2021年12月2日木曜日

携帯電話が壊れて大パニックになる私

   


 私の携帯電話の調子がどうもおかしくなり始めたのに気がついたのは、携帯に入っているヘルスケアのアプリの中の万歩計がカウントしなくなったことからでした。

 もともと電話というものがあまり好きではない私は、携帯などいらないと、かなりの人が携帯を持つようになっても、あまり必要性も感じず、携帯を持つことはありませんでした。

 そもそも、家と職場と娘の学校やお稽古ごとの送り迎えで一日、一日が暮れていく生活だったので、連絡なら会社か家に電話してもらえば良いわけで、それ以外の時間を縛られるのが嫌だったことも理由の一つでした。

 それが、私が最初に携帯を持つようになったのは、主人が亡くなってからで、主人が持っていた携帯を(といってもその頃はまだガラ系の携帯でしたが・・)引き継ぐ形でなんとなく持つようになって(緊急連絡先など、色々な登録がその携帯のナンバーでされていたので)以来のことでした。

 娘が中学生くらいになって、「周りの友だちは、み〜んな携帯もっているから、自分も欲しい!」と言い出して、しばらくしてから、代わりに私が主人から引き継いだ携帯ナンバーをそのまま引き継ぐということを条件で、私はしぶしぶ娘に携帯を買い与えたのでした。

 それからしばらくの間は、私は携帯から解放されていましたが、娘がグランゼコールに入学し、一人暮らしを始めたのを機に、私は、再び、携帯を持つようになったのです。

 仕事でほぼ一日中、パソコンに向かって、それ以外の時間も画面に縛られる生活は嫌だったのですが、再び携帯を持ち始めてからは、時代はどんどん変わり、携帯もスマホになり、携帯は電話というよりも小さなパソコンのようになり、もはや携帯なしでは生活しにくいような(今は特にヘルスパスなども携帯に入っている)時代になりました。

 それでも私はあまり携帯を上手く使いこなしてはおらず、携帯でメッセージを送ったりするのも億劫なほどで、苦手意識が消えることはないのです。

 私にとって携帯は、まぁ・・どこかに出かける時の地図がわりや、写真を撮るためのカメラ、最低限のメッセージや移動中の暇つぶしにニュースやツイッターなどを見る程度で、なんなら、パソコンでできることはパソコンでやりたいと思ってしまうので、苦手意識は一向に克服できないのです。

 しかし、ついに外でネットが繋がらなくなって、いよいよもうダメ・・買い変えねば・・となっても、一体、何を買ったらよいのかもわからず、娘にあきれられる始末。

 しかも、これまでiPhoneを使っていて、少しはiPhoneなら慣れたところに機種を変えたものだから、もうパニックです。携帯が壊れたから新しい携帯を買ったのに、携帯が届くという連絡が携帯に入り、「在宅確認のために電話してください・・」とのメッセージを受け取った時には、すでにその携帯は電話を受けることはできてもかけることはできない状態。

 家にいたためにネットが繋がったために幸いにも携帯は受け取れたものヒヤヒヤものでした。だいたいフランスでは配送品がさまよい受け取れなくなる危険がいつも控えているのです。

 届いた携帯をとりあえず、まず充電し、いざ起動するとなるともう恐怖。初期画面からして全く違い、娘の帰宅を待って娘に丸投げ。我ながら情けないと思いつつ、何かおかしな設定をしたら、大変!という気持ちが先にたってしまいます。

 同年代の友人に話すと、同じ同じ・・となぐさめてはくれるものの、情けない限り。

 「iPhoneよりも、こっちの方が写真が綺麗に撮れるし、何も高いApple買う必要ないよ!」という娘の言うままに、違うメーカーのものにしたものだから、これからまた、新しい携帯に慣れなければなりません。

 これまでの携帯に入っていた電話番号やアプリなどを全て移し替えるだけでも、私にとっては、一仕事で大ストレスです。

 だいたい、新しいものに慣れて使いこなすということが億劫になっているということは、老化の一部に他ならないのですが、この電子機器に関してはことさらそれが酷く、新しい携帯などに対しては、ちょっとしたアレルギー状態・・デジタルネイティブと言われる娘の世代からは信じられないことだと思います。

 娘に初期設定をしてもらい、最初の画面を眺めて、画面の左横に、「10」、「48」という数字がでているのを見て、仰天!「なに?これ?何でこんな数字が出ているの?」「何かトラブル??」と娘に携帯を見せると、失笑を買い、「もう少し、考えてから、言葉にできないの?」と冷たい反応。

 なんと、それは、単なる時間の表示でした・・・。

 以前、私が娘の年頃に、その頃、私の好きだったタレントさんが、「今日の「徹子の部屋」に出るからビデオ録画しておいてあげる!」とわざわざ職場にまで電話してきてくれたので、その日は楽しみにして、家に帰ったら、母が撮っておいたといっていたビデオは録画されておらず、賢明なはずの母がなんでこんなことができないのだろう?と不思議でなりませんでした。

 しかし、現在の私は、まさにあの時の母のような状況に・・、新しい携帯となると、腰が引けてパニック・・そんな状態になっているのです。

 そして今、こうしてパソコンを開いていても、嫌味のように出てくるのは、携帯の広告ばかりです。その広告を見ながら、「いくら、広告出しても、もう買ったから、当分買わないもんね・・」と、私は八つ当たりのように心の中でつぶやいているのです。


デジタルネイティブ 携帯電話


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