2024年3月10日日曜日

「実家に帰らせていただきます」とは言えなかった海外生活

  


 昔の日本のドラマを見ていたら、「実家に帰らせていただきます・・」みたいなシーンが出てきて、そういえば、私には、そういう選択肢はなかったな・・考えたこともなかった・・と思いました。

 なにしろ、実家に帰るといっても、そうそう簡単には帰ることはできないのです。帰るとなったら、仕事も何もかも捨てて・・ということになってしまうのですから、そうそう簡単に口にできる話でもなく、自ずと私の意識からは、排除されていたのだと思います。

 そもそも、昔のドラマなので、今の時代、日本でもそういうセリフを叩きつけて実家に帰ってしまうというようなことがあるのかどうかもよくわかりませんが、そんなことが簡単にできなかった環境に結局は救われたのかも?という気持ちと、夫婦喧嘩をして、気安く実家に帰れる環境が羨ましいような、そんな両方の気持ちがありました。

 夫とは、そんなに派手で壊滅的な喧嘩をした記憶はありませんが、それでも波風が全くたたなかったわけでもなく、言い合いをしたり、喧嘩をしたこともありました。たいていは、ヒートアップしてくると、もう彼の方は、普段はわかりやすく、ゆっくりめに話してくれるフランス語も早口になり、語調も強くなり、私の方は、もう語彙の少ないフランス語や英語では、足りなくなり、ついには怒りを日本語で爆発させることになるので、途中からは相手の話を聞くということよりも、自分の言いたいことを言うということになるので、お互いにとことん芯から傷つけたり、傷つくこともなく、時間がたてば、忘れてしまうことが多かったような気がします。

 どちらにしても、そもそも、今となっては、喧嘩の原因が何だったのかすら、思い出せないくらいの些細な事が原因なので、それで済んでしまってきたところもあるのですが、数回は、少し時間をおいてから、とことん話し合ったこともありました。

 私の両親などのケースを思い返してみれば、父も母もそれぞれの実家との繋がりがとても強く、そもそも父は、兄弟で隣同士というか、同じ敷地内にそれぞれが家を建てて住んでいたし、母の実家も車で10分ほどのところにあり、祖母(母にとっての母)は、毎晩のように電話をしてきていたし、母は父と喧嘩をして、実家に帰るというようなことはなかったものの、頻繁に実家に出入りしていたので、二人とも、すごく実家と近い距離を保っていたと思います。

 今から思い返せば、特に母に関しては、とてもしっかりしている人であったけど、その根底には、実家との繋がりが頑強であったことがあったのかもしれない・・と今になって思うのです。

 その結果というのか、私の両親はすでに他界していますが、私の日本の親戚のネットワークは、未だかなり強力なもので、その親戚づきあいの緊密さが、たまに帰る日本では、一気に集中し、周囲の友人などからは「今どき、珍しいね・・」と驚かされるのです。

 とはいえ、私が私自身の実家との繋がりが頑強であったかどうかというのは、また別の話で、そもそもたとえ、私が日本に住んでいたとしても、頻繁に帰りたいと思う実家ではありませんでした。

 おそらく、そんなところが私自身が精神的に今一つ強くないところなのかもしれない、繋がりのたしかな家庭というものが人にとってすごく大切なことなのかもしれないな・・と最近になって思うのです。

 ところで、私と夫のフランス語×日本語の喧嘩については、そばで目にしていたどちらの言語も理解している、まだ幼かった娘のみが冷静に話を聞いていて、パパとママ、全然違う話をしてるんだよね・・とつぶやいていたのには、私としては大いに気恥ずかしさを覚え、娘のバイリンガルの悲哀を感じたものの、そんなことが娘の歳のわりには、妙に冷静な性格を培っていたかもしれません。

 


実家に帰らせていただきます


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2024年3月9日土曜日

鳥山明氏の訃報が証明したフランスでのマンガ人気

  


