2024年6月26日水曜日

イタリアに来たら一食たりともおろそかにしてはならない! プライアーノ ラ・ストラーダ La Strada Praiano

  


 イタリア3日目はアマルフィコーストを気持ちよくドライブするつもりでした。ホテル近くのプライアーノ近辺のビーチで泳いでから、アマルフィに行くつもりが、お天気が悪く、気温も昨日とは打って変わって泳ぐようなお天気ではなく、今にも雨が降ってきそうな感じだったので、ビーチへ行く予定はすっ飛ばして、アマルフィまでのドライブに切り替えました。

 ところが、その途中、かなり本格的に雨が降り出し、ただでさえ山沿いの海岸線の道路は狭いうえに、大型のバスやバイク、そのうえ、路肩駐車している車に歩行者までけっこういるために大緊張。

 前日に衝突事故を目撃していたこともあり、もうどんなに煽られても我関せずで安全重視の運転でした。そのうち雨も止むかと思いきや全く雨は止む気配がないどころか、かなり本格的な大雨・・。そのうえアマルフィがこんなに観光客が多いかとビックリ! なんだか街も観光客に媚びた印象(車の中から見たところだけですが・・)で、とりあえず、かなりのざーざー降りの雨の中を高い駐車料金を払って雨の中を歩いて回る気がしなくて、また明日、寄ってみることにして、この日は、買い物(食べ物)をしようということにしました。

 トイレに行きたくなって寄ったカフェで聞いたスーパーマーケットの場所とこの土地の美味しいチーズとハムを書いてもらい、イタリアのチーズと生ハムなどを買いに行き、遅めの昼食をとりに行きました。

 その日は、ホテルの朝食がなかなか豪華で、ついつい食べすぎて、あまりお腹が空いていなかったのですが、とりあえず、食べたいものを一つずつ制覇していきました。

 遅めの昼食をとっても雨は止まず、陶器のお店をひやかしたりしながら、ホテルに戻るともう夕方。「夕食はどうしようか? もうあんまりお腹もすいていないので、買ってきたチーズやハムを少しずつ食べるくらいでよいかな?」と思ったりもしたのですが、そこはやっぱり「イタリアで、やっぱり美味しいものに出会うチャンスを1回でも逃したくない!」ということで、近くの街まで歩いて行って、それでもお腹がすかなかったら、適当に済まそうとホテルのフロントに降りて行ったら、フランス語を話してくれるフロントのお兄さんがいたので、このへんで美味しいレストランありますか?と聞いてみたら、「本当に歩いて5分くらいのところに美味しいレストランがあるよ!」と教えてくれたので、そこへ行ってみました。

 それでも、そのレストランはあまりに近かったので、一度、街中まで歩いて行って、他のレストランも覗いてみたりして、けっこう歩いてから、「やっぱりあそこに行ってみよう!」ということになりました。

店内を入るとこんな階段を登ってテラス席へ


 地上回は、ごくごくシンプルな感じのお店なのですが、上の階がテラス席でなかなかいい感じでした。周囲の人々が食べているものを観察しながら、ああでもないこうでもないとメニューを見ながら決めるまでが長いこと長いこと・・




 このレストランで注目すべきことの一つは、ウェイターやウェイトレスなど、従業員があまり若くなく、しっかりと腰を落ち着けて長く働いているベテランな感じの人が多いことで、それがおばちゃんであれ、おじちゃんであれ、プロ意識が垣間見られて、安定感があり、なんだかそんなところもこのお店に期待できそうな気がしました。




 結局のところ、さんざん迷った挙句に、私たちは、イカ、エビ、あさり、たこ、ムール貝などを使ったサラダとタリアテッレとピザを注文しました。ピザとパスタに関しては、ものすごくたくさん種類があるので、真剣勝負の一苦労。ここが私たち一族が共通して食べ物に対して真摯に向き合う姿勢で、他人から見れば笑っちゃうところでしょうが、本人たちはそれが楽しみでもあるのです。

 このシーフードサラダに関しては、たまたまテラス席の特等席で食事していたおじさんが注文していたのをみかけて、「あれ食べたい!」となったもので、結果的に大当たりでした。



 注文の品がやってくるまでは、まず運ばれてきたパンをかじってみたり、置いてあるオリーブオイルやバルサミコを味見してみたりして、いちいち大感激。美味しいお店というものは、おいてあるオリーブオイルやバルサミコまでもがパリでもなかなかお目にかかれない逸品であることが多いのです。



