2023年11月26日日曜日

宮古島グルメ 宮古島で食べたもの

  


 旅の醍醐味は日常では味わえない異国情緒というか、いつもと違う景色の中に身を置くこと、異なる文化に触れること・・そして、その土地ならではの美味しいものを食べることが私にとっては大きな目的です。

 これまで、私は日本国内では、あまり旅行をしておらず、実家、親戚なども、すべて東京で、さすがに30年以上、日本で生まれ育ってきたので、それなりに少しは旅行をしてはいましたが、沖縄を訪れたのは初めてのことでした。

 他の地域でもそれぞれ、違う文化があるのでしょうが、沖縄というのは、日本でありながら、どこか、異文化色が強いようで、殊に宮古島などという沖縄本島から、さらに離れた島ともなれば、ちょっと外国のような感じを受けないでもありません。

 ちょっと、この世のものとは思えないほど美しい海やビーチなどに囲まれていると、たびたび、ここが日本であることを忘れてしまいそうにもなり、ふとビーチからあがってきて、看板が立っているのをあらためて、眺めたりすると、一瞬、「なんで、この看板、日本語で書いてあるんだろう?」などと、錯覚に陥ることもあります。

 食べ物にしても、島民がふだん、どんなものを召し上がっているのかはわかりませんが、外でやたらと見かけるのは、「宮古そば」、「ソーキそば」、「てびち」、「じゅーしー」、「島どうふ」、「海ぶどう」などなど、聞いたことはあるけれど、食べたことがなかったものが目白押しで、これは、宮古島にいる間に是非、食べてみなければ・・と、また、宮古島滞在中の食事の回数に合わせて、できるだけ食べてみたいと、これまた、一食もスキップするわけには、いかないと躍起になるわけです。

 しかし、他の予定で食事の時間がズレたりすると、昼食時の時間が過ぎてしまって、行こうと思っていたレストランも昼の営業時間が終了してしまっていたり、定休日にあたってしまったりで、必ずしもうまいこと予定が進まなかったりもします。

 一番、手っ取り早く、色々な宮古島、沖縄のお料理を色々と食べてみることができるのは、ホテルの朝食で、これまた、よくも、こんなに取り揃えるものだと感心し、ここである程度の土地のお料理を味わうことができるのは、大変に嬉しいことです。

 ついつい、あれもこれもと欲張って、朝食後は、お腹いっぱいになってしまうのですが、ここで、ひととおりの沖縄・宮古料理を堪能しました。ちょっと欲張りすぎです・・。



 野菜や海藻、大豆、肉、魚など、選び方にもよるでしょうが、上手に選べば、旅行中に野菜不足に陥りがちなところ、かなりバランスよい食事ができます。

 中でも宮古そばは、美味しいお店のものを探したいと調べた挙句に、「古謝そば屋」というお店にあたりました。このお店は空港から比較的近いのですが、どうやら、不思議なことに、宮古島は空港近くというのが、よいお店に遭遇する可能性が高いような気がします。


 

 ちょっと、車で走ると、見渡す限り、さとうきび畑が続き、夜になると街灯もないような道が続き、めぼしいお店も見当たらなくなり、あとは、ホテル近くのいかにも観光客相手という感じのやたらと飾り立てたようなお店しかなくなってしまいます。

 地元の食べ物を探すには、あとは、スーパーマーケットやJAのやっている「あたらす市場」などには、地元の野菜や食材のほか、お惣菜やお弁当などもお手頃価格で売っているので、こういうものをテイクアウトするのもよい気がします。

 

 たまたま、ホテルの近くの地元民も集う食堂のようなお店で、今日は、海ぶどうやお味噌の入ったおにぎり、タコの唐揚げ(タコがぷりっぷりですごく美味しかった)、さきいかの天ぷらなども、珍しくて美味しかったです。


 


 また、沖縄ならでは?のサーターアンダギーなども、紫芋のものや、黒糖のものなどもあって、娘はこの黒糖入りのサーターアンダギーがいたくお気に召した様子で、このカロリー爆弾のような食べ物にも、期間限定ということで、ホテルに買って帰って、丁寧にお茶をいれて、美味しそうに頬張りながらも、これは東京に買って帰って、ちょっとだけオーブンで温めて食べてみたいと、すでに買って帰るものリストに追加しています。