 フランスで日本のマンガが大人気であることは知っていましたが、フランスでの鳥山明氏の訃報の扱いで、その存在がいかに大きいものであったかを再確認させられたような気がしています。

 彼の訃報が発表された日、フランスでのX(旧Twitter)のトレンドの圧倒的なトップは一日中「Akira Toriyama」で、それを追随するのは、「Dragon Ball」でした。

 フランスのル・モンド紙をはじめとする大手新聞をはじめ、ほぼ全てのマスコミが彼の訃報を大々的にとりあげ、彼のこれまでの作品や彼のマンガがフランスに浸透していった経緯、また、彼の人となりなどを報道していました。

 もしかしたら、彼はフランスで一番有名な日本人であり、近年最もその功績を讃えられている日本人なのかもしれない・・と思いました。

 何しろ、MANGA(マンガ)という単語でさえも、現在はそのままフランス語に使用され、恐らく、ドラゴンボールを知らないフランス人を探す方が難しいくらいかもしれません。

 私のところにも、今朝、フランス人の知人から電話がかかってきて、「日本の偉人が亡くなったね・・ほら、ドラゴンボールの作者・・」と私は、自分でニュースを見る前に、彼から鳥山明氏の訃報を聞いたのでした。

 この鳥山明氏の訃報を知らせてくれた知人は、私よりも年長のマンガなど読みそうもない世代の人ですが、そんな人?にさえも知られているドラゴンボールって、やっぱり、フランスでもすごい人気だったんだな・・と思わせられたのでした。

 実際にフランスは日本に次ぐ世界2位のマンガ人気大国でもあり、この日本のマンガをきっかけに日本の文化に触れ、特にマンガの中にも登場する日本食をきっかけにフランスでの日本食ブームが起こったとも言われています。

 以前、ドイツから交換留学で我が家にやってきた女の子が大のマンガ好きで、ぜひ、マンガに出てくるラーメン屋さんというもの、に行ってみたいと頼まれて、パリにあるラーメン屋さんに連れて行ったこともありました。

 フランスでは1980年代から1990年代にかけて「マンガマニア」が創刊されて以来、フランスでのマンガ人気は、凄まじいものになり1988年からは、ドラゴンボールはテレビでも放映され始め、当初は古い世代の国会議員などから「日本のマンガは酷い!」などとの声があがることもあったようですが、結局は圧倒的な人気に支持され、マンガへの熱狂はフランスの文化的現象とさえも呼ばれるようになりました。

 あるジャーナリストは、鳥山明氏の作品を「伝統的な漫画に対する総攻撃の先鋒」と称する人もありました。

 また、多くの若者が彼のマンガに惹きつけられた理由を「この小さな悟空は、社会的、感情的な環境でうまく成長できない孤独な多くの若者たちに力を与えてくれた」

「これらのキャラクターたちは、私たちが戦ったとき、団結して立ち上がったときに成功することを示してくれました」などという彼の訃報に対する数多くのコメントの中から理解することができます。

「Merci!Akira Toriyama!(ありがとう!鳥山明さん!」「あなたのキャラクターのおかげで問題を乗り越えられました!ありがとう!」などなど・・SNS上には彼に対する感謝のコメントがフランスでも溢れています。

 マクロン大統領でさえも、X上に「マクロン大統領へ」と書かれた額に入れられた彼のデッサンを「鳥山明氏と何百万人もの彼の愛好家へ」と言葉を添えて投稿しています。


 フランスでは、パンデミックのために停滞したフランスの文化事業推進・支援と若者への文化と芸術への好奇心を喚起させるために、年間1億6000万から1億8000万ユーロを投資し、映画、小説、マンガ、ビデオゲーム、劇場、ラップ、メタルなどなど・・あらゆる文化的な目的に使用することができる「カルチャーパス」なるものを発行しました。

 ところが、ふたを開けてみれば、このカルチャーパスの75%は、マンガのために使われたという結果となり、この「カルチャーパス」は別名「マンガパス」と呼ばれるようになりました。

