2024年4月3日水曜日

帰仏早々の歯医者さん 日本での食べすぎの報い

  


 日本滞在から帰仏する前夜のこと、家で食事中、フランスではあまり食べられない焼き魚を食べ収めとばかりに欲張って、何種類も焼いて、いちいち感動し、噛みしめながら食べていたところ、噛みしめ過ぎたのか、突然、なんかガリッと妙な金属製のものをかじった違和感があり、「えっ?今のなに?魚の骨?って感じとも違うし・・」と口の中に残った小さな欠片をつまんでみたら、なんと奥歯の詰め物がとれてしまったのでした。

 前回、歯医者さんに行ったのは、左側の奥歯のインプラントで、相当な時間もお金もかかったうえに、痛い思いもして、もう絶対に歯医者さんに行きたくない!と気を付けて、念入りに歯磨きをするように心がけてきたのに、久しぶりとはいえ、また歯のトラブル。

 しかし、日本に一時帰国中は、ふだんの生活の何倍もの勢いで食べていたので、当然、歯を酷使し続けてきたためにこのような事態に陥る原因としては思い当たることがあり過ぎるわけで、せめて、これが帰仏寸前の出来事でよかった・・と思ってもいたのでした。

 以前、インプラントにまでしなければならなくなったのは、歯医者さんに行きたくなくて、放置していたことが仇となって悪化した挙句のことで、今度は帰仏したら、すぐに歯医者さんに行かなくては・・と、落ちてしまった歯に詰めてあった小さな金のかけらを大事にしまいながら、心に決めていたのでした。

 そして、フランスに戻って早々に歯医者さんに電話したら、思いのほか早く予約がとれました。

 今まで大病といえるような大病もしたことない私にとって、気が重い検査などは数々あれど、歯医者さんというものは、かなり嫌な場所(その歯医者さん自体が悪いというわけではなく、歯医者さんというもの、歯の治療というものが嫌い・・というより大嫌い)、もう予約してある当日は、歯医者さんに行くというだけで、もう病人のように具合が悪くなっている気がするのです。

 今回は、別に歯の詰め物がとれたというだけで、感覚的には痛くもかゆくもないのですが、歯医者さんに行って、またガリガリやられることを想像するだけで、こんなに具合が悪くなるものか?と自分でも情けなくなるのですが、事実なので仕方がありません。

 久しぶりの歯医者さんは、こともなげに明るく「サヴァ?(元気?)」と挨拶してくれるのですが、大人げないことながら、私は思い切り不機嫌で「サヴァではないから来てるんだろうに・・」とか思いながら、答えにつまって自分でも仏頂面なのがわかるほど。

 一応、「詰め物がとれてしまって、そのとれてしまった詰め物も持ってきてはいるんだけど・・」と説明したものの、そのとれてしまった欠片には一瞥もくれずに、歯をチェック。

 いつものことながら、明るすぎるライトにもうまな板の鯉の気持ちで目を閉じ、口をあけます。考えてみれば、従姉妹の旦那さんは歯医者さんなので、日本にいる間だったら、彼に診てもらえたかも? そうしたら、もう少し気がラクだったかも・・?などと思うも、時すでに遅し。

 結局、レントゲンをとったり、詰め物がとれてしまったところをまたさらにガリガリ削られて、応急処置だけをしてくれたところで、初日は終了しました。

 これからさらに気が重いのは、その治療方法の選択と請求書。今回は奥の奥でもあり、目立たない場所でもあり、「最大限保険でカバーできる範囲でお願いします」と話してきましたが、今後、どうなることやら・・。

 今回の一時帰国の初旬は時差ボケがひどくて極端な睡眠不足でいつものような食べ物に対して盛り上がらなくてつまらないな・・などと感じていたものの、時差ボケが解消されるとともに、しっかり挽回して盛り上がって食べまくってきたので、このような報いを受けることも充分にあり得ることではあったのですが、なにかと高くついた今回の一時帰国でした。


フランスの歯医者さん


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2024年4月2日火曜日

高齢者の一年の変化は大きい

  


 小さい子どもは1年会わないと「うわ~っ!大きくなったね~!」とびっくりしたりしますが、高齢者の1年もけっこう大きくて、「えっ??」と驚かされることも少なくないことに、ここのところ日本に一時帰国するたびに感じます。