 案の定、ここのフルーティーで香りのよいオリーブオイルと、甘すぎず、しかもコク深さのあるバルサミコも絶品でした。

 なんといっても感激したのは、ここのシーフードサラダで、地のものと思われるイカやエビやタコなどの火の通し加減が絶妙で、しゃぶしゃぶちょっと手前くらいの火の入り加減が最高。新鮮なため、ガーリック等は使わずとも臭みというものが全くなく、レモンとオリーブオイルと塩でルッコラとプチトマトと和えてあるものですが、これが最高に感激でした。



 このサラダで爆上がりした私たちは、その後のお子ちゃまメニューかと思われそうなミートボールのタリアテッレとモッツアレラとペペロンチーノ、ガーリック、オレガノを使ったウェイターのお兄さんおすすめのピザをシェアしながら、大感激で食べ尽くしました。




 ミートボールと侮るなかれ、味わい深い、どの味も勝ちすぎていないハーブのきいたミートボールとトマトソースにパルミジャーノ、そしてピザは、なぜかシンプルなのにジューシー・・きっとトマトソースの質と量が絶妙でまたそのうえ、モッツアレラチーズのバランスが最高!かつ、もっちり感もちゃんとあり、生地も軽めで食べ応えと満足感たっぷりです。




 ピザやパスタを食べながら、終わり頃まで、デザートを注文するかどうかを悩んでいたのですが、結局、ティラミスまであっという間に食べ尽くし、大満足で帰ってきて、初日から、このお店に通いつめなかったことを後悔したくらいでした。

 お値段もお手頃価格で決して高いお店でもありません。

 例えば、誰かがレストランを勧めてくれたとしても、知らない人であれば、味覚をどこまで信用してよいものかわからないので、実際に食べてみるまではホテルのお兄さんのおすすめをあんまりそのまま間に受けてよいものか迷っていました・・が、基本、自分たちもよく行くお店だということだったので、もっと早くから信用して、行ってみればよかったのです。

 滞在していたホテルも大満足のホテルでしたが、私にはまだまだ行きたいけれど、行っていない場所がたくさんあるので、同じ地に再び来るということは、あまりないと思うので、これが最初で最後であった可能性が大きいのですが、それこそ、イタリアに行く時に従姉妹がくれた本「食べるためだけにイタリアに行く」ような機会が本当にあるのであれば、このお店のために来てもいいくらいです。

 まったく、メジャーな場所でもなく、有名なレストランでもありませんが、もしもプライアーノに行く予定がある方がいらっしゃるのであれば、このレストラン「ラ・ストラーダ」は、強くおすすめしたいレストランです。特にシーフードサラダは是非是非!

 そもそもその日の夕食は、「もうあまりお腹が空いていないから、買ってきたチーズと生ハムくらいでいいかな?」などと言っていたのに、「頑張って歩いて、そしてやっぱりちゃんと食べよう」ということになって、出会ったとっても美味しいレストランでした。

 「やっぱりイタリアに来たら一食たりともおろそかにしてはならない!」というのが私たちの今日の教訓でした。


プライアーノ ラ・ストラーダ La Strada Praiano


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2024年6月25日火曜日

イタリア プチバカンス2日目ソレントからポジターノ バカンス味わわずにいるなかれ・・

  


 初日は、まさに罰ゲーム?のような一日で、最後の締めくくりは、頼みの綱のホテルのFreeWifiが途切れて、ブチギレそうになりながら、それでも一応の要件は片付けましたが、怒りが心頭に達して、眠れないかと思いきや、やはり疲れていたのか、案外すんなり眠れました。

 ベッドだけは良いベッドですこぶる寝心地のよいベッドでした。しかし、翌朝は早々にホテルのおじさんが請求書を持って集金にくるために朝、比較的早くに起き、早くにチェックアウトしてしまいました。

 昨夜の段階で、私たちはソレントに着いていたのですが、朝食がてらに港(マリーナグランデ)に歩いて行ったのですが、こちらは、まだ、時間が早く、何も食べられるようなところはなく、少し上がって行ったところに地元民が買い物に集うような地域があったので、そこで、イタリアならではの、マリトッツォとアーモンドとピスタチオの甘い朝食とエスプレッソをいただきました。


