2019年10月14日月曜日

フランス人の金銭感覚 フランス人は、何にお金を使うのか?




 フランスは、れっきとした格差社会なので、上と下の差が日本よりもかなり激しいと思うので、金銭感覚も、その上下の社会のそれぞれで違うとは、思います。

 言ってしまえば、先祖代々、お金持ちの家庭は、親が子供に対する教育の観念をしっかりと持っており、その家庭環境から、しっかりと、それなりにお金もかけて子供に教育を受けさせ、その子供もしっかりと勉強に励み、ある程度以上の地位に登っていきます。

 一方、下の層は、ハナっから、親の方も、子供への教育たるものを深く考えることもなく、逆に子供をたくさん産んで、国から支給される児童手当を子供の教育には使わずに、そのお金で生活しているような人も結構いるのです。

 フランスは、税金も高いですが、弱者に対する国の保証も大きいのです。

 ですから、高収入の人のほど、高額の税金を払い、低額所得者で子供が多かったりする場合は、税金を免除され、国の援助金を受けているのです。

 極端な言い方をすれば、税金を払う人と貰う人に分かれている感じです。

 私などは、どうしても、どちらかというと、日本の子供への教育の感覚でいるので、自分が子供にしてあげたい教育をしようと思ったら、国から児童手当をもらえるからといって、子供を育てるには、児童手当ではまかないきれないくらい、お金がかかるので、やたらと子供を産むことは、考えられませんでした。(それでも、教育費は、日本に比べると格段に安いです。)

 日本は、最近、貧乏になったという話をネット上などで、目にしますが、その下層ぶりが、やはり、日本の比ではないのがフランスの現実だと思うのです。

 しかし、敢えて、総じて、フランス人の金銭感覚を言うならば、一般的には、結構な締まり屋だと思うのです。貧富の差なく、無駄なことには、お金を使ったりはしません。

 流行り物だからといって、みんなが一斉に、それに飛びつくでもなく、ブランド物を買い漁ったりすることもなく、家の内装を整えたりするのも、日本なら、すぐに、工事の人を頼むところだと思いますが、自分でペンキを塗ったり、壁紙を貼ったり、簡単な工事は自分でやる家庭が多いのです。

 おそらく、一般的なフランス人は、日本人がイメージしているよりも、ずっと、地味な日常生活を送っています。中村江里子さんがブログで書いていらっしゃるような生活を送っている人は、本当に一握りです。

 それでも、お金持ちにも、そうでない人にも共通して言えることは、バカンスにお金を使うということです。バカンスに行けない人でも、家族やパートナーと過ごす時間のためにお金を使います。

 フランスでは、職種や契約形態によっても違いますが、正規で働いている人には、少なくとも、5週間の休みが与えられており、また、夏に一日もバカンスを取れなかった場合には、規定のバカンスに数日が追加されるというようなことも、法律で定められています。

 また、有給はあっても、会社で長いお休みは取りづらい雰囲気などというものもフランスには、全くありません。

 それくらい、フランス人は、バカンスのために働いているといっても過言ではありません。特に、夏は、約一ヶ月ほどのバカンスを取りますから、多くの人は、車で、まるで、引っ越し? と思われるほどの食料や自転車などまで車の屋根に積んで、出かけていきます。

 物質的なものではなく、家族との時間のためにお金を使うフランス人。
何かと不便なことも腹が立つことも多いフランスですが、フランスのこんなところは、私は、好きなのです。

 ちなみに、フランスには、家族サービスという言葉はありません。



 

2019年10月12日土曜日

枯れ葉舞うパリのゴミ




 今年の夏のパリは、猛暑で、最高気温が、なんと42℃という記録的な暑さでした。

 以前のパリの夏は、暑くても、湿度がないので、日陰や建物の中に入れば、スッとして、比較的、過ごしやすいものでしたが、ここ数年は、異常な暑さになることが多くて、参ります。