 現在の私の周囲に関しては、正直、小さい子どもはいないので、後者の方の驚きばかりで、あまり先が楽しみという感じでもありません。

 誰でも年齢を重ねていくので、仕方ないといえば、仕方ないのですが、ここ数年は、周囲の叔父・叔母たちの多くは80歳以上が増えてきて、やはり80を過ぎると1年1年の老化、変化はかなり大きいのだな・・とちょっと愕然とすることもあります。

 叔父の一人は、急に腰が曲がってしまっていたり、ふつうに歩くのでさえも、ちょっと危なっかしい感じだったり、会話が成り立たなかったり、明らかに人の話を聞いていない感じだったり、妙に頑固だったり・・とハッキリ言えば、一目瞭然な老化ぶりにかなりショッキングだったりもします。

 90を過ぎた叔母に関して言えば、ここ1~2年で大きく変わり、以前から外出の際に杖を使っていたりしたので、家の玄関先で顔を見たりする限りはそんなに変化はないような感じも受けるのですが、従姉妹曰く、寝たきりの生活にはなっていないものの、一人で転んだりすると、もう一人では起き上がれない・・とのことなので、かなり心配な状態です。

 認知機能に関しても、私が日常的には隣に住んでいないということがどこまでわかっているのかいないのか? 娘と混同しているのか? 顔を出しても「うわぁ~○○ちゃん(私のこと)そっくりね!」などと言われてしまったときには、返事に困りました。

 それも、まあまあふつうの極めて妥当な会話が成立することもあるので、日によって差があるみたいです。何よりも性格的に非常に明るく社交的であったキャラクターがそうではなくなってきて、表情が乏しくなってしまったような気がします。

 2年くらい前だったか、私が日本に一時帰国していて、フランスに帰るとき、「また、しばらくは日本には来れないと思うから、おばちゃま元気でいてね!」というと、「元気でいたいけど、あんまり自信がないわ・・」などと寂しい返事が返ってきて、その時はその時で、心配にもなったのです。

 今回は今回で、フランスに帰る日の朝、従姉妹がかいがいしく、色々、荷物を出したりするのを手伝ってくれたりして、タクシーが来るまでの間、立ち話をしていたら、叔母が杖をついて、出てきてくれて、「え~?おばちゃま・・大丈夫?危ないよ・・」と言いつつ、私がフランスに帰ってしまうことは理解してくれているようで、やはりわざわざ見送ってくれようとしていることは恐縮してしまうような、でもやっぱり嬉しかったりもしました。

 また、いつものように「今年はもう帰ってこれないと思うけど、おばちゃま元気でね・・」と言ったら、「ハイハイ!私はいつも元気でいますよ!」みたいな返事が返ってきて、昨年よりも事態は深刻になっている感じなのに、あまりその事態を不安に感じるということもなくなってしまったのだろうか?などと、逆に心配にも感じてしまうのでした。

 私の両親は、すでに他界してしまっているので、両親はそれ以来、私の中で歳をとっていかないのですが、両親の兄弟姉妹たちは、両親の年齢を遥かに超え始めた頃から、ぐんぐん老化が顕著になっていく感じに驚くのです。

 もちろん、個人差もあるのですが、身体的なことや認知機能的なことはもちろん、性格的な面もどんどん凝縮されていく感じも、自分がどう歳をとっていくべきか?また、自分がこのようにありたいとか考えることができる年齢にも限界があるのかな?とか、考えてしまいます。

 特別なことがない限り、恐らく少なくとも年内中に日本に行くことはないと思うのですが、次回に日本に行った時、彼らがどんなふうに変わってしまっているのかと思うとちょっと恐い気もします。

 これが小さい子どもの成長に驚くというのなら、どんなに嬉しいことかと思うのですが、小さい子どもは周囲には、全然いなくて老人ばかりというのも、やはりいかにも日本の縮図のようだな・・という気もします。


子どもと老人の一年


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2024年4月1日月曜日

イル・ド・フランス・モビリテ 2023年に発生したRER A,B,C,D,P 線の多数の遅延に対する払い戻し

  


 2023年に発生した多数の遅延を補償するために、イル・ド・フランス・モビリテは期間限定(2024年3月20日~4 月 17 日)で遅延補償キャンペーンを行っています。これは、RER A,B,C,D,P 線に関するもので、これにより、最大 126.15 ユーロの払い戻しを受けることができます。

