2020年1月14日火曜日

娘の真夏の成人式




 フランスは、18歳で成人を迎えます。

 娘が18歳になった時は、6月生まれの彼女は、ちょうど、バカロレア(高校卒業認定試験)やプレパー(グランドエコールの準備のための勉強をする学校)の試験の真っ最中で、成人のお祝いどころではありませんでした。また、フランスでは、全国的に「成人の日」なるものもありません。

 滅多に試験に動じることもない娘も、さすがにこの時ばかりは、緊張気味で、少なからず、ナーバスになっていて、とても、お誕生日のお祝いなどというムードではなかったのです。

 しかし、私としては、少なからず、フランスにおいては、成人した、いうことで、ヤレヤレこれで、一応、法律的にも一応、大人として彼女が認められ、保護者としての責任も、ひとまず、最低限は、果たせたという思いで、ホッとして、嬉しかったのですが、特にお祝いをするでもなく、試験が終わると同時に、試験の結果もわからないまま、夏休みでバタバタと、日本へ行ったりしたので、なんとなく、すぎてしまいました。

 私の知り合いの中には、セーヌ川の船を借り切って、18歳の息子の成人のお祝いをした・・などという話を聞いたこともありましたが、我が家は、そんなわけで、フランスでは、何もしないで終わってしまったのです。

 日本人の私としては、やはり、日本での成人、二十歳というのが、さらなる区切りで、日本で成人式の1月には、学校の都合で日本へ行く事ができないために、夏の帰国の際に、振袖だけでも着せて、記念写真を撮りたいと思っていました。

 実家の片付けをしながら、着物の入っている箪笥を探したら、私が成人式の際に着た振袖は、なぜか見当たらず、(おそらく、年下の従姉妹のところに行ってしまったと思われます。)代わりに、母がどうやら結婚式の時に着たと思われる振袖が見つかり、娘には、それを着せることにしていました。

 着物好きだった祖母が特別に仕立てさせたという振袖は、何十年もたった今でも、色褪せることなく見事な状態で、保存されていました。

 娘が二十歳になった年の日本の夏は、ことさら暑く、普通の服を着るだけでも暑いところを何重にも重ね着するような着物を、帯の間にいくつもの保冷剤を仕込みながら、娘に着せました。

 メイクも前の晩にネットで検索しながら、どうやら、人に頼むとおかしなことになりそうだ・・などと言いながら、二人で練習し、当日も、自分で、メイクをし、髪の毛と着付けだけをお願いし、写真館で写真を撮ってもらいました。

 真夏の写真館は、日本では、ちょうど、小学校のお受験用の写真撮影で、予約がいっぱいの時期で、カメラマンも混乱していたのか、二十歳の娘に対しても、小学校のお受験の子供にするように、黄色いヒヨコの人形などを片手に娘から笑顔を引き出そうとする様子がおかしく、そばに付いていた私は、そのカメラマンの方を撮影してドキュメンタリームービーを作ったら面白いのに・・と思ったほどです。

 美容院で着付けと髪をセットしてもらい、写真館で写真を撮ってもらい、娘の振袖姿を見せようと、私の最愛の祖母が眠る九品仏でお墓詣りをし、親戚の家を二軒周り、娘の成人式は、終わりました。汗だくの成人式でした。

 でも、本当に娘の振袖姿を一番、喜んでくれたであろう、私の祖母と両親には、見せられなかったことは、とても残念でした。

 しかし、自分の成人式の際には、母の望み通りに、大した感慨もなしに、振袖を着て、やたらと嬉しそうにしていた祖母や母を、ちょっと不思議な気持ちで見ていましたが、ようやく、自分が母親になって、なぜ、あんなに彼女たちが喜んでくれたのか、娘の成人式を通して、ようやく理解できた気持ちでした。

 あの時の母は、こんな気持ちだったのか・・と。

 そして、人生のある節目に、日本の着物を着る習慣は、日本の美しい文化のひとつなのだと、しみじみと思いました。

 今の現代的な世の中で、このような文化的な習慣がある国ってそうないと思うのです。

 しかも、それが、祖母、母、孫へと、引き継がれたものであれば、自分の祖先の思いに触れる機会であり、素敵なことだと思うのです。

 いつか、娘が着た振袖を娘の娘が再び、着てくれることがあったら、どんなにか、嬉しいことかと思っています。

 

 





























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