2019年7月9日火曜日

人生の勝ち負け、勝ち組、負け組  ー駐在員の妻の社会ー




 時々、耳にする、勝ち組、負け組という言葉が私は大嫌いです。

ある日、私は、職場の同僚に、”あなたは、勝ち組だからいいわよ・・” と言われて、耳を疑いました。というより、勝ち組という言葉を使う、その人に猛烈な嫌悪感を感じたのです。

 何を根拠に、その人が、私を勝ち組だといったのか? 全然、わかりませんが、その時に改めて、私は、自分自身がその言葉に対して、物凄く、嫌悪感を感じることに気がついたのです。

 人の人生、勝ち組とか、負け組とか、何を基準に言ってるのか知らないが、勝手に判断するな!・・勝手にお前の枠にはめて、人の人生を勝ちとか負けとかいう言葉でくくるのは、やめてくれ!という気持ちです。

 それと、似た類の思いを別の機会にしたことがありました。

 それは、日本人の海外駐在員の妻の世界です。私は、どっぷりとそれに浸かったことはないし、国や、構成メンバーによっても違うかもしれないので、これは、あくまで、私が目にした特別な世界でのお話ですので、ニューヨーク、パリ、ロンドンなどの大都市とは、別だと思いますので、悪しからず。

 日本とは違う意味での海外という不自由な世界で、また、海外駐在員の妻という、旦那の肩書き=自分の肩書きのような、妙なプライドもあります。旦那の会社や役職のランクによって、妻のランクも変わるのです。また、大使館、金融、商社、メーカー、公的機関によってもランク付けは違うそうです。
 私は、主人がフランス人でしたので、ランク圏外でしたが。

 私が目にしたアフリカの駐在員妻の会は、大使夫人を中心とし、そのお取り巻きが数名おられ、それを取り囲むように、一見、和やかに行われていました。そして、大使夫人のお世話係が毎日、当番制になっていて、朝8時から麻雀、午後には、お茶会などが行われているということでした。
 家には、家事等をしてくれるボーイさんやメイドさんが各家庭にいるために、時間が有り余っているのです。私は、初めての、しかも、アフリカでのお産を控えて、助産婦さんだった方をご紹介いただけるとのことで、そのお茶会に一度だけ参加させていただいたのです。

 何部屋もある広いアパートに住み、ボーイさんやメイドさん、運転手さんもいて、一見、優雅で豪華な生活だけど、このよそよそしい妙な雰囲気は何なのでしょうか?

 私がその会にお邪魔していた時、たまたま、誰かの黒人の運転手さんが玄関先で待っていたのです。すると、会の中の一人の女性が、”だあれ? ここにいる人? なんで、こんなところにいらっしゃるの? この方?” と、嫌味満載な言い方で、周りの人に呼びかけたのでした。一瞬、その場の空気が固まりましたが、すぐに、その後始末にまわる、別の方が、その運転手さんを玄関の外に連れて行ったのです。

 人間、こんな風に暮らしていたら、腐るな・・。というのが、私の実感でした。

 ただでさえ、アフリカという辺境? 偏狭?の地で、言葉も不自由、行動も不自由な世界ですから、日本人同士で協力し合うのは、わかりますが、これも、ある意味では、協力なのかもしれませんが、とても異様な世界でした。

 私は、早々に、大学に通うことにして、その大学のクラスメイト(同じクラスといっても、たった3人か4人のクラスでしたが、アメリカ人や韓国人などがいました。)と仲良くしていました。

 そういう、一種、特別な環境に置かれると、元来、日本人にありがちな、他人と違うことを許さない、ましてや、自分たちより下のものを遠回しに裏で隠れて噂話で、非難して、自分たちの価値観の枠にはめようとするような、ある種の島国根性のようなものが、限られた日本人社会になると、さらにそれが凝縮され、それに迎合できなければ、生きづらくなるような環境が生まれるのです。

 せっかく、海外に出て色々な経験ができるのだから、もう少し、ひろ〜い心と目を持てたらいいのにな、と思った次第であります。


海外駐在員の妻の社会