、しかし、伯父にしては、最大の心配事の一つのようで、本当はお金の心配なんて、全くいらないのに、気の毒に思いました。

 そして、もうひとつショッキングだったことは、一緒にお見舞いに行ったもう一人の叔母が一緒に座って話していたにもかかわらず、「なんだか眩暈がする・・気分がわるい・・なんだかちょっと危ない感じがする・・」と言い出し、「悪いけど、私、今日はこれで失礼するね・・」、と突然、帰らなければならなくなってしまったことです。

 この伯父・叔母たちは、母方の兄弟姉妹なのですが、ここに来て、みんなバタバタと体調に大きな変化が起きていて、伯父のことも当然心配なのですが、もう一人の叔母に関しても、またまた心配事の一つになってしまったのです。

 伯父の奥さんの方の叔母と、その後、予定していたとおりのお墓参りに行き、一緒に食事をして、お茶をしながら、話をしたのですが、その後、帰り際に、きっと〇〇ちゃん(具合が悪くなってしまった叔母)は、今日はお昼も食べずに放っておいたら、なんにも食べないでいるだろうから・・と思って、サンドイッチを買って、一緒にいた叔母に届けてもらいました(その叔母たちは隣の家に住んでいる)。

 夜、私はまた、別の予定があり、それから家に戻ったあとに、元気な方の叔母から、「心配していると思って・・」と電話があり、倒れかけた叔母は家になんとか戻って今は落ち着いていて大丈夫だから心配しないで・・とのこと。

 でも、座っているのに、眩暈。突然、そのままいられないくらいになってしまうとは、絶対にふつうではありません。

 年齢、老化といえば、仕方がないのですが、まったく悲しいことです。

 入院している叔父と具合が悪くなってしまった叔父・叔母は歳をとったとはいえ、親戚の中では一番、若くて、私と娘にとっては一番、近い関係をずっと続けてきただけに、なかなかショックなことなのです。


お見舞い 老化 


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2026年3月24日火曜日

旅行中、娘がお財布を失くしました・・ 

  


 まあ、落とし物、紛失等が多い娘なのですが、その他の面では、ものすごくしっかりしているのに、なぜか?落とし物、紛失癖がなんとしてもなおらない娘なのです。まあ、今となっては、なおそうとしている感じもないのですが・・。

 現在はパリと東京に別々に暮らしているため、彼女の生活の全てを知っているわけではありませんが、たまに電話で話すとき、必ず聞くのが「最近、なにか?失くしてないの?」ということで、すると、たいていは、少し考えて、「大丈夫・・」といいつつ、「いやいや、あったわ・・」というのがふつうで、必ず、何かを失くしています。

 しかし、日本に来て以来は、その失くしたものは必ず出てくるという、妙な自信が彼女には生まれてしまい、「でも、結局は見つかったから、ノーカウントね!」などと余裕をかましています。

 ここ最近は、そんな彼女が落とし物をした話も電話で聞くだけ・・しかも、もう落としたものが見つかってからのこと、現実に私自身がドキドキするわけではありません。

 けれど、先日、旅行中、旅館を出発する段になって、最後の会計を済ませて、入湯税なるものを請求されたとき、私が支払ったのですが、その時、彼女も自分のお財布をなんとなく、確認したのでしょう。

 車のエンジンをかけながら、「お財布がない!」と始まったのです。昨日、旅館に帰ってきてからは、お金を支払う機会はなく、最後に使ったのはどこだった?と考え始めましたが、彼女がお財布から現金で支払うことはごくごく稀なことで、それでもなぜか伊豆は現金しか受け付けないというお店もけっこうあったのです。

 彼女はたいていは、携帯でピッと支払うケースが一番多く、そのため、お財布がないことにすぐに気がつかないのだと思います。

 彼女のお財布には、現金の他にクレジットカード、運転免許証等も入っており、現金よりもクレジットカード、免許証の再発行手続きなどの方が大変なことです。

 ましてや旅行中、カーシェアーを登録しているのは彼女なので、彼女以外はその車は運転することができません。私は、お財布を失くすなどということは経験したことがなかったため、というか、ふつうは、お財布を失くしたら、ひたすら焦ると思うのですが、全く動じることなく、旅館の人々まで巻き込んで探してもらったりもしているのに、お礼をいいつつも、そのまま出発。

 「まず、カード止めなきゃいけないんじゃないの?」とか、昨日、最後にお財布を使った場所を思い出して、そこにもどってみなきゃ!とか、私は、およおよとパニック状態。

 だって、運転免許証が入ったお財布をなくしてしまったってことは、今、彼女は免許不携帯状態なわけです。

 慣れている?というのか、耐性ができているというのか、娘も内心、心穏やかではないのでしょうが、平静を装っているのか、「そのうち、出てくるでしょ!」と全く行動を起こしません。

 もう、私は、昨日、買い物をした場所、立ち寄った場所を思い出しながら、もう全然、観光を楽しめる気持ちではなくなっています。

 しかし、彼女はその日も平然と観光を続けたのです。

 そして、また別のとあるパーキングで、車を停めようとしていたとき、ひょんなことで「あっ!あった!」と車の中にあったお財布を見つけたのです。お財布は、車のサイドのドアのポケットの中に入っていました。

 娘はむしろ、お財布が出てきたことが自慢気でもあるかのごとく、「ほら!だから、あるって言ったじゃない!そんなに慌てることじゃない!」と心配した私の方が悪いみたいに言うのです。

 しかし、実際問題として、本当に失くしていたということだって、十分ありえた話で、通常の日常生活の中ならばともかく、かなり広範囲を車であちこち移動している旅行中の紛失物。

 探して歩くのは至難の業です。

 娘は私のことを、必要以上に動揺しすぎると言うんですが、まったく、あの「絶対出てくるから大丈夫!」という自信はどこからくるんでしょう?