 それくらいフランスでのマンガ人気は凄まじく、もはやマンガはフランスの文化の一部とも言われるようになり、パリのいわゆるお土産屋さんのようなお店でなぜか、日本のマンガのデッサンの色紙などを見かけることもあり、「なぜ?これがパリのお土産屋さんで売ってる?」とびっくりさせられたこともありました。




 かつて、日本といえば、TOYOTAやNISSANなどの車やSONYなどの電気製品などが連想されることが多かったと思いますが、今の時代は、日本といえば、一番に連想されるのは、「MANGA(マンガ)」なのかもしれません。

 このフランスでのマンガ人気を牽引してきた鳥山明氏は、まさにヒーロー的存在で、ドラゴンボールは、マンガ愛好家のみならず、誰でも知っている抜群の知名度で、まさにフランスにおける日本の偉人の一人であったことが認証されたようです。

 こんなにフランスでも讃えている彼の偉業を日本が国民栄誉賞などの国家的な栄誉と称賛を与えていないことをむしろ、不思議な気がするくらいです。


鳥山明 訃報


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2024年3月8日金曜日

全国労働組合のオリンピック期間ストライキ警告に見える社会的アンバランス

  


 冬休みが終わるか終わらないかのタイミングから、通常、フランス人の間では「夏のバカンスはどこへ行くか?」という話題で持ちきりになり、実際に夏のバカンスの予約を開始します。

 ところが、今年は、例年とは同じにはいかずに、夏のバカンス期間中には、フランス人にはオリンピック・パラリンピックという巨大な壁が存在します。

 考えてみればみるほど、このオリンピックという最高の機会をフランスCGT(労働組合)が黙って見過ごすはずはないし、実際に、彼らが訴えている「オリンピック開催により数十万人の労働者が打撃を受ける」というのは、事実でもあります。

 国家総動員とまではいかないまでも、パリオリンピック開催には、多くの人がフランス人の生きがいとも言える夏のバカンス期間を働かなくてはならず、また、これを政府が当然のことのように行おうとしていることに怒りを訴えています。

 オリンピックのために多くの人々が残業を余儀なくされたり、バカンスがとれないことや、通常よりもずっと長い時間働かなければならないことに対して、何も対処されていない!政府は即刻回答すべし!と。

 また、オリンピックのために、イル・ド・フランス(パリ近郊地域)に来なければならない労働者たちのその間の滞在施設(住居)は大惨事に見舞われています。その間に働かなければならない人々の子供たちは、どうするのか? その超過労働に対してのボーナスは正当に支払われるのか?などなど、言われてみれば、オリンピックという華やかな舞台の裏には、問題が山積みになっています。

 たしかに、このために、イル・ド・フランスにやってくる人々の滞在施設とて、パリ近郊のホテルや短期の貸アパート等はすでに満室状態でその価格だけでも大変な高騰ぶりという話で、海外からの選手団を受け入れるために、奨学金を受けて生活している学生の宿泊施設などでさえも、6月には追い出されるという話に、怒りの声が上がっています。

 そのうえに、一体、どこにこのオリンピックのために動員される人々が一体、どこに滞在できるのかは、大変な問題だと思います。

 内務省は、すでにオリンピックに動員される警察官については、今年1月の段階で最大1,900ユーロのボーナスを約束していますが、オリンピックに動員されるのは、警察官だけではありません。このフランスCGT(労働組合)は、全ての公務員にボーナスを!と訴えています。

 同時に病院や医療関係者は、このオリンピック開催に関して、警鐘を鳴らし続けています。パンデミックとまでは言わないまでも、何百万人ものオリンピック関係者や観光客が訪れるといわれるこの期間に、これに応じて起こり得る事故や病人に対して、対応しきれるスペースも人員も全く足りていません。

