2022年8月11日木曜日

パリ シャルルドゴール空港(CDG)でナイフを振り回した男 射殺

  今年の夏のシャルル・ド・ゴール空港は、さんざんなニュースばかりが続いています。 夏のバカンスシーズンの始まりとともに、大規模なストライキにより、大幅なフライトチケットのキャンセル、また 、空港職員のストライキと、荷物積載のシステムダウンというトラブルが重なり数万個に及ぶロストバゲージ放置状態・・と、ろくなことがありません。 だいたい、ただでさえ、ハイシーズンで高価格の時期に加えて、現在の航空運賃は、ちょっと洒落にならないほどの値上がりで、そのうえ、トラブルといえば、ちょっと許せない話なのですが、これでもかというほどにトラブルが続きます。 今回は、シャルル・ド・ゴール空港のターミナル2Fで、朝、刃物を振り回した男に警察官が発砲、射殺という事件が起こっています。CDGの2Fといえば、私も利用する機会が少なくない場所で、(多くの日本行きのフライトは2Eか2Fのことが多い)ぞっとする話です。 考えてみれば、飛行機に乗る場合は、チェックインしてから、通関する過程では、荷物チェックがありますが、空港自体に入るのには、荷物検査はありません。 当日の朝に空港警備員と揉めていたホームレスとみられる男のもとに、国境警備隊の警察官(PAF)が応援にかけつけ、男は、一度、退避させられました。ところが、その後、男は警察官に対して攻撃的、脅迫的になり、国境警備隊の警官(PAF)に腹部を殴られ、逆上し、警察官を殴ろうとした後、自分のキャディからナイフを持って戻ってきたと言われています。 現場を目撃したAFPのカメラマンは、「背の高い男が警察に向かってナイフのようなものを振り回し、警察側からの警告が出たが、彼は警告を無視して前に出て、警官が発砲した」証言しています。発砲は1回だけだったようです。 警察の発表によると、撃たれたのはマルティニークのフォール・ド・フランスの出身だという。テロ発言はしていないことから、彼の行為がテロ行為であったとは見られていません。 パリの街中でも駅でも空港でも、なかなか立派な銃を携帯している警官を間近にみかけることは少なくなく、そばを通りかかっても、何気に、「これ、ほんものなんだよな・・」とチラ見することはあるものの、うっかり話しかけて、妙に誤解されたり不審に思われるのも怖いので、そのまま通り過ぎるのですが、幸いなことに、これが実際に発砲される場面には、これまで直に遭遇したことはありません。 日本でも、警察官は銃を携帯していると思いますが、こちらの警察や憲兵隊の携帯している銃は、長さ50㎝はあると思われる、なかなかな迫力の銃です。(全ての警察官がこのサイズの銃を持っているわけではありませんが・・) 最近、警察官の発砲事件の話を以前よりも頻繁に聞くようになった気がしますが、シャルル・ド・ゴールの空港、しかもターミナル2Fという、必ずしも無縁でもなさそうな場所、しかも空港といえば、屋内で人も多い空間での発砲といえば、周囲は騒然としたに違いありません。 発砲されたのは1発だけで、1発が命中して、撃たれた男は死亡したということなので、周囲に被害は及んでいませんが、これが本当に発砲が必要な事態であったかどうかは、少々疑問でもあります。少なくとも、犯人の動きを止めるだけで、致命的な傷を負わさなければならなかったかどうかは検証する必要がある気がします。 Faisant...