 それでも、ズルズルとその暑さを引きずることはなく、比較的、あっさりと涼しくなり、もう街は、肌寒い、すっかり秋の景色になっています。

 街路樹の木は、すっかり、色を変え、ちらほらと落ち葉を目にするようになってきました。もう少しすると、本格的に枯れ葉が舞う季節になります。

 ほどほどに枯れ葉が落ちているパリの景色というのも綺麗なものですが、季節になると、もうそれは、結構な量になるため、パリの街は、比較的、頻繁に枯れ葉の掃除をしているように思います。

 最初に私がパリに来て、驚いたのは、その枯れ葉の掃除の仕方です。

 それこそ、今、流行り!?の黄色いベストを着た清掃員の人が、中型の掃除機と見られる太いホースを持って、バキュームのように、枯れ葉を吸い込むと思いきや、枯れ葉を吹き飛ばして、一箇所に集めているのです。

 ホコリも立つし、一箇所に集めたものをまた、再び、まとめて捨てるという二重の作業になるので、あまり、合理的には、思えないのですが、発想の仕方が違うのだなぁ・・とつくづく思わせられます。

 発想が逆といえば、瓶のゴミ箱についても同じです。

 一般の家庭のゴミについては、また、別ですが、パリの街には、空き瓶を回収する人間の背丈よりも大きなボックスが置いてある場所がところどころにあります。

 ちょっとした、公衆トイレに近いような大きさです。
 その大きなボックスの中の瓶を回収する車が時々やってくるのですが、大きなボックスを一旦、丸々、クレーンで持ち上げてから、底をガバッと開けて、ガシャガシャガシャ〜と瓶が割れる派手な音をたてて、大きなボックスを空にするのです。

 なんとも、ダイナミックなゴミ収集ですが、重たいものをまとめて、いったん、持ち上げて、ゴミを移動して捨てるという、その発想も、おそらく日本には、ないものだろうと思います。

 また、ゴミではありませんが、パリの街中では、アパート自体の建物が旧建築が多いため、エレベーターがなかったり、あっても小さかったりで、はしご車を使っての引っ越しも時々、見かけます。

 通り沿いの窓から、荷物を運び出したり、運び入れたりするのです。

 こうした、生活の一部であるごみ収集の仕方などを見ていると、発想の仕方の違いを見せつけられている気がします。

 それは、生活のごく一部分ではありますが、きっと、違う部分で、ハッキリと目に見える形ではなくとも、フランスには、根本的な発想が違う部分があるのだろうと思わずにはいられないのです。







2019年10月11日金曜日

フランスの学校のキャンティーン・給食




 フランスの学校のランチは、キャンティーンといって、その多くが、給食のような形態を取っています。働いているお母さんがほとんどなので、子供たちは、ほぼほぼ、キャンティーンを利用しています。

 中には、幼稚園や小学校の間は、働いていないお母さんや、働いているお母さんでも、ヌーヌー(子守さん)を雇って、お昼の時間になると、子供を迎えに来て、家で食事をさせてから、また学校へ連れて行くという人もいましたが、それは、少数です。

 いくら、働いていないとしても、子供を朝、学校に送って行って、お昼に迎えに行って、ご飯を食べさせて、また、学校に送って行って、そして、また夕方、迎えに行く・・なんてやっていたら、一日がほとんど潰れてしまいます。

 最近は、宗教的な食べ物の縛りや、ベジタリアンやアレルギーに対応するメニューもあったりするので、お弁当などの持ち込みは禁止されています。

 学校側も、うちの学校のキャンティーンでは、健康にも充分、留意した食事を提供しています。フライドポテトは、出しません!というのが、ご自慢のようでした。
(それって、自慢することかい!とこっそり思っていましたが・・)

 その代わりに、グーテといって、間食のようなものは、午後4時半に学校の授業が終わった時間からエチュードといって、その後に学校の宿題等を見てくれる時間の間に食べるお菓子やちょっと甘めのパンだったりするものは、持って行くことが許されていました。