 「政府は大会の社会的課題を検討し、適切な決定を下さなければならない」、「すでに何度もこの問題提起を政府に対して行っているのに、一向に何の対策もとられていない!」と。

 すでにRATP(パリ交通公団)やSNCF(フランス国鉄)などがストライキの通告を行っていますが、具体的な政府からの労働者への回答は出されていないままです。

 私自身は、オリンピックの現場で働くわけではありませんが、生活しているだけでも、この期間、ふつうに出歩くことができるのだろうか?という不安が日に日に増しています。

 最近では、オリンピックのポスターが発表されたりして、華やかさばかりが強調されていますが、この巨大なイベントが多くの人々の犠牲のうえに成り立つものであることは、明白で、オリンピックって本当に必要なのだろうか?と思わないでもありません。

 たしかに、オリンピックで得られる収益も莫大なものであることには違いないとは思われるものの、今の時代、一般市民にとっては、ふつうに生活を送るだけでも大変なのに、オリンピックだの万博だのに割かれる莫大な費用や労力・・2年前に「私たちは、豊かさの終焉のときを生きている」とスピーチしたマクロン大統領ですが、どうにもこのオリンピック、豊かさの終焉を生きているのは、その陰で働く労働者だけのように見えてしまうバランスの悪さが気になります。

 しかし、そこは、フランス人、黙ってガマンしないところは、さすがです。


オリンピック期間のストライキ


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2024年3月7日木曜日

フランスの飛び級と留年

  


 娘が小学生の頃、夫はやたらと娘を飛び級させたがっていたのを私は、反対していました。子供の能力に応じての飛び級や留年というものが、小学校という低年齢層でも、わりと珍しくなく行われていることに日本育ちの私は、今一つ理解できませんでした。

 実際に、娘の同じクラスにも下から飛び級して上がってきていた子がいたし(その子は娘と結構、仲良しで、小学校から高校まで同じクラスだったうえ、高校を卒業してその後の進路がバラバラになっていくタイミングでも、示し合わせたわけでもないのに、なぜかプレパー(グランゼコールの準備学校)まで同じ学校でした。

 彼女は小さい頃からとても小柄で、一つ年下だから、小さいのかな?などと思っていましたが、大人になっても小柄なままなので、年齢は関係なかったようです。

 彼女の親がなぜ?彼女を飛び級させたのかはわかりませんが、飛び級しても、何の支障もなく、その後の学校生活を優秀な成績で過ごしていたようなので、彼女の飛び級は成功だったのかな?とも思います。

 たしかに、あまりに優秀な生徒の場合、子どもの年齢に一般的に定められている学年のままだと、物足りなくて、つまらない・・その子の学力を充分にのばせないということもあるのかもしれませんが、私としては、学校で学ぶということは、学業だけではなく、様々なことを体験していく時間ということでもあると思っているので、その1年間をスキップしてしまうことが必ずしも、よいことばかりではないだろうし、そんなに急ぐことないじゃない!、その年齢に体験できる事柄を奪う必要はないだろうに・・という気持ちでもありました。

 しかも、夫に娘を飛び級させたい理由を聞くと、「あとで、留年してしまったときのために・・」というよくわからないことを言っていたので、「そもそも、留年した時のために・・とか、留年するかもしれないと思うような人が飛び級にふさわしいのか?」という話で、結局、夫は、娘の飛び級は断念してくれました。

 実際に、実年齢どおりの学年での教育を物足りないと感じる子供は、かなり珍しい存在ではあるとはいえ、そういう場合に、飛び級ができるのは、たしかに良いシステムなのかな?とも思います。

 娘が通っていたのは、小学校から高校まである私立のカトリック系の学校で、あまり一般的な公立の学校とは異なることも多かったと思いますが、多くの子どもがそのまま同じ学校にいるので、小さい頃は、学校の行事で親が学校に行く機会もあったり、お誕生日会やお稽古事などで、娘の友人の親子と顔を合わすことも多かったので、小さい頃からの知り合いが多く、中学、高校と進むうちは、子供の方はもう外で会ってもすぐには、誰だかわからなくても、親の方はたいして変わらないので、「ああ~あの人○○ちゃんのママだ・・」と思うくらいで、あとは、娘からの話をたまに聞くくらいでした。