2022年8月10日水曜日

フランス人が日常のトラブルには寛容な不思議

   5年近くも工事していた近所の市営プールがリニューアルオープンして、まだ1ヶ月も経っていません。パンデミックで長い間、できるだけ歩くようには心がけていたものの、運動不足だった私は経年からの体力の衰えをひしひしと感じ、これからはせめて、週に1度か2度くらいは泳ぎに行こうとオープン以来、プールに通っていました。 もともと歩くよりも泳ぐ方が楽な私、身体がほぐれる感じで全身に感じる心地よい疲れにこのところ、順調にプールに通っていました。 この市営プール、以前は夏には職員がバカンスを取るために夏の間はクローズしてしまうプールだったのですが、さすがに長い工事期間を経てリニューアルした後は夏でもクローズにならないことで少しホッとしていましたが、営業時間は昼12時から14時、15時から19時というなんと、昼休みつきというクラッシック?なスタイルです。 この昼休みのあることには、少々、苦々しい思いもあるのですが、まあ、夏、閉めないでくれるようになっただけでも、まだマシというものです。 とにかく、今のところ全てが新しくなってキレイで気持ちよく、ここのところ、自分を奮い立たせてプール通いをしていたのですが、さて、今週も頑張るぞ!と出かけたところ、なんと、プールには、人手不足のために臨時休業のお知らせ・・8月の間、期日指定で、週1〜2日、お休みの日が指定されて張り紙がされていました。 出かける前に、え〜と午後からの時間は何時からだったっけ?とサイトで営業時間を確認して、現在は開いているのを確認して出かけたのに、まさかの休みで、ムッとして帰ってきました。ちょうど、私と同様、プールの入り口で張り紙を見て、呆然としていた若い男性も「ズッ・・」と呟いて、帰っていきました。 そして、その翌日、今日こそはやってるよな・・と意気揚々と出かけて、午後の時間帯に一番のりの勢いで出かけていき、さすがにこの暑い中、夏休みのバカンス中ということもあり、子供連れも多い中、プールの前には人だかりができていました。 ところがオープンの時間になったら、何やら中から再び張り紙を貼る職員が・・「えっ??まさか、また休み??」と思いきや、その女性が貼り出したのは、「子供用プール閉鎖」の張り紙・・、周囲の子連れのお客さんからは、「4年以上も工事してたのに、また??」という声が聞こえてきたものの、関係ないお客さんは、なだれ込むようにプールへ・・。 「すみません」とか、「ごめんなさい」でもなく、「冷房してるから、扉を開けっぱなしにはできないんだから!」、「いいわね!子供用のプールはクローズよ!」とがなりながら、職員の女性はプールの中に消えていきました。謝らずにまさかの逆ギレ・・最近はあまり見かけなくなったクラッシックなフランスの接客を久しぶりに見た思いでした。 それでも、子供用のプールは私には関係はなく、さっさと私は淡々と泳ぎ始め、一応、1日のノルマにしている1キロを泳いで、さて、ゆっくりシャワーを浴びて、そろそろ帰ろうかな?・・と思っていたら、何やら、周囲のみんなも引き上げる様子。午後の営業時間が始まって、わずか30分ほどのことです。 特に場内アナウンスがあるわけではなく、どうやって、知らされたのかはわからないのですが、とにかく、その日のプールは閉鎖になって、全員が追い出される様子で、皆がシャワーを浴びて、帰り支度を始めだしました。 私としては、どちらにせよ、自分が泳ぐだけ泳いで、もうさっさと帰るつもりにしていたので、別によかったのですが、皆がしぶしぶとプールを追い出されて帰っていくのは、なんだか気の毒な感じでした。 なぜ、急に営業時間帯に閉めることになったのか?と聞いても、フランスお得意の「プロブレム・テクニック、詳しいことは知らない」という回答。「明日はやっているの?」と聞いても、「わからない・・」と両方の手のひらを返して肩をすくめて首をかしげるフランス人お得意のジェスチャーでの回答。 プールの出口では、その日の分のチケットの払い戻しの代わりに次回の分のチケットをくばっていたので、私ももらって帰ってきて、なんだか、一応、泳いだので、なんか得した気分でしたが、他の人々は、まだろくに泳いでもいないのに、帰らなければならないのに、さほど怒る様子もなく、おとなしく帰っていくのでした。 以前から私が不思議に感じているのは、とかく自己主張が激しくて、黙って引き下がらないフランス人が、こと日常のこのようなトラブルに対しては、さほど腹を立てる様子もなく、おとなしく引き下がることで、職場などで、「日本人は黙って我慢するからダメなんだ・・」とかいって、焚き付けられたりもするのに、なぜ、日常のトラブルに対してはこんなにあっさりと引き下がるのだろうか?と思うのです。 度々起こるストライキや、電車が止まって、急に線路の上を歩くハメになったりしても、猛烈に怒りだしそうなところ、案外、騒ぎにもならずに、それはそれと受け入れて、再び電車が動き出すのを待ったり、淡々と他の線に乗り換えていったりするのです。 逆に我慢強いはずの日本人の方がとかくサービスなどに関しては、ほんの些細なことで、腹をたてて、クレームをつける人がいたりするので、フランス人が日常のトラブルに関しては、寛容なことが不思議です。 どうにも、フランス人と日本人では腹を立てるポイントが違うようで、フランス人が日常に多発するトラブルにいちいち腹をたてないのは、まぁこんなもんだ・・という慣れもあるのか、また、逆に、「お客さまは神様」の本当に行き届いたサービスが日常の日本では、ほんのわずかなこともお客さまは許してくれないのかもしれません。 逆に今の日本の統一教会と政治家の繋がりなどの問題を見ていると、フランスだったら、大変な暴動が起こるだろうと思われるのに、日本人はもっともっと怒っていい!と思うのに、暴動などは起こっていないのも、フランス人から見たら、それはそれで、不思議なことかもしれません。フランスの日常トラブル 怒りのポイント<関連記事>「フランスで生活していく術 トラブル満載の日常を生き抜くために・・」「パリのメトロのプロブレム・テクニック」「やたら謝る日本人と謝らないフランス人に見る厳しい日本社会と緩いフランス」「...

