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2025年6月17日火曜日

コマーシャルセンター内の公衆トイレで・・

  


 パリのトイレ事情は、日本に比べると恵まれているとはいえない状態なので、できるだけ外でトイレに行かなくても済むようにしているのですが、時折、やむを得ない状況に追い込まれた時には、仕方なく公衆トイレに駆け込むこともあります。

 日本では信じられないことかもしれませんが、公衆トイレの場合などは、便座がついていないトイレもけっこうあるので、潔癖症の方には(そうでなくても)、かなり厳しいかもしれないので、覚悟が必用かもしれません。

 とはいえ、外出中のトイレ問題は差し迫った状況下になれば、もうそんなことも言っていられず、もう頭が真っ白の状態になって、トイレを探し回ることになります。あの緊迫感たるや、ちょっと、なかなか他にはない独特な瞬間です。

 よく出かける場所ならば、このあたりなら、ここのトイレ・・と、だいたいのトイレの場所はチェックしてあります。

 その点、コマーシャルセンターなどは、まあまあ、センター内にトイレは数ヶ所あることが多いので、そんなに心配はありません。

 先日、あるコマーシャルセンターに買物に行った際、そこのトイレは、まあまあ許容範囲内に入る程度のトイレなのは知っていたので、あまり躊躇なしにトイレに行ったのですが、そこで繰り広げられていた光景には、ちょっとショックを受けました。

 なんだか、荷物の多い小さな子ども2人を連れたオリエンタルな容貌の女性がいたのですが、いくつかトイレが並ぶ中の車椅子が入れる少し大きめのトイレを占領していて、ドアは開け放ったままなのですが、その中に全裸の少女(3~4歳くらい)が二人。暑いので、薄着とかいうレベルではなく、一糸まとわぬ姿・・扉も閉めない状態で真っ裸の子どもとおかあさん。

 さすがにトイレとはいえ、真っ裸の子どもがいたら、ちょっとギョッとします。どうやら、おかあさんは、子どもに行水?させていたというか?子どもの身体を洗っていたみたいなのですが、なかなか衝撃的な光景。しかも、その子どもたちの表情がなんとも言えない顔つきをしていて、とても複雑な気持ちになりました。

 なんというか、悲しそうでもあり、無表情でもあるような・・独特の顔つきでした。

 子どもを連れたホームレスなのか?難民なのか?わかりませんが、あまり、そういう人々がいる地域でもなく、ここには、時々、行くことがありますが、こんな光景に遭遇したのは初めてでした。

 平日の午後の時間で、その年ごろの子どもはふつうなら学校に行っている時間。こんな生活をしている子どもは、どんな人に育つのだろうか?と、ものすごくモヤモヤした気持ちになりました。

 蛇足になりますが、パリでトイレを探す場合、比較的大きな良いホテルのラウンジに近いトイレなら間違いないし、カフェや飲食店などにあるトイレは、まあまあ大丈夫なことが多いです。

 先日、サンラザール駅にある有料トイレに入ったら、カードでピッと払えて(1ユーロ)便利で、わりかしきれいでした。


パリの公衆トイレ


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2025年6月12日木曜日

15歳未満へのナイフ販売禁止とソーシャルメディア禁止

   


 先日のオート・マルヌ県ノージャン(グラン・テスト地域圏)での14歳の少年が学校職員(サーヴェイヤント=監督員?)をナイフで襲って殺してしまった事件以来、「15歳未満へのナイフ販売禁止とソーシャルメディア禁止」についての論争が起こっています。

 この事件の直後にマクロン大統領は、「15歳未満のユーザーによるソーシャルネットワークの利用禁止を急ぎたい」と発信。

 また、フランソワ・バイルー首相は、「未成年者へのナイフの販売禁止は15日以内に法令が交付される」と発表しています。

 この事件の被告となっている少年が犯行に使ったナイフは自分で購入したものではなく、家から持ち出した20㎝ほどのキッチン用ナイフだったと言われていますが、暴力行為へ魅せられていたと語っているようで、SNSの影響があったかもしれません。

 とはいえ、法律上、すでに、未成年には、あらゆる種類の軍事?攻撃用物資、弾薬、武器、ナイフなどを購入する権利はないのですが、未成年に対して販売することも禁止されています。

 また、購入だけでなく、ナイフを所持したり、持ち運んだりすることも禁止されており、未成年者であっても成人であっても、刃物と見なされるナイフを持って外出することは、禁止されているのです。

 これらのナイフ等を携帯していた場合には、正当な理由が提示できなければなりません。ピクニックに行くとか、狩猟に行くなどは、正当な理由として認められるということですが、この取り締まりをし始めたら、大変なことになります。

 なので、実際に禁止されているとはいっても、それはまったく遵守されていないということです。考えてみれば、このような禁止事項というものは、けっこうあるものかもしれません。

 つまり、これらは、非常にはっきりと鮮明な法的な禁止事項でありながら、実状は、ぼやけた法令としてしか機能していないのが現実で、それこそネットなどでの販売・購入に際しては、年齢確認等のステップがあるものの、これらは、いくらでも偽認証できてしまうわけで、これをどのように取り締まっていくのか?荷物を受け取る際に、保護者のサインが必用になるようにするとか、色々、提案はされているようですが、そもそも偽の年齢で認証を受けている場合には、該当しそうにありません。

 また、ソーシャルメディアの利用に関しても、禁止となると、色々と複雑な問題もあり、効果的に利用している場合も多いので、あながちその全てを禁止するということもまた、容易ではありません。

 フランスでは、すでに2023年の段階で、危険因子の高いメディアとして、15歳未満の子どもがTikTok、Snapchat、Instagramなどのソーシャルネットワークにアクセスすることを禁止する法律が可決されています。

 しかし、これはフランスですでに可決していながら、デジタルプラットフォームを規制する欧州法の遵守が欠如しているために、フランス国内でも施行できずにいました。

 ここのところが、マクロン大統領が「欧州全体の決定をいつまでも待てないので、2ヶ月以内にこの欧州法が前進しなければ、フランスだけでも、この禁止を施行する」と言っている所以です。

 どちらにしても、ソーシャルネットワークを全て否定はしませんが、これが、まず、なぜ?15歳未満・・と15歳なのか?なんなら、責任をとれない未成年全体に拡大してもよいのでは?と思わないでもありません。

 最近、フランスで起こっている犯罪を見ていると、大人が未成年の子どもを募って、犯罪の手先に利用したりするケースも多々あり、SNSが今まで無かった犯罪を生んでいることはたしかです。

 今回、フランス中を騒がせているこの14歳の少年は、全く反省の色も後悔もなく、また、被害者に対しての同情や謝罪の感情もないと伝えられています。人の命を奪うということに関しての重みや、それに関わる人々の痛みを感じられないというのは、どういうことなのだろうか?と思います。

 まだ14年しか生きていないのに、どうしたら、こんなになっちゃうんだろうか?と空恐ろしい気がします。やっぱり子育てって怖いし、責任重大なことです。

 このような問題を解決するのに、刃物の販売禁止とか、ソーシャルネットワークの禁止とかも必要なことなのかもしれませんが、根本的なことは、なにか別のことにあるのではないかという気がしています。


15歳未満 ナイフ販売禁止 ソーシャルメディア禁止


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2025年6月11日水曜日

学校の入り口での手荷物検査で14歳の少年がまさかのナイフで監督教員を殺傷

   


 事件は朝8時15分頃、オート・マルヌ県ノージャン(グラン・テスト地域圏)の中学校登校前の手荷物検査中に起こりました。陰惨な事件を回避するために行われていた検査の場でこのような衝撃的な事件が起こるとは、まさに、為す術がないかのようにも思えます。

 この事件の被害者となった女性は、この中学校の教員助手というか生徒を監督するサーヴェイヤントという職にありました。この学校でのサーヴェイヤントという職務、娘が学校に行っていた時に時々、耳にすることがあって、そのサーヴェイヤントってなに?と娘に聞いたことがありましたが、教師ではなく、キャンティーンや休み時間の校内などでの見回り係というか監督員のような立場の人とのことでした。

 教師ではなく、別にこのような職務というものがあることに、フランスらしいな・・と思った記憶があります。

 この女性は、元美容師さんで、クローン病を患い、健康上の理由から転職をしたばかりで、新しい人生(仕事)に大変、満足していたそうで・・まだ若干31歳の4歳の子どものママでした。

 一方、加害者の少年については、あまり、まだ詳しい情報は流れていませんが、特別に問題が見られる子どもではなく、全くのノーマークの生徒だったようで、むしろ、校内では、「いじめ対策チーム」のリーダーを務めていた少年だったということで、余計に闇深い気がします。

 とにかく、この14歳の少年は、この31歳の女性をナイフで数ヶ所刺して、結果的には殺してしまったわけで、すぐに逮捕されたものの、その衝撃は非常に大きく、大統領をはじめ、首相、教育相などが、すぐにマスコミの前に立ち、鎮痛な思いと今後の対策について、話しています。

 マクロン大統領は、この事件を受けて、「15歳以下のソーシャルメディアの使用を禁止する必要がある」と発表し、「欧州レベルでの実現を可能にするために数ヶ月間の猶予を設けるが、欧州レベルでの実現が2ヶ月以内にできなければ、フランスだけでもまず開始する」と述べています。

 このソーシャルメディアの禁止となると非常に大きなことになるとは思いますが、バイルー首相は、特に「ナイフなどの凶器の購入規制の厳格化」、「15歳以下の子どものオンラインでのナイフ購入を禁止する」ことなどを発表しています。

 これには、「すでに、子どもがこれらの凶器の購入は禁止になっているはず・・」とのことではありますが、現実にはそれが可能なままになっているのです。

 この未成年者の傷害事件についての報道を見ていると、ほぼほぼ皆、あたりまえのようにナイフを持っていることに驚かされます。それが、放課後や夜中に街にウロウロでかける少年たちだけでなく、ごくごくふつうの学校生活の中にも浸透しつつあるということが、異様なことです。