 このあたりから、私たちもすっかり機嫌をとりなおし、いつものバカンスの調子に戻りはじめ、小さな地元民御用達のような八百屋さん中心の食料品店でおやつがわりにプチトマトと水を買い、車をスタートさせました。

 本日の予定は、ソレントからポジターノからプライアーノまででした。ソレント、ポジターノは、まだバカンスシーズン本番に入っているわけでもないので、すごい人で、正直、私は、こんなに人気の場所だとは思っていませんでした。

 色々な言語・・といってもイタリア語、英語を話す人が多いのですが、バカンスといえば、やはりフランス人、どこに行ってもフランス人は必ず一定数、というより結構いる印象です。

 意外に多くて驚いたのが韓国人で、日本人などほぼ見かけませんでした。

 その日のメインはポジターノのビーチだったのですが、これまた大変で、パーキングというものがあまりないうえに結構、高額で、その他大勢は、路駐です。この路駐のスペースを見つけるのでさえ、奇跡的な状態のうえ、フランス人とどっこいどっこいの路駐のレベル・・要は、ギリギリのスペースで駐車しています。




 また、この山道の海岸線は、この路駐の車とバイク、山道という三重苦が重なる大変なドライブでしたが、かなりの上の路上にどうにかギリギリのスペースを見つけて車を停め、そこから、細々と入り組んだ階段を足をガクガクさせながらおりていきます。

 しかし、ちょっと先を見渡せば、青く光る海に何隻もの白い船が行き来しており、道なりには、美しい花が咲き乱れ、まさしく絶景以外のなにものでもありません。

 なんとかビーチまでおりると、もうそこは夏そのもので、多くの人がビーチで寝転んだり、海に入って泳いだり、多くの人々で賑わっています。ちょっと前までいつまでもお天気が悪く寒かったパリが嘘みたいです。

 この美しい空間とゆったりと流れる時間とに浸りながら、やっぱり人生はこうして楽しまなくちゃいけないな・・よく仕事が楽しいとか言う人もいるし、やりがいのある仕事を楽しいと思うことは、事実だけど、それは、やっぱり違うかな? 仕事の楽しさもあって、そして、バカンスを楽しむこともできなきゃいけない・・忙しがって仕事ばかりしているのは、ある種の逃げでもあり、やっぱり人生もったいないよな・・と、弟のことを考えながら思ったりもしました。



 ランチは、下調べしてあったレストランに行き、新鮮な魚介類のフリットやパスタを食べ、大満足、朝、覗いた魚屋さんで新鮮ないわしやイカを見たので、ぜひ、この二つを食べようと思ったのです。魚介のフリットに濃厚なトマトソースがついてきたのにはびっくりしましたが、これが相性よくてビックリ! しかし、私はレモンだけの方が好きです。



 さんさんとふりそそぐ太陽の下でしばらく寝っころがったりしながら娘ととりとめのないおしゃべりをして過ごし、その後は、おりてきた階段を永遠と思われるくらい休み休みのぼって車に戻りました。私自身、こんなに歩いた・・というか山道の階段を登ったのは、生まれて初めてかもしれません。

 しかし、今夜も美味しく夕食が食べられるようにと自分に思いきかせながら頑張りました。

 ホテルは、ポジターノから車で30分ほどのプライアーノという場所にとっていたので、次はそこに滞在します。車をホテルにつけると今度のホテルは昨日とは天と地ほどの差がある感じで、至極、感じのよい人ばかり。

 おまけに案内されたお部屋の眺望は美しい限りで二人とも大感激。今夜は安らかに眠れそうです。


ソレント ポジターノ


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2024年6月24日月曜日

さっそく立て続けにトラブル続出のイタリアプチバカンス

  


 娘が日本からパリに行こうかな?と電話で言い出した時、「来れるなら、おいでよ!パリに来るなら、その間、ちょっとでもいいからイタリアに行こうよ!」と、あっさり決めたイタリア行きは、今回は数日間、ちょっとだけ南イタリアをドライブすることにしました。

 パリに来てから、かなりビッチリ仕事続きだった娘はようやく時差ボケから回復しつつある段階の、お疲れモードです。

 パリからイタリアへの便は、オルリー空港から出る便が多く、今回もオルリーからのフライトでした。

 パリからイタリアへの便は、同じヨーロッパ間ということもあって、ほぼ国内線のような感じの扱いで、セルフチェックインをして、入口を通過する際もチケットの確認のみで、パスポートのチェックもなく、パスポートチェックは飛行機に乗る際のゲートでチラッと見せただけです。

