この写真は、娘のお誕生日会の時の際に起こった騒動の発端になった、思わず苦笑いしてしまう思い出の簡単な食事、アペリティフのデコレーションに使ったりする楊枝の先に紙でできた傘がついたようなもので、別になんら特別なものでもありません。
しかし、娘のお誕生日会の際に何気なく、なにかスナックの傍らに添えたこの傘で、集ってくれた女の子の間で、猛烈な争奪戦が起き、しまいには、手に入らずに、泣き出す子まで出る始末で、思わぬことにあきれて、苦笑いした思い出がありました。娘が小学生の時でした。
フランスでは、(まあ、日本でもあるのでしょうが・・)小学校の頃は、毎月、毎月、お友達の誰かしらのお誕生日会があり、その度にプレゼントを用意して、だいたい、お休みの日、(多くは土曜日)なのですが、もともと、お休みの日には、色々なお稽古事で埋まっているので、結構なスケジュールになってしまうのでした。
特に、6月は、7~8月はバカンスに入ってみんな、パリからいなくなってしまうため、7~8月の子供のお誕生日会も前倒しになって、6月になるので、6月は最もお誕生日会の多い月です。そのうえ、学校も学年末になるため、学校やバレエなどのお稽古ごとの発表会やリハーサルなどで、6月の水、土、日(小学校のお休みの日)は、目が回る程、忙しくなりました。
そのお誕生日会で、一番びっくりしたのは、子供たちのガッツキぶりというか、本能に
忠実というか、まあ、これも文化、習慣の違いとでもいうのでしょうか? 日本人のように、もじもじ遠慮したりということは、まるでありません。
別に、飢えた貧しい暮らしをしているような子供たちでもないのに、スゴいなと思ったものです。
その一端があの飾り物の小さな傘の争奪戦でした。
そして、それは、娘の中にも着々と育まれていたのです。
それは、日本に帰国していた際の、とある出来事でした。
私の母は、エビフライが好きでした。ある日の夕食に、私の父と娘は″とんかつが食べたい!”というので、とんかつを作ることにしたのですが、”とんかつはちょっとね~。”と、
私と母の分は小さなエビフライを揚げることにしました。
そして、夕食の際、とんかつとエビフライが食卓に並ぶと、当然のように娘はエビフライから食べ始め、それから、とんかつをペロリとたいらげました。
常々、私は、娘にみんなで食事をしていて、最後の一つになったとき、周りの人に、”最後のひとつ、頂いていいですか?”と聞いてから、食べなさい。と教えてきました。
最後にエビフライが一つ残り、私と母が譲り合っていると、娘がサッと、”遠慮しません!!”と言って、エビフライをパクっとさらっていったのです。
その約2ヶ月後に母は、心臓の病気で亡くなってしまったので、後から思うと、おそらく、母が口にした最後のエビフライだったと思うのですが、娘のことが可愛くて仕方なくて、娘には甘々だった母は、その一瞬の娘のためらいのなさを大笑いして、面白がっていましたが、私は、この娘の行動にお誕生日会に見たフランス人の子供たちの一片を見た気がしたのです。
そして、娘がその時に言った、”遠慮しません!!”という言葉は、彼女がうるおぼえしていた、”じゃあ、遠慮なく。”の日本語を彼女なりにアレンジしたもので、”遠慮なく。”という言葉について、改めて、外人にはわかりにくい言葉なのだろうな~と思ったものです。
”遠慮なく。”というのは、決して、遠慮しない。という意味ではなく、遠慮しつつも頂きます。という意味であって、言葉が言葉どおりではない、面倒な言葉なのだということに改めて、気が付いて、妙に納得したものでした。