 そもそも今回のように、学校前で手荷物検査を行わなければならない事態・・その検査中にこのような陰惨な事件が起こってしまうということは、本当に悲惨な状態です。

 私は、フランスの学校については、娘が通っていた学校についてしか知らないので、このような事件を見るにつけ、あまり一般的なことは、知らなかったのだな・・と思いますが、とにかく、娘が通っていた学校(小学校から高校まで)は、大変、厳しい学校で、問題がある生徒は容赦なく、転校を促され、授業はもちろんのこと、日常生活での規律や礼儀などについても大変、厳しく、ポイント制?のようなものがあって、✖が3つ以上つくと、追い出されかねない・・それが、教師に対して、口答えしたり、怒られて、教師を睨み返しただけでも減点・・というのを聞いて、驚いたことがありました。

 特に中学校からは、授業の速度も大変速く、とにかく点取り虫の子が多かったので、そんな日常生活の些細なことで学校を追い出されるなどということは生徒たち自身にとっても考えられない感じだったと思います。

 初めて、その学校を見学に行った時は、もう学校内の空気が全く違って、凛とした感じがあり、ここなら大丈夫・・と思ったことを覚えています。

 このような様々な少年事件を見ていると、かなり厳しくしないとダメな年頃もあるのではないか?とも思うのです。

 子育ては、それぞれの子どもにとって、それぞれ違うので、何が正解かはわかりませんが、やっぱり、安全な環境に子どもをおいておきたいと思うじゃないですか・・。


荷物検査での14歳の刺殺事件


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2025年6月9日月曜日

娘への誕生日プレゼントに思うこと

  


 6月は娘のお誕生日の月なのですが、最近は日本とフランスと離れて生活しているために、お誕生日を共にお祝いすることもなくなりました。

 一応、当日には、お誕生日おめでとうのメッセージは送るものの、プレゼントは、ここ数年は、次回、娘がフランスに来たときか、私が日本に行ったときに、二人で一緒に旅行するのがプレゼントがわりになっています。

 小さい頃は、6月というのは、フランスの学校では学年度末ということもあって、学校の行事だったり、バレエの発表会だったり(リハーサルも含めると数日つぶれる)、お友だちのお誕生日会もやたら多い月(6月だけでなく、7月、8月生まれの子までみんな6月にお誕生日会をやる)で、とても忙しい月でした。

 その他、夏のバカンスのコロニー合宿に行くための準備(必要なものを買い揃えたり・・)などもあり、学校とお稽古事と自分の仕事だけでも、もうあっぷあっぷ状態なのに、これだけ行事が重なると、今から考えると目が回るような感じの月でした。

 それで、小さい頃のお誕生日プレゼントというものは、あんまり記憶がないのですが、とりあえず、娘の好きなコーヒー味のエクレアを歳の数だけ買ってくるというのを習慣にしていました。

 エクレアにろうそくをたててうれしそうに運んでいる娘の写真が印象的でした。

 ふだんは、あまりケーキやお菓子が大好きというわけでもないのに、なぜかこのコーヒーのエクレアだけは、なぜか我が家ではいつのまにか、娘のお誕生日ケーキとして、君臨していました。

 娘はあまり物を欲しがらない子で、大きくなってからは、それなりにあの靴が欲しいとか、たまに、そういうことはありましたが、贅沢に物を買い与えるということはなく、娘にお金を使うのは、お稽古事とか、スポーツとか、留学とか、なにかを経験させることに使うように心がけてきました。

 そんなわけで、特に夫が他界してからは、あまりに多いフランスの学校のバカンス時期は、娘はほぼほぼ、いつも、なにかスポーツをするコロニー合宿に参加し、その歳ごろに可能なあらゆるスポーツをひととおり経験し、一年のうちに何度も旅行・・という、傍からなんとなく聞けば、どんだけ優雅な生活?とカン違いされそうなスケジュールを過ごしていました。

 物はあまり買い与えてこなかったので、目に見えて残っているものはあまりありませんが、彼女自身が身に着けた目に見えないものは、ずっと彼女の中に生きている糧になっていると信じています。

 20歳になったときは、さすがに、成人の記念として、なにか一生使えるものをプレゼントしたいと思い、少し良い時計を買ってあげようか?とエルメスの時計でもどう?と提案したのですが、娘には、「エルメスあんまり好きじゃない」と却下され、なんだかよく覚えていないブランドの、しかし、彼女の好みにあった時計を買ったと記憶しています。

 今では、彼女自身も自分でしっかりと稼いでいるので、自分でもなんでも好きなものは買える生活を送っていますが、彼女は相変わらず、しまり屋で、高価なものはあまり買わずに、もっぱら、旅行したり、スポーツをすることにお金は使っているようです。

 彼女の生活の仕方を見ていると、基本的には、自分が体験することにお金を使うという小さい頃からの育ち方をそのまま続けているのだな・・と、なんだか私がしてきたことは、間違ってなかった・・健全なお金の使い方だったな・・と思うのです。

 それでも、一応は、誕生日が近付くと、「なんかほしいものある?」と聞いてみるのですが、結局、いつも、「いつもと同じ旅行がいいよ!」という答えが返ってきます。


お誕生日プレゼント


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2025年5月21日水曜日

専業主婦と共働きと・・

  


 私が子どもの頃は、日本では専業主婦がふつうで、実際に私の周囲の友人のお母さんたちは、ほとんどが専業主婦で、今から思えば酷い偏見だったのですが、お母さんが働きに行っているというと、「よっぽど経済的に厳しいおうちなんだな・・」と思うくらいでした。

 私の母は、仕事をしていたといえば、仕事をしていたのですが、家で子どもたちを集めて英語を教えていたという、当時ではあんまりない感じで、しかも、そもそもは私に英語を教えていくのに、親子二人でというよりも、数人の子どもたちに私を混ぜて教えるために始めたことで、そして、何よりも母は英語が大好きで(本人は英語の音が好きと言っていた)、半分は趣味(といったら、失礼ですが・・)のような感じで、母自身がとても楽しんでやっていたし、外にお勤めに出るというわけでもなかったので、あまり母が仕事をしている・・共働きをしている・・という感覚が私にはありませんでした。

 今から考えると、私は実に自分の将来というものを漠然としか考えてこなかったし、将来、きっちりとした仕事を持つということも、具体的には考えてきませんでした。

 ある程度の年齢になったら、結婚するだろうし、今では死語だと思いますが、よもや自分が煙たがられながら、オールドミス、お局・・などと言われながら会社に居続けるようになるとも思っていませんでした。

 時代と言ってしまえば、それまでですが、私はいわゆる適齢期と言われる年齢には結婚もせずに留学をしたりして、なんとなく自分がやりたいことに少しでも近づこうともがいていました。

 ただ一つ、私が考えていたことは、子どもを育ててみたいということで、しかし、それには、タイムリミットがあり、特に結婚願望らしいものはなかったのですが、そのタイムリミットに近い頃に知り合った男性と一緒に生活することになりました。

 それから、私の本格的な海外生活が始まったのですが、アフリカでは、フランス語の勉強のために大学に通い、そして出産、フランスに来てから1年後に再び仕事を始めました。

 海外で仕事を探すのはそんなに容易なことではありませんし、ビザの申請等に1年近く時間がかかったこともあり、なんだかドタバタした感じ・・しかも、娘はまだ生まれたばかりで、初めての子育てに必死なところもありました。

 フランスでは共働きがふつうのことなので、仕事さえ見つかれば、あまり抵抗もなく、むしろ、子どもから解放される時間が持てることや、家とはまた別の世界を持つことができるということも、今から考えれば救いでした。

 仕事があまり時間的に融通が利く仕事でもなかったこともあって、大変なこともたくさんありましたが、夫が亡くなるまでは、私は娘の学校のママたちとのお付き合いなどもほとんどしたことがなく、実際にそんな時間もなかったし、知っている顔といえば、バレエのお稽古などで顔を合わせるママさんたちや、お誕生日会などに娘がお呼ばれしてお宅に送り迎えに行くくらいだったし、実際に周囲のママさんたちも仕事をしているので、お互い忙しくしているのがふつうな感じでした。

 娘の小さい頃の時代でさえも、専業主婦というママには、ほぼほぼお目にかかったことがありませんでしたし、いても、逆にそんな専業主婦を(半分はやっかみもあったのかもしれませんが・・)白い目で見ているママたちもいたくらいです。

 今は日本でも専業主婦は少なくなったと聞きますが、ずいぶん時代が変わったんだろうな・・と思います。

 しかし、どちらにせよ、私は何の計画性もなく来たのに、よくもここまで仕事をしてきたもんだ・・しかも海外という暮らしづらい場所で・・。逆に考えれば、あまり選択肢がなかったために、そうせざるを得なかったというところもありますが、なんとかなるものです。

 それにひきかえ、娘などを見ていると、そもそも、自分でしっかり仕事を持って、ちゃんと自立して仕事していくことを若い時から考えて、それなりの学歴も持って、着々と仕事をしているのを見ると、我が娘ながら、すごいもんだ・・と思います。

 今から人生をやり直すつもりもありませんが、早くに目標を定めてそれに向かって努力していけば、ずいぶんとムダのない人生になっただろう・・と思います。そう思うと私は、ムダなことしかしてこなかった気もしますが、言い訳させてもらうと、ムダなことほど楽しくて、なんなら、ムダなことなんてありません。

 私の周囲は、独身の友人が多いこともあって、日本にいる友人でも専業主婦をしている友人は一人しかいませんが、仕事を持っていても、専業主婦をしていても、それなりに充実した人生を送っているようで、どっちもいいな・・どっちも経験してみたかった・・とも思います。でも、もしも、私が仕事をしてこなかったら、子どもがいなかったら・・つまらなかったかもしれないな・・とも思います。


専業主婦 共働き


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2025年5月11日日曜日

土曜の午後の公園

  


 週末、土曜日の午後、たまたま公園・・というか、児童公園の近くを通りかかったら、お天気が良いこともあるのか? 楽しそうに遊具で遊ぶ子どもたちと、それを見守るママたちでけっこう賑わっていました。

