フランスに来てから四半世紀以上が過ぎ、最初は夫と娘の3人で暮らしていた我が家は、まず、夫が先立ち、それから一人で子育てをし、娘が無事、フランスでの学業を終了し、独立をして以来、私は一人暮らしになりました。
常日頃から思うのは、海外で生活している人は、そもそも、自分の生まれ育った家族からも離れ、海外に出てくる時点で、ある程度、一人で生活することに耐えられる人が多いようにも思いますが、私は正直言って、一人で生活することが、こんなに寂しくないのか?、こんなに孤独を感じないでいるのは、ちょっとヤバいのではないか?と思われるレベルでもあることは、ちょっと気恥ずかしい気もするくらいです。
娘が独立した当初は、それまで娘中心の生活、スケジュールから食べ物から、全て娘がよりよく生活できるために・・と思って生活してきたので、それは、なんとなく、気が抜けたような感じになった時期があったのも事実です。
しかし、そんな生活にも慣れ、軌道にのってくると、なにもかも自分の好きなようにできる生活が快適でもあり、もともと我儘な私が自分の好きなようにできるため、それが夫であろうと娘であろうと、自分以外の人と生活するのは、もう無理だろう・・と思うほどになってしまいました。
それは、娘がもう少し、近くにいてくれれば・・と思うこともあるのですが、今は、メールでもラインでもいつでも連絡は取れるし、話もできるし、空き家になっていた日本の家に住んでいてくれることは、また、別の意味で大いに助かることもあるのです。
もはや、私にとって、娘は元気で楽しく生活していてくれて、たまに会えれば、充分に幸せで、彼女がこの世に存在してくれているということだけで、充分に満たされる気持ちなのです。離れていても、彼女は私の支えなのです。
そんな私が、今、そんな心持ちになりながら、若い頃、死生学(thanatology)の勉強をしていた時があって、それが高じて、イギリスにあるホスピスでしばらく勉強させていただいていたことを思い出しています。
それは、もう命の期限が間近に迫っている患者さんたちと話すために、病室を廻っていた時のこと、さすがに高齢の方が多かったのですが、患者さんたちが口にするのは、それぞれの家族の話題がほとんどでした。
とうとうと家族の自慢話や微笑ましい話を聞いていて、人間にとって、最後の最期に大切に思うものは、家族なのではないだろうか?と思ったりもしました。
彼ら(彼女ら)の家族は、もちろん、側にいるわけではなく、時には、よく話を聞いてみると、もうその家族は亡くなっていた・・なんていう話もありました。もうその存在そのものが彼らの心を満たしてくれる・・そんな存在であることを聞いて、やっぱり家族というもは、大切なものなんだ・・とわかったような気持ちになっていました。
V.フランクルの「夜の霧」という話の中にもそんな話が出てくるのですが、今、まさに、私が娘に対して思う感情は、そんな感じなのだな・・と実感している気持ちです。
そんなホスピスでの経験の後、私は、自分が死ぬ前にそんなふうに思える家族というものを持ちたいと思ったものです。そして、それを大切にして、生きていくべきだと思ったものです。
残念ながら、思いがけずに夫は早くに他界してしまったので、夫との時間は短かったのですが、その分、娘は大切に育ててきました。
今、無事に娘は独立してくれて、離れていますが、いつでも彼女がどこかにいてくれることだけで、私は一人でいても、心が満たされているのです。
孤独が寂しくない
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