 荷物検査を通るとき、係員の人がフランス語を話しますか? 英語を話しますか?と、フランス語で尋ねるところは、「フランス語のわからない人には、わからないではないか?」とふと思ったのですが、お客さんのリアクションを見て、フランス語にするか英語するかを判断しているようで、それはそれでなんとかなっているところは、面白いです。

 今回は予約を全て娘に頼んでおいたら、私のお財布に気を遣ってくれたのか?トランザビアという格安航空会社の便で、前回、急遽、イタリアからの帰りに取り直した便で1回乗ったことがありました。

 ところが、飛行機はオンタイムとなっていたにもかかわらず、結局、なんだかんだで1時間遅れ、(2時間のフライト予定で1時間遅れは、大きい)、仕方ありません。飛行機は1時間遅れでナポリに到着し、まあ1時間遅れで出たのだから、1時間遅れで到着するのは、ふつうです・・が、到着後、飛行機が空港と通路で繋がっていないため、滑走路付近からバスで空港に向かうのですが、そのバスが来ず、30分待ち。30分ほど経ったところで機長のアナウンスで、「ただいま、バスの運転手を待っておりますので、もう少し・・もう少しだけお待ちください・・」と。やっぱりイタリアだ・・。と思ったところで、ようやく運転手が来て、バスが来たと思ったら、1台では乗り切れずにさらに待つこと合計50分ほど。

 結局、2時間近く遅れて、そこからレンタカー会社までテクテクと二人で歩いていくと、今度は、レンタカー会社が何やら、大賑わい・・というより、大変な喧騒状態で、大人数の家族連れがなんだか文句をつけていて、車を替えてもらう交渉中、ようやく、別の車に落ち着くかと思いきや、今度は、体格のいいおばちゃんのお客さんが値切りはじめ、もう収集がつかない感じ。

 これまでにすでに大幅に飛行機が遅れているし、バスまでこなくて、イライラし、そのうえ、レンタカー屋でさらに延々と待たされて、とにかく、レンタカー屋さんも要領悪く、仕事が円滑に回るようになっていないために、「この人たちには、時間という概念が欠けている・・生産性悪すぎる・・」、娘と顔を合わせて、思わず、「これだから、フランス人がイタリアを下に見るわけだね・・」などといいながら、あまりイライラしても仕方ないし、もういい加減、疲れてきてしまって、呆然としていました。

 予約していたホテルには、チェックインの時間が決まっていて、夜20時をすぎるとサーチャージがかかるとかで、もうこれでサーチャージ確定です。

 それでもようやく車が借りれて、久しぶりのイタリアでの運転をドキドキしながら、始めると、まあ、なんと二人乗りのバイクが多くて、怖い怖い・・高速道路でもバイクがいっぱいです。そのバイクがけっこう無謀な運転で反対車線をセンターラインを超えて、車を追い越して通っていくのが恐ろしいです。

 でも、予定を大幅に遅れて、ホテルに着くと、受付というものがホテルと同じ場所にはなく、翌朝、鍵は、部屋に置いて行ってください。すでに予約時にネットで支払いは済ませているので、サーチャージ分と地方税?だかなんだかいうのを別に現金で支払えというので、なら、領収書を出してくださいと頼んだら、領収書は出せませんとゴネはじめ、翌日になって、そんなものはもらっていないと言われても困るので、こちらもつっぱねて折れずにいると気まずい感じ・・というか、こちらもどんどん疑心暗鬼になり、お金を受け取りながら、領収書は出せないってどういうこと?と完全にムッとしていると、相手も「自分だって、あなたたちが遅くなるのをずっと待っていた・・」などと言いはじめ、完全に「留守番を頼まれたおじさんのぼやき」しかし、それは、オーナーとあなたの話で、私たちには関係のない話です。

 結局、じゃあオーナーのところまで、一緒に行くなら・・、とオーナーの人が領収書は出してくれましたが、地方税の方は、明日にならないと領収書が出せないと言い張り、翌日、出発前に再び、そのおじさんがやってくることになりました。

 なんだかんだで、ようやく自由の身になったのは、夜遅くのことで、二人ともお腹がペコペコでしたが、もうあまりレストランを探し歩く元気もなかったので、とりあえず、なんとなく、ここでいいっか?という感じのレストランで食事をして、帰りにジェラートを食べて帰りました。

