ビクトール・カスタネというフリーのジャーナリストが出版した、『Les Fossoyeurs』(墓掘り人という辛辣な風刺をこめたタイトル)というフランスの高齢者施設「オルペア(Orpéa)」の惨状の暴露本が今、フランスで大スキャンダルとして取り上げられています。
この本の著者は3年間、関係者250人にインタビューを行い、あらゆる圧力に耐え、信じられないような調査の糸を手繰り寄せながら、ようやくこの出版に漕ぎ着けたと説明しています。
世界23カ国に65,500人の従業員を擁するオルペアグループは、フランス国内に372の事業所を有し、そのほとんどが高齢者施設です。中には、ヌイイ・シュル・セーヌ(オー・ド・セーヌ県)にあるレジデンス「レ・ボルド・ド・セーヌ」のような「超高額」なものもあります。
今回の大スキャンダルには、作家で女優のフランソワーズ・ドランが2018年にひどい褥瘡(じょくそう)(一般的には床ずれと言われるもの)で亡くなったのも、この施設だったことが大きくマスコミで取り上げられています。
証言者の中には、「月額7,000ユーロもかかるこの施設は、医療機関ではなく、利益を追求する企業だ!」と怒りを顕にする者もいます。
フランスは、少子化は避けられているため、日本のような高齢化社会にはなっていないために、あまり目立ちませんが、なかなかの長寿国、高齢者が多い国でもあります。
現に、私の周囲のフランス人なども、親の介護問題は、なかなか切実で、100歳を超えた親を家に引き取って介護をしていたり、90歳を過ぎた両親が2人で暮らしているために、毎週のように、週末には、両親のもとに買い物や身の回りの世話をするために通っていたり、父親が亡くなってしまったために、母親1人では、生活ができないために、高齢者施設を探していたりなど、私の周囲にいる人がすでに結構な年齢のために親の年齢も90歳以上と聞いて、ちょっとびっくりしたりすることもあります。
幸か不幸か、我が家は主人もろとも高齢者は全滅しており、高齢者施設を探したことはないのですが、現在の我が家の住まいの周辺には、なかなか高齢者施設も多いようで、昼間など、近所のバスに乗ったりしていると、その高齢者施設の住民で、比較的、自分で出歩けるような状態の人々は、昼間は街中で買い物などのお出かけに遭遇することもあり。うっかり席に座っていると、向こうから、「席、譲ってちょうだい!」などと言われるので、「フランスの老人恐るべし!」と仰天したりすることもあります。
日本では、母が他界した後、父が1人残され、一軒家に1人で暮らしていましたが、最後の最後には、どうにもならなくなり、私も弟も海外暮らしのために、なんとか、父を説得して、介護付きの高齢者施設を探し回ったことがありましたが、なかなかな高額なのにもかかわらず、どこも満員でビックリしました。
フランスでも、高齢者施設探しは、なかなか大変なうえに、高額なところが多いようで、今回の大スキャンダルを巻き起こした高齢者施設もフランスで最も高額な高齢者施設の一つで、月額6,500ユーロ(約85万円)から、最高12,000ユーロ(約156万円)もかかるそうで、ちょっと一般人には、不可能な高額の高齢者施設でもあります。
価格が高ければ、それなりのサービスが期待されるのは、当然のことですが、そこでの衛生管理、医療ケア、介護体制、食事までの事情の実態は、信じ難い内容のもので、実際に、あまりの人員不足のための過剰な労働や営利優先の経営に耐えかねて転職した元従業員の証言などは、絶句するような内容のものでした。
この施設は、民間の高齢者施設ですが、たとえ、それが民間運営のものとはいえ、国や各省庁の審議会から多額の資金援助を受けているため、国費が正常に利用されていないことについても、問題視する声があがっています。
この施設の元介護助手は、「おむつは1日3枚までという配給制で、入居者が病気であろうが、腹痛であろうが、流行病があろうが関係なかった」と証言しており、この本の著者は、「同グループ内での機能不全が高齢者を虐待するシステムを構築している」と言及しています。
今回のパンデミックが始まった、ごくごく初期には、高齢者施設での老人の大量の犠牲者が出て、大問題になり、一時は、高齢者施設は、家族でさえも面会が許されない隔離された状況に置かれていましたが、そもそも、いくら高齢者の集まりであるとはいえ、ことさら日常から衛生管理には、通常の場所よりも数段上のレベルの衛生管理がされているはずの場所なはずであるにもかかわらず、あれだけの犠牲者を出したのには、別の理由もあったのだと思い知らされています。
しかも、家族からしたら、これだけ高額の入居料を支払っていながら、この有様には、怒り心頭に発するのも当然のことと思われます。
また、この本の中には、2005年から2007年、2010年から2012年までニコラ・サルコジ政権に厚生大臣を務めたグザビエ・ベルトランとオルペアとの関係も明らかにされています。
著者は、グループの元医務部長とのやりとりの中で「わかっただろう、なぜ我々がオルペアで全権を握っていると感じたか?我々は、当時の厚生大臣を懐柔していたのだ」と言われたことを記しています。
オルペアのスキャンダルは政治規模のものになり、現在の厚生大臣オリヴィエ・ヴェランは、「オルペアの経営陣を早急に召喚し、説明を求め、独立した調査を行うことを検討する」と発表。
政府のスポークスマンであるガブリエル・アタル氏も「このような行為が我が国で許容されるのは問題外。これが事実であることが証明されれば、最も厳しい制裁を求める」と政府の声明を発表しています。
フランス大手新聞社・ル・モンド紙がこの本を取り上げたことで、現在の大スキャンダルに発展し、同社の株価は急落、その後、グループの要請により上場が停止される事態にまで陥っています。
オルペアの経営陣は、「我々は、これらの非難はすべて虚偽であり、非道であり、偏見に満ちていると考えており、正式に異議を申し立てる」と声明を発表していますが、長年にわたる調査と多くの勇気ある証言者によって作成された調査書とも言えるような内容に、今や世論をさえも味方につけたと思われる一冊の本に、どう太刀打ちできるのかは疑問です。
これまで、私は、フランス人が何かにつけて「物申す」ことに、「ちゃんとやることやってから言えっつうの!」などと、思う事が多かったのですが、時には、デモにしろ、マスコミにしろ、ジャーナリストにしろ、時には、この「物申す人々のチカラ」が社会には、必要なのではないか?と思うようになりました。
日本も「物申すべきこと」が山積みのような気がしています。
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