2022年8月9日火曜日

干ばつが引き起こす牛乳価格の高騰と品不足

   今週から再び、気温の上昇が見込まれ、さらなる干ばつ被害が広がると見られているフランスでは、今度は、牛乳の価格の上昇および、品不足が心配されています。 この夏の熱波以前からのウクライナ戦争により、牛の餌代が上がり、燃料費が2倍、肥料費が3倍になっている中、フランスの牛乳の価格はさほど上昇しないままに抑えられてきました。 しかし、戦争によるインフレに加えて、この干ばつは、酪農家にとっては、ダブルチョップの災難で、全国農業組合連合会(FNSEA)は、今後の牛乳の生産と供給について警笛を鳴らしています。 雨も降らず、草も枯れる。そして、青草がないということは、夏場はいつも外にいる牛の放牧地がないということです。ただでさえ高い飼料価格に悩まされ、牛を抱えている酪農家にとっては差し迫った危機の異常事態なのです。 そのため、酪農家は現在、通常、冬に備えて蓄えている飼料を家畜に与えるハメになっており、2022年から2023年の冬の間、多くの農家が牛を養えるのかが懸念される事態となっているのです。 牛乳だけでなく、バター、クリーム、チーズ、ヨーグルトなどなど、フランス人の食卓にとって、欠かせない乳製品の元となる牛乳価格が高騰したり、牛乳が不足するという事態は大変、深刻な事態で、すでにシードの輸入が滞って欠品が目立ち、価格が爆上がりしているマスタード不足どころではない危機が訪れることになってしまいます。 現在、秋から冬にかけて牛に与えるはずの飼料や牧草を使用していまっているということは、秋には、多くの酪農家が家畜に与える食料が不足する可能性があるということなのです。2022年から2023年の冬の間、多くの農家が牛を養い続けることができるのかという問題は、かなり緊急な対処が必要な深刻な問題なのです。 そのため、彼らは皆、経費を補い、セクターの存続を確保するために、価格の値上げを望んでいるのです。ミルクを作るには飼料が必要で、主に牧草とトウモロコシが必要ですが、今年はあまり育っていません。そのため、今年の秋から冬にかけて、牛を飼い続けることができなければ、牛乳が不足する恐れがあるのです。 恒久的に牛を生産しつづけている酪農家にとって、母牛を失うと、3年間は子牛を生産する能力を失うことになるのです。この負のスパイラルを止めるためにも、酪農家は国の支援を求めています。つまり、今、なんとかしないとこの牛乳問題は少なくとも3年間は続くことになってしまうのです。 フランスの牛乳価格は、他のヨーロッパの生産者、特にドイツやオランダの牛乳価格よりも20%安いと言われています。 全国農業組合連合会(FNSEA)は、このフランスの低い牛乳価格の値上げを求めると同時に、国には、農家が飼料を購入できるような援助を受けられる災害基金があるはずだ・・と援助を求めています。 パンデミック、戦争の影響から、燃料費の高騰から始まって、インフレ、あらゆるものの価格の上昇が続いていますが、フランス人にとってのガソリンともいうべく乳製品の値上がりは、それこそかなりの家庭での痛手になりそうです。 こんな話が出始めたら、今度は牛乳の買い占めが始まりそうです。フランスで売られている牛乳の多くは、常温保存が可能なものが大部分を占めるため、ある程度の期間の買い置きが可能です。 そういえば、今日、買い物に行った時、いつも私が買っている牛乳がなかったのは、もうすでに、買い占めが始まっているせいだったのかもしれません。私はそんなに乳製品をとる方ではありませんが、少なくとも、この状況で価格が上昇しないことは考えづらいと思うと、今のうちに少し買い置きしておこうか??などと思ってしまうのです。牛乳価格高騰 牛乳不足 干ばつ<関連記事>「ひまわりオイルの次はマスタードがない! フランスのマスタード不足」「フランスでの日常の食料品の買い物...