 そもそも、私は日本に来ている時点で、このちょっと長い期間限定の食べ放題の旅が始まっており、これは宮古島から戻ってもまだ続くわけで、脂っこい食事にぴったり!などというお茶を飲みながら、どうにか罪悪感を軽減しつつ食べ続けています。

 旅も終盤に入ると、もう東京に何をいかに持ち帰って食べようか?と真剣に検討している親娘です。


宮古島グルメ 宮古そば


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2023年11月25日土曜日

久しぶりの日本国内旅行 宮古島

  


 私が若い時には、やたらと海外旅行ばかりをしていて、国内旅行は、東京から車で行ける範囲に行くことが多く、むしろ、当時は国内旅行は海外旅行に比べて、割高に感じられたりもして、あまり国内で遠方に旅行することはありませんでした。

 その頃は、国内旅行は、もっと歳をとって、長距離移動が難しくなってからにしようと思っていました。

 しかし、どういうわけか、いつのまにか海外で生活するようになり、あっという間に時間が経って、まず、日本に来ること自体が長距離移動。そのうえ、たまに一時帰国した時には、あれこれ、所用に追われ、友人や親戚に会う予定などを入れていると、あっという間にスケジュールはいっぱいいっぱいになり、このままだと永久に日本国内を旅行する機会は訪れることはないという危機感を感じ始め、今回は、意を決して、いつもとは、逆バージョンに、まず自分の旅行の予定を入れてから、他のスケジュールをいれることで、予定を組み始めました。

 まあ、行きたいとなって、一緒に旅行に付き合ってくれる人がいなければ、一人でもいいと思っていたのですが、まず、一番、予定を合わせやすい、娘に「どっか旅行しない?」と声をかけると、ちょうど、飛び石連休のタイミングがあり、そこなら、1日休みをとれば、大丈夫だから・・と、まず日にちだけをおさえて、行き先はその後に探し始めました。

 娘とは、これまでかなり旅行をしてきましたが、直近では、娘がパリに来た際に、一緒にイタリアのトロペアに行ったのが最後でした。とにかく、私も日本でも行ったことのないところがいっぱいで、逆に、「どっか行きたいところある?」と聞いたら、「温泉で一ヶ所行ってみたいところがあるけど・・」というので、探しましたが、時、すでに遅しで、どこの旅館も満員御礼でとれず、それでは、別のところ・・ということで、「私、沖縄に行ったことないから、沖縄がいい!」と話したところ、彼女の会社の同僚たちが、それなら、ぜひ、沖縄本島よりも宮古島がきれい!と勧めてくれたということで、私も色々な情報を見てみたところ、その海の美しさは比類のないもので、私も即、賛成し、今回、二人で宮古島に来ることになったのです。

 彼女とは、どういうわけか、海へ行くことが多く、この間のトロペアにしても、「こんなに美しい海があるだろうか?」、私たちは、あまりに美しい海のハードルをあげてしまったのではないか?とちょっと動揺するくらいでした。


 しかし、いざ、宮古島に来てみると、その海の美しさは、「ここ、本当に日本?」としばし勘違いするほどで、幾重にも重なる海のブルー、透明な海の水、どこまでも続く白い砂浜の砂は、とてもきめが細かくて、砂浜の上を裸足で歩いても、まったく痛くなくて、また砂がサラサラしているので、身体に砂がついても、サラッとしていて、手で軽くはらうだけで全然、OKです。

 また、磯臭さがあまりなく、海の水でさえも、あまりベタベタしないのも特徴です。

 何より、海の美しさがとにかく感動もののレベルです。

 海は比較的穏やかな海で、昨日はシュノーケリングをしましたが、ビーチから、そんなに離れていない場所で、ウミガメに遭遇しました。

 


