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2024年10月27日日曜日

パリで美味しいクスクスが食べられるお店 Le 404 と La mosquée

   日本でどの程度、「クスクス」というものが食べられているのかわかりませんが、私が初めて、クスクスを食べたのは、考えてみたら日本で、しかもフランス人の家庭に招かれたときのことで、「クスクスパーティーするからおいでよ!」と・・。当時は、「クスクスってなに?アフリカの食べ物だよね・・珍しいものが好きなフランス人なんだな・・」などと思ったような記憶があります。 クスクスは、小さな粒状のパスタみたいなもので、これを蒸してバターやオイルでパラパラにしっとりさせて、これにシチューのようなものをかけたり、サラダのように野菜と混ぜたりして(フランスではタブレと呼んでいますが・・)食べます。 フランスに来る前に私たちは、2年間西アフリカのコートジボアールに住んでいた時期があったので、それこそ、クスクスの本場、マルシェでもテイクアウトで食べられるクスクスが売っていたし、クスクスだけではなく、似たような形状のアチェケ(原料はキャッサバ)というものもあったりして、こちらはクスクスよりも若干モッチリしていますが、似ていて、主食というか、肉・野菜などのシチューのようなものや魚料理などと一緒に食べたりします。 形状的には、お米よりも細かくて食べやすいために、アフリカの人は、赤ちゃんにもこれを食べさせたりして、離乳食のようにもしていたので、アフリカで生まれた娘には、赤ちゃんの頃からこれを食べさせたりもしました。 アフリカにいた頃は、家にお料理をしてくれるボーイさんがいたので、クスクスを作ってもらうだけでなく、作り方を教わったりもしました。 それこそ、地方や家庭によって、材料も様々なのですが、多くはトマトベースでお肉、様々な野菜やひよこ豆などを入れる、栄養的にもとてもバランスの良い食事だと思います。 そして、フランスに来て、ビックリしたのは、フランス人にとって、このクスクスはかなりポピュラーで一般的なお料理で、これってフランス料理だった?と思うほど、よく食べられている食品で、もしかしたら、日本で言うカレーのような位置づけのお料理かもしれません。 以前は、もっとたくさんクスクスがファストフードのような感じで安価に食べられるお店が多かったような気がしますが、気が付いてみれば、時代の変化かこのお手軽な感じのクスクス屋さんはずいぶん減ったような気がします。 以前は、お金のない学生などは、今日もクスクスでいいね・・なんて言っていたと思うのですが、このクスクスの位置は、ケバブやハンバーガーに置き換わったような気がします。 私自身、自分でも作れるので、何も外でクスクス食べなくてもいいかな?とあまり、外でクスクスを食べようとも思わなかったのですが、ここ最近、クスクスの美味しいお店・・というのを見つけて、立て続けに行ってみたら、けっこうボリュームもあって、スパイスなども自分で作るのとは一味違ったり、またお店の内装がちょっとオリエンタルな感じで素敵だったりしたので、ちょっとご紹介したいと思います。 ひとつは、Le...

2023年8月18日金曜日

好奇心旺盛のフランス人の夫がアフリカで食べた動物がパリの動物園にいた!