 部屋に帰ると、なんだか隣のホテルで大音量でのパーティーをやっていて、ええ??っとウンザリ・・。本当にさんざんな一日でしたが、明日からは気持ちを切り替えて、楽しく美味しく過ごそうと思います。ヤレヤレ・・。


イタリア トラブル


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2024年6月23日日曜日

食品廃棄物を救うスーパーマーケット お財布にも優しい Nous Anti Gaspi ヌ・アンチガスピ

  


 フランスで本格的に食品廃棄物への取り組みが開始されてから、もう4年以上が経ちますが、一般のカーフールなどのスーパーマーケットなどでも、賞味期限が迫った商品などには、「アンチガスピヤージュ(無駄廃止)」のオレンジや黄色いラベルが貼られて、価格を下げて売り切ろうとする試みが始まったり、Too Good Too Goなど、その日、売れ残った商品を格安で販売したりするアプリなどが出現したりしています。

 しかし、スーパーマーケットに関しては、私見ではありますが、当初に比べるとこのラベルが貼られている商品は減ったような気もするし、この食品廃棄物問題は、少しずつは改善されてはいるかもしれませんが、依然として大きな課題が残されているような気がします。

 先日、たまたま、SNSの広告で、この食品廃棄物を救おうという試みの「Nous Anti Gaspi」(ヌ・アンチガスピ)というお店がパリに何軒もきていることを知り、さっそく行ってみました。


 このお店は食品廃棄物として撥ねられる食品に目を向け、カタチの悪いふぞろいの野菜や小さい卵、パッケージがわずかに破損している商品などを地元の農家、卸売業者から買い取り、適正価格で販売しています。現在パリには、10店舗以上、全国展開もしています。

(Nous Anti Gaspi)



 「へっ??エシレバターなんかもあるんだ??たしかに安いけど、なんで?」と思って、よく見てみれば、なんとなく、通常のエシレバターと少々カタチが違う・・でも中身はエシレバターだから、全然、OKです。



 様々な取り組みにもかかわらず、フランスで廃棄処分になっている食料品は年間1,000万トン以上にも達するということで、これを少しでも改善しようと、このチェーンの各店舗は、月に10万食、一週間で12トン以上の食料品を販売しているとのことです。

 私のような消費者の立場からすれば、、カタチの悪い野菜などは、全然問題なく、しかも安く手に入るとなれば、このようなお店は願ったり叶ったり。

 行ってみると、野菜や果物をはじめとして、お菓子類、パスタ、肉類、乳製品(特に乳製品が充実している感じ)など、それなりに、ひととおりのものは揃いそうです。しかも、お手頃価格で・・。

 野菜が少しくらい曲がっていようと、小さかろうと、これが廃棄処分になりかねない食品だったのかと思うと、これを救済してくれるお店はありがたい限りです。思わぬ掘り出し物も見つかるかもしれないというなんか宝探しみたいな楽しみもあります。

 私は、この日は、少し育ちすぎ?な感じの大きな赤かぶの束二束(1,5ユーロ)と少し細めのアスパラガス(1,5ユーロ)とマドレーヌとクスクスを買いました。ところが、途中で店員さんと会員登録の話を始めたりして、お金を支払ったにもかかわらず、野菜だけ持って、マドレーヌとクスクスは忘れてきてしまいました。

 後で気が付いて、お店に取りに戻ったら、ちゃんとお店の人がとっておいてくれました。私の顔を見るなり、「ヴォアーラ!(ほ~ら!)」とにっこり。「こっちもあとで気が付いて、追いかけたんだけど、もう見えなかったから、戻ってくるだろうと思ってた・・」と、とっても気の優しいお兄さんでした。

 会員登録(無料)をすれば、ポイントがたまっていき、割引にもなるので、おススメです。

 私は大量の赤かぶでお漬物を作りました。1,5ユーロで大量のお漬物・・お漬物好きの私は、なかなか満足です。ちなみに、このお漬物、塩、ほんのちょっとだけのお砂糖、顆粒の昆布だし、お酢で簡単にできます!赤かぶからは赤い色がでて表面がピンクになり、適度に味が沁みたらOK!一晩、瓶詰にして一晩、冷蔵庫に寝かせて置けばできあがりです。


食品廃棄物取り扱い店 Nous Anti Gaspi 


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2024年6月22日土曜日

ポニョお医者さんに連れていかれて大激怒

 