 食べ物も、いわゆる沖縄そばのようなものから、独特の食材が使われた宮古島ならではの食べ物がたくさんあって、何より、海藻類など、とても健康的なものが多く、以前、やたらとフランスで沖縄の人の長寿の秘訣!沖縄の食事・・などと、囃し立てて報道していたテレビ番組を見て、やたらと「レジームOKINAWA」などといいながら、沖縄の食事を真似して喜んでいたことを思い出したくらいです。




 11月というのに、初日などは、思わず冷房をつけてしまうような気候。あの寒い東京からやってきて、ここでは、余裕で泳げるという気候にも感動。さらさらのビーチで昼寝してしまいました。



 東京にいるのとは、違って、用事に追い立てられることのない、ほんもののバカンス。この絶景の海辺で波の音を聞きながら、ビーチでぐっすり眠ったり、海に潜ったり、最高の時間を過ごしています。

 車を借りて島内を移動していますが、周囲の車の運転の様子から、のんびりとゆったりと生活している島の人々の穏やかさが伝わってくる気がします。

 東京から3時間ほどで、この絶景。



 まだまだ、たくさん行きたいところのある私ですが、ここへはリピートしたい!なんなら、移住してもいいな・・と思ってしまうほど、素晴らしいところです。


宮古島


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2023年11月24日金曜日

完璧に壊れている私の満腹中枢

 


 日本に来る前から、私は食べる気満々で、日頃、パリでは簡単には手に入らない食材やお料理など、「日本に行ったら、あれを食べよう、これも食べよう、あそこに行ったら、これ・・、そうそう、あれも・・」などと、妄想は膨らみ、もう出発前から少なからず興奮気味ではありました。

 それは、いつものことではあるのですが、日本に行く前から、少し体重を落として・・などと思っていた結果、一時は胃が小さくなって、焦ったりもしていました。

 しかし、その小さくなっていた胃が元の姿を取り戻し、そして、あっという間に膨張していくのには、そんなに時間はかかりませんでした。

 日本に到着以来、毎日のように誰かに会っては食事をし、帰り道に夕食用の食べ物を調達して帰るわけですが、日本のデパートや専門店の食料品売り場などには、私の食欲を掻き立てるものが目白押しに並んでいるわけで、そのうえ、誰かに会うたびに、あそこの〇〇が美味しいのよ!などと言われれば、何が何でもそれを見つけ出し、それを買いに行って、またその先で、また別のものを見つけてしまい、到底、その日には、食べきれない量の食料を買って帰るわけで、その取り合わせがどうのこうのは、もう二の次で、ものすごい食料に囲まれているわけです。

 そんな状態で、今の段階ではダイエットなどというものは、パリに帰ってから・・ともうきっぱりと決めていて、どうすれば、色々なものを食べることができて、気持ちよくお腹がすいた状態になるのか? 食事のたびに、胃薬片手に奮闘しているわけです。

 しかし、今年の私の食い意地はちょっと自分でも常軌を逸している感じがあり、友人などと楽しくおしゃべりをしながら食事したりしていて、「あ〜もうお腹いっぱい!」などと、ギブアップしても、また、その瞬間に、友人がまた別の美味しそうなものを出してきたりすれば、その魅力的な食べ物を見ただけで、本当にお腹が空いたように感じてしまうところが怖いところで、もうお腹いっぱい・・から、お腹すいた・・という間隔が極端に短く、そのうえ、お腹がすいた・・から、お腹がぺこぺこのように感じる時間が短いことと言ったら、自分でも、苦笑を通り越して、ちょっとどうかしているのではないか?と思うほどです。

 まあ、そもそも、日常よりはずっと忙しく、飛び回っているうえに、時差ボケがまだすっきりとは治らず、ここ1週間以上、睡眠時間が4時間程度の超寝不足状態が続いており、「満腹中枢破壊」とググったら、その原因には、睡眠不足や生活習慣の乱れやストレス・・などとあったので、まさに、私の現在の状況はそれ・・。