   以前に、とっても懐かしい思い出があったパリの動物園のオランウータンに会いに行って、オランウータンのスペースを探しながら(動物園の地図には、なぜか載っていない動物がたくさんある)、水牛とか、獏とか、なんだかオレンジ色っぽい子ザルとか、一目見ただけでは、この動物はなんという動物だかわからないような動物がけっこういて、なんだか、感動ポイントがフランス人とはずれているのかなぁ?と思いつつ、なんだか、今一つ盛り上がりに欠けるかも・・などと思いながら、歩いていました。 それでも、せっかく来たのだから、一応、ここにいる動物はひととおり見て行こうと思って、「これ、何?」と思う動物は、一応、看板を見て、何の動物なのかを確認しながら歩いていると、なにやら、熱帯動物を集めた、歴史を感じさせる、やけにガッチリ作られた石の門構えの建物があり、入ってみると、熱帯動物を集めているだけあって、中の空気は生ぬるく、蒸しっとしていて、ひとつひとつの動物?ごとに、ガラス窓でしきられていて、覗いてみると、なんとヘビやオオトカゲなどの爬虫類・・。 あまり趣味ではないので、早々に退散、しばらくして、鳥類が集まっている場所の一部には、鮮やかなフラミンゴがいたりして、ちょっと救われた気がしたものの、なんだか、「もう!一体、オランウータンはどこだったんだっけ?」と思いつつ、もう少し、動物園らしい?喜びを感じさせてくれる動物はいないものだろうか?と思って歩いていると、その中のひとつに、看板を見て、「ん??これは何と読むのだ?」という動物がいました。 もちろん、全部、フランス語(英語でも書いてあったと思う)で書いてあるので、ましてや、あんまり見覚えがない動物の名前など、フランス語はもちろんのこと、日本語だって、わかりません。 しかし、「AGOUTI」(アグーチ)とたどたどしく読みながら、「アグーチ、えっ?アグーチ??」「アグーチって、もしかして、あのアグーチだ!」と、私は、一人でちょっと興奮していました。 それこそ、感動ポイントがずれていると思いますが、アグーチという名前には聞き覚えがあり、なんとそれは、好奇心旺盛なフランス人の夫とコートジボアール(西アフリカ)にいた時に、その土地の名物料理のようなものが食べたいと、レストランで食べたことがあった動物だったのです。 それは、テーブルに出てきた時には、シチューのような煮込み料理になっていたので、原形をとどめておらず、どんな動物なのか?とレストランの人に聞くと、なにやら、モグラとネズミの混ざったような動物だということで、どちらにしても、食用としたら、あまり気持ちのよいものではないだけに、あらためて、わざわざ調べてみることも、具体的に想像してみることもしてきませんでしたが、この名前だけは、なぜか鮮明に記憶していたのでした。 まさかのパリの動物園で、このアグーチを見ることになるとは、思ってもみないことで、まじまじと見つめてしまいました。 夫は好奇心旺盛で、フランス人はあまり行かない現地の小さい村のお祭りに大使館の現地採用のスタッフに頼んで参加させてもらったり、なんだか、野原のようなところの、「これ、ほんとに石鹸?」と思うような石鹸工場を見に行ったり、タバスキと呼ばれる、イスラム教のラマダンの終わりに行う羊をいけにえに捧げる行事に参加したり、物珍しいものごとには、果敢に参加して挑戦する夫は、現地の人が食べるとい珍しいお料理もぜひにと食べたがって、実現させたのでした。 なんだか、得体のしれないものを食べたがるわりには、胃腸はあまり丈夫ではなく、必ずあとには、必ずお腹を壊すのですが、それでも、夫は大変、満足そうでした。 実際に、現地の人々は、やはり、貧しくて、うちに来ていたボーイさんなどに聞く話では、動物は、ほとんど、どんな動物でも食べるそうで、そういわれてみれば、猫や犬でさえも、あまり外をウロウロしていることはありません。 動物園といえば、アビジャン(コートジボアール)でも、一度、動物園に行きましたが、英語では、アイボリーコースト(日本語で象牙海岸共和国)と言われるくらい、大昔には、象牙の売買で有名だった場所。さぞかし立派な象がいるだろうと思いきや、あんなに痩せた象を見たのは初めてで、なんだか、悲しくなりました。 話は逸れてしまいましたが、四半世紀を過ぎて、あの時、夫が食べたアグーチに会うとは・・、なんだか、私には、「へえ~~?これがあのアグーチ!」「まさに、モグラとネズミの混ざった感じ・・」と、ちょっと感動?しましたが、果たして、ふつうに動物園を訪れた人が何を思うか?不思議な気もしました。アグーチ パリ動物園 コートジボアール<関連記事>「オランウータンと友達になったフランス人」「今は亡き夫の友達だったパリの動物園にいるオランウータンに会いに行った」「亡き夫の誕生日 夫の思い出」「フランス語力ほぼゼロだった私のフランス人外交官の夫とのアフリカ生活」「子供が生まれて思ったことーアフリカでの出産」「アフリカは、アフリカでいい」「MADE...

2022年7月18日月曜日

統一教会はこんなところにもあった・・

   安倍元総理を襲撃した犯人が母親が統一教会にハマり、家庭が破綻し、悲惨な状況で暮らしてきたことの恨みを殺害の動機としていることから統一教会が注目されていますが、正直、しばらく耳にしていなかった統一教会というなまえに昔のことを思い出しました。 私がまだ日本で生活していた頃には、けっこう、統一教会やオウム真理教などの問題が大々的に報道されていて、当時、そのような新興宗教に傾倒して行ってしまった人には、私の世代の人は多かったのではないかと思います。 現在は日本で生活していないので、どのような感じなのかはわかりませんが、よく渋谷の駅などで、「あなたの健康と幸福のために祈らせてください」...

2019年12月4日水曜日

アフリカのアパートにいたケチケチな外交官

 私たちがアフリカに住んでいた頃に、わりと、家族ぐるみで、行き来をしているフランス人の外交官がいました。  私たちが住んでいたのは、フランス人の公務員専用のレジデンスで、高い塀に囲まれ、レジデンスの入り口には、常に警備員が数名おり、気軽に外の人が出入りできるような所ではありませんでした。  しかし、庭やプールなどを含めると、相当、大きな敷地でしたので、多分、かなりたくさんの人が住んでいたと思うのですが、正直、ほとんど、他の住民には、会ったこともない、今から考えると、不思議な空間でした。  アパート自体も、ワンフロアに一家庭、しかも、それぞれがメゾネットになっているので、...