 これは今年初めての試みではないようですが、遅延あたりまえのフランスで遅延に対しての補償を行うということで、ある意味、画期的な気もします。

 以前、あまりに長いストライキのために払い戻しではなく、次の月は割引になったことがあったような気がしますが、遅延に対する払い戻しはまた別レベルのことです。

 2023 年、イル・ド・フランスの公共交通網の一部の路線は定刻性の面で目標を達成できず多数の遅延が存在したことを補償するもので、これらの遅延はネットワークを近代化し持続的に改善するために必要な多数の作業が遅延の原因になっているとしています。

 これらの遅延に対する補償は主にパリ郊外線に関するもので、2023 年の少なくとも 3 か月間定刻性が 85% 未満であったすべての路線が払い戻しキャンペーンの対象となります。

 払い戻しは、Navigo(定期券のようなもの) 加入者であるイル・ド・フランス居住者であり、該当している路線に居住または勤務している場合に認められるとしています。

 払い戻しの手続きは全てイル・ド・フランス・モビリテの自分のアカウントから(ない場合はすぐに作れます)簡単にできるようになっています。

 もともと公共交通機関の定刻性といものにあまり期待しないようになっているし、どの程度の遅延を遅延と見なしているのかも疑問ではありますが、少なくとも遅延に対する払い戻しを行うというのは、遅延に対する反省が認められるもので、進歩だな・・と思います。

 私は、郊外線をあまり利用しないので、幸か不幸か今回の払い戻し対象にはなりませんが、どちらかといえば、特にここ1~2年、工事のために閉鎖されることの多いメトロの路線に対しても、ぜひ払い戻しを行ってほしいと思っています。

 このメトロの工事に関しては、代替バスなどが運行しているものの、全く充分なものではないうえに、利用しづらいもので、それこそ閉鎖のための迂回などのために、そのたびに大幅に時間がかかることになっているのでほとほと迷惑しています。

 このメトロの工事のための閉鎖に関しては、子どものバカンス期間中や夜間や週末などにしてくれてはいるのですが、それでも、もうこれでもか!というくらいの頻度で、しかも全線閉鎖せずとも部分的に少しずつやるとかもう少し乗客の迷惑を最小限にする方法はあるのでは?と思います。

 しかし、少なくとも遅延に対して、改善の兆しが見えることは嬉しいことです。

 


パリ郊外線 遅延のための払い戻し


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2024年3月31日日曜日

マッチングアプリ  ”ティンダー・レイピスト” 強姦魔の元写真家に懲役18年+永久国外退去命令

  


 「ティンダーレイピスト」と呼ばれる38歳のモロッコ人男性が、マッチングアプリ「ティンダー」を通じて知り合った女性に対する12件の強姦と3件の性的暴行事件で有罪判決懲役18年を求刑されています。

 この38歳の元写真家は、2014年から2016年にかけて、出会い系アプリ「ティンダー」を使って多数の女性を自宅に誘い込み若い女性たちを襲いました。 彼はモデルを探している写真家であると名乗っており、彼女たちに写真撮影を持ち掛け、巧に自宅に誘いこんで女性を襲うという同じ手口を数多くの女性に対して行っていました。彼の自宅ではアルコールが提供されると、その後、全員が異常な酩酊と体力の低下を訴えており、中には、薬物を投与されたと主張している女性もいました。

 被害者の女性たちは、事件当時20代前半の若い女性ばかりであり、この男性がモデルを探している写真家だと名乗っていたとしても、安易に男性の部屋にあがることも不用意でもあるし、そもそも相手をよく知らない出会い系サイトというものには、ふつうに出会う場合に比べて危険性が高いことは忘れてはいけないことを思い出させてくれます。

 この他に2件の告発がなされていましたが、2件の事件に関しては、証拠不十分として不起訴になっていますが、少なくとも17件の告発状が出されていることになります。

 彼はこれらの関係は合意のうえであったとか、そもそもそんなことは起こってはいなかったと主張し続けていましたが、2件の証拠不十分で不起訴になったケースを除いて15件に関しては有罪判決が下り、懲役18年の有罪判決となりました。