 そんな、娘から漏れ伝わってくる話の中には、「○○ちゃん、留年したらしい・・」とかいう話も混ざっていて、「え~~?あんなに明朗快活な感じだったのに!」と驚いたりすることもありました。

 留年については、そんな話がポツポツとあり、内心、本人は心穏やかではないところもあるのでしょうが、けっこう朗らかに学校に来ているとのことだったので、飛び級とは逆に、必要ならば、2年かけて追いつくことがあってもいいような気がします。

 ただし、娘の学校はかなり厳しい学校でもあったので、留年は1年だけで、その後の結果が思わしくないと、やんわりと転校を促されるらしいということで、そういえば、いつのまにかいなくなっていた子もいました。

 ただし、いなくなっていた子どもの中には、「さらに良い学校に転校した・・」というのもあって(こちらの方はかなり珍しいケースでしたが・・)、飛び級ではなく、学校を変えるという方法をとる人もいました。

 いずれにせよ、子供の教育環境を子供に適したものにするということは、とても大切なことでもあり、とりあえず、私が娘のためにしたことは、私立の学校に入れ、あとは、日本語の学習を続け、できるだけ色々な体験をさせてあげることを心がけたくらいで、我が家には飛び級も留年もありませんでした。

 私の数少ない日本人の友人には、子供の学校のために引っ越しまでして頑張っている人がいましたが、我が家には、そんな経済的な余裕はなく、そこまではできませんでした。

 とりあえずは、健康で横道に逸れることもなく育ってくれただけで、私は充分に満足しています。

 

飛び級と留年


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2024年3月6日水曜日

日本大使館に行くたびのモヤモヤ・・

  


 日本に住んでいれば、あまり縁がない日本大使館ですが、海外生活を続ける人にとっては、度々と言わないまでも、お世話にならずにはいられない、海外にありながら、日本である不思議な空間です。

 イギリスにいた頃の日本大使館は、期間もそんなに長くもなく、留学だったので、正直、日本大使館に行ったことがあったかどうかも記憶にないくらいなのですが(大昔の話だし・・)、コートジボアールにいた頃の日本大使館の記憶は最悪で、娘が生まれた時の出生届の提出の際の手続きがスムーズに行かず、後々、娘が国籍を失うようなことになっては大変と、こちらもかなり神経質になっていたし、なんといっても、ものすごく閉鎖的な感じで、ビルの一画にある薄暗いスペースで、窓口は、曇りガラスになっていて、対応して下さる相手の顔も見えないような感じだったのを覚えています。(20年以上も前のことなので、現在の状況はわかりませんが・・)

 なにしろ、コートジボアールの日本大使館としても、出生届の受付など、おそらく、滅多にある話でもないために、慣れていないのは、わかりますが、おっしゃることが二転三転するのには、こちらとしては、余計に不安になるところでもあり、加えて出生届は、出生後○○日までという提出期限もあるうえに、夫が外国人であったことから、ご本人(私)が直接来てくださいと言われて、産後まもないのに、参上しているにもかかわらず、不明瞭な点があるたびに、「日本の外務省に問い合わせますので・・」と何回も行くハメになりました。

 最終的に、「では、これで・・」という段になって、「本当にこれで大丈夫なんでしょうね!」と、念をおして、当時の在コートジボワール日本大使館の書記官?の方に一筆入れていただきました。先方からしたら、「おっかない、めんどくさい奴だ!」と思われたことと思いますが、しかし、こう二転三転した挙句のこと、まさかの時のためにと私も必死だったのです。

 それからまもなく、私たちは、フランスに転居することになり、転居早々に、パリにある日本大使館に在留届を提出しに行った時には、明るくて、大使館の方も感じよくて、さすがにアフリカとは全然違う!と感動したのを覚えています。

