
マクロン大統領によるコロナウィルス感染対策の最初のスピーチがあったのは、昨年の3月12日、保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学とフランスの全ての学校を閉鎖するという内容のものでした。 生まれて初めての経験で、私は、その頃は、まだまだパンデミックという状況をはっきりとは自覚していませんでした。 しかし、それから数日後、生活必需品の買い物以外は、一切、外出禁止という厳しいロックダウンが発表され、しかも、発表の翌日の正午から・・という急転直下の展開でした。 人々は、買いだめに走り、街には、「ソーシャルディスタンスを取れ!」とがなり立てる警察が闊歩し、軍用車が走り、マクロン大統領が「我々は、今、戦争状態にある」と言った、その通りの状況に国中が一変しました。 あの頃は、ウィルスに関する情報も充分ではなく、厚生相が堂々と公の場面で、「一般の人には、マスクは必要ではない」などと言っていたのでした。今から考えれば、なんと恐ろしい情報発信だったことでしょう。 少なくとも今の時点では、マスクなしの生活は、考えられません。 それから2ヶ月ほどのロックダウンを経て、感染が減少し始め、夏のバカンスシーズンには、まさかの結構な人数の人がバカンスに出かけ、秋になると案の定、感染は再び増加し始め、10月末には、再び、ロックダウンでした。 2回目のロックダウンは、学校は閉鎖せず、工場なども稼働したままのロックダウンで、最初のロックダウンほど厳しいものではありませんでしたが、1ヶ月のロックダウンで、ある程度、感染は減少したため、フランス人が命とバカンスの次に大切にしているノエルを家族と過ごすことは許されました。 しかし、ノエルの時期を前後して登場したイギリス変異種を始めとする変異種の拡大により、再び、フランスは危機的な状況を迎えています。 いみじくも、最初のマクロン大統領のスピーチから、ちょうど一年のこの日、フランスのコロナウィルスによる死亡者数は9万人の王台を突破(90,146人)、集中治療室の患者数は、4,000人を突破(4,033人)、これまでの総感染者数が400万人を突破(4,015,560人)しました。 一年間で9万人の死亡者(ちなみに日本は8,451人です)とは、あらためて、恐ろしい数字です。そして、これは、まだまだ終わってはいないのです。 特にイル・ド・フランス(パリを中心とする地域)の感染状況は深刻で、すでに90%以上は埋まっている集中治療室の患者を100人以上、週末の間に他の地域に移送することが決まり、大移送作戦が始まっていますが、想像以上の混乱状態で、移送するそばから、新たに入ってくる患者の対応におおわらわです。 それもそのはず、ただでさえ、人員不足の病院で、患者の移送には、一人に対して数名のスタッフが付き添わなければならず、新たに入ってくる患者と交差する状況が混乱を生むのも当然のことです。 また、これは、イギリス変異種による感染の特徴として、入院=ただちに集中治療室へ直行という重症化へのスピードが早いため、病床、しかも集中治療室の占拠率が必然的に高くなるわけです。 そして、イギリス変異種感染のもう一つの特徴は、これまでの感染者よりも低年齢化しているということです。比較的、若い世代の急激な病状の悪化は、最低でも2週間は集中治療室での治療が必要なだけでなく、一旦、症状が治っても、症状の満ち引きを繰り返す長期コロナ感染症(COVID...