 我が家には猫がいます。夫が突然亡くなって、半年くらいした頃に、娘と二人きりになり、どうにも、沈みがちだった我が家に夫の元同僚だったフランス人の女性が「近所で猫が生まれたんだけど、もし、子猫が欲しかったら・・?」 と声をかけてくれました。

 以前、実家でも猫を飼っていたことがあったし、アフリカにいた時も自由にでかけられない私を不憫がって、夫が家にいたボーイさんに頼んで猫を探してきてくれました。

 ボーイさんによると、アフリカでは、現地の人は、猫も食べてしまうとかで、あまり街中に猫がいることもなく、いくらかお金を支払うつもりが、生きているニワトリ3羽と交換してほしいということで、マルシェで生きているニワトリ3羽をボーイさんが買って、子猫と取り換えてきてくれました。

 わずか2年ほどのアフリカ滞在でしたが、フランスに来るときは、娘が生まれたばかりであったうえに、家も見つかっていなかったような状態だったので、泣く泣く、猫好きのフランス人の家族にもらってもらいました。

 そして、フランスに引っ越して、しばらくしてから夫という家族の一人が亡くなってしまったことで、再び、家族に猫が加わることになりました。

 子猫が数匹生まれた中から、事前に娘が猫を見に行って、自分の気に入った猫を連れてきました。それ以来、我が家の中にはホッコリと暖かい空気が流れ始め、娘とは姉妹のように育ってきました。名前も当時、流行っていた映画から、娘がポニョと名付けました。

 ポニョは家の中だけで暮らし、外出を極端に嫌うので、滅多に外に出ることもありません。たまに散歩に連れ出しても、強烈に嫌がるので、もう諦めました。一度、友人の別荘のあるニースに連れて行ったことがあったのですが、ポニョにとっては地獄のような数日だったと思います。

 とにかく気性が激しい猫で、嫌いな人には、遠慮なく「シャー!」と、うなって怒るので、扱いにくいのですが、ツンデレでありながらも家族にはとてもやさしく、少し落ち込んでいたりする時は、黙って心配そうに寄り添ってくれていたりもします。

 特に娘に対しては、自分の妹のように思っているようで、娘が独立してからも、娘が家に来たときは、心底、穏やかな顔になり、とてもうれしそうにしています。

 そんな娘が、久しぶりにポニョに会って、「なんか、ポニョ痩せたんじゃない?どこか悪いのかも?」と医者の予約を入れました。私は、毎日、会っているので、特に変化は感じなかったのですが、娘が「絶対おかしいよ!」などと言い、医者に連れて行ってくれました。

 しかし、ポニョは外出が嫌いなうえに、医者はもっともっと嫌いで、一度、家に来て間もない頃になにか、食べてはいけない(舐めてはいけない)ものを口にしたらしく、みるみる立ちあがれなくなり、動かなくなってしまったので、慌てて夜中に二人でお医者さんに連れて行って、この病院では何もできないからとヴァンセンヌにある24時間対応の動物病院に連れて行ったことがありました。

 もうその時には、ポニョは怒るもなにも、そんな元気すらなくて、グッタリしていたのでおとなしかったのですが、点滴をしてとりあえずは入院ろいうことになり、数日間は様子を見ましょうということになりました。娘は、泣きながら、「パパがいなくなった時より悲しい・・」とまで言い出し、二人で眠れない夜を過ごしました。

 翌日、面会ができるという時間に病院を訪れたら、点滴のおかげでポニョはすっかり元気になっていたのには、ホッとしましたが、もう怒り爆発で、獣医さんも手が付けられないと言わんばかりに、「もう大丈夫そうだし、連れて帰ってください!とにかく、すごく怒ってますから・・」と半ば追い出されたような感じでした。

 その後、避妊手術のために半日、入院?したことがありましたが、その時も同じような感じで、ポニョはとにかく病院が大嫌いなのです。

 今回は、娘が一人で連れていくというので、私はポニョが怒り狂うのを見たくないので、娘に任せてしまいました。案の定、ポニョの怒りは相当なもので、たしかに痩せているので、血液検査をしたところ、異常なし。「これだけ暴れられるなら、元気なんでしょう・・」ということで、帰ってきました。

 ポニョは今年15歳。人間で言えば、70代後半だそうで、高齢ではあるのです。

 スリムだとはいえ、食い意地は我が家の家系を引き継いでいるのか、相当なものです。キャットフードは、常に補充してあるのですが、それは彼女にとっては非常食のようなもので、私たちが食べるものを常に狙っています。