 キャンティーンのメニューは、前もって、学校から、一週間ごとに知らされるのですが、メニューだけ見ると、なかなか、しっかりしたもので、アントレ(前菜)、メイン、デザート、とチーズやヨーグルトなどの乳製品が入っており、バランスも考えられていて、一応、コース料理のようなメニューになっています。

 例えば、・前菜 パテ(テリーヌ)とピクルス
      メイン 七面鳥のロースト 人参添え
      デザート 果物(桃)
      乳製品 フロマージュブラン(ヨーグルトのようなもの)
      パン
 とか、
     ・前菜 ジャガイモのサラダミモレット
     ・メイン プアソンパネ(魚のフライ)レモン風味 グリンピース添え
     ・デザート シェーブルのチーズ(ヤギのチーズ)
     ・パン

 メニューを見る限り、まずまずというか、なかなかの食事です。
 (しかし、私自身は、一度も食べたことがないので、お味の方は、わかりません。)

 ところが、娘は、もともと、フランス料理があまり好きではなく、というのも、フランス料理のソース類(ベシャメルソースやマヨネーズ、バターソースなど)、乳製品が苦手で、フランス料理といえば、何らかのソースを使っているお料理が多く、彼女がキャンティーンを好まないだろうことは、わかっていましたが、フランスに住んでいる以上、一生避けて通れるものでもなく、普通のフランス人が食べるものと同じものを食べる機会が1日、一食分、しかも、学校のある期間ぐらいは、食べてもいいだろうと思っていました。

 学校から、帰ってきて、「今日は、キャンティーンで何を食べた?」 と聞くと、「きゅうりとご飯」とか、「トマトとブレ(小麦)」とか、答えるので、「メインは何だったの?」と問いただすと、「お肉になんか、オレンジ色っぽいソースがかかっているものだった・・」とか、「今日は、ベージュっぽいソースがかかっていた・・」とか、もはや、彼女にとっては、かかっているソースの色を説明するのみで、こちらまで、「・・で、今日は、何色のソースだったの?」と聞く始末・・・。

 たまに、プーレロティ(鶏をオーブンで焼いたもの)やステークアッシェ(ひき肉をハンバーグのような形にして焼いたもの)などのシンプルなものがある時には、食べていたようですが、まったく、無残なものでした。

 だいたいにおいて、私は、家にあるものを適当にお弁当にして、職場に持って行っていましたし、主人の職場にも、キャンティーンがありましたが、これまた、公務員価格で破格に安いお値段で、結果的に、娘のお昼ご飯が一番、高かったのです。

 しかも、ロクに食べないのですから・・。

 それにしても、彼女は、クレッシュ(保育園)から、小・中・高プラス、プレパーの2年間、そして現在のエコールを合計して20年近くもキャンティーンの昼食を食べ続けているのです。

 それでも、ずいぶん、キャンティーンの食事も食べられるようになったし、大きくなれば、ある程度、自分で選ぶことができるので、ずいぶんマシになったと思っていたのです。

 ところが、彼女は、「今年からは、キャンティーンはやめた!自分で、お弁当を持って行くことにした!」と言い始めたのです。

 今は、一人暮らしをして、自分でお料理をしている彼女ですが、ロクに食べられないものにお金を払うより、確実に食べられるものを自分で持って行くほうが経済的だし、キャンティーンで並ばなくてもいい、と言うのです。

 自分で作るのだし、まあ、それがいいのなら、そうしたら・・と言っていますが、結局、娘は、20年間のキャンティーン生活を経てもなお、キャンティーンの食事には、一向に馴染まなかったのであります。

   
 














2019年10月10日木曜日

交換留学生のドイツ人の女の子 




 娘が中学生の時だったでしょうか? 