 こういう児童公園にあるような遊具で遊ぶのは、せいぜい小学校低学年程度の子どもたちだと思うのですが、フランスでは小さい子どもたちもけっこう遅い時間まで学校があるので、平日はあんまり使われていないような気もします。

 それでも、学校がお休みの水曜日や土曜日などには、子どもをこのような公園で遊ばせている人も多いようで、そうか・・土曜日の午後や日曜日には、こうやって子どもを遊ばせているんだな・・と、今さらのようになんだかほのぼのとした気分になりました。

 というのも、私自身は、子どもが小さい頃から、土曜日といえば、超忙しい一日で、お休みでありながら、全くお休みではないようなのが土曜日でした。

 午前中には、洗濯をしたり、掃除をしたり、ひととおりの家事をざっと済ませ、昼食の支度をして、食べさせると、もうそれからは大変で、昼食が終われば、娘をバレエのレッスンに連れていき、レッスンの間は、娘のレッスンの様子を眺めつつ、本を読んだり、書き物をしたり、レッスンが終わると、娘を速攻で着替えさせ、次は公文(日本語)の教室へ移動。

 移動に使うバスがちょうど微妙な時間帯で、もう駆け足状態。娘を公文の教室に押し込むと、娘が日本語の勉強をしている間に、公文の教室がオペラ界隈にあったために、その周辺の日本食材店をハシゴして買い物。

 数店舗をまわって、けっこうな食料品をいっぱい抱えて、娘を再び、ピックアップして、帰宅。もう家に帰ると夕方で、食事の支度をして、ご飯を食べて一日、終了です。

 こんな感じが、娘が2歳の頃からずっとだったので、土曜日で仕事がお休みとはいえ、とても、児童公園で遊ばせるというゆったりとゆっくりした時間を過ごすことはなく、常に土曜日は運動会のような感じでした。

 こうして考えてみると、私の子育ては、なんだかドタバタした感じで、こんなふうに、休みの日をゆっくり公園で遊ばせる・・なんてことはしたことがなかったんだな・・と、ちょっとこんな時間もあってもよかったな・・と、今になって、公園で子どもを遊ばせているママたちのひとコマを眺めながら、ふと思ったのでした。

 公園といえば、一つだけ思い出すのは、娘はなぜかブランコが大好きで、そして、なぜかフランスの公園には、このブランコというものがほとんどなくて、たまにブランコをみつけると、わざわざ公園に行ったわけでもないのに、「ちょっとだけブランコに乗ってきてもいい?」とブランコに飛びついていきました。今でもなぜか、ブランコというものは、滅多に見かけないのです。


児童公園


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2025年4月25日金曜日

15歳の高校生が授業中にナイフで生徒を襲撃 女子高生1名死亡、3名負傷

  


 ナント(フランス西部ロワール河畔地域)にある高校で生徒によるナイフ襲撃事件が発生し、女子高校生1名が死亡、3名が負傷(うち1名重傷)するという大惨事が起こっています。

 これが、ちょっと危険な地域の公立校だったり、ちょっとドロップアウトしかけた生徒だったり、壮絶ないじめのうえの仕返し行動だったりするのではなく、この学校がいわゆる県下でもまあまあレベルの高い私立のカトリックの学校であり、この犯行に及んだ生徒も警察にマークされていたり、学校内でも問題視されているわけではなかった生徒の突然の凶行であったために、さらにショッキングな社会現象として受け取られています。

 私自身もなんとなく、この学校が私立のカトリックのそこそこレベルの高いと言われている学校だったということで、なんとなく、娘が小学校から高校まで通っていた学校とダブって考えさせられるところがあり、これまで私立なら、ある程度、安心と思っていたのが、こんなこともあり得るのか?と愕然とさせられました。

 事件は、木曜日の昼頃、12時30分頃に授業中に起こったそうで、加害者の少年が当日、同じクラスで授業を受けていたのかどうかは、わかりませんが、一人目の少女を刺してから、別の教室を襲って、さらに3人を刺したと言われています。

 おそらく、最初に刺された少女が死亡したものと思われますが、その後、別の教室に向かって3人を刺したところで、教師が介入して、取り押さえられ、駆け付けた警察官にそのまま身柄を拘束された模様です。

 この最初の少女との間には、なにかしらの口論があったと見られていますが、とはいえ、これが怒りによる興奮からの突発的な犯行ではなく、犯行の15分前に彼は全校生徒に向けて、13ページにも及ぶ「免疫行動」と題された論文のような内容の文書を送信していました。

 この少年は、論文の中で、グローバリゼーションを攻撃し、人間を分解する機械と化した非常に暗い社会を描写しています。また、同時に彼は、「この13ページの文書は、いかなる行為を正当化するものではなく、単に事実を述べているものである」とし、「地球規模の環境破壊:最初の攻撃」、「組織的暴力と社会的疎外:第二の攻撃」、「全体主義的な社会条件付け:第三の攻撃」と3つの部分によって構成されており、ピーテル・ブリューゲルの「人間嫌い」の挿絵も添えられています。

 彼がこの文書とともに「この文書によって書かれている内容はいかなる行為も正当化するものではない」と説明しているように、この文書の内容とクラスメイトを刺すこととは、どういう関係があったのかは、全くわかっていません。

 しかし、彼の犯行が計画的であったことは、ほぼ明らかで、彼はハンティングナイフを含む2本のナイフを所持していたということで、一部の友人には、一週間まえに「さようなら。良い人生を送れるように祈っている。またすぐお会いできるでしょうが、今度はテレビで・・」と意味深な言い方をしていました。

 しかし、教室に居合わせた生徒たちはもちろんのこと、学校内の生徒にとっては相当なショッキングな出来事で、彼らは、事件発生直後から、4時間近く、学校内の体育館に避難させられ、午後4時半過ぎから少しずつ解放されたようです。

 とはいえ、相当にショックを受け、泣き出してしまう生徒たちもいて、すぐに学校の施設の周囲には大規模な警察官が配置され、警察官だけでなくライフルを持った憲兵隊までがずらりとならび、また校内には緊急心理医療ユニットが設置され、これまでに99名がとりあえずの心理的ケアを受けたそうです。

 それはもっともなことで、ふつうの人は人が刺される現場に遭遇することなどないにもかかわらず、白昼堂々・・というか、しかもそれが、学校内、授業中に起こったのですから、その衝撃は計りしれません。

 特に犠牲となった女子高校生の家族にとっては、いつもと同じように学校に行ったと思ったら、学校で刺されて死んでしまうなど、どう考えても受け入れられるものではありません。

 この加害者の少年について、同級生は、「彼は落ち着いた人で、少し内気で控え目な人だった」と見ていましたが、時折、冗談めいて、ナチスやヒトラーなどのイデオロギーや革命について語ることもあったと語っています。

 しかし、一方、スナップチャットのグループでは、過激派や政治家、ナチスなどを説明する動画をたくさん送りつけてくることもあったそうで、そのうち、周囲がついていけなくなった・・と語っている人もいるようです。

 彼は鬱状態であったとの報道もありますが、このような人物(学生)の犯行の場合、日常的には、目立った問題行動は見当たらず、おとなしく、ある程度以上の学力もあったりする場合、問題が思想的なものであったりしても、それを学校側がチェックしてスクリーニングするのは至難の業です。

 娘の通っていた学校は今回の事件が起こった学校と似た感じの私立のカトリックの学校でしたが、非常に厳しい学校で、言動を含む行動などに問題があった場合は、何回かの注意勧告(たしか3回)のあとは、やんわりと転校、退学を促されるような感じだったので、問題のある生徒は学校にはとどまれないようになっていたので、ああいう学校だったら、安心・・と勝手に思っていましたが、今回のような場合、果たして学校は、彼の危険なシグナルに気付くことができたか?と考えると疑問でもあります。

 また、夏のコロニー合宿に行った際には、ディレクトリスから、「あなたのお嬢さんが刺されそうになりました」と電話をもらって、相当驚いた覚えがありました。このとき、娘は小学校高学年くらいでしたが、娘自身は、大してショックを受けておらず、夜、部屋の電気を消すかつけたままにするかで部屋の中の数人でケンカになった末に、当事者の女の子がナイフを持ち出しただけ・・ということで、怪我も何もなく済んだそうですが、子どもから先に連絡が入って親が騒ぎ出すのを恐れて、ディレクトリスの方から先んじて連絡をくれたようです。

 だいたい、小学生の女の子がなんでナイフなんて持ってきてるの?それだけでもおかしいでしょ!と思いましたが、同時に娘には、「学校と違って、色々な人がいるんだから、あまりおかしな子は刺激しないようにした方がいいよ・・」と諭した覚えがあります。

 実際に、私はあの学校なら大丈夫・・と思っていたのです。

 それが、今回のような事件が起こったということは、より難しいことが山積し、複雑な時代になったということでしょうか?


