2023年7月31日月曜日

日本にいる親友からの訃報

  



 昨日、日本にいる親友から訃報が届きました。

 訃報というものは、それがある程度、予測できているものでさえも、やはり突然のように感じられるのは、人の命の重さゆえのことかもしれません。

 彼女のお母さまの具合が悪く、ガンが見つかった時には、大きな病院での手術と化学療法を勧められたものの、高齢ということもあり、かかりつけのお医者さんと相談のうえ、緩和療法の道を選択していました。積極的な治療はせずに、最期まで家で穏やかに過ごさせてあげたいと、かかりつけのお医者さん、訪問看護師さん、ケアマネージャーさんたちとチームを組んで、彼女は仕事のかなりの部分をリモートに切り替えてもらって、お母さまとの時間を過ごしていました。

 緩和ケアとひとくちに言っても、積極的な治療はせずに自宅で看取るという選択は、なかなかな覚悟が必要なことで、簡単に選択できることではありませんが、結局は、当事者であるお母さまも、娘である彼女もその道を選択して受け入れ、日に日に弱っていくお母さまとできるだけ、それまでの生活に近い生活を送っていました。

 人が最期に求めることは何なのか? 私は、若い頃にイギリスのホスピスで勉強させていただいていたことがあり、たくさんのホスピスの患者さんたちと話をさせていただいたりする中で、本当に大切なものは何なのか?をそこで、見せてもらった気がしています。

 最期の最期に人にとって、最も大切な存在は、愛する家族であることを私はそこで、痛感させられ、どんな患者さんも滔々と、愛する家族の話をしてくれて、たとえ、その家族がもう亡くなっていたとしてもそれがその人の支えであったりもしたのです。

 話は少し、逸れましたが、つい、数日前には、彼女から「明日は、弟夫婦が来てくれることになっているので、新鮮な枝豆と青唐辛子を手に入れたので、美味しいサラダを作ります。」などと、メールをもらっていました。もう、その時点では、ほとんど、お母さまは何も食べることができず、水分をとるのもやっとという感じだと言っていたので、お辛そうだ・・と思いましたが、家族が揃っての楽しいひとときは、何よりもチカラになるかもしれない・・と思っていました。

 しかし、お母さまは、弟さん夫婦が来てくれて家族で楽しい時間を過ごした翌日に旅立たれたそうです。

 ガンが発覚してから、数ヶ月でしたが、ご本人も彼女も緩和療法の道を受け入れ、2人で遺影用の写真を選んだりして、彼女と二人で写っているとてもやさしい笑顔の写真で、おひとりの分だけに切り取って、2人で「なんだか、すごく優しそうな人に見えるね・・」などと、言い合いながら、額装したりしていました。

 もしも、手術や化学療法の道を選んでいたら、もしかしたら、まだ寿命は少しは延ばされたかもしれませんが、それは辛い時間が延長されることで、ここ数ヶ月に二人が過ごしたような穏やかな濃密な時間ではなかったのではないか?と思い、いざというときに、そんな選択ができて、そのような時間をお母さまと過ごせたお母さまも彼女も本当にすごかったな、偉かったな・・と思います。

 彼女は結婚もしておらず、子供もおらず、生まれてから、ずっとお母さまと暮らしてきたので、その喪失感ははかりきれず、そんな悲しみを乗り越えるのは大変なことだと思いますが、もうこればかりは、時薬に頼るしかないかなと思います。こんなときに彼女と一緒に寄り添ってあげられないことをとても申し訳なく思いますが、少なくとも、きっと、いつかはやってくる親を看取るという一大事業に関しては、彼女は立派にやり遂げたので、きっと後悔はないのではないか?と思っています。

 私も彼女たちを見習って、自分にもしも、そのようなことが起こったら(両親も夫ももういないので、私が旅立つ際のことですが・・)、腹をくくって、後悔しない決断ができるように、いたいと思っています。


緩和ケア 看取り 在宅療法


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