 そもそもたくさんの美味しいものが日本にはあって、それが食べられるのは、期間限定であるという焦りのうえに、この時差ボケによる睡眠不足が原因となっているようです。

 現在、旅行に出ているのですが、その際も朝、早い出発便を選んでしまっていたため、これまた、えらい寝不足で、当日、家を出てからも、もう出発前に用意していた、日本にいる間に一度は食べておきたかった「まい泉のカツサンド」を用意していたのですが、そんなものは、飛行機に乗る前にあっという間になくなってしまい、空港で再びお弁当でも買おうかどうしようか?真剣に悩み、到着後に現地で食べる昼食に差し支えるから・・と自分に言い聞かせて、必死に思いとどまったのでした。

 どうにも詰め込みすぎている今回の日本滞在のスケジュールですが、詰め込みすぎているスケジュールとともに、私の胃袋には、想像を絶する量の食料がどんどん積み込まれ続けているのです。

 あ〜、ほんと、もういいかげん、やばいです・・。


満腹中枢 食欲 食い意地


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2023年11月23日木曜日

あり得ない再会

  


 これまで日本に帰国して、友人と会うことは度々あっても、その友人不在で、その家族と2人で会うことなど、想像したことがありませんでした。

 しかし、今回、初めて、そんなケースが私には訪れて、なんだか、「こんなことってあり得ないよな・・」と、受け入れ難い気持ちでした。

 今回のケースは、数ヶ月前に突然、届いた、ちょっと信じ難かった訃報に端を発したもので、そもそもその友人が突然、亡くなってしまったことが信じ難いことで、若者とは言わないまでも、大して私とも歳が離れておらず、彼女は悠々と、誰よりもストレスとは無縁の生活に見えていたし、マイペースな生活を崩さない人で誰よりも長生きすると思っていたので、余計にちょっと想像すらつかない出来事でした。

 私がその訃報に接したのは、彼女が亡くなって数ヶ月後のことだったし、お参りもできなかったので、次回の帰国の際には、なんらかのカタチで彼女の死と向き合う機会を持ちたいと思っていたのです。

 結果、彼女の夫と二人で食事でもしましょうということになり、出かけたのです。

 しかし、これまで、彼女の生前には、幾度となく、彼女の家にお邪魔したり、家に泊めていただいたりしたこともあったので、彼女の夫とは、面識もあり、話をしたこともあったのですが、あくまでも、私は彼女に会いに行っていたわけで、彼女なしに彼女の夫と会うなど、想像すらつかなかったことでした。

 たまたま、私が彼女と最後に会って食事をした時に(ほんの数年前)、彼女の夫も一緒についてきていたので、以前よりも印象はあったので、今回のようなことになっても、そんなに抵抗はなかったのですが、やはり、実際に対面してみると、彼女なしでは、やっぱり全然、違うわけで、ますます、なんでこんなことがあり得てしまうんだろうか?と、私自身、まだまだ彼女の死を受け入れられていないことを痛感したのでした。

 しかし、彼女の発病から最期までの様子をあらためて、聞いてみると、どうやら、彼女は、そもそも、それまで検査らしいものをしたことがなく、いざ、闘病となっても、かなりの覚悟をもって、手術や抗がん剤などのクォリティ・オブ・ライフを損なうものは拒否し、周囲にも病気のことは、告げずにいたことを知りました。

 彼女の遺言で、葬儀等は、一切行わず、死後、遺体を家に戻して、2日間だけ家にいて、その後は、家から火葬場に直行したとのことでした。

 彼女の両親はすでに他界しているのですが、ご存命のお兄様にさえ、全てが終わってからお知らせしたということでした。

 死の迎え方というのは、人それぞれでよいと思うので、彼女は最期の最期まで、マイペースを全うしたと思われ、彼女の遺言らしい遺言は、彼女のお嬢さんに対しての「パパのこと、お願いね・・」という言葉だけだったそうです。

 そもそも、人と群れることが好きではなかった彼女らしい選択に、儀礼的なことは一切、省いて、家族に見守られて・・という形は、一般的ではありませんが、彼女の意に沿ったものであり、これもまた、悪くないかもしれないとも思ったのです。

