そもそも昨年の9月から、本来は日本の大学の大学院に留学することになっていた娘ですが、もちろんコロナウィルスの影響でしたが、ギリギリになってのドタキャンで、急遽、留学に代わるフランスでの受け入れ先のスタージュ(インターンシップ)探しに追いまくられて、一時は焦りまくる羽目になりました。
それでも何とか受け入れ先が見つかったはいいものの、それが、ブルターニュのしかも、かなりの田舎町で、引越し先も確定しないままに、バタバタとパリを離れたのが半年前のことでした。
その時点では、一応、日本への留学は、4月に延期ということにしたのですが、結果的には、その半年間の間に、ますますフランスの感染具合は深刻になっていき、日本の大学の受け入れ体制もはっきりしないまま、「もし日本に来れなくても、リモートでの授業を希望しますか?」などの問い合わせはあったものの、結局、リモート対応の可否に対する回答はなく、一度、ドタキャンで苦い思いをしている娘は、もうギリギリになってから、「やっぱりダメです!」とキャンセルになることを恐れて、早々に、4月からのパリでのインターンシップを探して、受け入れ先を見つけていました。
そして、半年間のブルターニュにある会社の研究所でのインターンシップが終わるのが3月半ばの予定で、「パリに帰ってくる時にロックダウンになってたりして・・」と冗談のように言っていたことが現実になり、タイミングぴったりに、娘が帰ってくる日から、パリはロックダウンになることになりました。
半年間、お世話になったブルターニュの会社の人々からは、「たくさんの人がパリから逃げ出すときに、ロックダウンされに帰るんだね・・」と、冗談半分に言われてきたそうです。
仕事や住居の都合などもあり、また、ロックダウンの発表からロックダウンまでの猶予期間もほとんどない状況で、今さら予定を変更することもできずに、ロックダウンになった当日に娘はブルターニュからパリに戻ってきました。
30㎞以上の移動が禁止されている中、また、ロックダウン初日ということで、モンパルナス駅の取り締まりもさぞかし厳しいだろうと、外出許可証はもちろんのこと、弁明のための、それまでのアパートやインターンシップの契約書や元々のパリの住まいの証明書、4月からのインターンシップの契約書など、考えられる書類を全て携帯していたものの、びっくりすることに、モンパルナス駅でのチェックは、全くなしで、すんなりパリに戻ってきました。
ただでさえ、ゆるゆるのロックダウンとは思っていましたが、長距離移動のチェックもなし・・、多くの人がパリから逃れていく時にパリにわざわざやってくる人もあまりいないと思いきや、パリ行きのTGVはなかなかの埋まり具合だったとか・・。
まあ、正当な理由で家に帰ってきただけなので、警察に止められることもなく、無事に帰宅できたのは、幸いなことでしたが、逆に、まるでノーチェックでパリに入れてしまうことに、政府の言っているロックダウンは、一体、何なんだろうか?と、再び疑問を感じた娘の帰宅でした。
パンデミックの影響で、インターンシップを採用する企業、機関もフランスでは、20%減少しているとのこと。日本への留学を断念せざるを得なくなったのは、とても残念なことではありますが、幸いにも4月から日本へ留学するはずだった期間に受け入れてくれる場所も見つかり、4月から、娘はパリにある国立の研究所で働くことになっています。
まずは、不幸中の幸い、思い描いていた予定は変更せざるを得なくなりましたが、これで、また新しい道が広がるかもしれないと思うようにしています。
今は、多くの人が予定を変更せざるを得ない時、フランスもまだまだ平常時に戻るには時間がかかりそうですが、どんな時にもどんな風にでも対応できるたくましさを身につけつつある娘を親として、「頑張れ!」と見守っています。
<関連>
「娘の留学ドタキャン コロナウィルスによる被害」
https://rikakaigaiseikatsu.blogspot.com/2020/09/blog-post_20.html
「コロナウィルスの煽りを受けて、急遽、フランスの田舎暮らしが始まった娘」
https://rikakaigaiseikatsu.blogspot.com/2020/09/blog-post_29.html
「娘の日本への留学・再びキャンセル 日本の国立大学は4月以降の留学生を受け付けない」
https://rikakaigaiseikatsu.blogspot.com/2021/02/4.html
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