私が夫と出会った時には、すでに夫の両親は他界していたので、私には、日本でいうところのお舅さんやお姑さんという人がいませんでした。しかし、夫には、歳の離れた兄夫婦がおり、特にそのお義姉さんは、夫の母親代わりのような感じで、非常に夫のことを可愛がっているのが傍目からもわかり、憎まれ口をききながらも、一方では、かなり甘やかしているようなところもあり、夫も好き勝手なことを言っているわりには、甘えたり、面倒をみたりもしていたので、ある意味、私にとってもお義母さんのような存在でもありました。
とはいえ、本当のお姑さんではないので、また違うところもあるのでしょうし、彼女たちにはたくさんの子供や孫もいて、その全部を包み込んでくれるように優しさで、ほどほどの心地よい距離を保っている人でした。
彼女は、お料理上手で、家の中ではいつでも何かしらの家事をしていて、いつも何かをしながら話をしている印象で、特に私たちがフランスに来たばかりの頃、まだ娘も赤ちゃんで、さまざまな書類の問題や私のビザの問題、職場を変わって、少しうつ状態だった夫など、問題が山積みしていた時に、彼らの存在は、私にとっては救いで、お義姉さんの存在がなかったら、そのままフランスにい続けてこれたかわかりません。
しかし、姑がいなかった代わりに、夫には、前妻との間に3人の息子がおり、彼らは私にとっては、義理の家族ではありました。上の二人の男の子たちは、すでに大きかったのでクリスマスなどに家に来たりすることはありましたが、せいぜい、顔を合わせるのも年に数回でしたが、一番下の男の子は、隔週おきの週末には家に遊びにきていたので、一緒に出かけたりすることも多かったような気がします。
日常的に同居しているわけではないので、そんなに負担ではありませんでしたが、いわば彼らにとって、私は継母なわけで、私の方は最初はけっこう身構えていましたが、彼らは、思っていたよりも全然、普通で、自然な態度で、逆に言えば、遠慮というものも全く感じられず、和気あいあいとした感じでした。
日本の私の両親には、弟のお嫁さんがいて、彼らが日本にいた頃は、娘を連れて、顔を出したりしていたようですが、弟もある時から海外勤務になり、一時帰国時には、お嫁さんと子供は彼女の実家に滞在し、弟だけが実家に滞在するという奇妙なような、一方ではしごく当然のような感じで、私の実家と弟のお嫁さんは、別に険悪というわけではなくとも、最低限のつきあいという感じであまり深い関わりはなかったと思います。
何より、父が大変、気難しい人だったので、弟が警戒してあまり近づけなかったというのが正直なところかもしれません。
私の母や叔母と祖母(彼女たちにとっての姑)の関係を見ているとずいぶん違うな・・とも思いますが、それはそれぞれの家庭環境や時代の違いもあるのかもしれません。
母は、お嫁さんとも、そんなに気を使わずにいられると言っていましたが、私がアフリカにいたり、出産後、しばらく日本に帰れなかった数年間ののち、日本に帰った時に、「今まで、お嫁さんにそんなに気を使っているとは思ってなかったけど、娘は楽ね・・」などともらしたことがあったので、それなりにお互いに気を使いながら、無難に過ごしていた気がします。
しかし、母が心臓の発作を起こして入院した時、転勤でアメリカに行ったばかりだった弟たちが、トンボ帰りのように日本に帰国して、一時、どうにか症状が落ち着いたかに思われた母を見届けて、アメリカに帰る前に、母がベッドの上に座りなおして、お嫁さんに「息子をよろしくお願いします」と頼んだという話を母の死後に聞いて、この義理の親子の関係というものは、どういうものだろうか? 母はどんな気持ちだったのだろうか?と、そんな嫁に向けての最期の挨拶の仕方がかえって二人の距離を感じさせるような、複雑な思いをしたものです。
私の義母は、義姉さんの話によると、かなり存在感のあるダイナミックな人だったようで、会ってみたかったな・・フランスのお姑さんというのも体験してみたかったとも思うのですが、こればかりは仕方ありません。
家族それぞれにある家族関係、もともと違う環境で育った二人ですが、国も文化も違えばなおさらのこと、それがよいことも悪いこともあるかもしれませんが、結局は人と人との繋がり、相性もあるかもしれません。
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