2022年9月19日月曜日

日本の天皇皇后両陛下のエリザベス女王国葬参列は別格扱いの報道

  



 フランスは9月8日のエリザベス女王ご逝去からの一連の流れに釘付けのような騒ぎようですが、いよいよ国葬の日を迎えるにあたって、脅威的な盛り上がりを見せています。

 エリザベス女王のご逝去からイギリス王室の伝統的な一連の儀式や、どれほど、イギリス国民にとってエリザベス女王がどんなに大きな存在であったか、棺と対面するためにウェストミンスターから、ベッカムでさえも12時間並んだとか、今は16時間待ちだとか、夜通し行列する人々の声などを届けながら、今世紀最大の葬儀の様子をフランスは、もう一週間以上も熱狂的に報道し続けています。

 そんな報道を見ていると、これまで取り立てて考えることもなかった王室や皇室の存在や意味、意義をあらためて思い知らされる気持ちがしています。

 この今世紀最大の葬儀と言われるエリザベス女王の国葬には、夜通し並んでまで最期のお別れをしたい国民や各国からの弔問には、年齢、性別、職業、宗教、政治的思想、国籍など全て異なる人が集まっており、こんなにも多種多様な垣根を越えて、これほどの人々が集まるという出来事は、他にはちょっと考えられない凄いことなのだと思うのです。

 国葬当日には、世界中から約500人の国家元首ら賓客が弔問に訪れ、前日夜には、世界中の要人が続々とロンドンに到着する中、この国家元首はそれぞれの国にとっては、トップの人々でありながら、これだけたくさんの要人が集まるとなると、その一つ一つの国の要人は、たくさんの弔問客に埋もれてしまい、一人一人は特に取り上げられることはありません。

 フランスでは、マクロン大統領のロンドン入りが報道されるのはもちろんのことですが、その他は、当日のウェストミンスター寺院への移動は、専用車の利用が禁止されているところ、アメリカのバイデン大統領だけが警備上の理由で特別に専用車を使うことを許可されたなどと報道されているくらいで、他はその他大勢の扱いです。

 ところが、その他大勢に入らなかったのは、日本の天皇皇后両陛下で、日本の皇室、天皇皇后両陛下のイギリス国葬参列は別格扱いです。

 エリザベス女王の70年にわたる在位中に日本の皇室は、現在の天皇の祖父にあたる裕仁(1901-1989)、明仁(1933年~2019年退位)、そして現在の成仁天皇と三代にわたり友好関係を保ち続け、成仁天皇はオックスフォード大学留学中にも、女王陛下からのご招待を受け、バルモラル城で休日を共に過ごすなど、英国王室との交流があり(皇后陛下も時期を隔ててオックスフォード大学で学ばれていた)、イギリス王室と日本の皇室との関わりの深さから、本来は日本の天皇皇后両陛下は、海外の葬儀に参列することは前例がない中、エリザベス女王の葬儀には、特別に参列することを望まれた結果で、イギリス王室と日本の皇室の強い絆が反映されていると伝えています。

 天皇皇后両陛下は「女王の多くの功績と貢献」に対して感謝と尊敬の念と深い哀しみを表し、女王の死を聞いて3日間の喪に服したと言われています。

 今回の主人公?であるイギリスは、これだけ国全体が哀悼の意に包まれている王室を大切にしている国、またそのイギリスの一大事を熱狂的に報道しているフランスも王室・皇室に関しては、やはり別格に扱うところがあるのです。

 本来ならば、500人以上の国家元首ら賓客の中には、埋もれてしまいそうな日本ですが、日本からは歴史ある皇室から天皇皇后両陛下が慣例を越えて参列されるために別格扱いの注目を集めていることに、なんだか、ちょっと久しぶりに日本が誇らしい気持ちになりました。