 あれから、もうフランスでの生活も長くなって、パスポートの更新手続き(私の分と娘の分)や、娘の日本の教科書の引き取り、在外選挙登録と選挙の投票、日本での相続手続きなどに必要な書類の申請や発行などのたびに日本大使館にはお世話になってきました。

 今回、また、日本の家の手続きのことで、また急遽、日本に行かなければならなくなったのですが、そのために必要な書類を申請に行ったのですが、とにかく急に決まったことなので、書類も急いでいました。

 うちの場合は、弟も海外(シンガポール)におり、弟も大使館に取りに行ってくるから・・と話を進めたのですが、彼の報告によれば、シンガポールにある日本大使館はその場で20分ほどで発行してくれたとのこと。パリの場合は、同じ書類を木曜日に頼むと、出来上がるのは、翌週の火曜日とのこと。どうして、同じ日本大使館なのに、パリはこうなの?と少々、憤懣とする思いでした。

 そして、日本の公的機関は、やたらと印鑑を求められるため、以前、印鑑をフランスに持ってきていなかったために、不都合があったため、それ以来は、印鑑を持ってきてあったので、印鑑持参で行ったところ、今度は、捺印のスペースに、「待ってました!持ってますよ!持ってますよ!印鑑!」とばかりに印鑑を押そうとしたら、「拇印でお願いします」と。「えっ?印鑑持ってますけど・・」というと、「いえ、印鑑でも大丈夫かもしれませんが、一応、拇印でお願いします」と。得意気に出した印鑑は引っ込めることに・・。

 こちらとしては、何とか間に合うようにギリギリのタイミングなので、出したはいいけど、やっぱりダメだった・・などというわけにも行かず、「帰国の日が迫っているので、書類に不備がないか確認してください」とお願いすると、「ちょっとお待ちください」と言って、書類を持って、奥に入っていかれました。

 これで、ちゃんと確認できれば、安心・・と思っていたのですが、結局、戻ってこられた方がおっしゃるのは、「なにか不備があれば、SNSでご連絡しますので・・」と。「今、ここに来ているのに、なぜ?SNSでご連絡?」、言葉遣いはとても丁寧なのですが、おっしゃられることは、ものすごく高飛車。

 しかし、ここで押し問答しても仕方ないし、ごくごく単純な書類なので、大丈夫だろうと思いつつ、こちらとしては、シンガポールの日本大使館ではその場で20分でできてしまうものなのに・・という頭もあり、モヤモヤするのでした。

 相変わらず、支払いは現金オンリーで、カードは受け付けてくれません。

 そして、ついでに言わせてもらえれば、大使館の領事部というものは、どうして昼休みを閉めてしまうのか?ということです。だいたい土日祝日はお休みで閉館も17時、昼休みの13時から14時半までは、クローズです。

 普通に働いている人にとったら、もう大使館に行くということは、お休みをとるとかしなければならない話であり、しかも1日では済まずに申請して、その数日後には、引き取りに行かなければならないのです。申請だけは、オンラインが可能になっているものもありますが、今どき、昼休みに閉めてしまう機関など、そんなにあるものではありません。

 カード払いにしたって、今どき、カードが使えないところも珍しいことです。少しでも利用者側の立場にたって・・という姿勢が全くないところは、大使館に行くたびにモヤモヤするところでもあります。

 つまりは、利用する人が少しでも利用しやすいようにということは、一切おかまいなしなところがモヤモヤするのです。

 私の場合、そんなに遠くもないので、まだマシといえばマシですが、これが遠くから来られている方々だったら、もっと大変なんだろうな・・と思うのです。


日本大使館


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2024年3月5日火曜日

急停車に警察官の駆け込み突入・・騒動が絶えないパリのメトロ

  