 今回は、結果的には、自分で入れた場所を忘れていただけ・・という落とし物とは違う性質のものだったかもしれませんが、彼女の場合、本当に失くしているケースも多々あるため、私は、焦ったわけです。

 これまで娘の落とし物の話は話に聞いていただけで、現場に遭遇したのは初めて、あの落ち着きぶりには、本当にびっくりしました。

 落とさなくても盗られかねないパリと落とし物をしても平然としている(それもおかしいけど)日本を複雑な気持ちで、今回のバタバタを振り返ってみたのです。


紛失物 落とし物


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2026年3月23日月曜日

「井上 靖」「天城越え」ゆかりの宿 伊豆 湯ヶ島温泉 白壁   

 


 今回の日本への一時帰国はいつもと違うことがいくつかあって、そのひとつは、娘のお兄ちゃん(亡き夫の前妻の息子)が同時期に日本に来ていることでした。

 そもそも、私が提案したことではあったのですが、ノエルの時に、彼がパリにある私の家に来てくれた時に、「私、来年の3月に日本に行くんだけど、あなたも行かない?」とちょっと軽く、半分、冗談めいて誘ってみたのです。

 彼も忙しい仕事をしているし、一緒に行くといっても、彼は現在、ドイツに住んでいるので、物理的にピッタリ一緒に行くということは、難しいのです。

 その時は、「うん〜まだわからないけど、消化してしまわなければならない休暇が余っているから、ちょっと考えてみる・・」と言っていたので、まあ、無理だろうけど・・というか、正直なところ、まさか本当に来るとは思っていなかったのですが、しばらくして、「行くことにした!」と連絡が入り、逆に「うっ!本当に来るんだ!」とびっくりしたくらいでした。

 しかし、考えてみれば、日本に来たら来たで、私はなんやかやで殺人的な(私にとっては)スケジュールです。そんな中、彼がどこかの週末にでも、娘(彼にとっては妹)と彼と私と3人でちょっと日本国内でどこかちょっとした旅行でもできないかな?と言い出し、今回の伊豆旅行に至ったのです。

 彼は小さい頃に父親の転勤で日本に1年くらい住んでいたことがあったほかは、数年前に日本で学会があるとかで、ついでに娘と富士山に登ったとかいう話は聞いていました。

 今後、断然、日本に来る機会は少ないであろう彼に行きたい場所を選んでもらって、行き先、宿泊先等は全て彼と娘で相談して決めたようでした。

 私としては、伊豆は何回も行ったことがあったけれど、まあ、温泉とごちそうがあればどこでもいいから・・ただし、山登りはできない・・ということだけ言って予定をたててもらいました。



 とはいえ、旅程などは、ほぼほぼ娘が決めて、新幹線や車の手配などをしてくれていたのですが、出発前に「どんな旅館なのかな?」と調べてみたら、なんと、私の大好きな作家「井上靖」先生のゆかりの旅館とかで、私は、それだけでも、もう大感激!




 旅館に到着して、豪華な食事を運んでもらっているときに、女中さんの一人に、「井上靖先生の大ファンなのですが、ここは先生がよくいらしていたお宿だと伺ったのですが、なにか、先生ゆかりのものなどあるのでしょうか?」と尋ねてみたら、なんと、「食後にここのオーナーが先生のお話をしてくださると申しております」とのことで、わざわざ時間を割いてくださいました。



 伊豆、湯ヶ島は井上靖先生が少年時代を過ごした地であり、小学校の国語の教科書にも載っていたほど有名な「しろばんば」の作品の舞台となっている地です。 

 お話によると、その旅館のオーナーは井上先生のご親戚だとかで、生前、先生もよくいらしていて、必ず先生がお泊まりになっていた囲炉裏のあるお部屋や先生はお酒がお好きで最後に必ずブランデーを2本用意していて、悠々とお飲みになっていたという話、東京の自宅(私の実家から歩いて行けるくらい近い)に行った時の話、川端康成先生や東山魁夷先生との関係など、たくさんお話を聞かせていただいたうえに、ご自身(旅館のオーナー)が井上先生についてかかれた井上靖記念文化財団の発行している冊子などまでいただきました。

 もうファンにとってはたまらないことで、翌日は先生の生家や博物館にまで行ってきました。

 この旅館の温泉も53トンの溶岩をくり抜いて作られた温泉や樹齢1200年の巨木を切り抜いた温泉、お部屋のお風呂も含めて源泉掛け流し。お料理も言うことなし、品数も多くて、お料理には必ずわさびがまるまる1本ついてきて、わさびのおかわりも頼めます。

 はっきり言って、もう食べ過ぎでしたが、最後まで美味しくいただきました。




 本当は、その旅館は、井上靖先生よりも「天城越え」の歌が生まれた宿として有名なようで、作詞家、作曲家、ディレクターの3人がこの旅館にこもって完成させたそうです。

 歌詞の中に登場する「浄蓮の滝」もこの旅館からほど近いところにあります。

 個人的に私が最も好きな作家ということで、井上靖先生のことを主に書いてしまいましたが、本当に素敵なお宿でした。


⭐️伊豆 湯ヶ島温泉 白壁荘

 静岡県伊豆市湯ヶ島1594


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