 これだけの賓客が集まる中、席次も大変なことだろうと思いましたが、天皇皇后両陛下は4列目に、(ちなみにバイデン大統領は16列目)着席されました。

 今、パンデミック、戦争と世界中が不安定な中、政治や宗教を越えて確固として存在し続けている何かはとても重要なもので、このエリザベス女王の葬儀の一連を見て、王室や皇室の存在というものは、思いの外、貴重な存在であったのではないか?とあらためて、感じているのです。


天皇皇后両陛下イギリス国葬参列


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2022年9月18日日曜日

フランス人の衣替えの素早さにはいつも驚嘆させられる

  


 

 ここ数日でパリはあっという間に寒くなってきました。つい数日前までは、30℃超えのちょっと動くと汗ばむような気候だったのに、あっという間に朝晩は10℃を切る寒さに突入しました。

 日中と朝晩の寒暖の差が激しいのには、さすがにもう慣れましたが、この季節の変わり目の衣替えのタイミングというものは、未だに出遅れそうになります。

 とはいえ、さすがに、出かける前には、天気予報を見て、お天気や気温を見るくらいの習慣はついたものの、その変わり目となると、どうにも、その気温の感覚が選ぶ服装と直結せずに、なんとなく、こんな感じでいいかな?と思っていくと、少し肌寒かったり、逆に暑すぎたりとどうにもチグハグになってしまうのには、パリに来て20年以上経った今でも、どうもバシッと決まり!という感じにはなりません。

 特にここ数年の夏の猛暑と夏の暑い期間が長くなったことで、私の衣替えのバロメーターがさらに狂ってしまった感じがしています。

 ところが、ここがフランス人の肌感覚の凄さというのでしょうか? 先日、出かけたら、もうダウンを着ている人がちらほらいたりして、また、彼らの服装のとおりに、しっかり寒かったりしたのには、やっぱり、彼らは、スゴいな・・と感心します。

 本当にある日を境にどっと服装が変わる、しかも、その変わり方もサンダルからダウンとかになりインパクトが激しいので、驚かされるのです。

 また、逆に暖かくなってくる時期に、少しでも気温が上がる日には、待ってましたとばかりに真夏のような格好でみんな出てくるので、これもまたスゴいな・・と思います。

 そもそも、私にとっては、フランスの天気予報というのは、あまり当てにならない印象があるので、明日は雨になるらしいから、今日のうちになんとか、無理をしてでも行っておこうとか、思って出かけると、翌日も結局、雨など降らずに晴天だったりするのです。

 前日まで、サンダルにTシャツだった人々が、一気にダウンやコート、マフラーまでしているのには、本当に見事だな・・と思わせられます。秋の訪れとともに、ブーツを履いている人もちらほらし始めます。これは、ファッションなのか?おしゃれなのか?わかりませんが、どこか、秋の風を感じたりし始める季節、季節を先取りしている感じのブーツも彼らなりのファッションなのかもしれません。

 私の印象としては、彼らには、春や秋というものの存在は薄く、夏から冬、冬から夏になるような気がします。

 そもそも、パリの街中にいる人々の服装は、本当に様々なので、多少、季節にピッタリ来ない格好をしていても、そんなに目立つことはないのですが、この季節がわりのタイミングだけは、急にダウンやマフラーなどのアイテムがいきなり出てくることに、毎年のことながら、驚かせられるのです。

 だいたい、もともと、彼らは、夏の間には、コートを防虫剤を入れてしまい込むということもせず、ほぼ一年中、同じタンスに入れたままに保管している人が多いようで、急な衣替えにも対応できる?体制を保っているような気がします。

 日常のお天気(雨が降るかどうか?)については、彼らにとっては、雨が降ろうが傘もささないので、彼らにとっては、「雨が降りそうだから、今日は傘をもっていかなきゃ・・」なんてこともないのでしょうが、この衣替えだけの素早さだけは、彼らは完璧です。


フランス人の衣替え


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2022年9月17日土曜日

WHOが発表 パンデミックの終焉は手にとどくところにある 

  


 「世界はパンデミックを終わらせるためにかつてないほど良い状況にある」「まだそこには到達していないが、終わりは手の届くところにある」コロナウィルスの出現から約3年、WHOのトップは世界的なパンデミックの将来について楽観的な見解を発表しました。

