2020年1月13日月曜日

食いしん坊の家系





 私の父は、とても、わがままな人でしたが、特に食べ物に関しては、うるさいことこの上なく、良く言えば、亭主関白というか、いわゆる昭和の時代の父親で、お膳をひっくり返したりすることは、なかったものの、家の中で、父が家事をしたりすることはなく、仕事?で夜が遅い事も多く、早く帰って来れば、母と私とが、せっせと、父のための食事を用意し、父は、晩酌をしながら、食事をするのが常でした。

 父は、自分の口に合わないものは、たとえ、母が一生懸命に作ったものでも、ひと口、箸をつけただけで、クソミソにけなして、お皿をよけて、決して食べようとはしませんでした。

 しかし、そんな父の味覚は、大したもので、ちょっとでもごまかしのあるものは、すぐに見破られ、良いものは、その素性を知らせなくとも、「これは、美味い!」と言い当てるのでした。

 ですから、せっかく用意しても、不機嫌な顔をされるのが嫌で、母もせっせと父の好きな食材を買い集めるようになっていました。

 例えば、牛肉なら、シェルガーデン、とか、鶏肉なら、ここの店・・とか、毛蟹は、紀伊国屋、蕎麦はここ、など、食べ物、一つ一つこだわりがあり、(こだわりというよりも、それなら父も文句を言わないという感じ・・)買い物一つをとっても、母は、とても苦労していました。

 私は、食べ物が口に合わないからといって、(といっても、母も、そんなに酷いものを出していたわけではありません。)父の不機嫌さに、家族中に嫌な空気が蔓延する家庭をすごく不快に感じていましたので、結婚するなら、楽しく食事ができる人が良いと思っていました。

 結果、主人は、何でも美味しい美味しいと言ってくれて、楽しく食事ができる人で、私の作るものに文句を言ったことは、ただの一度もありませんし、日本食に対しても、とても寛容で、大げさと思えるほど、喜んで食べてくれていました。

 しかし、食いしん坊であることには、変りなく、分野は違いますが、とにかく、チーズとパンとワインが好きで、特にチーズに関しては、娘への食育と称して、度々、珍しいチーズを数種類買ってきては、「フランスには、何千という種類のチーズがあるんだから、それを知らなければ・・」などというタテマエで、私たちに振舞っては、渋い顔をされて、結局は、そのほとんどを自分で食べていました。

 私と娘も、日本に帰国すれば、ここぞとばかりに食べまくり、従姉妹たちや、結局のところ、友人に至るまで、食べ物に対するこだわりと執着は、凄まじく、日本で一緒に旅行などしても、まさに食べるための旅行であり、天ぷらやとんかつなどの揚げ物を食べに行くと言えば、お店の選抜はもちろん、油も一番油をめがけて、開店と同時の時間に行くという徹底ぶりなのです。

 あまりに食べ物にうるさかった父が疎ましかった私ですが、結果、悲しいかな、私や弟にとって、それは、大変な食育となっており、普通の家庭では、多分、食べないであろう珍しい食品や、料理などを子供の頃にたくさん食べており、いつの間にか、味覚も育っていたと思わざるを得ません。

 結果、気付いてみると、結局のところ、私も、フランスでも、誰に強制されるでもなく、バターは、これ・・とか、チーズなら、これ・・、生ハムなら、ここ・・とか、同じことをやっているのです。

 そして、何より、恐ろしいのは、娘は、驚くほど父にそっくりで、敏感な味覚の持ち主で、さすがに、父のように周りに当たり散らすことはありませんが、どんなにお腹が空いても、不味いものは、決して食べずに水を飲んで過ごすという、一切、食べ物に妥協を許さない姿勢の持ち主なのです。

 娘は、私の用意するものに関して、文句を言うことは、ありませんが、出汁をとれば、「え?お味噌、変えたね・・」とか、「今日は、昆布が違う昆布だね・・」とか、言い当てられるのを、過去の父から受けたトラウマからか、ドッキリさせられるのです。

 半分は、フランス人でありながら、日頃、概ねのフランス料理や、乳製品などが嫌いな娘ですが、ちょっと良いものが家にあったりすると、涼しい顔をして、「美味しいものなら、食べる。」と言って食べるその様子は、父を彷彿とさせます。

 娘は、私とは、全く違った環境で育っているのに、この感じ・・これは、「食いしん坊の家系」「食に取り憑かれた遺伝子」としか言いようがありません。

 

 
 
 
























 

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