高校生授業中ナイフ襲撃 女子高生死亡


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2025年3月12日水曜日

娘がスキーで大ケガしたらしい・・

  


 忙しく仕事をしつつも、忙しく遊びまわっている娘ですが、私が日本滞在中も私とも旅行しつつ、途中、私の旅行中などは、友人とスキーに行ったりして、一体、彼女には、休日に身体を休めようとか、そういうことは必要ないのだろうか?と思っていました。

 それでも、私が日本に到着したときも、空港まで車で迎えに来てくれたし、帰りも早朝にもかかわらず、車で送ってくれて、本当にフル回転してるんだ・・さすが若い・・と感心しつつも、たまには、少しはゆっくりする時間も少しはあった方がいいんじゃないの?とも思っていました。

 私がフランスに戻ってからも、春になるのを惜しむように、また、スキーに行くという話は、聞いていたので、前々回のスキーでは、携帯電話をなくしかけたり(結局、びっくりすることに、一応、届け出をしていたら、見つかったという日本ならではのミラクル)したので、スキーに行くというのに、「足折らないようにね・・」とかではなく、「携帯失くさないようにね!」などと、冗談半分に電話で話していました。

 それが、週末に電話がかかってきて、なんとスキーで怪我したとのこと、骨は折れていないみたいだけど、現在、ギブスに松葉杖の生活、「来週にもお医者さんに行くけど、どうやら、じん帯損傷、もしかしたら、じん帯が切れているかも・・」とのこと。

 彼女がスキーを始めたのは、小学生の頃だったので、スキー歴はもう長く、けっこう滑れるようなので(私自身はスキーやスケートなどの滑る系のものは苦手なのでやりません)、まさか怪我するなんて、思ってもみませんでした。

 実際にその場にいたわけではないし、彼女の様子を見ていないので、あまりピンと来ないのですが、検査の結果、やはり、じん帯が切れていて、恐らく手術になるだろうとのこと。通常は、週3日くらいは出勤しているようなのですが、基本的に彼女の仕事はリモートワークでもできる仕事がほとんどなので、仕事はそのまま続けられるとのことですが、どうにも離れている身としては、心配なものです。

 幸いにも隣に従姉妹がいてくれているので、本当に困ったときには、助けてくれているようなので、まだ心丈夫ですが、じん帯切断で手術?などと言うと、母としては、心穏やかではなく、思わず、「帰ろうか?」と聞いてみたのですが、「ぜんぜん、そんな必要ないから・・ママは自分の予約してある検査にちゃんと行きなさい!」と。

 まあ、帰ったところで、大して役に立ちそうもないし、かえって足手まといになりかねない気もしないではありません。

 とりあえず、命に別状があるわけでもないとは思いつつも、やっぱり心配してしまう情けない母なのです。

 通常は、散歩するといっても驚異的な速さで歩く娘。ギブスをはめた足では、さすがに速くは歩けず、なんだかおじいさんになった気分(なぜ?おばあさんではなく、おじいさんの気分になるかは不明)とかで景色が違って見えるとのこと。

 彼女が今、生活している私の実家は、両親の住んでいた家で、ボロいながらも、家の中は、母が最初に介護が必用になった際に(介護保険ができたての頃だったためか、やけに景気よくしっかりしたものをつけてもらっている)家中に階段からお風呂場に至るまで、手すりをつけてもらった家で、そんな手すりが今、彼女の助けになってくれているとのこと。

 まさか、自分たちがいなくなった後に孫が一人でその家に住むようになるとは、両親も夢にも思わなかっただろうし、そのうえ、家中につけられた手すりが彼女の手助けになっているとも、全く考えていなかったと思います。

 しかし、なんとなく、両親が娘を守ってくれて、支えとなってくれているような、そんな気にさえなるのです。

 娘には、「少しはゆっくりしなさいってことだね・・」と言っていますが、やっぱり何かあった時に、離れていて、そばにいられないことは、辛いですね。


スキーでじん帯切断


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2025年2月27日木曜日

やれるもんなら、やってみな・・強気すぎる娘

  


 私の一時帰国の二次被害?ともいうべく、娘も私につきあって、尋常ではない量の美味しいものを食べ続ける生活が続いています。

 以前、やはり、私が一時帰国をして、一緒になって食べまくっていた娘は、最後の最後に、私がフランスに持って帰る荷物の計量をするのに、私が自分自身で計量するのだけでは、なんとなく、心許なくて、娘にも、「お願い!もう一度、測ってみて!と頼みました。

 スーツケースなどの大きな荷物は上手く体重計に乗せられないので、いったん、自分の体重を測ってみてから、次にスーツケースを持って体重計に乗って測っているのですが、まず、自分の体重を測ったところは、娘は真っ青になり、あんなに娘の顔色が変わったのを見たのは、初めてだと思うような、まさに、マンガなどで言えば、目の下の顔の部分に線が何本も引かれている感じ・・ガーン・・と言う感じで笑ってしまったことがありました。

 自分史上最高の体重だったようで、娘は背もわりと高く、一見すると、そんなに太った?とわからない程度なのですが、本人は、とてもショックだったようです。

 おそらく私自身も日本滞在後は、相当、増量しているとは思うのですが、そこは、もうなりふり構わずというか、フランスに戻ってから、体重は徐々に戻していけばよいと思っているので、日本にいる間は、そういうことは考えないようにしています。

 そのときのことは、よほどショックだったようで、娘は、あれ以来、少し食べ過ぎたと思えば、寒くても、暑くても、夜、40分以上も、夜、歩きに行きます。彼女は努力家といえば、努力家・・しかし、増量するから、食べる量は控えよう・・ではなく、美味しいものは食べつつも、食べた分を消費することで、食べることを諦めない努力をしています。

「えっ?今から行くの?こんな時間なのに?」と思い、夜遅いし、一応、女の子なんだから、気をつけて!と言うのですが、今は冬で寒いこともあり、歩きに出かける姿をみれば、上下モコモコのスウェットにニット帽をかぶって、もう男だか女だかもパッと見にはわからない感じで、「う〜ん・・まあ、気をつけてはいるけど、この格好だよ!しかも、多分、たいていのヒョロヒョロした男性よりも私の方が力あるし、強いし、やれるもんならやってみな!って感じだけど・・」と発言。

 たしかに母親の私が言うのもなんですが、彼女は腕力・脚力ともに、並の男性よりも強そうです。しかし、世の中には、おかしな人もいるんだし、ナイフなどの凶器を持っていたりしたら、さすがにいくら強くても太刀打ちできないよ・・と思う母は、親バカなんでしょうか?

 しかし、そんな悠長なことを言っている私自身は、「体重はフランスに帰ってから戻す!」などと、全ての免罪符のように言っているのですが、果たして、本当に戻せるのかどうかは、だんだん不安になってきました。


やれるもんならやってみな・・


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2024年12月13日金曜日

HAS(高等保健局)が16歳からの性転換への無料アクセスを検討

  



 性転換という、なかなかセンシブルな内容なうえに、これを無料で行えるように、そのうえ、その該当年齢を16歳から・・ということを、HAS(フランス高等保健局)が提案しているというのは、なかなかセンセーショナルではありませんか?

 性転換については、HAS(フランス高等保健局)は、実は3年前より「連帯保険省から性転換を望む人に対応する際に医療専門家が採用すべき適切な実践方法を決定するように委託」されていました。

 そして、今回、ル・フィガロ紙によって、同機関が作成した医師と介護者向けの実践に関する推奨事項が公表されています。

 内容は、基本的には、「16歳からの性転換に無料で対応する」ということで、まず、これを希望する人々の「リクエスト」から始まり、「トランスジェンダーの人々に適応した歓迎的な環境、専門的知識を持つ訓練された医療専門家によって受け入れられる必用がある」と説明しています。

 HASは、この性転換に時間がかかりすぎることを避けるために、「充分な情報を得たうえで、希望するトランスジェンダーの人々にまず、ホルモン剤を投与すること」を推奨しています。また、同時に希望するトランスジェンダーの人々が遅滞なく、性別適合手術を受けられるようにすること」も推奨しています。

 ただし、16歳から18歳の未成年者の性別変更に関しては、HASは他の専門家と相談して決定することを推奨してはいますが、同時に「親が子どもの性転換に抵抗している場合は、親権の喪失や解放に繋がる可能性もある」ことも付け加えています。

 これは、まだ提案されているという段階ではありますが、この試みの根底には、「トランスジェンダーは、もはや病理とは考えられていない」という理論が存在します。

 しかし、この提案はなかなか詳細な広範囲にわたるもので、検討されている手術の中には、「顔の女性化または、男性化を目的とした鼻整形、顔面輪郭整形、毛髪移植」、などのほか、「乳房切除術や乳房インプラントなどの胸部手術」、「生殖器」、「音声」などの手術も含まれています。

 現在、フランスでは18歳未満の性器手術は行われておらず、このHASの提案が通過通れば、この年齢が引き下げられることになります。

 よく言えば、なかなか進歩的だとは思いますが、現在、政府は深刻な財政難に直面し、一般診療の自己負担が増え、保険適用率が低下しているなか、一気に無料という話は、なかなか抵抗の声もあがりそうな話です。

 しかも、16歳から18歳となると、ますます話は複雑かつ深刻です。

 ヨーロッパでは、この問題に関して、フランスよりも慎重な対応をとっている国もあり、イギリスは、未成年に対する思春期阻止薬の処方を中止し、スウェーデンも同様の措置を採用しています。

 いずれにしても、現状では、性転換どころか、フランスでは専門医へのアクセスには、2~3ヶ月は余裕で待たされるのがふつうで、そんなに簡単にこのサービスが一気に進むとも思えませんが、全額補償というのは、他にはなかなか見られないことです。

 今、フランスの医療費で全額補償で思い浮かぶのは、「ガン治療」(一般標準治療)に関してですが、このトランスジェンダーは、それに匹敵する扱いということなのでしょうか?


16歳から性転換無料


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2024年12月9日月曜日

フランスの教育レベル PISA(International Program for Student Assesement)ランキング

  


 PISA(International Program for Student Assesement)は、世界中の教育システムの有効性を測定するためにOECD(経済協力開発機構)によって国際的に実施される調査です。

 フランスはこのレポートでランク付けされる国のひとつであり、日本もまた、このランキングの中に登場する国のひとつです。

 PISAランキング(留学生評価プログラム、またはフランス語で学生の成績を監視する国際プログラム)はOECDのプログラムで15歳の学生の学力を読解力、数学、科学の3つのカテゴリーで分析し、これにより、さまざまな国の教育制度を評価および比較することができます。

 PISAの報告書は3年ごとに発行されていますが、最新のものでは、フランスは特に急激に数学の学力が低下していることが問題視されています。今回のものは、2022年のデータに基づいたものであると言われ、パンデミックによるロックダウンのために学校に通えなくなった期間の悪影響ではないか?とも言われていますが、ロックダウンになったのはフランスだけではないわけで、なにか別に原因があるような気もします。

 それでも総合的に見れば、参加国85ヵ国のうち、フランスは26位、読解力29位、科学でも26位となっており、フランスはOECD参加国の平均内にあります。

 この調査はフランスの335の教育機関が評価に参加し、これらの教育機関から無作為に選ばれた8,000人の学生のデータが使用されています。

 フランスが急激にそのポイントを落としているという数学に関しては、圧倒的にアジア諸国が上位を占め、1位シンガポール、以下、マカオ(中国)、台湾、香港、日本となっています。