 WHOの最新のレポートによると、先週、コロナウィルスによる週間死亡者数は2020年3月以来、最低に減少したと報告しています。

 ワクチン接種の拡大により、大幅に重症化する患者数やそれに伴う死亡者数も確実に減少した結果であるとはいえ、2020年3月以来、最低の死亡者数までになたたということは、ようやく振り出しに戻っただけであるということもできます。

 このパンデミックによって、世界経済は長期間にわたり麻痺し、ワクチン接種の開発と浸透により、多くの人々の命が救われたと同時に、このワクチン接種を含む世界規模の不平等を露呈させたとも言われています。 豊かな国々は有効なワクチンをため込み、多くの貧しい国では接種率がまだ低くなっているのが現実でもあります。

 実際の感染者数が正確に把握されているとも言い難く、WHOが公式に確認した世界中の感染者数は6億人を超えていますが、公式に記録された640万人の死亡者数と同様、現実よりもはるかに低い数字だとも言われています。

 「パンデミックの終わりが見えてきた」というのは、トンネルの向こうに微かな希望の光が見えてきた程度の話で、逆に言えば、「この機会をとらえなければ、さらなる変異種、さらなる死、さらなる混乱、さらなる不確実性が生じる危険性がある」とWHOは同時に警告もしているのですが、世間の捉え方はどうしても希望、楽観的な予測に偏りがちです。

 ワクチンという強い味方を手に入れたものの、ワクチン接種をしているのに、感染するケースなどもあります。しかも、これから秋から冬へと気温が下がってウィルスが活発化する季節を迎えている今、このWHOの見解は、かなり楽観的なもので、多くの人を油断させるという逆効果になりかねないのではないだろうか?と心配しています。

 今や、フランスでは、ほとんどマスク姿の人は見かけなくなりましたし、今、毎日のように中継されているエリザベス女王を弔問する人々の長蛇の列を見ても、マスクをしている人の姿は見えません。

 しかし、一方では、フランスでも、一部には頑なにメトロの中でもオフィスでも、マスクをキープしている人がいないわけでもありません。そして、以前には、日常であったビズー(頬と頬を合わせてのあいさつ)は、未だに完全復活はしておらず、握手に切り替えている人が多いのには、ちょっと救われる気持ちです。

 いつまでも、怖がっているのは、ナンセンスな気もするのですが、私は、このまま「パンデミックの終焉は手にとどくところにある」と安堵する気にはどうしてもなれないのです。

 私は、4回目のワクチン接種を7月に済ませていますが、今度はそうそうに、インフルエンザのワクチン接種の招待券?が送られてきました。これまではインフルエンザのワクチン接種などしたことがなかったのですが、昨年は、インフルエンザに罹って抵抗力が落ちた時にコロナに罹ったら、もっと怖いと思って、インフルエンザのワクチン接種をしてかなり体調を崩してげっそりしました。

 こうして、これから、毎年、コロナとインフルエンザのワクチン接種を続けることになるのでしょうか?


パンデミックの終焉 WHO


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2022年9月16日金曜日

子供の「はじめてのおつかい」も時代が変わったことにしみじみする

  


 この間、スーパーマーケットに買い物に行ったら、レジで私の前に5歳くらいの男の子が並んでいて、気がつけば、彼は一人でレジに並んでいました。彼がレジのベルトコンベアーの前に置いているのは、数個のパンが入った袋だけでしたが、手にはゴールドカードを1枚、握りしめていました。

 スーパーマーケットのレジの近くには、つい追加してしまいそうになるガムやキャンディ、チョコレートなどが置かれているのは、どこの国も一緒で彼もまた、その中のチョコレートバーに魅了され、手にとって、それをしばらく見つめていました。