 塩分があるものはいけないので、ポニョのために味をつけずに肉を焼いて、細かく切ったものをあげたりもしているのですが、電子レンジやオーブンをつけると、それこそ真剣なまなざしで見守り、お鍋を火にかけていたりすると、それをしっかりしまっておかないと、お鍋をあけて、食べようと常に食べ物を狙っています。

 そんな感じなので、食欲は旺盛なのに、キャットフードを満足に食べないので、いつの間にか痩せてしまうような気がします。

 私自身、加齢とともに体調管理のためにタンパク質が足りないだろうとか野菜を多めにとか、最近は、とても食べるものに気を使っているのですが、これからは、ポニョの食事ももう少しカロリーがとれるものを考えなければならないようです。

 しかし、これだけガッツいているのに、勝手にキャットフードでおなかを満たしたくないポニョには参ります。

 昔、娘が小学生の頃、コロニー(合宿)などに行って、嫌いなものしか出てこないと、水だけ飲んで頑として嫌いなものを食べない(フランス料理全般が嫌い)娘がゲッソリ痩せてコロニーから帰ってきたのを思い出します。

 ふつう、お腹がすけば、あまり好きではなくても、一応、食べると思うのですが、娘はそうではなかったのです。考えてみれば、ポニョはそんな娘に少し似ています。

 病院から戻っても、ポニョの怒りは収まらず、いつもは喜んで食べるごはんをあげても、「シャー!」と声をあげて唸っています。

 とりあえず、血液検査までして、「健康」だと太鼓判をおされたので、そんなに心配はしていませんが、この性格が災いしていることは間違いありません。


猫 動物病院


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2024年6月21日金曜日

パリ市長のセーヌ川での水泳デモンストレーション ギリギリ7月15日の週へ

  


 パリオリンピックのトライアスロン等の水泳競技を行う予定のセーヌ川の水質問題に警告が発せられ続けてきたことにより、パリ市長は、その安全性をアピールするために、自身がセーヌ川で泳ぐことを宣言していました。

 当初の予定では、6月23日と日にちを決めていたものの、6月7日の段階で、「5月の大雨」と「非常に強い川の流れ」のために延期されていました。

 ところが、パリ市長のセーヌ川での水泳デモンストレーションは、いつの間にか、選挙のために延期されたことになっており、「いやいや、違うでしょ!」と一人で勝手に思っています。

 たしかに、6月23日という日程が延期になって、次の候補日(パリ市長のセーヌ川での水泳デモンストレーション)が6月30日となっていた場合には、まさに選挙の第一ラウンドの投票日にあたるために、それが原因と言えないでもありませんが、どちらかと言えば、それが決まったのはごくごく最近のことで、後付けの理由な気がしてしまいます。

 とはいえ、選挙の投票日が6月30日と7月7日という日を除き、そのあととなれば、オリンピックまでには、もう1週間という7月15日の週にしかチャンスがないことになります。

 今度こそ、延期は許されないギリギリのタイミングになります。

 そもそものこのパリ市長のセーヌ川での水泳デモンストレーションが延期になったのは、雨つづきで水質が改善されず、川の流れが速すぎるという理由だったわけで、選挙があろうとなかろうと、この天候だけは、如何ともしがたく、この水質や水流を変えることはできません。

 にもかかわらず、パリ市長、パリ市は、議会選挙によって開会式、オリンピック競技は何もが変わることはなく、「プランBはない」と断言。かなり強引にこのセーヌ川でのオリンピックの水泳競技を強行する姿勢を崩していない様子で、どうにもその安全性には、疑問が残ります。

 正直、現在のフランスはオリンピックのことは、二の次で国民の関心事は、選挙一色になっているため、パリ市長のセーヌ川での水泳デモンストレーションの話など、あまり注目されていません。そのため、逆に考えれば、なにがなんでもセーヌ川で競技を行うことを強行突破するには、ハードルが下がっているかもしれません。

 しかし、実際に水泳デモンストレーション、そしてオリンピックが開催される頃には、選挙も終わっており、その結果如何では、また別の騒動が起こっているか?もしくは、オリンピックモードに一気に突入するか、現段階では、まったく予想がつかない状態です。