 私は数学は好きではない科目でしたが、「日本人は数学が得意である・・」というイメージがあるらしく、大変、低次元の話ではありますが、アフリカにいた頃におつりの計算を暗算したら、家にいたボーイさんにひどく感心され、「あ~でも、日本人だから数学が得意なのは当然だね・・」と言われたことにビックリし、心の中でこれは数学ではなく算数・・などと思った(アフリカの人にも日本人は数学が得意だというイメージがあることを知ってビックリした)のを覚えています。

 ちなみに、ヨーロッパで最もこのランキングの上位にいるのは、数学では、エストニアとスイス(7位と8位)で、読解力ではアイルランドとエストニア(2位と6位)、科学ではエストニアとフィンランド(6位と9位)となっています。

 単にランキングだけだと、あんまりピンと来ないし、同じ国でも学校によって、ずいぶん違うので、一概には言えないと思うのですが、それでもきっと、けっこうな違いがありそうで、その内容にも興味が湧いてきます。



PISA(International Program for Student Assesement)


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2024年10月30日水曜日

ツナ缶の水銀汚染スキャンダルの衝撃

  


 「缶詰マグロは100%水銀汚染・絶対に食べてはいけない!」とか、「水銀汚染されたツナ缶の健康上の危険は何ですか?」など、ツナ缶水銀汚染スキャンダルの話題が炎上しています。

 これは、海洋防衛NGO BLOOM(ブルーム)が、18か月にわたる調査を経て発表した報告書の中で訴えているヨーロッパ 5 か国 (ドイツ、イギリス、スペイン、フランス、イタリア)で販売されているツナ缶についての危険性の話です。

 このNGO は「ヨーロッパ 5 か国 (ドイツ、イギリス、スペイン、フランス、イタリア) の148 個のツナ缶を無作為に選択し、独立した研究所で検査させたところ、100% が水銀で汚染されていた!」というもので、そのうち、約1割は、欧州連合で認められている水銀含有量基準 (1 mg/kg)を大きく超えていたと報告しています。

 そもそも、この欧州連合認可の水銀含有基準ですら、マグロに関しては、タラやイワシなどの他の魚の基準(0.3 mg/kg)よりもかなり高く設定されています。

 この水銀汚染は何十年も前から知られていました。大気中に放出された水銀は海洋で発見され、その後魚の体内で発見されます。NGOは特に、「マグロを調理すると水は蒸発するが、水銀は残るため、高濃度の水銀が含まれているにもかかわらず、黙認され続けてきたことを指摘しています。

 問題は、基準が最終製品ではなく生のマグロに対して定められていることを指摘しており、したがって、「缶詰には新鮮な魚の切り身よりも2〜3倍濃度の水銀が検出されることになる」と説明しています。

 フランスでは、1 人当たり年間平均 4.9 kg のマグロを消費しているそうで、日本のように一般的に生のマグロのお刺身などが流通しているわけでもないし、魚屋さんに、マグロはあるには、あっても、けっこう高価で、そこまで買っている人をそんなに多く見かけるわけではないので、フランス人が食べているマグロの大部分はツナ缶なのではないか?と思います。

 特に最近は、インフレで全ての食料品が高騰しているためにタンパク質を補う手段の一つとして、ツナ缶などを利用する人も増えていたかもしれません。

 この水銀の危険性については、特にツナ缶に限ったことではありませんが、国家食品・環境・労働衛生安全庁(ANSES)も健康勧告の中で明記しており、水銀は、海洋に存在し、人体に用意に吸収される毒で、子宮内での子どもの発育中および幼児期に特に危険です。具体的には、「マグロ、カツオ、タイ、スズキ、アンコウ、オヒョウなど、高度に汚染されている可能性が高い魚の摂取を制限することを推奨しています。こんな警告、この騒動で初めて知りましたが・・。

 また、WHO(世界保健機構)も水銀について、「海洋では、水銀が細菌と混ざり、さらに有毒な誘導体であるメチル水銀に変化し、このメチル水銀は神経系に有毒で、神経障害や行動障害が観察される可能性がある」と指摘しています。

 私はそこまでツナ缶を爆食しているわけでもなく、この年齢になるまで、一応、無事に生き残ってきたので、そこまで神経質になる必要もないとは思いますが、このNGOは少なくとも、この制限値を超える魚の販売を禁止するセーフガード条項を導入することや、学校の食堂、保育園、老人ホーム、病院、産科病棟などの施設での使用を禁止するように求めています。

 しかし、これを販売している業者やスーパーマーケットなどにとっては、売上げ激減に繋がる大スキャンダルです。

 この種のスキャンダルが出るたびに思うのは、食事は偏らずに色々なものを食べるように心がけることが、危険を回避することに繋がるな・・と思うのです。


ツナ缶水銀汚染問題


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2024年10月26日土曜日

久しぶりのオルセー美術館 予約なしでも、あんまり並ばずに済んだ・・

 


 いつでも行けるのに、結局、なかなか行かない場所のひとつに美術館などがありますが、その行かない理由に大行列が嫌だ・・という理由があります。ルーブル美術館にしてもオルセー美術館にしても、なんとなく、いつも、ものすごく行列しているというイメージがあって、あの行列に並ぶのはなぁ~~と思ってしまいます。

 もっとも、最近は、ほぼ予約制で事前にネットでチケットが買えるようになったので、予約していけばよいのですが、それさえも、お天気の悪いことの多い最近では、事前に予約しておいて、その日は大雨・・なんていうことになったら嫌だ・・という全くのわがままで予約するのも躊躇われるのです。

 私は、あまり絵画や美術品に詳しいわけではないのですが、やはり美しいものに囲まれた空間は、心が満たされるような気分になるものです。

 娘が小さい頃に一時、娘が美術館にハマったことがあり、やたらと美術館に行きたがるので休みの日になると度々、美術館へ通ったこともあったりしたのですが、それ以来、一度、ロックダウンの明けたすぐあとに、今なら、ルーブルガラガラだよ!という話を聞いて、すっ飛んで行ったことがあったくらいで(本当に、あの時は、もう二度とあんなことはないと思うくらい空いていて、ほぼほぼ人のいないルーブルを堪能しました)、その後は、ほとんど美術館には、行っていませんでした。

 それが、急に思い立って、「そうだ!今日はオルセーに行ってみよう!予約していないけど、ダメならダメでいいわ・・お散歩がわりと思って行ってみよう!」と思い、出かけたのでした。

 ルーブル美術館は、恐ろしく中も広いので、見て歩くのも大変だけど、オルセー美術館は、そこそこ、そんなに抵抗なく歩いて回れる範囲内、しかも、あんまり絵画に詳しくない私でも、「ああ~これ見たことある!この絵は、ここにあったんだ!」と思うような絵がけっこうあるので、楽しみやすいのです。

 予約していないのだから、ある程度の行列は覚悟していたものの、ほぼ予約制になったからなのか?行列は思ったほどでもなく、15分ほど並んで入れました。これくらいなら、全然OKです!




 要は、まず入場するために行列するのは、荷物チェックのために並んでいるのであって、わりと、行列もどんどん進みます。

 今は、観光客だけでなく、トゥーサンのバカンスのために子ども連れの家族もけっこういて (全てのパリの国立美術館は25歳以下の子ども、若者は無料)、そういえば、夫が存命中、休みといえば、娘をミュゼ(美術館や博物館)に連れ歩いていたことを思い出したり、後ろに並んでいた年配の女性がこのバカンス中のミュゼ巡りの予定を今日はオルセー、明日はケ・ブランリー、その次は・・などと、とうとうと語っているのが聞こえてきたりしました。









 こんなにすんなり入れるなら、少しは勉強してから来るんだったな・・などと思いつつ、自分のペースで好きに美術館内を廻る時間はなかなか心地よいものです。




 オルセーの中のレストランはなかなか悪くないという話だし、カフェもちょっとおしゃれな感じでお値段もそこそこで、市内のレストランやカフェと比べても、そんなに高すぎることもなく、かなり賑わっていました。

 最近は、オルセーといえば、その絵画や彫刻とともにシンボル的になっている時計のシルエットが撮れるインスタスポットもなかなか賑わっていて、ああ~これだったか・・と見てきました。


 家からも30分くらいで来れるし、そんなに並ばなくてもいいんだったら、もっと頻繁に来てもいいな・・と思いながら、芸術の秋だ・・などと、一人ごちて気分よく帰途につきました。

 ちょうどオルセー美術館の正面には、レジオン ドヌール勲章博物館もあります(こちらは、大人も入場無料です)。

 行くまでは、なんとなく億劫でも行ってみるととてもよいところは、なんかジムみたい・・とか思いながら、こういうものは、気負わず、リラックスして日常と違う空間に身をおく、とても良い場所だな・・などと思いつつ久しぶりの美術館を楽しんできました。


オルセー美術館


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2024年10月24日木曜日

感情的に子どもを叱ったり怒鳴ったりするのは、逆効果だと思う

 


 今、パリの学校はトゥーサンのバカンス期間に入っていて、バスやメトロなど街中でやたらと子ども連れの人々を見かけます。

 プールなどに行ってもおじいさんやおばあさんが孫を連れてきていたり、特に孫と祖父母の組みあわせを微笑ましく見ています。

 この間、バスの中でおじいさんとおばあさんが孫娘を連れて乗っていて、5~6歳くらいの女の子がやたらとカラフルなあやとりを持って遊んでいて、「うわぁ・・今のあやとりってこんなにカラフルできれいなんだ・・ちょっと長めなんだな・・ていうか、フランスにもあやとりあるんだな・・うちの娘はやっていなかったな・・」などなど思いながら、微笑ましく見ていました。

 あやとりで何を作るのかな?と思っていたら、なんだかマジックみたいなしかけで突っ込んだ手がいつの間にかはずれるというトリックをやってみせるのをおばあさんではなく、おじいさんがやたらとごつごつした手で一緒に相手をしてあげているのが微笑ましい感じでした。