 この一連の彼のやり口は、計画的であり、連続的でもあり、極めて自己中心的で悪質であることから、懲役18年に加えてフランス領土から永久に離れる義務を伴っています。

 彼はすでにこの事件に対して2年半の公判前拘留を経て、写真家としての活動を禁止され司法監督の下で釈放されたのちにすぐに同様の事件を犯しています。

 再犯率が高いと言われるこの手の性犯罪で、司法監督下とはいえ、なぜ公判前拘留を中断して釈放してしまったのかは理解しがたいところです。

 今回の裁判にこぎつけるまで被害者の女性たちにとっては、長い闘いの日が続いていたようで、公聴会が数日間続くうちに、お互いを知らない被害者女性たちが近づき、お互いをサポートし、励まし合う姿が見られたと言います。

 この裁判で争われたのは、17件でしたが、恐らく告訴に及んでいない女性がまだまだ存在していると思われ、実際に今回の裁判で争われている事件以外にもすでに別の告訴状が提出されているそうです。

 マッチングアプリを全て否定するつもりはありませんが、危険人物も含まれているこんなケースもあるので、充分に気を付けてください。


マッチングアプリ レイプ


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2024年3月30日土曜日

帰仏前後のもろもろ・・どうやら、また時差ボケまっしぐら・・

  


 なにかとトラブルもあったものの、無事、日本滞在の全行程が終わって、帰仏に向けての最後のクライマックスは荷造りです。帰仏前日、九州から泣く泣く・・というか怒りながら別送した荷物がなんとか届きました。

 その荷物を加えて、ざっと来仏のスーツケースを計量して、23㎏に満たない分を最後に買い物に行って追加するつもりでいました。

 帰仏前日の朝、叔母から届けたいものがあるから、「午前中に家に行ってもいい?」と電話。今回の来日でまだ一度も会っていなかった叔母も一緒だというので快諾し、家でちょっとだけ彼女たちとおしゃべりしたあと、近所に食事に行くことに・・。

 親戚の叔父、叔母の中でも彼女たちは、叔母というよりもお姉さんのような存在のためにとっても楽しい食事とおしゃべりの時間を過ごしたのち、帰宅。

 一応、それまでに買い集めたものなどをざっくりとスーツケースを計量してみると、もうすでに23㎏に限りなく近いことがわかって絶望的な気持ちに・・。隣の従姉妹が最後の買い物に車で行ってくれることになっていたのですが、「もう荷物、かなりいっぱいで追加できないかも??」と泣く泣く告白。

 「あれもまだ買ってないし、これもまだ買ってないし・・」とこぼすと、「それじゃ、どうしても欲しいものだけを買って、選抜式にしたらどう?どうせ、入らないものを置いて行っても娘ちゃんがいるんだし・・」と。

 「そうだ!そうしよう!」とさっそく、二人で買い物へ。

 無事に買い物が済み、いよいよ本格的に荷造りをしていると、2階の部屋で仕事をしていた娘が下りてきて、「ママ!全然、甘い!まだまだ手荷物にたくさん移せるよ!」、「これもこれも、手荷物に移せるでしょ!」と。

 実のところ、娘もフランスにいて、一緒に帰国していた頃は、荷造りは彼女の担当で、彼女は実に効率よく上手く収めてくれていたのでした。彼女のアドバイスどおりになんとか荷物を手荷物とスーツケースに割り振るとなんとかその日に買ってきたものも全て持って帰れそうな感じになりました。

 しかし、グズグズ夜中まで荷造りにかかっているのを見かねた娘が結局、うまいこと荷造りしてくれました。もはやどちらがお母さんかわからない感じになっています。

 機内に持ち込む荷物には機内で食べるものも含まれています。最近、機内に持ち込んで食べるものの中でとても気に入っているのは、冷凍の枝豆で、最近の日本の冷凍の枝豆は塩味もついていて、自然解凍で食べられるようになっているので、飛行機の手荷物の中に忍ばせて置くと、飛行機に乗った頃には、解凍されてちょうど食べ頃になるのです。

 前回は、やけに羽田空港が混雑していたので、今回は3時間前に到着するように家を出て、娘に教わったGOタクシーというアプリでタクシーでリムジンバス乗り場まで向かい、そこからリムジンで空港まで。空港に着くとすぐにチェックイン。荷物を預けて一段落。それから、まだ最後にコンビニでおにぎりやサンドイッチなどを買い込み、保安検査場へ。

 保安検査場を過ぎたところで、免税手続き(今回も前回の戸籍の附票の写しとやらが使えたため、ユニクロで免税で買い物しました)、といってもパスポートをピッと通すだけですが・・。