 しかし、そもそもは、彼女の夫の方が先にガンを発病し、手術をしたりしていたために、夫の側からしたら、当然、自分の方が先に逝くものと思っていたところ、あっさり彼女に先を越されてしまったために、そのショックは計り知れないもので、どうにも痛々しいなか、「もう少しで、やっと相続手続きが終わりそうだ・・」などと、話していました。

 家族を亡くしたばかりの人に対して、この相続手続きの期限はかなり短いといつも思うのです。

 彼女自身もほんの少し前に、お母様を亡くしており、彼女は、この時の相続手続きをしてから、まだそんなに時間が経っていませんでした。まるで、それが彼女を素通りするようなことになってしまい、ふたたび、このような事態。数年に一度の割合で、あのややこしい相続手続きに追い立てられ、おまけにその度に、税金を支払っているのですから、本当に気の毒でしかありません。

 しかし、彼女自身は、自分の病気が宣告されたあとも、極めて肝がすわっていた感じで、ジタバタなど全くせずに、ある程度、自分の病気を受け入れ、緩和ケアのみでギリギリまで家にいたということで、そんな彼女の姿を聞いて、自分の場合もまた、ジタバタせずにいられるように、常に死については考えておく必要があるんだな・・と思わされました。

 私は、そんなに友達が多い方ではないかわりに、その一人一人との付き合いはかなり密であるため、想像以上に彼女のいなくなり方に、私は、影響を受けそうな気がしています。


自分自身の死の迎え方


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2023年11月22日水曜日

渋谷・下北沢 すっかり変わってわけがわからなくなってしまった・・

  

これが下北沢???と、ビックリした・・


 海外在住者の一時帰国は、本当に忙しいのです。

 私の場合、いつも、何らかの用事にかこつけて帰国し、この際、せっかくだから、これもやっておこう、あれもやっておこうと予定を入れてしまうので、まだ、しばらく日本に滞在予定ではありますが、全ての日程が埋まっており、下手をすると、1日にいくつもの予定が重なっている日もあり、まだ、時差ボケがなおっていないこともあって、すでに、かなりグロッキー気味です。

 ただ、今回、後半には、国内旅行の予定をいくつか入れているので、その分、他のことができないために、ますます予定が詰まってしまうという自分で自分の首を絞めているようなところもあるので、致し方ありません。でも、いつもは会えない人々に会えて、とっても楽しいです。

 それにしても、忙しく動き回るなか、私はすっかりおのぼりさん状態で、どんどん変わっていっている街の様子にどうしても視線が上に向きがちになり、キョロキョロしながら、歩くことになります。

 パリから帰ってきて、いつものことなのですが、電車の駅などのエスカレーターで右に立つ癖がついており、つい右側に立ってしまい・・おっと・・いけない・・となります。そこらへんまでは、少しすれば、慣れるのでさほど問題ではないのですが、それよりも、すっかり街の様子が変わってしまっている場所では、かなり動揺します。

 特に今回、動揺しているのは、なんといっても「渋谷」です。数年?前から工事中だったのは、知っていますが、特に駅の中、駅の周辺、地下も含めた連絡通路、一体、どこがどこと繋がっているのか?まるでわかりません。

 地下鉄や電車の乗り換えなどは、案内が出ているので迷うことはありませんが、通行止めになっている部分もあるせいか、また、今まで突っ切れていた場所が通れなくなったのか?指示どおりに歩くと、なんだか、今までよりも余計に歩くようになったというか?もともと方向音痴で地下などは特に、歩いているうちにどっちの方角に向かっているのかわからなくなる私には、現在のところ、全く慣れずにちょっと気後れしてしまいます。

 おまけに、大変な人の数には、ちょっとめまいがしそうになり、結果的に渋谷はどうしたいのか?と、うらめしく思ってしまいます。

 私にとって、渋谷は以前(といっても、ずいぶん昔の話ですが・・)通学路であったこともあり、自分の庭のような気がするほどに、けっこう詳しかったのですが、もうお手上げ状態です。

 もともと人混みが苦手な私は、今では本当に渋谷が苦手です。

 あと、もう一つビックリしたのが下北沢です。こちらも、ずいぶん前から工事中だったのは、知っていますが、もうどこの出口がどこなのか?もうわけがわからなくなり、また、こちらは、ずいぶんとイメージも違うような場所ができあがっていて、「これ?ほんとにシモキタ?」と思ってしまいます。