 パリで小さな子供が一人で買い物に来ているということは、非常に稀なことで、そもそも一人で外出させるということはあまりないのです。

 家庭によっても多少は差があるとは思いますが、小学校卒業までは、学校の送り迎えをするのが普通で、我が家の場合、朝学校に送って行って、仕事が終わって学校に迎えに行って帰ってくると、もう夜7時過ぎくらいにはなってしまうので、学校が終わって友達と遊ぶということもなく、学校がお休みの日はお稽古事などに追われているわけで、それも全て送り迎えが必要で、一人で出歩くということはまずなかったのです。

 たまにお友達のお誕生日会などに呼ばれてお友達の家に行く時も、必ずお友達の家まで送って行って、また終わる頃にまた迎えに行く、もしくは、招待してくれたおうちの人が家までおくってくれるという感じなので、一人で買い物に行くとか、寄り道をするとかいうことは、少なくとも小学生のうちは、ありませんでした。

 なので、買い物に行くことはあっても、必ず家族の誰かと一緒なわけで、一人で買い物をするという、日本でいう「はじめてのおつかい」のような体験はありません。

 しかし、娘が小さい頃に、一度、お店で何か一人で買い物をするということをさせてみたくて、一緒にパン屋さんに行った時に、1ユーロのコインを娘に渡して(あの頃は1ユーロでバゲット1本買ってもお釣りがきた・・)、「バゲット1本買ってきて!焼けすぎていないやつ(「Une baguette pas trop cuit s'il vous plait」)ってちゃんと言うのよ!」と言って、ちょっと離れたところで見守っていたことがありました。

 娘は最初は躊躇っていましたが、意を決してパンを手に入れ、どこか満足そうにしていた記憶があります。

 私の前にレジに並んでいた男の子に、「ん??一人??」と思っていた私は、次の瞬間、彼がチョコレートバーをつかんで「これ買ってもいい?」と控えめな声で少し離れたところにいるお母さんに尋ねているのに気がつきました。

 一人で買い物に来ていたのかと思いきや、いつかの私のように、少し離れたところでお母さんがしっかり見守っていたのです。

 お母さんは、しっかり口を結んで、「ダメダメ・・」と首を横にふると、彼は「これ、90セントだよ!」とさらにもう一声、それでも、ママは毅然として、「ダムダメ・・」と・・。彼は諦めてチョコレートバーを棚に戻していましたが、そんな光景を見て、なんだか、懐かしいような、微笑ましいような、そんな気持ちになりました。

 しかし、今は子供に買い物をさせるにもゴールドカード、しかもサインも暗証番号も必要ないし、軽くカードをかざすだけで決済が済んでしまうので、おつりの計算も心配もいりません。

 なるほど、昔はお金を預かって「お釣りを間違わないようにね・・」などと言っていた子供のおつかいも、今はひどく簡単になりました。

 一方、カードなら、余計なものがいくらでも買えてしまうので、頼んだもの以外は頑として買わせないというのは、現代のこどもの「はじめてのおつかい」には、必要な訓練なのかもしれません。

 私も最近は、すっかり現金は使わなくなり、現金を使って買い物をするということは、1年に1〜2回あればいいほどで、何かの時のために少額の現金は持っているものの、そういえば、お釣りのことなど考えることもなくなりました。

 しかし、こうして「子供のおつかい」などを見ていると、お金を握りしめて、お釣りの計算をしたりする・・そんなアナログな時代も、それはそれでよかったな・・という郷愁のようなものを感じるのです。

 

はじめてのおつかい ゴールドカード


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2022年9月15日木曜日

電気料金値上げによるエネルギークーポン再び配布

   


 たまたま、昨日、EDF(フランス電力)から、請求書が届いて、今までになく、ドキドキして開封しました。電気料金の請求書は2か月に一度で、これまでは、毎回、似たり寄ったりの金額で、そんなに深く考えることもなく、支払っていたのですが、ここのところ、どんどん電気料金が値上がりしているというし、周囲からも「EDFの請求書を見てビックリした!」とかいう話も聞いていたので、ちょっと怖かったのです。