 問題のセーヌ川の水質は大腸菌と腸球菌という2つの細菌の糞便に基づいてヨーロッパの基準に適合していないという事実で、パリ市長が泳ごうが泳ぐまいが水質は変わらない、変わりようがないということです。

 今のところ、それどころではないというのがフランスの正直なところ。マクロン大統領にしても、このオリンピックの前には、セーヌ川で泳ぐことを宣言していたのですが、彼こそ、まさにそれどころではないのでしょう。

 まったくオリンピックだけでも大変なことなのに、その前に選挙とは・・大変な事態です。また今のところ、セーヌ川を見る限り、そこで泳ぐことになるトライアスロンの選手たちには、同情の念をおさえられません。


パリ市長 セーヌ川水泳デモンストレーション 7月15日


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2024年6月20日木曜日

マクロン大統領の国民議会解散と選挙の危険な賭けの裏にあった別のシナリオ

  


 マクロン大統領の国民議会解散、選挙という衝撃的な発表以来、フランスはパリオリンピックがもう目前に控えているというのに、選挙一色になっています。

 来る日も来る日も選挙関連のニュースばかりで、目が離せない気持ちと、もうちょっと飽きてきた・・と思ってしまう日々が続いています。

 しかも、もう選挙はオリンピック以上に目前に控えているので、どの政党も必死で、それぞれを支持する国民の熱も高まる一方で、この期間の短さがその勢いに拍車をかけている感じです。

 政治家はもちろんのこと、一般市民もテレビの討論番組に登場したり、怒ったり、時には涙したりしながら、かなり強い語調で意見を交換しています。

 そもそもは、欧州議会選挙の結果が極右勢力の圧勝だったという話から起こっていることですが、この状態で選挙を行った場合は、マクロン大統領にとっては、現状よりも悪い結果になる可能性もあるわけで、危険な賭けだと言われてきました。

 しかし、ここへきて、「憲法第16条」という法令の存在がクローズアップされ始め、「選挙の結果、どの政党も絶対多数を獲得しないケースが考えられ、この場合には、大統領に全権を与える憲法第16条を発令する可能性があり、この仮説について、マクロン大統領はすでに側近と話し合いを済ませている」とヨーロッパ1(フランスの総合ラジオ局)が報じています。

 この件については、現在のところエリゼ宮は否定していますが、それはそうでしょう・・と言う感じで、なにも、選挙結果が出る前から混乱を引き起こすようなことをエリゼ宮が公表するはずはありません。

 この憲法第16条というものが発令されたのは、これまで一度きりのことで、しかも60年以上も前の1961年ド・ゴール将軍によるものでした。フランス領アルジェリア放棄政策とみなした当時の政府の方針に反対した将軍らが主導したクーデター未遂事件であり、 この騒動は9か月続き、彼は国家を秩序立てようとしますが、実際の政治的統制なしに、かなり裁量的な方法であらゆる措置を講じた際に用いられたと言われています。

 この憲法第16条は、いわば禁じ手のようなもの、憲法の核ボタンとも言われており、これを発令することは、別の意味で大変なリスクを伴います。

 この憲法発令は、憲法評議会が管理するものではあり、上院議長、首相に相談しなければならないという形式的な条件があるだけで、基本的には大統領の裁量で決めることができると言われてます。

 ただし、条件として、フランスが「領土の健全性、国家の独立、またはフランスの国際公約の履行に疑問を投げかける可能性、また深刻かつ差し迫った反乱の脅威、またはその後の公的機関の通常の機能の中断が考えられる場合」とされており、現状をどのように判断するかは、大統領が判断することになります。

 しかし、すでに年金改革の際に発令された憲法49.3条(議会で採決をとらずに法案を採択する)を発令し、ゴリ押しした際には、大変な暴動が起こり、パリだけでなく、あちこちで怒りの炎が燃え上がり、大混乱に陥りました。

 憲法49.3条は、一応、たてつけは首相の権限においてということだったので、当時のボルヌ首相が矢面に立っていましたが、今度は、大統領が発令するもの・・本当になったら、もう大混乱になることは、間違いありませんが、フランスの未来を大きく左右する話で、誰も躊躇うことはないと思われ、オリンピックどころではなくなる可能性もあります。

 オリンピックの際のテロが異様に警戒されていますが、その前に大暴動が起こる可能性が出てきました。まあ、それもこれも選挙の結果によるのですが・・。


憲法第16条 大統領全権掌握


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