2022年8月8日月曜日

公共交通機関でのベビーカー問題について

    日本の公共交通機関で「ベビーカーが邪魔だ!畳め!」と言って、ベビーカーを蹴飛ばしていった人がいた・・とかいう話がSNSで出回っていて、あらためて、自分の子供が小さい頃のことを思い返してみると、私は子供を連れてベビーカーで公共交通機関に乗ったことはなかったように思います。 たった一度、思い当たるのは、アフリカから引越してくる際のことです。夫は先にフランスに到着していて、一人で赤ちゃんだった娘を連れて、アフリカからパリに来た時のことで、空港で飛行機に乗る時にベビーカーは預けました。 その時は、ブリュッセル経由の飛行機だったのですが、ブリュッセルまでの飛行機が遅延して、経由便の飛...

2022年8月7日日曜日

英語で話すかフランス語で話すか? フランス人もずいぶん英語を話してくれるようになった!

   今、夏のバカンスシーズン真っ只中で、多くの人がバカンスにでかけているようで、うちのアパートの住民もかなりの割合で留守らしいのは、ガランとした駐車場を見れば明白です。今朝も、エレベーターの前でいくつものスーツケースを転がしながら出てきた家族連れがいて、小さい子供を連れて大変そうだな・・と思いながら、「ボン・ヴォヤージュ!ボン・ヴァカンス!」と言ったら、すごく嬉しそうに満面の笑顔で「メルシー!」と言って出かけていきました。 そんなわけで、パリの街はいつもよりは空いている感じなので、私はむしろ、人が減ったこの時期のパリが好きで、夏に旅行に出かけることはほとんどありません。...