 電気料金については、自分のアカウントがあって、調べれば、現在、自分がどの程度、電気を消費しているかは、ネットでいつでも見ることはできるのですが、さすがにそこまですることはなく、それでも今までよりは、使っていない電気製品のコードを外したり、こまめに電気を消したり、ある程度は気をつけてはいるものの、我が家の場合は冷房もなく、どうしても暑いときに扇風機を使う程度なので、今の時点でも、かなり節電しているつもりなので、請求書がくれば、その通りに支払うしかありません。

 新年度が始まって、税金の支払いなど、出費がかさむ中、昨日、ボルヌ首相がエネルギー危機に関する政府発表を行いました。

 首相は特に「今の我々の目的は、ヨーロッパ規模でのエネルギー価格の爆発を止め、より穏やかな価格に戻すこと」と述べ、2023年に向けてのエネルギー危機への対応とともにエネルギーに関する援助を延長することを発表しました。

 この冬、フランス人が十分なガスと電気を使えるようにするために、ガス在庫の充填を加速(現在95%)、LNG基地の輸入能力の増強、再生可能エネルギープロジェクトを加速するという政府の方針です。

 この発表の中で、最も驚いたのは、「誰もが自分の責任を果たし、必要な節度を保てば、冬場に停電は起こらないであろう」という部分で、逆に言えば、「皆がこれまでどおりに生活していたら、冬場には停電する」ということで、そこまで差し迫った状態であるということが、エネルギーに関する政府の発表があるたびに、明らかにされていく気がします。

 彼女は、前回の発表の際に、エネルギー消費量を10%削減するという目標をかかげていましたが、混乱を抑えるためなのか、「節制とは、生産量を減らすことではなく、暖房を少し減らし、無駄な消費を抑えること」と説明しています。

 フランス人はパニック状態になった場合、最も収拾がつかない状態に陥る可能性が高いことを考慮している発言であると思われます。

 これにより、フランス高級ブランドグループLVMHは、10月からフランス国内の店舗で夜間照明を午後10時に消灯することを発表しています。

 いつの間にかどんどん上昇している電気・ガス料金は、それでもEDF(フランス電力)などの電気・ガスの供給会社に値上げ分だけでは賄いきれない不足分を直接、電気・ガスの供給会社に不足分を政府が援助しながらも、これでもギリギリの値上げを続けているわけで、それでさえも、2023年には、電気・ガスともにさらに15%の値上げが見込まれています。

 しかし、それでさえ、政府の介入がなければ、来年の初めには、電気・ガス料金は 2.2倍にもなるということなので、これでもマシな方なのかもしれません。

 同時に彼女は、値上げのお知らせとともに、再度、弱小世帯に向けてエネルギークーポンを配布することを発表しました。これは1200万世帯が該当するもので、10世帯のうちの4世帯の割合にあたります。

 金額は、収入や家族構成によって考慮され、100ユーロから200ユーロの間で支給されるということです。

 前回、今年4月に、すでにエネルギークーポンが配布されていますが、これは、本来ならば2023年3月末まで使用できるということになっていたのに、追加でエネルギークーポンが必要になってしまったということは、4月に配布されたものでは十分ではなくなり、想像以上に値上がりの速度も速く、爆上がりしているということです。

 電気代というものは、気をつければある程度は、節電することは可能であるものの、それ以上はあまりわかりにくい消費のかたちで、普通に生活しているだけで、いつの間にかどんどん請求書の価格だけがどんどん上がっていくことは、やるせないような気持ちにもなります。特に高価なものを買ったわけでも贅沢をしたわけでもないのに、どんどん支払いだけが増えていくなんて・・と思ってしまいます。

 これが、マクロン大統領が言っていた「豊かさの終焉のとき」の具体的なあらわれかたの一つなのかもしれない・・などとも思います。

 これまでろくに請求書の内容など見たこともなかった私ですが、こう値段があがっていくと、「えっ??間違いじゃないの??」とマジマジと請求書を見つめることになるのですが、ここにきて初めて、電気代にかかる税金が20%近いことに気付いて、またまたびっくりしています。