 ここを過ぎたところで、やっとどうにかホッとして、日本の友人たちや従姉妹や叔母や娘に、無事に空港について、あとは乗るばかり、滞在中はお世話になりました・・というメッセージを送ったり電話したりしながら、ちょっとだけサンドイッチを食べたりコーヒーを飲んだりしていると、出発3時間前についたのに、あっという間に搭乗時間間近になっていました。私にとっては、出発3時間前に空港入りというのは、ちょうどいい時間のようです。

 飛行機はオンタイムで離陸するというアナウンスにエアフランスなのにオンタイム?と驚きました。機内のことは前のブログで書いたので割愛しますが、書き忘れたことが一つ・・。大したことではないのですが、食事と食事の間に後方のスペースに用意されている軽食(サンドイッチやマドレーヌ、チョコレートなど)の中に山積みのどら焼きがありました。

 CDG空港に着くと一応、ランダムに荷物をチェックされる場合もあるのですが、日本からの直行便に関しては、ほぼノーチェックが多いです。

 タクシー乗り場に向かうとけっこうな行列にびっくり。それでもなんとか家に着くと猫のポニョが熱烈歓迎でお出迎えしてくれました。また時差ボケだな・・と思っていたものの、飛行機でたっぷり眠れたにもかかわらず、しっかり夜も眠れて朝6時半に空腹で起床。

 まだまだ眠れると思いつつ、いやいやこれで寝てしまったら時差ボケになる・・と頑張って起きて、荷物を片付けつつ、Navigo(こちらの定期券のようなもの)をチャージしに行ったり、野菜や卵や果物などの買い物に行ったりして午前中を過ごしたあと、昼食をとり、一段落したところで、なんだかすごく疲れて、ちょっと横になろう・・と思ったのがまずかった・・。そのままぐっすり眠ってしまい、気が付いたら、夜の11時。

 「え~~~?」という感じ。途中で心配してポニョがニャーニャーないていた声が聞こえていた気がするのですが、まさかのもう夜中です。

 機内でもぐっすり眠って、その日の夜もぐっすり眠って、時差ボケ対策に向けてバッチリ!と思いきや、午後の時間までぐっすり眠ってしまって、どうやら、やっぱり時差ボケは必須状態です。


時差ボケ


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2024年3月29日金曜日

長距離フライトの座席の移動のチャンス

  


 私は長距離フライトに乗る際には、必ずチェックインの時に、この便は満席ですか?と聞くようにしています。もともとできるだけ航空運賃は抑えたいために、よっぽどのことではない限り、別料金を払って座席指定をしたりすることはしないので、基本、割り振られた座席を受け入れて、あとは運次第です。

 個人的には、長距離フライトの間は、私は過去に怪我の後に足に血栓ができたことがあったために、フライト中、座りっぱなしというのは良くないようで、定期的に歩かなければならないので、できれば通路側がありがたいのです。

 しかし、セコいやり方ではあるのですが、そのフライトが満席ではない場合、離陸後にあたりを見回して、もし、通路側に空席があるのであれば、席を移動させてもらうこともできるので、その最後のチャンスを狙っているのです。

 今回の日本からフランスへの帰国のフライトの際にも、チェックインの際に「今日は満席ですか?」と聞いてみたところ、「今日は若干、空席がありますよ!」とのことだったので、内心は、「やった!チャンスあり!」と思っていたのですが、グランドスタッフの方は、「プレミアムエコノミーにグレードアップしますか?」とおっしゃり、「いえいえ、そういうわけではないんです!」と言ったのに、「すぐに追加料金を確認します」と仰るのでで、「まあ、一応、金額だけは聞いておこうか・・」と思っていると、「48,000円です」とのことだったので、やはり辞退。マイレージが貯まっていれば、それで・・ということもできたりもするのでしょうが、今回は、数年ぶりのエアフランスでマイレージも貯まっていないので、断念。

 それよりも、私は、もしも通路側出なかった場合は、離陸後に同じエコノミー席の中で席を移動させてもらえる可能性があるな・・と思っていたのでした。

 飛行機に乗ると私の座席は通路側で、しかも真ん中3席の間は空席で、隣が空席ということはだいぶ楽、一つの空席をおいた向こう側には、フランス人の若い男性が大きなお魚の抱き枕を抱えて乗っていて、「それ、可愛いですね・・」と声をかけると、ちょっと照れ臭そうに、「隣が空いているのは、ずいぶん楽ですね・・」と。