2019年10月24日木曜日

アフリカでの出産で・・・陣痛促進剤2日間の産みの苦しみ

 私は、初めてのお産を、言葉も満足に伝わらないアフリカでという、かなり冒険的な体験をしました。言葉が満足に伝わらないと言っても、フランス語は、通じるので、単に、当時の私のフランス語力が足りなかっただけの話です。  初めての出産、しかも、海外、そして、よりによってアフリカ・・・。 なのに、私は、出産に関して、あまり不安を感じていませんでした。  病院も一応、フランス人や現地の政府高官が使うという、総合病院で、先生もフランスとアフリカのハーフのとても聡明な感じのベテランのど〜んと構えている、頼もしい感じの女医さんでした。  とはいえ、日本でのお産のように、母親学級のようなものが...

2019年9月30日月曜日

アフリカにいた日本人の美容師さん

 私がアフリカで、生活をしていた中で、困ったことの一つが美容院でした。  なぜならば、一度、アビジャン市内の美容院に行ったら、どういうものか、カットの前のシャンプーで、シャンプーをひと瓶まるまる使い切るが如く、髪をゴシゴシと何度も洗われて、髪の毛からは最低限必要な油分も全て洗い落とされて、頭皮はカサカサになり、髪の毛がガビガビになってしまい、カットの出来がどうとかいう以前の問題で、これなら、自分で、切った方がマシ!二度と行くまい!と思ったからです。  そこで、知り合いのツテをたどって、自宅に出張で髪を切りに来てくれるという日本人の美容師さんを知り、それからは、彼女に来てもらうこ...

2019年8月19日月曜日

アフリカは、アフリカでいい

 私が住んでいたのは、西アフリカのコートジボアールという国で、アフリカのパリと言われるアビジャンという都市でした。  そこは、どうしてアフリカのパリと呼ばれるのか、アフリカ初心者の私には、到底、理解できない世界でした。まあ、中心部には、ビルが立ち並んでいたりして、ある程度は、都会的で、フランス領だったことからパリと形容されているのかもしれません。  私にとっては、初めてのアフリカは、ほんとうにカルチャーショックを通り越して、現実のアフリカの世界が3Dで飛び込んでくるような迫力でした。  住まいは、フランス人の集まっているレジデンスで、現地の人々の世界とは、隔絶された世界でした...

2019年6月25日火曜日

フランス語力ほぼゼロだった私のフランス人外交官の夫とのアフリカ生活 

 フランス人の外交官とアフリカのプール付きのアパートで、フランス語でボーイさんを使う生活? なんだか現実感がわかなくて、想像もつかない!?。私がアフリカに行ったばかりの頃、友人からの手紙に書いてありました。(外交官といっても、財務省からの派遣外交官)  確かに、その言葉面からは、なんだか、一瞬、優雅な響きに感じられるかもしれませんが、実際は、とんでもありません。  何といっても、私にとっては、初めてのアフリカ。私たちの生活していたコートジボアールのアビジャンという街は、西アフリカの中心のようなところで、アフリカのパリなどと呼ばれています。  しかし、パリはパリでもアフリカのとい...

2019年6月24日月曜日

子供が生まれて思ったことーアフリカでの出産 

 母は、私に常々、言っていました。一度は、子育てを経験した方がいいわよ・・と。  子供を持つことで、自分の中の欠落している部分が少しずつ埋まり、今まで知らなかった世界が広がるから・・違う視点でものごとを見ることができるようになるから・・と。  その母の言葉は、常に私の中のどこかにいつも潜んでいました。  私が、子供を産むなら、これくらいまでかな?と思っていた年齢に出会ったのが、主人でした。それは、私にとっての大きな人生の転機でした。  そして、私が、子供を出産したのは、よりにもよって、主人の転勤に付いて行った先、アフリカでのことでした。  分娩台の上で、あまりにも痛くて、...

2019年6月5日水曜日

MADE IN AFRICA

 私の娘は、アフリカのコートジボアールという国で生まれました。 よく、日本人には、コート・ダジュールと勘違いされますが、英語では、アイボリーコースト、日本語では象牙海岸共和国というそうです。  写真に写っているパイナップルやトマト、バナナ、マンゴー、ココナッツ、カカオなどなど、アビジャンのココディマルシェで全部、まとめて2000CFA(セーファーフラン)=20FR (フラン)ユーロに換算すると3ユーロくらい、つまり、日本円で370円くらいでした。安いでしょ!  そばに写っている木彫りの置物なども全てコートジボアールで買ったもので、娘も入れて、当時、Made in Africa....