2022年8月6日土曜日

パリで最も古いパティスリー 「ストレー」Stohrer のババ・オ・ラムとピュイ・ダムール PATISSIER STOHRER

    パリの中心地で、美味しいものがたくさんある通り「モントルグイユ通り」(rue Montorgueil)(他にも美味しいものがあるところはたくさんあるけど・・)は、ふらふらと歩いているだけでも楽しい通りですが、その通りの中程に「ストレー」というパリで最も古い歴史を持つパテイスリーがあります。 1730年創業というパリで最も古いと言われるこのパティスリーはパリの史跡にも指定されており、お店の前には、その歴史を記された看板がたっています。   パリの史跡にも指定され、パリ最古のパティスリーというのに、お店はこじんまりとしていて、まるで偉そうにしていない感じがとても良いのですが、狭い店内に入ると、その店内の内装も歴史を感じられるもので、天井やシャンデリアに見られる店内の装飾はキラキラしすぎないまでも、ポール・ボードリ(オペラ・ガルニエの装飾を担当)の弟子の作品だけあって、やはりちょっとただものではない感じ。エリザベス女王も・・ また、置いているお菓子の種類の多さと、その一つ一つが妙にモダニズムされすぎていないにもかかわらず、丁寧に、また見事に作られていることに目を奪われ、どれもこれも食べてみたくなります。見ただけで、どれもが美味しいことがわかります。 今では、フランス菓子として有名なババ・オ・ラムやピュイ・ダムールを作り出し、パリに広めたのもこのパティスリーを創業したニコラ・ストレーだと言われており、これらのお菓子の本家本元でもあります。つまり、元祖・・というやつです。 ババ・オ・ラムはラム酒のシロップがたっぷりのサバラン(キルシュ、アブサン、ローズウォーターがミックスされている)で、円筒形で少し先細りになっているケーキで、かなりアルコールも感じられる大人のケーキで、好き嫌いが分かれるかもしれませんが、けっこう甘くもありますが、後味に嫌な甘さも残らない、甘いわりには、すっきりした味わいです。ホイップクリームと一緒だと、さらにまろやかな味わいになります。 私のおススメはどちらかというとピュイ・ダムールの方で、カスタードクリームを包んだパイ生地の風味の良さはちょっと比類ないものです。それがパイ生地のバターが良いのか、生地の香ばしさからくるものなのかはわかりませんが、それともカスタードクリームとのハーモニーがよいのか? とにかく、その風味の良さは、これでもパリで色々なお菓子を食べてきた私にとっても久しく味わっていない感動でした。 これは、ぜひ、このお店のものは全制覇してみたいと思って、後日、またお店を訪ねましたが、ピュイ・ダムールは人気のようで、その日はすでに売り切れていました。 このお店は、とにかく小さいお店に、ものすごい種類のケーキだけでなく、チョコレート、パン、お惣菜(特にブッシュ・ア・ラ・レーヌなどは、見事!!)など、とにかくたくさんのものがあり、目移りすることこの上ありません。 また値段も決して、普通のお店と比べて高すぎることもないのも魅力的なところです。むしろ、今どきの流行りのパティシエのお店などから比べると若干、安いくらいです。 そして、応対してくれた男の子がハンサムなうえに、可愛くて、ちょっと不器用そうなのに、とっても一生懸命に働いていて、私はこのお店の常連客になってしまう気がしています。 小さなお店に詰まったパリの歴史を感じる空間を楽しめる美味しい場所を見つけて私はとても満足しています。 包装や紙袋もすごく可愛いです!  <Stohrer...

2022年8月5日金曜日

安倍晋三の神話は崩壊した

    安倍元総理が銃撃されて亡くなったニュースはフランスでもセンセーショナルに報道され、直後は、選挙運動中に銃撃されるというショッキングな亡くなり方も手伝って、あの安全で平和な日本で、しかも日本で最も有名な首相が暗殺されたという事実や、民主主義への攻撃は許されないというような正論も手伝って、「日出ずる国は、日本の近代史における重要な家系の純粋な家系図を失い、日本の歴史に長い歴史を持つ日本の政府首脳が初めて暗殺された暗い日として、永遠に刻まれることになるであろう」などと、もはや彼が神話として語り継がれるかの如き勢いでした。 彼の出自についても、「19世紀以降に大きな影響力を持った安倍、岸、佐藤という苗字を持つ家系であり、真の日本の王朝物語、安倍氏はその生涯を武勇伝として残した」と説明し、彼の業績とされることを羅列して報道していました。 「安倍晋三が「この国の人々が私に託した使命を自信を持って果たすことができない状況にあるため、もはや首相を続けるべきではない」と判断し、健康上の理由で、首相を退陣して2年も経たないうちに、まさか、こんなエピローグを迎えるとは、誰も想像していなかっただろう」と、その時の報道は結んでいましたが、しかし、エピローグはそんな美談だけでは終わらなかったのです。 ほとんど美化され、神話化されたかに見えた安倍首相暗殺の知らせに世界各国の首脳からは弔意のメッセージが届いていました。 しかし、その後、この犯人の自供により、この犯行の動機が統一教会に関係したものであり、少しずつ統一教会と政府、特に自民党との関係が明らかになってくると、世界からの見方、報道も一変したものになりました。 今では、「Shinzo...