そして、飛行機が離陸後、まずトイレに行きがてら、ちょっとだけ歩こうと思い、席を立つと、思っていた以上に空席があり、となりの列の中に3席まるまる空いている席を発見。即刻、フランス人のCAの男性に「空いている席に移動してもいいですか?」と聞くと、「もちろん!」と快諾を頂き、即刻、お引越し。

 もともとの席の一席あいたお隣の男性にとっても私がいなくなれば、彼もまるまる3席使えるようになるために朗報であるに違いなく、その男性に、「私は別の席に移りますから・・」と声をかけて席を移動しました。

 3席確保できるとは、本当にラッキーで、さっそく窓際の席に枕を積み重ね、座席間のひじ掛けをあげると、もうフライト中の私のベッドが完成。さっそく両足を座席の上にのばして座ってストレッチをしたりして、身体をほぐし、万全の態勢になりました。

 長距離フライトの後に必ず思うのは、「両手両足をのばして眠りたい」ということなのですが、今回ははからずもそれが機内で叶えられることになりました。

 最初は、度々、歩かなければならず、うとうとすることはあっても、なにやかやと用意していた雑用をこなしたりしていたのですが、フライトも3分の2が過ぎた頃には、いつのまにか爆睡。途中、食事が配られていたのも気付かず、もう着陸30分前というアナウンスで目が覚めました。

 機内でそこまで爆睡するのも稀なこと。今回は、日本時間で昼過ぎに出るフライトだったために、朝、自宅を出て、時差の関係で、フランス時間の同日の夜に到着する予定だったので、そこまで本気で寝なくてもいい(夜、到着したら、そのまま家に帰ったら寝ればいい)と思っていたのですが、機内でしっかり寝てしまいました。

 日本滞在中は、最初の1週間強くらいは、時差ボケのためにあまり眠れない日が続き、その後、温泉旅行をしたりした際には、時差ボケはほぼ解消されていたものの、朝食前に朝風呂を楽しみたいために早起きをしていたために、全般的に寝不足の日が続いていたので、まず長距離フライトの機内で眠れたことはとてもよかったかもしれません。

 こんなに寝ちゃって、夜、眠れないかも?といらぬ心配をしてもいたのですが、帰りのタクシーの中では、最初は運転手さんとおしゃべりをしたりしていたのですが、次第に眠くなってきて、夜もしっかり眠れました。

 しかし、時差ボケは単に睡眠の問題だけではなく、翌朝は、私の腹時計が先に目をさまして、眠いのにお腹がすいてすいて起きてしまいました。

 本当ならば、あれだけ日本で食べすぎの日々が続いていたので、フランスに戻ってきたら、ダイエットが開始される予定ではあったのですが、そこは帰国ホヤホヤ・・日本から持って帰ってきた食料が山のようにあるために、もうボーっとしながらもまた、食べてしまうのでした。

 日本の国内移動のLCCで嫌な思いをしたこともあり、エアフランスのグランドスタッフもCAさんたちも、ものすごく感じがよい気がしました。日本からのフライトだというのに、日本人スタッフはゼロ(しかも半分くらいは男性)。帰途につくときに、内心、「ああ~またフランス語の生活か・・」とちょっと億劫な気がしたにもかかわらず、機内アナウンスのきれいなフランス語を聞いていると、どこか心地よさを感じたりもして、自分でも意外でした。

 ともあれ、長距離フライト、大変ではありましたが、不幸中の幸い?というか僥倖で、目覚めたときには、もう少し寝たいから、もうちょっと飛んでくれていてもいいのにな・・などと思ったほどです。


機内座席移動


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2024年3月28日木曜日

人の寿命はわからない・・

  


 今回は、日本にある家のことで、急遽、一時帰国することになり、その家は、父が亡くなった後に相続した段階で、私と弟の共同名義にしたために、家に関わる大きな案件については、私と弟との二人が揃っていなければならず、姉弟ともども海外生活を送っている我が家は、二人が日程を合わせなければなりませんでした。

 日本に到着するまでにも、色々と打ち合わせたり、決めたりしなければならないことも多く、いまだかつてないほど、ほぼ毎日のように弟とはLINEやメールで連絡をとりあったり、意見をかわしたりしてきたので、姉弟で色々と話せるよい機会だったと思います。