 それでも、以前からあった古いお店も、ところどころ、残ってはいるので、「あ〜!これ?ここ?・・これがここにあるってことは、ここは、あそこだ・・」と昔の街並みを思い出したりもします。しかし、悔し紛れに言わせてもらえば、昔のシモキタらしさがなくなっていくようで、ちょっと、こじんまりとして、ちょっと薄汚れた感じで、ちょっとごちゃごちゃしているのが下北沢の良いところだったのに、なんだか、どこも似通ったような感じに街が整備されていくことに、ちょっと抵抗を感じてしまうのでした。


渋谷 下北沢


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2023年11月21日火曜日

高齢者の一年と代がわり

 


 海外に住んでいると日本にいる家族や親戚とも久しく会わないことも珍しくありません。たとえ、定期的に一時帰国していても、必ずしもみんなに会い切れるものでもないのです。

 少なくとも、パンデミックの間2〜3年は、全く日本に帰ってこれなかったので、その間には、全く会えなかったし、我が家系は両親ともに、兄弟姉妹が多く、叔父・叔母も多く、また、とても親戚付き合いが緊密で、結束が固いために、小さい頃から、度々、親戚が集まる機会も多く、それは、現在でも続いているのです。

 私の両親はすでに他界しているので、その本来の繋ぎとなっていた部分は存在しないものの、その濃淡はあるにせよ、かなり私との繋がりが密?な、叔父や叔母もおり、彼らとは、日本に一時帰国をする際にこれまで一度も会わなかったということは、一度もありませんでした。

 特に、その中の一人である叔父などは、つい最近までは、必ず羽田空港まで車で迎えにきてくれて、滞在中も最低でも一回は一緒に食事に行ったり、お墓参りにいったり、また、自分の得意料理を作っては、わざわざ家に届けてくれたりと、もういい歳をして、私は大変に甘やかされた状態だったのです。

 彼らは亡き母の弟や妹たちで、まるで使命感にかられているのではと思うほどに、もう私たち親子の面倒を見る?のが、当然のように思っている気もするのです。大変、愛されていることを実感しているわけですが、その叔父や叔母もある程度の年齢までは、いつまでも、あんまり変わらないなぁ・・(見た目もフットワークなど)と思っていたのに、ここ数年で突然、めっきり老け込んだ感じがして、車の運転なども危ないのではないか?と思うようになりました。

 叔母の方は、きっぱりとすでに運転はやめてしまったのですが、叔父については、まだ運転を続けています。なので、今回の帰国なども、帰国することを知らせてしまえば、誰がなんと言おうと、叔父は空港に迎えに来てしまいそうで、私は、遠慮して、その叔父家族には、事前に帰国を知らせませんでした。

 人というものは、個人差もあるでしょうが、中年以降、しばらくは、そんなに変化がないものの、ある年を境にめっきり変化してしまうタイミングがあるようで、今年は、叔父、叔母たちに顕著にその姿に表れていることに接し、少々、戸惑っています。

 そもそも、日本に来ると、来るたびに高齢者が増えたことを実感し、地下鉄に乗っても、街を歩いていても、高齢者を目にすることが増え、日本の高齢化を再認識させられます。

 特に今回の帰国では、まだ叔父・叔母全員に会ったわけではありませんが、80代になった叔父や90代に突入した叔母が、この一年でかなり加速度的に変化していたことに、驚いています。

 代がわりというのは、やはり節目なようで、昨年から考えるとずっと腰がまがってしまい、また歩き方なども危なっかしい感じだったり、また、会話の様子などからしても、噛み合わない部分が表れたり、もともとの性格的なキャラクターがより一層濃くなって、より頑固で頑なになっていたりして、「去年は、こんなじゃなかったよね・・」と思うことが増えて、たった一年の間に??と、びっくりしてしまいます。