 この夏休みとノエルの中間にあるトゥーサンのバカンスは比較的、親は仕事をしていて、子どもと一緒にバカンスをとる人は少ないのかな?とも思いますが、このおじいさんやおばあさんと過ごす短い時間もけっこう良い時間なのではないか?とも思います。

 かと思うと、小さな子どもを4人も連れたママがメトロにいて、なんだか、やたらと子どもを叱りつけていて、ところが、それが全く説得力がなく、子どもはあまり言うことを聞きません。だいたい、やたらと大きなバギーを狭いメトロの真ん中に斜めにど~んと置いて、もう少し隅に寄せるとかしたらいいのに・・子どもを叱りつけながら、自分はなにやら携帯をいじっています。

 まだ、幼稚園に行くか行かないかくらいの子どもたちなので、言うことをきかない子もいるでしょう。普段はあんまり見かけませんが、そういえば、パリに引っ越してくる前に住んでいた家の近所に、こうやって、四六時中、子どもを叱りつけている親がけっこういたな・・と思い出しました。

 だいたい、そういう親は、「早くしなさい!黙りなさい!静かにしなさい!」など、おんなじことをかなり感情的な𠮟り方をして、どなりつけているのですが、そんな様子を見かけると、「あなたの方がよっぽどうるさいんですけど・・」とこっそり思っていました。

 そのうち、メトロの中で、子どもがふざけ出したら、「Ça va pas la tête ?」(サ・バ・パ・ラ・テットゥ?」(頭おかしいんじゃない?みたいな意味です)と怒鳴って、びっくり・・内心、「サ・バ・パ・ラ・テットゥって久しぶりに聞いたな・・しかも、子どもに大声で、しかもメトロの中で怒鳴る??」と思っていました。

 感情的に怒鳴って子どもを叱る親の子どもは、概して、むしろ、全然、言うことを聞かないような気がします。最近は、小さい子どもと接することもないし、当然、そのくらいの子どもを持つママともパパとも接点がないので、よくわかりませんが、普段は、こういう親子はあまり見かけない気がしています。

 うちの娘は、パパがとても厳しく・・というか、滅多に怒らなかったけど、怒るととても怖かったので、聞き分けがなくて、困ったという記憶はほとんどなく、私もたいていのことには、うるさくは言わなかったけど、ダメなことはダメと絶対にグラついたりしなかったので、やけに諦めよく、考えようによっては、要領よく、無駄に駄々をこねるようなことはしない子どもでした。

 うちには、娘が一人だけだったので、これが2人~3人といたら、また違っていたかもしれませんが、賢明な家庭の子どもは、子どもが2人いても、3人いても、そんなに激しく公共の場で子どもを叱りつけたりしない気もします。それ以前に、子どもは、もうすでに公の場での振る舞いを心得ている感じで、叱りつけるまでもなく、きちんとしています。

 むしろ、娘が小さい頃に日本で水族館に連れて行ったときに、子どもがあまりに聞き分けがなく、うるさいのにビックリした覚えがあるくらいです。しかし、これも、かなり昔の話なので、今はどうなっているのかわかりませんが、私としては、親は、四六時中、くどくど口うるさく叱らずに、ここぞというときに、落ち着いて言い聞かせる方が効果的な気がしています。

 やっと夏休みが終わって、ようやく学校が始まって落ち着き始めたと思ったら、またバカンス・・トゥサンのバカンスが終われば、またしばらくすると、今度はノエルのバカンスです。子どもが小さい頃は、本当にこのバカンスに追いまくられて大変だったな・・と、今はそんな子どもたち、親たち、おじいさん、おばあさんを見ながら思い出すのです。


子どもの叱り方


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2024年10月9日水曜日

14歳の殺し屋と50ヶ所をメッタ刺しにされ、生きたまま焼かれた15歳の被害者

  


 つい先日、SNSで雇われた14歳の殺し屋が刑務所に服役中の雇い主からの通報により逮捕されたという事件がありましたが、この原因ともなった、その数日前に起こった殺人事件は、さらに残酷なものであったことがわかってきました。

 その両方の事件には、マルセイユ3区ベル・ド・メのムーラン・ド・メ市での取引地点を争うDZマフィアと「ブラック・クラン」との間のクラン抗争の一端であり、そのどちらもが、人を殺害するという極めて深刻な事柄にもかかわらず、かなり現場の指示が杜撰で、先日の14歳の殺し屋によるVTC運転手殺人事件も、本来のターゲットはVTCの運転手ではなく、別にいた模様で、被害者のVTC運転手は、明らかに巻き添えを食って殺害された模様です。

 その前に起こっていたと言われる殺人事件の被害者は15歳の少年で、なんと、この少年もSNSで募集され、敵対する勢力のメンバー宅の襲撃と放火を2,000ユーロで請け負っていたとのことで、友人を伴い現場に向かったところが、逆に反撃にあい、拳銃をもっていたことから、逆襲を受けナイフで50ヶ所以上刺され、生きたまま焼かれるという(解剖結果により判明)残虐的な方法で殺害されてしまいました。

 この2つの事件は、関連しているものでありながら、もともとの目的?とは少しずれた対象に対して発生しており、また、実際の抗争者たちは、彼らではなく、彼らは単にお金で殺人等を請け負ったがために、巻き込まれて殺された駒の一つにすぎないわけです。

 このような危険な依頼に対して、その広告がSNSで出されようと何だろうと、彼らが、今や麻薬密売などだけではなく、殺人でさえも請け負ってしまう・・そして、失敗すれば、いとも簡単に殺されたり、雇い主からの通告で逮捕される・・。しかも、それが14歳、15歳という極めて低年齢であることは、信じがたいことですが、現在起こっている現実です。

 しかし、いずれにせよ、この問題の根幹にあるものは、麻薬・覚せい剤等による巨大マネーであり、それに銃器売買や人身売買などで雪だるま式に巨大な勢力になり、その勢力争いのために起こる殺人事件・・そして、その駒となりお金目当てにいとも簡単に殺人を請け負い、結果的には、自身が殺される未成年です。

 この勢力争いの中心となっている地域は、北部地区からマルセイユ市中心部の3区に移り、ヨーロッパで最も貧しい地区の一つであるベル・ド・メ地区に移動しつつあると言われています。

 つまり、麻薬による巨大マネーを握っている勢力が狙っているのは、最も貧しい地域の人々で彼らは最も貧しく、弱い立場の人々を食い物にし、その貧しい者同士を抗争の駒として使っているという悲しい現状なのです。


犯罪の低年齢化


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2024年9月4日水曜日

治安のよい日本におぼれている娘

  


 フランスで育った娘が日本で就職して、早や2年が経ちました。生まれた時から、日本語はしっかり教えようと、私としては、かなりしつこく娘への日本語教育だけは諦めずにずっと続けてきたので、その日本語も使えて、フランス語も英語も使いながら、現在、彼女が仕事ができていることは、私にとっては、何より嬉しいことです。

 小さい頃から、学校の長いお休みの時には、毎年、日本に連れて行っていたので、ある程度は、日本のことをわかっていたとは思いつつ、日本で生活を始め、しかも日本で仕事をするとなると、フランスとは習慣も文化も違うことがたくさんあり、さぞかし、困惑することもあるかも? そして、日本人の生活に馴染めるのだろうか?と親としては、心配なこともありました。

 彼女の仕事は、リモートワークが多いのですが、会議などで、「「お疲れ様でした・・」と言われるけど、何と答えればいいのかな?ほんとに疲れてはいるんだけど・・」などと聞かれて、「ああそうそう・・それは、挨拶みたいなもので、本当に疲れているかどうかの問題じゃないよ・・お疲れ様でした・・と言われたら、同じようにお疲れ様でした・・と言えばいいよ・・」と答えながら、そういえば、そういった、日常では何気なく使う言葉というか習慣のようになっている言葉があるんだな・・と苦笑した覚えがあります。

 最初に日本で生活を始める時には、家のことやら、最初に生活を始める最低限の手続き等のお手伝いをして・・と思って。一瞬だけ、ついていったのですが、習うよりは、慣れろ・・と言う感じで、彼女は仕事をしながら、そして、少しずつ友人を作りながら、遊びながら、少しずつ日本の生活に慣れていき、短い間に彼女は、転職までして、さらに良い条件の仕事を見つけ、日本での生活を存分に楽しんで、また、しっかり仕事もしているようです。

 彼女とは、たまに電話で話をしますが、そんな時、一応、尋ねることがあるのですが、「最近、なにも失くしていない?」ということで、我が娘ながら、本当にしっかりしている子なのに、なぜか、以前から、物を失くすことが多く、もう「え~~また~~??」ということが、時々、あります。

 まあ、人生の大事な部分がしっかりしていれば、よいのですが、やはり、日本に行っても、たまに思い出したように、「最近は、なにか失くしてない?」と聞くと、まあ、相変わらずやらかしているようで、ため息をつくしかありません。

 ただし、日本の場合だと、それが見つかる可能性が高いため、だいたいは、お財布だったりするのですが、最後に使った場所はどこだったか?を思い出して、聞きに行ってみると、たいていはでてくるため、もう慣れてしまって、最近では、「また、やっちゃった!」と思いつつも、「えへへ・・」くらいな感じになっていて、自分でも全然、焦っていないことに気が付いて、「えへへ・・じゃないよな・・」と自分で自分に突っ込みを入れているのだそうです。

 本当に「えへへ・・」じゃないです。そんなことがまかりとおるのは、世界広しと言えども日本だけ、「もうフランスでは生活できないよ・・」と。フランスだったら、失くさなくても盗られたりして失うこともあるというのに、そんなフランスで育った娘が今や日本の治安モードにどっぷり浸かってしまっているようです。

 もちろん、ふつうに日本人がそんなに娘のように忘れ物などをするというわけではないでしょうが、忘れ物を見つけても、ちゃんと取っておいてくれたり、しかるべきところに届けてくれるという・・こういうところは、日本人の倫理観の高いところです。

 日本の生活にしっかり馴染んでるかと思いきや、そんな慣れ方をしてしまっているとは、まったく想像外の慣れようです。

 私はフランスでも、落とし物を見つけたら、受付等に届けに行くようにしていますが、「えっ?なんで?」というような顔をされることさえあるので、届けたところで、後から探しに来た人の手に渡るかどうかも微妙な気がしてしまいます。まったくそんなフランスで育ったというのに、娘ときたら・・。


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2024年7月31日水曜日

オリンピックでフランス人の英語力が上がった?