 しかし、EDFは、「2023年中に停止されている原子炉が再開する見込みはたっておらず、今後、当分、電力供給が増加することはない」と発表しており、この値上げが2023年中には、おさまることはなく、2024年まで持ち込むのではないかと見られています。

 まだ始まってもいない2023年より前からすでに2024年まで持ち込みそうだという話には、ほとほとウンザリさせられます。


エネルギークーポン


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2022年9月14日水曜日

映画界の巨匠 ジャン・リュック・ゴダールの死と安楽死問題

   


 現代映画の礎を築いた最後の巨匠といわれ、世界三大映画祭の全ての最高賞を受賞しているフランスの映画監督ジャン・リュック・ゴダールが91歳で亡くなりました。

 このニュースは、単に彼の死が悼まれるだけではなく、彼の死が自らスイスで安楽死の道を選んだものであったことが家族から発表されたことから、また別の意味でも注目されています。

 2014年のインタビューにおいて、すでに彼は、自身が死について、安楽死(自殺幇助)に頼る可能性があることを「私は何が何でも生き続けたいという気持ちはない。あまりに具合が悪いと、一輪車で引っ張られ続けてまで生きるつもりは全くない」ときっちりと語っています。

 これは彼の確固とした死生観は、彼の作品にも度々、表現されてきており、「物事が終わるときにこそ、意味がある」というセリフなどにも象徴されています。

 現在のフランスでは、安楽死は認められていないため、彼(フランスとスイスの二重国籍保持者)はスイスの自宅で死を迎えるために出国していました。

 スイスとて、無条件に安楽死が認められているわけではなく、医学的倫理規範によって規定された一定の条件の下で受動的安楽死や自殺幇助などが認められていますが、一方では、利己的な動機により、致死物質を提供するなど誰かの自殺を幇助した者は、5年以下の拘留または金銭罰に処されます。

 今回の彼の医療報告書の条件によれば、「複数の身体障害のため」とされています。

 スイスでは近年、安楽死(自殺幇助)は年々増加しており、2003年には年間187件だったものが、2015年には965件、2021年には約1,400人がスイスで安楽死を迎えています。

 フランスでは、マクロン大統領が、彼の死の情報に照らして、6ヶ月間にわたる「終末期に関する市民会議の立ち上げ」を発表し、あらたな意味をもたらすことになりました。この会議の立ち上げは、2023年末までの新しい「法的枠組み成立」の可能性を視野に入れています。

 倫理委員会としては、厳格な規制のもとであれば、積極的な臨終の支援も考えられるとしています。

 2021年6月の段階で、国家諮問倫理委員会(CCNE)はすでに、「倫理的に、ある厳しい条件のもとで、積極的な死の援助を適用する方法がある。近年、いくつかの国がそれぞれの法律を改正していますが、フランスは何の対策もとっていない」と問題提起していました。

 国家諮問倫理委員会は、「死の象徴的・精神的表象、恐怖、不安が一体となった終末期問題が極めて複雑であること」を強調しており、緩和ケアにおける公衆衛生対策を強化し、各人の「早期の意思表示」をより促すとともに、深部継続鎮静を専門病棟以外にも拡大することを求めています。

 委員会は、新法は安楽死や積極的臨終支援というテーマだけに焦点を当てるべきでないと考えており、緩和ケアへの取り組みを加速させることを提唱しています。

 フランスの終末期医療を見るに、どこまでも生に固執する感じは日本に比べると薄いような気もするのですが、どのように自分の死を迎えたいのかは、病気に罹患した場合にどこまでの、どのような治療を受けるかにも関わっていることであり、常日頃から、自分がどのように死にたいか、どのように生きていたいかについて、常に考え続け、ある程度、意志は固めて、見極めていることが必要なのだと思わせられます。