 小さい子供の一年での成長ぶりならば、「大きくなったね〜」とか、「ずいぶんとおにいさんになって、しっかりしてきたね〜」などと、頼もしく、また嬉しくもあるのですが、この代がわりの高齢者の一年の変化には、複雑な思いにかられます。

 それでも、ある日、一日を境に劇的に変化したわけでもなく、ごくごく周囲の人々にとっては、その老化のスピードは以前よりも早くなったとはいえ、徐々に変化していることに周囲も慣れてきているのであって、「最近、こうなのよ・・」とか、嘆いてみせたりするのですが、一年以上のブランクがあった私にとっては、歴然とした変化がかなりショッキングでもあるのです。

 しかし、考えてみれば、これから先は、本当にこのようなことが増えるのは、まさに不可避で、わりと早くに亡くなってしまった母には、このようなことが訪れたこともなく、父に関してみれば、そもそも性格的にもかなり特異であったために、それが加齢によるものなのかどうかという判断もつきにくかったのです。

 しかし、ここへきて、一年のブランクがこれまでの数倍の変化をもたらしていることは、これまでには、感じることのなかった厳しい現実なのです。



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2023年11月20日月曜日

パリに持って帰りたい食材を買いたいお店の一つ 上野 吉池

 


 私の携帯のメモには、いつも「日本に行ったら買いたいものリスト」があって、何か思いつくたびに、それに追加していきます。

 一時帰国の日が近づくと、逆に友人や親戚へのお土産ものや頼まれものを買い集め、日本に来る時の私のスーツケースの大部分は、誰かにあげてしまうもので、日本にいる間に少しずつ会う人々に渡していくのです。

 しかし、日本に到着した途端に、お土産を渡して少しずつ持ってきた荷物が減っていくのと同時進行で、今度は、パリに持って帰るものの買い物がスタートするのです。

 こんなことをしていると、この期間は、常にスーツケースをつめ、それを空にして、また、別のものをつめていく、なんだか運び屋みたいだ・・と妙な気分にもなります。

 もちろん、パリにいる友人に頼まれているものや他人に渡すものも少しはあるのですが、フランスに戻るための荷物(買い物)は、ほぼ日常の私の食材などがメインで、それからしばらくの私の食生活に重大に関わってくるので、真剣味も違います。つまりは、日本に着いた瞬間から、もうパリに持ち帰るものを物色する毎日が始まるわけです。

 もう端的に言えば、ごくごく普通のスーパーマーケットでさえも、はっきり言って、正直、目に入るものは、次から次へと、全部欲しいのですが、持てる荷物には限度があり、その中から、選んでいかなければならないわけです。

 そして、こうなってくると、できるだけ持ち帰ることのできる他のお店では、あんまり見かけない、これはあったら、絶対便利だ!と思われる商品をたくさん扱っているお店に行くのが効率的ですが、その一つが上野(御徒町)の「吉池」というお店です。




 もちろん、このお店には、ふつうのスーパーマーケットにあるような食材もおいているのですが、特に海産物関係の乾物や缶詰、乾燥だし粉末、薬味系などが充実していて、ちょっとテンションがあがります。

 わかめやひじきなどのポピュラーな、わかりやすい乾物から鰹節なども種類が豊富で、特に私は、あさりやしじみ、カニやエビなどのエキスのパウダーやお魚のおせんべいなどが気に入っています。



 また、カニ缶やウニの瓶詰めなども、比較的、お手頃価格のものから、ちょっといいものまで置いていたり、行くたび(とはいえ、毎回、必ず行けるわけではないですが・・)に、「うわっ!こんなのあるんだ!」と、我を忘れてお店の中をウロウロしたり、気になった商品に釘付けになったり、食い意地の張っている私はしばし、時が経つのを忘れてしまいます。




 もちろん、鮮魚も充実しているので、海外に持って帰ることは不可能でも、日本滞在の間に食べることもでき、同列経営の食堂も同じビルの中に入っています。

 もともと、この界隈、あまり行かない場所ではあるのですが、それでも、何かにかこつけて、日本にいる間にできれば行っておきたい、そんなお店です。

 

吉池本店 東京都台東区上野 3-7-12 JR御徒町駅徒歩5分


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