 彼女は、第二外国語にドイツ語を選択していたため、希望者には、1週間の短期ではありましたが、学校からの交換留学の制度がありました。

 私も、これは、娘にとっても、良い経験になると思い、迷わず希望を出しました。

 期間は、ずれてはいましたが、娘も一週間、ドイツの家庭にホームステイさせていただく代わりに、ヴァネッサというドイツ人の女の子が家にやってきました。

 それぞれの子供の配置は、学校側が一応、それなりに、ドイツの提携している学校からの書類を見て、考慮してくれていたようです。
 そのドイツ人の女の子が日本のマンガやアニメ好きということで、おそらく、学校側は、彼女を我が家に送ってくれたのだと思われます。

 しかし、実のところ、うちの娘は、ほとんど、日本のマンガにもアニメにも、ほとんど興味がなく、私もほとんど知識がありません。
 うちの娘は、どちらかというと、身体を動かすことが好きで、どちらかというと、オタク気質だった彼女とは、あまり、気が合わないという悲劇が起こってしまったのです。

 最初は、初対面のために、緊張して、あまり、話さないのかと思いきや、時間が
経っても、自分からは、決して話そうとはしない、かなり、内気な女の子で、夕方、家に着いた途端に、食欲がないから、食事も食べないと言い出す始末。

 学校でフランス語を選択しているとは言え、ほとんど、フランス語も通じません。
娘のドイツ語も満足に会話できるレベルではありませんでした。だいたい、フランスにわざわざ、来ているのに、ドイツ語で話しても意味がありません。

 それでも、ゆっくりゆっくり、フランス語を話して、時には、英語を交えながら、なんとか、とりあえず、長旅の後に、何も食べずに寝るというのは、良くないから、少しでも、食べたら・・と言って、どうにか、一緒に夕食を取ることにこぎつけたのです。

 昼間の時間帯は、娘と一緒に、娘の通っている学校へ一緒に行って、学校で授業を受けていましたので、夜の時間帯と週末だけでしたが、なかなか打ち解けられずに、苦労しました。
 
 次の日の夜は、食事が終わると、あまり、大人が介入しない方が話しやすいのかも・・と思い、二人で過ごしなさいと、娘の部屋に二人で入っていったのですが、しばらくして、様子を見にいくと、二人とも、離れたところに座って、それぞれに別の本を読んで、全く、口も聞かないで、黙っているのです。

 これではいけないと、二人を部屋から連れ出して、では、みんなでゲームをしようとゲームをしたりして、なんとか、二人を交流させようと努めたのです。

 中学生くらいだと、ある程度、分別はつき始めているものの、そんなところは、まだまだ子供なのです。せっかくの機会にお互いにフランス語、ドイツ語を上達させようという気があまりないのには、全くもって、困惑してしまいました。

 週末には、どこか、パリで行きたいところがあったら、連れていってあげるから・・と言っても、以前にパリには、家族と来たことがあって、大抵のところは行ったことがあるから、強いて言えば、パリにあるマンガを売っているお店に行きたい、マンガに出てくるラーメン屋さんというものに行ってみたいと言うので、マンガを売っているお店に行き、ラーメン屋さんに連れて行き、その後に、少し、パリの街を歩きました。

 一週間という期間は、内気な彼女にとっては、打ち解けるには、あまりに短く、私が期待していたようには、うまくいきませんでした。

 それから、しばらくして、今度は、うちの娘の方がドイツの彼女の家に滞在させて頂いたのですが、出発前には、ヴァネッサのように、黙ってばかりいては、意味がないから、出来るだけ、家族の人ともニッコリお話しするようにしなさいよ!と娘には言い含めて出かけていったのですが、さて、実際には、どうだったのかは、本当のところはわかりません。

 ただ、彼女には、兄弟がいて、弟さんは、比較的、活発な子で、その子とは、仲良く遊べた、と言っていたので、少しはましだったのかもしれません。

 しかし、留学やホームステイなどというものは、親がいくらその気になっても、本人がある程度のモチベーションがないとダメなんだとつくづく実感しました。

 