  


 ここ数日、お天気がよくなって(ちょっと良くなりすぎで暑いけど・・)、パリでのオリンピックの風景を見て歩いているのですが、まあ、街の中が(といってもオリンピックに関係のある場所ですが・・)華やかで、どこかウキウキとしている感じで楽しいです。

 もともと美しい街ではありますが、それがオリンピックのデコレーション?と上手く調和して、上手いこと街をオリンピックバージョンに変身させたものだな・・と感心しながら歩いています。

 いつもならば、そんなに人に道を聞かなくても歩けるのですが、現在は依然として道路の一部が閉鎖されていたり、またオリンピックのために設置されているものを見に行ったりするため、道を尋ねたくなるケースが多いわけです。

 そんな時でも、まず、街中には警察官はちょっと引くほどいるうえに、ボランティアもたくさんいて、駅にもおそらくRATP(パリ交通公団)の臨時職員と思われる人々がたくさん待ち構えているので困ることはありません。

 自分の方から声をかける場合には、フランス語で話すのですが、向こうからも「なにか困った事はありませんか?」などと声をかけてくれることもけっこうあって、そういう場合は英語であることが多く、このフレンドリーに英語で助けの手をのばしてくれる感じに驚いています。

 まあ、街中に配置されているボランティアは、ある程度、英語が話せるということで選ばれている人々であるとは思うものの、パリでこんなにたくさんのフランス人が親し気に英語で話しかけてくれる場面に私は初めて遭遇しました。

 また中でも10代後半から20代前半くらいの女の子たちの英語が想像以上に上手でびっくりしています。おそらく学生なんだと思いますが、考えてみれば、彼女たちにとって、同じような話を繰り返し説明するとはいえ、英語を話す良いトレーニングで、実に清々しい気持ちのよい女の子たちでした。

 そもそも、フランス語と英語は似て非なるものではありますが、読み方や発音は違ったりもするものの、重なる単語などもけっこうあって、日本人が最初から英語を学ぶよりはずっと楽なのではないか?なのに、なんでフランス人は英語を話したがらないのか?と思ったこともあります。

 以前はフランス人は英語を話してくれずに感じ悪く・・駅などで英語で質問している観光客に対して、「ここはフランスなんだからフランス語で話しなさい!」などとフランス語で言っているのを何度見かけたことか?本当に感じ悪いな・・と思ったことも一度や二度ではありませんでした。

 しかし、オリンピックで湧くパリ市内の様子を見ていると、もうそんなことはパリでも通用しないし、むしろ、若い子たちは、本当に感じがよくて、英語のレベルもなかなかなもので、なによりもオープンマインドな感じになって、以前の無駄にスノッブな感じのフランス人のいやらしさが全然、感じられなくなりました。

 もちろん、フランス語も大切ですが、このような世界の人が集まるような場ではやっぱり英語です。日常、ふつうに生活していれば、逆にあまり英語に接することはないものの、やっぱり、ここぞというタイミングでは英語も話してくれる若い優しい感じのよいフランス人が増えていることに「いいぞ!若者たち!」と応援したくなるのでした。


パリオリンピック 英語


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2024年6月16日日曜日

娘の来仏で早々に食べすぎの日々

  


 2~3週間前頃に、私は体調を崩していて、どうにも具合が悪い日が続き、しかもお天気もあまり良くない日が続いて、あまり外出もできずに鬱々としてきて、なんか、つまんな~い!誰かとおしゃべりしたい!と友人に電話をかけたりしていました。

 普段は、日本とは(現在はサマータイムなので7時間)時差があるために、電話できる時間帯というのも限られていて、電話しようかな?とか思っていても、結局、まだ、ちょっと早い?とか思っている間に出かけたりしているうちに、ああ~もう日本は遅い時間だ・・電話は無理・・とかなるので、なかなか、日本に電話をすることはありません。

 そんなわけなので、日本にいる娘とも、そんなに頻繁に電話で話すことはないのですが、今回は、なんとか、ちょうどいい時間に電話ができて、「久しぶり!元気にしてるの?」などと話しはじめ、「今度はどこに行くの?」などと話を始めたら、娘の方が、実は、「パリ行の安いチケットを見つけたからパリに行こうかどうか迷っている・・」というので、「へっ?」となりました。

 ふつうパリ⇔日本のチケットは夏の期間は高くて、今年はオリンピックがあったりもするので、夏は無理そうだから9月くらいに行こうかな?と言っていたのに、なんと6月に700~800ユーロくらいのチケット見つけちゃって・・しかも6月中に使いきらなきゃならないお休みが残っているし・・」と言い出すので、6月にそんなに安いチケットあるなら、来れば?・・と言ったら、じゃあ、ちょっと待って!今、チケットとるから・・とその場でチケットをおさえて、急遽、パリに来ることになったのです。

 だいたい、四六時中、旅行をしている娘がなんでまだ有給が残っているのか?というのは、今の時代のリモートワークのなせる業で、私の若い頃には考えられなかったこと。まったく、羨ましい限り・・いい時代になったものです。

 彼女は、旅先でも、時差を乗り越えて、ちょこちょこ仕事をしながら旅行もし、有給をセーブしながらいた結果、あんなにしょっちゅう旅行してるのに、まだお休みがあるの!という感じになっています。

 私としては、私自身も諸事情があって、昨年は11月、そして、今年の3月に日本に行っているので、娘にはわりと最近、会ったばかりなので、もう少し先でもよかったくらいなのですが、まあ、また9月に来れれば来たらいいじゃん!と本当に軽く適当な感じで、電話で決めてから、彼女は、あっという間にやってきました。

 こうフットワークが軽い感じだと日本がなんだかすぐ近くな気がしてきます。

 季節的には、本来ならば、6月のパリは日も長く、最高の気候の時期です。(実際には、今年はなんだかいつまでも寒くて雨も多くてすっきりしないのですが・・)

 娘がパリにやってくると決まって、それじゃお誕生日のお祝いをしよう!とケーキを探し回ったり、慌てて彼女の部屋を片付けたりしているうちに、あっという間に、彼女はパリにやってきました。

 どうやら、今回もなんだかんだいっても、仕事をしながら、お休みも何日か使ってパリに滞在し、途中、どっかに一緒に旅行でもしよう!ということになっていて、早くも美味しいものを食べに行ったり、また、美味しい食材を買ってきては、二人でああでもないこうでもないと食べ比べをしたり、楽しい時間を過ごしていますが、2日目にして、もうかなり食べすぎで、お腹が苦しい・・を連発・・。まったくイカれているDNAです!

 彼女の方は、体重増加を少しでも抑えなければ・・と夕方、走り込みに行ったりして(また、さらに食べるために)、時差ボケの中、頑張っています。

 おもしろいのは、猫のポニョが娘の帰国がなんだかとっても嬉しいみたいで、もうふだん、ツンデレで寝てばかりいるくせに、どこかウキウキして、満足気な様子なことです。

 彼女が小さい頃から姉妹のように育ってきたので、本当に自分の妹が帰ってきたような気分でいる感じです。

 私としては、娘の帰国もうれしいのですが、娘にあれ買ってきて、これも・・などと頼んで持ってきてもらった日本の食料品がたくさん家に届いたことにも、すごくウキウキで、自分が行かずして、これだけの日本食が手に入るなんて、こんなにうれしいことはありません。

 じゃあ、自分で日本にもっと行けばいいという話なのですが、やはり長距離フライトと時差が辛くて、なかなかそうそう重い腰はあがりません。

 これからしばらくは、娘の日本時間にあわせての仕事などに振り回されることになりますが、ふだん、私が一人だと、なかなか色々なものを食べてみることができきれずにいるものに娘をつきあわせることになります。

 どちらにしても、独立した娘がたまにパリに帰ってきて、その仕事ぶりや生活などの話を聞きながら、一緒に過ごす時間はなんとなく、せわしいながらもかけがえのない楽しい時間です。


娘の来仏


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2024年5月30日木曜日

フランスでの子どものお稽古事 習い事

  


 絶賛子育て中の女性たちの会話を小耳にはさんで、特にまだ小さい子どもを持つママたちは、子どもに何をやらせてあげればよいのか?子どもにとって良い教育とはどんなことなのか? とっても一生懸命に話をしているのを聞いて、なんだか、昔の自分の子育てをしていた頃を思い出し、「私もなんかもう、無条件に必死だったな・・」と、なんか、そんなママたちを見て、「そうだよね・・子どもに少しでもよいことをさせてあげたいよね・・わかるわかる・・がんばれ!」という、なんかそのママたちがとても愛おしいような気持ちになりました。

 私の場合は、とにかく何よりも娘には日本語をしっかり身につけてほしかったので、娘に一番、最初に始めたのは日本語の教育でした。私の最優先事項は決まっていたので、とにかく私は娘には日本語のみで話し、日本語の絵本を毎晩、夜2冊を読み聞かせをし、日本語の単語のカードなどを自分で作ったりして日本語を教えていました。

 まずは、日本語の読み書きができるだけ億劫に感じにくくなるようにと、フランスの学校(実際には幼稚園ですが、フランスでは学校扱い)が始まるまえには2歳で公文に通い始め、えんぴつの持ち方から日本人の先生に(私以外の日本人の人からということも大切だと思って)日本語で教わり、最初は線を引くところから始まり、それから毎週1回、当時はシャンゼリゼにあった教室にしばらく通い、その後はオペラ座近辺の教室に通いました。公文は本当は週2回通えるのですが、スケジュール的に無理だったので、1週間分の宿題をもらって週1にしてもらっていました。

 送り迎えも大変でしたが、毎日の宿題をやらせるのがホント、大変でした。毎日、毎日の積み重ね・・我ながらよく続いたものだと感心します。これらのことは、私が子どもの頃に母から受けた英語教育にちょっと通ずるところもある気がしています。