 今日、買い物に行くのにいつもはあまり乗らない線のメトロに乗って出かけたら、行きの電車ではなんだか知らないけど、出発時にドン~ガッチャン!というにぶい音がして、急停車して、そのまま止まってしまい、なにやら嫌な予感・・。

 にもかかわらず、しばらく何のアナウンスもないために、周囲の人と顔を見合わせて、まさか、だれかがホームに落ちたのかも・・などと言いだす人もいて、私も「あのにぶい音は人身事故だったのかも??」という気もしていました。少しすると、またお得意の「プロブレム・テクニックのためにしばらく停車します・・」とアナウンスがありましたが、それ以上は何も説明しません。

 こうなると、周囲の人たちは、もう慣れたもので、特に騒ぎ出すこともなく、すんなり諦め、待機モードに入ってしまうところも妙なものです。

 結局、電車は5~10分くらい停まっていたでしょうか? なんの前触れもなく、突然、「発車します」というアナウンスが流れて、あっけなく、何もなかったかのように出発しました。

 一体、何のための停車だったのかは、わかりません。

 咄嗟に、「まさか?飛び込み??」などと思ってしまったのも、考えてみれば、電車が出発して、まだそれほどスピードを出す前ですから、やはりそういう行為もあまり考えづらく、しかし、以前に死亡事故があったコートがドアに挟まったまま出発して引きずられて・・などというほど電車は動いていませんでした。

 とにかく、何ごともなく、とりあえずは、よかった・・と思っていると、今度は、帰りのメトロで、どこの駅でだったか、出発直前に、ドアが閉まりそうになっているところに私服警察官が警察手帳のようなものをかざしながらドタドタと入ってきて、「前の車両でスリの一団を捕まえました! お財布を盗られていないかどうか?バッグの中を確認してください! スリの一団は、小さな女の子の集団でした! 狙われませんでしたか?」と大声をあげて、呼びかけました。

 長年、パリでメトロを利用していますが、こんなことは初めてでした。周囲の人々は、やはり、こんな時にも、それほど騒ぎもしなければ、動揺する様子もなく、一応、自分のバッグの中やポケットの中を確認し、被害がないことを確認していましたが、その反応は至って、冷静というか、興味なさそうというか、無反応で、私としては、絶対に狙われないように、お財布は、バッグの中にまた別のポーチを入れて、その中に入れて、バッグの奥底にひそめているので、大丈夫・・と思いつつも、そう言われたら、それはそれで不安になって、ごそごそとバッグの中を確認して、ドキドキしてしまったのですが、周囲の人々の反応の薄さ、平常運転モードに逆にビックリさせられたのでした。

 その警察官が、一応、私の乗っていた車両には被害がなかったことを確認して降りていくと、すぐにメトロは出発し、走り去る駅のホームを車内から振り返ると、連行されていく少女たちの後ろ姿が見えました。

 パリの交通機関内のスリ対策には、このように私服警察官が乗っているのか・・と後になってから、気が付きましたが、先日、家に押し入る偽警察官の話を聞いていたばかりだったので、一瞬、「この人、本当に警察官なの?」と疑心暗鬼になってしまいました。

 そして、多分、ジプシーの子供たちなのだと思いますが、あんな小さい女の子たちがスリをしなければならないとは、気の毒な子供たちだ・・とも思いました。

 しかし、パリオリンピックに向けて、メトロは時間通りに運行できるように、できるだけメトロを潤滑に運行させようと、「病人が出てもメトロは停車しない!」などとまで言っているのに、現実問題は、病人云々以前に、メトロを止める理由はいくらでもあることを身をもって体験し、「ヤレヤレ・・やっぱりオリンピックは無事に済むはずはないな・・」と思っていたら、RATP(パリ交通公団)は、オリンピック開催期間中には、シャンゼリゼ・クレマンソー、コンコルドなど6ヶ所の駅は閉鎖すると発表。