2019年10月9日水曜日

パワハラか? 商談か? 退職してしまったニナリッチのおじさん




 私の勤めていたフランスの会社には、色々な業者の人が出入りしていました。

 色々なメーカーの営業の人が、新製品が出ると、その売り込みにやってきていました。

 それこそ、口八丁手八丁で、口が達者で、いかにも調子の良さそうな、それでいて、なかなか押しの強い人が多いのです。

 ただでさえ、口のへらないフランス人ですから、それは、もう、うまいものです。

 中には、ハンサムな人や、美女を営業に送り込み、斜めから切り込んでくる会社などもありました。

 営業の人は、新商品を携えて、新製品の売り込みをすると同時に、これまでに自分が売った製品の管理や、問題のあったものに関しての処理をも請け負いながら、値段の交渉をして行くので、そのあたりの駆け引きも、通常、お手のものです。

 売る方は、出来るだけ高く売りたいし、買う方は、出来るだけ安く、買いたいのは、当然のことです。製品を買う側は、基本、「何なら、買わない・・」となるので、どちらかと言えば、強い立場ではあります。

 しかし、フランスのメーカーの場合、強気で、「何なら、おたくには、売らない・・」という態度が通ってしまうメーカーもあります。
 こうなってくると、もうどちらがお客かわからない状況にまでなってしまいます。

 その中に、きっと、この人は、この仕事、あんまり向いていないかも・・と思われる、いかにも気の弱そうな、フランス人のアラフォーくらいのおじさんがいました。

 その人は、ニナリッチの製品を売りに来ていた人でした。

 ある日、そのおじさんは、うちの担当者とアポをとって、新製品を持ってきていました。

 その時、応対に当たった、うちの担当者は、なかなかのツワモノで、その女性の強烈さは、誰もが知っていましたので、営業に来る人は、誰もが、一応、身構えて、かかっていました。

 交渉が進んでいく中、だんだんと声のトーンが上がっていくのがわかりました。

 うわっ!と思いながら、段々とエキサイトしていく様子を、私は、遠くから見ていました。詳しい話の内容は、わかりませんでしたが、うちの担当者は、やたらと、カッカして、怒り始め、ニナリッチのおじさんは、みるみるうちに、顔が紅潮して、日汗をかき、手がぶるぶると震え始めたのです。

 多分、彼は、「上司と相談します。」とでも、言ったのでしょう、彼女に、この場で、しかも、彼女の目の前で電話するように詰め寄られ、自分の携帯を取り出し、上司に電話を始めました。

 それでも、電話で、自分の上司に対しても、言い淀んでいる彼の携帯を取り上げ、直接、彼の上司と話を始めたうちの担当者の彼女の強さに対して、彼の気の毒な様子は、もう見ていられない感じでした。

 今のご時勢、世間では、何かあると、すぐに、セクハラだのパワハラだのと、ネット上でも、炎上し、テレビなどでも、大きく取り上げられ、報道されます。

 しかし、報道されていることは、決して、特別な出来事ではなく、実は、結構、私たちの、ごく日常にも、あちこちで、似たようなことが起こっていることではないかと思うのです。

 このニナリッチのおじさんの場合、営業に来ていたわけですし、彼の方にも、もう少しやり方は、あったであろうとも思うので、必ずしもパワハラとは言えないかもしれません。

 けれど、私は、パワハラの報道を目にするたびに、あの、ニナリッチのおじさんのことを思い出すのです。

 あれから数ヶ月後、あの事件も忘れかけていた頃に、「そう言えば、あのニナリッチのおじさん、最近、来ないね〜。」と何気で、同僚に、呟いたら、「あの人、ニナリッチのおじさん、会社、辞めてしまったんだって・・」と一言。

 なにも、辞めなくても、担当を変えてもらえばよかったのに・・と思いつつ、余程のトラウマになってしまったのか、それとも、彼自身、この仕事が向いていないと踏ん切りがついたのかは、わかりません。

 あのおじさんは、今頃、どうしているのだろうか? と、私は、今でも、時々、思い出すのです。

 

 

 