 私が子どもの頃は、母が私に少しずつ英語を教えてくれていたので(これは外に習いに行ったわけではなく母がずっと教えてくれました)、毎晩、寝る前には英語のお話のテープを聞きながら、ベッドに入るようになっていたので、子どもの頃はそのお話を英語で暗唱できたりしました。小さい頃だったからこそ、できたことです。

 しかし、娘には私も少しだけ英語を教えかけたこともあったのですが、途中でギブアップ、ただし、夫が存命中は夫とは英語で話すようにしていたので、そこに娘がフランス語で割って介入してくることはあったので、ある程度は聞き取れていたかもしれません。

 そして、娘には、私の小さい頃の憧れもあり、バレエをやらせたいと思っていました。もともとは、ほんとに親の勝手な趣味的発想です。しかし、パリにいるからこそ、そんなに高くない月謝で、しかもラッキーなことに先生は、元オペラ座でソロで踊っていたバレエダンサーでした。

 パリで女の子のお稽古事といえば、バレエは定番なのですが、そんなこととは関係なく、これは、単に、私が子どもの頃にやりたかったのにできなかった・・という私の勝手な希望でした。最初、娘はあまり乗り気ではなく、「じゃあ、一回、行ってみて、嫌だったら、やめよう!」と連れて行ったら、娘はたった1回で「やっぱりやりたい!」と変わりました。

 それが4歳くらいだったと思います。当時、娘はピンクのお年頃で、もう何から何までピンクがいいという頃、ピンクのチュチュを着た、ちっちゃなナルシスト集団みたいなところでしたが、結局、彼女は高校に入るくらいまで続けていました。

 日本語はともかくバレエは特に将来なにかにはっきりと役立つというものでもないのですが、しいて言えば、バレエというものはあらゆるダンスの基本のようなものでやってみると地味にキツいもので、しいて言えば、体幹が鍛えられ、姿勢よく成長できたかもしれません。

 私はずっとフルタイムで働いていたので、とにかくどこへ行くにも送り迎えが必用なフランス(小学校卒業までは)で、彼女のお稽古事は私が送り迎えができる日に集中させる必要があり、これ以上は無理でした。

 水泳等は、休みの日、時間が空いていると近所の市民プールに連れていき、私が教えていたので、娘は、しっかり泳げるようになっていました。ただ、ある時、(8歳くらい?)夫が急に水泳をやらせたいと言い出し、自分が送り迎えをするからと、平日の夕方の時間で週1で水泳のクラスに通わせていたこともありました。

 その他には、学校の合宿等で、乗馬をやっていたこともあったし、これまた学校の中のアクティビティでフェンシングなどのコースを取っていたこともありました。フェンシングなどは、これは、性格的にも合ってるのでは?と私は思っていたものの、1年のみで、やっぱりあんまり好きじゃない・・と彼女はあっさりやめてしまいました。

 その後、夏休みや冬休みのコロニーでは春には乗馬の合宿、夏にはサーフィンやダイビングなどのマリンスポーツ、冬にはスキーと、お稽古事というわけではありませんが、色々なスポーツに触れさせることができました。

 これらのコロニー合宿は夫が亡くなってからの話で、長い夏休みをはじめとする学校のバカンスに私一人でお休みをとって付き合いきれなかった苦肉の策で、夫の元同僚だった人が、財務省(夫の勤務先)の職員の遺族補助が使えるから、通常よりもずいぶん安く行かせてあげられると紹介してくれたもので、まさに不幸中の幸いで、おそらく娘にとっては、私と過ごすよりも豊かな体験ができたのではないか?と思っています。

 ただ一つ、心残りといえば、心残りなことは、私が小さい頃からお稽古事としてやらせてもらってきたピアノをやらせてあげられなかったことで、当時、絶対音感は小さいうちに訓練しないと・・などと思っていたので、小さい頃に私自身が娘にピアノを教え始めていたのですが、どうにも彼女はピアノが楽しくないらしく、どんなに動いても決して音を上げない娘がピアノに関しては、すぐに「手が痛くなっちゃった・・」と言い始め、音に関しても、音ではなく、鍵盤の位置を数えて覚えようとする不思議な子で、他のスケジュールがキツキツだったこともあり、私は早々に「時間の無駄だ・・」と諦めてしまったのです。

 今から思えば、それをどう楽しく感じさせることができるのか?というのが親の力量だったのかもしれませんが、私には、当時、そんな余裕がありませんでした。

 後に「のだめカンタービレ」というドラマが流行ったときに、娘は「やっぱりピアノやりたかった・・」などと言っていたことがありましたが、結局、お稽古事とか習い事は、本人がやっていて楽しいかどうか?というのが続けられるかどうかの判断基準なのではないか?とも思います。

 「好きこそものの上手なれ」とか言いますが、なにをするにしても一定の努力が必用ですが、好きなこと、好きなものであれば、その努力がしやすいということで、それは、お稽古事に限らず、学業の専攻や職業を選択する際にも、よい判断基準なのかもしれないと思っています。

 その子どもの特性によって、合う合わないは色々あると思うので、一概にどのお稽古事がよいということも言えないと思いますが、とにかく少しでもとっかかりのあるものをとりあえず、やらせてみて、続けられるかどうか?本人が楽しんでできるかどうか?ということを試してみるのがよいかと思います。

 とりあえず、私が一番、優先的に考えていた日本語教育に関しては、小さい頃は、「日本語のできない子は日本に連れていけない」と言って、日本行きを餌にして、好き嫌いにうむをいわせない感じにして、とにかくやるのがあたりまえ・・という雰囲気になっていました。

 今となれば、私の念が通じ、彼女は日本でフランスの会社で日本語、フランス語、英語を使って仕事ができているので、結果的には、日本語教育はまことに頑張って続けた甲斐のあった習い事?となりましたが、結果として、はっきり見えるカタチではなくても、小さい頃に色々なことを経験し、一定の期間続けるということは、なんらかの意味があることだと思っているので、忙しい暮らしの中で送り迎え等、頑張っているママさんたちには、エールを送りたいと思います。

 本当に子どもの頃、スポンジのように様々なことを学習する、体験する時期をどのように過ごすかということは、その人の一生にとっても大きなことなのではないか?と思うのです。この時期を逃してしまうのは、本当にもったいないです。


子どものお稽古事 習い事


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2024年5月19日日曜日

親元を離れない若者の増加 フランスのタンギー現象

  


 アベ・ピエール財団の調査によると、フランスでは、両親と同居する若者の数が増加しているといいます。これをフランスでは、「タンギー現象」というらしいです。

 最初、「タンギー」?と聞いて、ゴッホのタンギー爺さんをイメージした私は、とんだ見当違いで、これは、2001 年に発表されたエティエンヌ・シャティリエの同名コメディ映画がその命名の由来で、この映画は、大切に両親に育てられてきた28歳の主人公の男性が優秀な成績で大学を卒業後も、いつまでも居心地よく両親と暮らし、一向に両親から離れたいと思わない彼とその両親との波乱に満ちた同居生活を描いたブラックコメディです。

 この映画はいわゆるパラサイト・シングルのような主人公ではありますが、現在、フランスでいう「タンギー現象」は、18歳以上の大人という換算の仕方をしていて、学生も数字に入っています。

 フランスでは、学生も含めて、比較的早くに親から独立していく印象ではありましたが、どうにもそうではなくなっているケースが増加しているようです。

 この報告書の調査結果によると、10年間、フランスではこの「タンギー」が増え続けており、現在、この「タンギー」は500万人に達する勢いだと言われています。しかし、現実には、このタンギー現象は、映画のようなコメディとは言い難く、もっとも大きな原因は、住宅危機であり、高騰する家賃を支えるのに十分な収入がないこと、公営住宅が不足しており、これらの人々が自立して生活することができないことによって説明されるとしています。

 実際、2010 年以降、インフレに関連して家賃の価格を調整する指数である家賃参照指数は 20% 上昇しているにもかかわらず、低料金で若者に広く利用されている宿泊施設であるスタジオが 4% 増加したのみ、また、CFDT(フランス民主労働総連盟) によると、2011 年から 2021 年にかけて給与は 4.9% しか上昇しておらず、就職したばかりの安月給では家賃が賄いきれない現実が背景にあると言われています。

 このように主に挙げられている理由は住宅問題に関わる経済的な理由ではありますが、いわゆる映画の中のタンギーのような親と暮らすことが楽で自立する理由がないタイプや離婚や失業が理由の場合もあります。

 私などは、日本で生まれ育ち、昭和の世代なので、「女の子が親元を離れて生活するのは結婚するとき」というような考え方の親の元に育ったので、実際に私が家を出て生活するときには、少なからず両親との摩擦があり、どちらかといえば、親の方が子どもに対してタンギーを強いるような感じでした。

 しかし、個人的には、やはりある程度の年齢になったら、親から独立して生活するということは必要な体験だと思っていますし、娘に関してもずっとそのように言ってきました。幸か不幸か、彼女が家にいたのはプレパーまでで、それ以降の学校は、家から通える場所ではなかったので、そこから彼女の一人暮らし(といってもシェアハウスでしたが・・)が始まり、最初、引っ越す時には、心配で一緒についていって、大家さんの女性にご挨拶に行ったりもしました。

 その後、一時、スタージュやリモート留学をしていた期間はパンデミックの期間が重なったこともあり、大幅に彼女の予定が狂い、しばらく家に戻っていた時期もあったのですが、結局、就職する段になって、彼女は日本での就職の道を選んだので、今は、彼女は東京の家で一人暮らしをしており、上手く独立の一歩を始められたと思っています。

 彼女には彼女の生活があり、私には私の生活があり、それぞれがそれぞれのペースで送っていることに満足しています。家族なのだから、一緒に生活するのは当然という考え方もあるかもしれませんが、ある程度の年齢を過ぎたら、やはり独立した生活を考えるのが親にとっても子どもにとっても健全なことだと思っています。

 日本は日本で異なる文化があり、フランスとは違うとはいえ、フランスでもやはり同様の現象が起こっていることに少し驚いたのでした。


若者の親との同居問題 タンギー現象


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