 弟は、日本の企業で働いているので、日本には仕事も兼ねて帰国することが多いのですが、今回は、100%プライベートということで、かといって、私のようにその間に旅行の計画をたてたりはしていなかったようなので、比較的、日本滞在中は自由に動ける感じでした。

 なので、肝心の要件に臨む前に、姉弟で顔を突き合わせて、色々と段取りをしておく方がよいと思い、家で一緒にゆっくり食事しながら話そうと母が昔、よく作ってくれたお料理などを久しぶりに作ったりして、弟を迎え、弟もリラックスした感じで昼間から飲みながら、食べながら、途中で叔母が顔を出したり、娘が加わったりしながら、延々と楽しい時間を過ごしました。

 夕方になった頃、そこそこ酔っ払い始めた弟が今日は、「泊まっていってもいい?」と言い出し、「もちろん!ここは、あなたの家でもあるんだから・・」と言いつつ、弟は、いよいよ本腰を入れて飲み始めてしばらく経った頃でした。

 弟の携帯に突然、電話着信が・・バカンス中のことでもあり、最初は彼も無視していたのですが、あまりに執拗に鳴り続けるので、電話に出るとそれは彼の勤務先のシンガポールからで、彼の部下である日本人スタッフの女性が仕事先のマニラで急に脳出血をおこして、病院に運ばれて意識不明とのこと。

 シンガポールならばともかく、場所はマニラ。マニラでも一番よい病院に運んだとのことでしたが、かなり状況は厳しそうだということで、一瞬で酔いも覚めるような出来事でした。

 病人に同行していた他のスタッフはかなり動揺していて、パニック状態。彼は部下にとにかく、「費用は全部会社が負担するから、落ち着いて、できる限りのことをひとつひとつやっていくように、そして、彼女の家族に即刻、連絡をとるように」と指示していました。

 しばらくすると、また、彼には連絡が入り、「手術するには、家族の同意が必要で、現在の病院の状況だと早くて手術は2日後くらいであろうと・・また家族は、鹿児島にいて、誰もパスポートすらもっていない・・」と。

 この倒れた彼女、とても有能な方のようでバリバリの叩き上げのキャリアウーマンとのことで、39歳独身とのこと。本人の意識はないので、そのご家族と連絡をとりながらのことを進め、翌日には、なんとか手術に漕ぎ着けたのですが、結局、それも上手く行かずにその翌日には、亡くなってしまったそうです。

 今回、日本に帰国して以来、明らかに急に老化が進んだように見える叔父や叔母の様子を見たり聞いたりするなか、あっけなく突然、まだまだ将来もあるはずの若い命が突然、絶たれてしまうこともあるのだと、なんだか他人事ながら、呆然とする思いでした。

 私としたら、いつ、それが弟であってもおかしくないような、人の寿命はいわゆる歳の順ではないのだとなかなか身につまされる思いでした。

 その間に家の要件は無事片付き、私は、予定していた旅行などに行っていたりしましたが、弟の方は、今回の帰国は仕事は関係のない帰国だったにもかかわらず、現地で荼毘にふされた彼女の遺骨が東京に届くと、部下とともに彼女の遺骨を届けに彼女の実家のある九州へ。

 たまたま同時期に九州の温泉でのんびり過ごしていた私とは、あまりの違いで気の毒になりました。一緒に同行した彼の部下は、涙ながらに遺族に遺骨を渡しつつ、ことの経過を説明したとかで、どんなにか辛い思いをしただろうと思います。

 私の夫も病気で突然、職場で倒れてから、病院に運ばれて数日後に亡くなり、母も病を患っていたとはいえ、発作をおこしてから、10日ほどで亡くなり、どちらも平均寿命には及ばない早逝だったと思いますが、今回の話はまさかの30代ということで、つくづく人の寿命は決して歳の順ではないのだということをあらためて思い知らされました。

 結局、彼女は倒れてから、一度も意識を取り戻すことなく亡くなってしまったようで、何の前触れもなく、何の言葉も残さず、ある日、突然にいなくなってしまいました。

 歳若いうちは、死は身近には感じづらいものですが、やはり、日々、死は隣り合わせにあるもので、日頃から私も死については、考えておこうとあらためて思ったのでした。


人間の寿命


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