 いずれにしても、彼は、映画だけではなく、自分の死をもってして、世界にメッセージを残してくれたさすが、世界最高峰の巨匠でした。

 フランスは、今後、スイスやベルギー、最近ではスペインなど、非常に厳格な枠組みの中で安楽死(自殺幇助)を認めている国々と肩を並べることになると宣言しています。


ジャンリュック・ゴダール 安楽死


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2022年9月13日火曜日

遺体を家に連れ帰る日本と家には連れ帰らないフランス

  


 日本では、一般的に、家族の誰かが亡くなった場合に、無言の帰宅などという言い方もするし、家に連れて帰ってあげたい・・というふうに思われる方もいて、自宅でお通夜をしたりするケースも多い気がしていましたが、フランスの場合は、家に遺体を戻すということは、あまり一般的ではありません。

 現在では、一定の手続きをすれば、埋葬、あるいは火葬までの間、家で遺体を保管することは、可能ということにはなっているようですが、以前はこれは禁止されていたことで、家に遺体を連れて帰るということはあまり一般的ではありません。

 日本で、母が亡くなった時、病院では、「解剖させていただけるのでしたら、葬儀までの間、遺体は預からせていただきますが、もし、そうでなければ、その日のうちにお連れ帰りください」と言われました。

 母の葬儀は、母の通っていた母の大学の先生が牧師を務める近所のキリスト教の教会にお願いしていたので、病院がダメでも、教会の方で安置して頂けるということだったので、家に連れ帰らなくても教会に預かっていただくこともできたのです。

 私は、最期は苦しかったであろう母にさらに解剖などという目に遭わせるのに忍びなくて、最初は解剖することには、反対だったのですが、母の病気が心臓病だったことから、心臓病の多くが遺伝という要因もあることから、その病態の解明は母の遺伝子を引き継いでいるであろう私たちのためにも解剖はお願いした方がよいという意見が親戚の意見としてまとまり、結局、母の遺体は解剖していただくことになり、その後に教会に搬送することになりました。

 私は、母の死後に家に戻してあげたいという気持ちはあまりなく、母が家に帰りたがっているともあまり感じなかっただけでなく、それよりも残された父が、その後にその家で一人で生活(私も弟も海外暮らしのため・・)していかなければならない場所に、亡くなった母が寝かされていたイメージが残像のように父に残されてしまうのはどんなにか辛いだろうか?と思ったのが、母を家に戻さなかった大きな理由でもありました。

 フランスでは、夫が亡くなった時には、それがあまりに若く、急なことであったため、私は、ほぼ放心状態ではありましたが、亡くなった直後に病院で「解剖をさせていただきたいのですが、これは強制ではありません。どうしますか?」と言われて、その時は、あまりに急に亡くなってしまったので、どうしてもはっきり理由が知りたくて、「是非、お願いします!絶対、やってください!」とお願いし、実際に、「できることなら、自分でやりたいくらいだ・・」と思いました。

 夫の遺体は解剖のために病院を移され、解剖の順番待ちのために、数日、病院に安置され、その間、2度、遺体と面会(対面?)に行きました。パリの大きな病院のため、遺体の安置所も大きくて、大きな冷蔵庫の引き出しがたくさんあるところで、遺体との面会をあらかじめ予約しておくと、時間には、冷蔵庫から出してきてくれるのです。

 家の夫のパソコンの裏に、どういうわけか、自分が死んだ場合は家から一番近い墓地に埋葬してほしいという書き置きがみつかったために、家の近所の市営墓地に予約をして、場所を確保し用意してもらいました。

 最近、フランスでも火葬を希望する人が増えたとはいえ、やはり、フランスでは、まだまだ普通の埋葬が多く、私にとっては、火葬以外の埋葬に立ち会うのは、初めてのことで、今から考えれば当然のことなのですが、想像以上に深く土が掘ってあるのが、とても衝撃的でした。

 エリザベス女王の遺体が数カ所を経由しながら、ロンドンに戻られていく様子を見ながら、あまりに次元が違う話ではありますが、自分の家族が亡くなった後のことを思い出しました。


遺体安置 遺体搬送 火葬 埋葬 通夜


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