 また、非常に混雑する駅、かなり混雑する駅などを色分けして発表していますが、どちらにしても大混乱は必須のような気がしています。


パリのメトロ スリ集団


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2024年3月4日月曜日

偽配管工と偽警察官がタッグを組んだ盗難事件 急増中

 


 

 家に入り込む詐欺師や強盗事件は、以前からよく聞く話ではありましたが、最近は、偽配管工と偽警察官がタッグを組んでやってくるという事件が増加しているそうです。

 我が家にも定期的に「アパートの配管のチェック」なる人がやってきます。我が家の場合は、配管だけでなく、空調だったり、害虫駆除など色々な種類のものがありますが、賃貸であることもあり、それらのことは、全て管理人さんを通して行われるので、前もって、アパートのエントランス内側のドアに張り紙がされていて、「○○日の午前中、あるいは午後に○○のチェックの人が来ます」などと前もって予告されるので、それ以外の人が来るということはないし、来たとしても家には入れません。

 その日時指定は一方的になされるので、必ずしもその時に在宅していられるとも限らないのですが、チェックしてもらえるならば、してもらっておいた方が安心でもあるので、できるだけその時には、家にいるようにしています。

 問題なのは、待っていたのにすっぽかされることもあるのですが、それは、もう慣れたので(慣れたくもなかったけど・・)、指定どおりに来てくれたらラッキーくらいに思うようにしています。これはやたらと腹をたてることに疲れた結果の自己防衛本能です。

 それでさえ、やはり見ず知らずの人(しかもたいていは男性)を家に入れるわけですから、一応、用心して、何気なく、ついて歩いて、それとなく色々と質問したり、やたらと話しかけたりして見張っています。

 我が家など、別に高価なものがあるわけでも、大金を持っているわけではないのですが、ひょんな勘違いから目をつけられたりすることも怖いのです。

 最近、急増している手口は、まず、偽配管工が配管の状態を確認するといって、家にやってきて、一応、家中の水回りの配管をチェックする風を装って帰ります。しばらくすると、偽警察官がやってきて、「最近、偽配管工が続出しているので、配管工が何も盗んでいなかったかを確認する」と言い、この少し前に訪れた配管工が実は偽配管工であったことを暴いて見せるのです。そうすれば、彼ら(訪問を受けている人)は動揺し、ちょっとしたパニック状態になります。

 しかし、実際には、この配管工がやってきた時点で、家の中の貴重品のターゲットの場所を下見して、偽警察官に伝えたうえで、実際に貴重品を盗んでいくのは、この偽警察官なのです。さすがにプロというのもおかしな話ですが、彼らは見事に数分で家の中の宝石類や現金、貴重品を見事に盗んでいくのです。

 これは、偽配管工に限ったことではなく、電気工事業者、ネズミ駆除、害虫駆除業者など家に容易に受け入れてしまいがちな職業を選んで、偽警察官と手を組んでいます。

 工事業者はともかくも、警察官を装われて、少し前に家にやってきた工事業者の人が詐欺で泥棒であったなどと言われれば、慌てて偽警察官を家に入れてしまいがちです。

 これらの犯罪は、特に高齢者宅を狙って起こっており、警察官でさえも家にやってきたら、必ず身分証明書の提示を求めるように呼び掛けています。しかし、この警察官の証明書でさえも偽物を携帯している場合も多いので、それがホンモノであるかどうかは、日常的には、見慣れたものではないため、識別するのは難しいかもしれません。

 警察官でさえも、本物かどうか信じられなくなるとなるとは、もう救いがたいことです。

 しかし、実際に起こった事件の報道を見たりすると、棚に隠していた10万ユーロ(約1,600万円)が盗まれた・・などとあるので、事件自体もさることながら、そんな現金、家に隠してあるの?とそのこと自体に驚いたりもします。

 日本は、タンス預金が多い国でやはり高齢者には、特にそれが多いなどという話を聞いたことがありますが、フランスの高齢者にも、けっこうタンス預金があるらしいです。


偽配管工と偽警察官


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