2019年10月8日火曜日

言語は使いつけないと錆び付く フランス語と日本語を混同する現象





 海外で生活していると、日常の生活を送るためには、外国語(フランス語)で生活しているため、たとえ、日本語で考えていたとしても、無意識のうちに、頭の中は、フランス語をあたかも外来語のように使ってしまっていることがあります。

 たとえば、買い物をして、これは、リブレゾン、グラチュイだから!(配達は無料)とか、ドゥーズィエム、モアチエプリだ!(二個目は半額)とか・・。
(無料とか、半額とか、そういう例が、すぐさま思い浮かぶのは、つい、日頃の生活ぶりが表れてしまいます。(笑))

 また、例えば、フレンチのレストランに行くと、お店によっては、たまに、お店の人が日本人だと思って、気を使ってくれて、英語のメニューを出してくれたりすることがあります。

 ところが、フレンチのメニューに関しては、フランス語でお料理を覚えているため、英語に訳されていると、かえって、ピンとこなくて、よくわからないことがあります。

 これは、私自身がバイリンガルではないから、フランス語=日本語=英語と、すんなり変換できないためなのかと思っていたのです。ところが、それは、バイリンガルである娘にも起こるようなのです。

 普段は、今でも、私と娘は、フランス人が混ざることがない限り、日本語で会話をし、スムーズに話していますが、現在の娘の日常は、一人暮らしになって以来、ほぼ、100%、フランス語の生活です。

 しばらく、日本語を使わない環境になると、日本語の滑らかさが鈍ります。

 というより、娘の場合は、もっと、そのゴチャ混ざり具合が、微妙です。

 フランス語だけで話しているつもりが、急に日本語の言葉が混ざったり、また、逆に、日本語の中にフランス語が混ざったりすることがあるのです。

 例えば、「J'ai oublié mon saifu. 」(ジェ・ウーブリエ・モン・財布)
(お財布、忘れちゃった。)とか、

「下の階の人には、jamais (ジャメ) 会う」
(下の階の人には、全然、会わない。)とか・・。

 これでは、フランス語版、「ルー大柴」みたいではないですか?

 せっかく、頑張って、バイリンガルに育てた娘が、「ルー大柴」のような日本語とは・・これは、ちょっと笑えません。

 特に、日本に行った時に、これが出ないように、日頃から、日本語もフランス語も正しく使うように、親子ともども、心がけなければと、最近、とみに思います。

 やはり、言語は使っていないと、たちまち、錆びついてしまうのです。


<関連YouTube アップしました>
 よろしかったら、ご覧ください。
 https://www.youtube.com/watch?v=L2h3TIdJl9c&feature=youtu.be





2019年10月7日月曜日

個性的なおしゃれとドギツいメイクに走るパリの日本人マダム 


   


 パリの街を歩いていると、遠くからでも、バスの中からでも、” あっ!!あれは、日本人だ!!”というのがわかるようになりました。服装、歩き方、物腰、雰囲気から、たいてい、当たります。

 以前は、地図を片手に帽子をかぶって、ウェストポーチ、あるいは、ポシェットを肩からかけて・・というスタイルでしたが、最近は、そんな、一目で観光客だとわかりやすい、不用心な人もあまり見かけなくなりました。

 それでもなお、日本人独特の、やんわりとした、ものごしや、たたずまいから、日本人らしさを感じるのです。

 しかし、それは、観光客のことで、長くパリに住んでいる人からは、その日本人オーラを感じることは、あまり、ありません。

 人の第一印象というのは、あながち、おろそかにはできないもので、最初、見かけたときに、” おや? この人、なんか、変だな?・・とか、妙な感じがするな?・・” と感じたことが、少し、知り合いになると、その妙に感じた感覚は、薄れてしまって、忘れてしまったり、消え去ってしまうことも多いのですが、後々になってみて、” ああ〜、そういえば、最初に会った時に、この人は、妙な感じがしたのだったな・・・” と思うことも少なくないのです。

 以前、私の勤め先の会社に出入りしていたお金持ちの日本人のマダムがいました。

 彼女には、最初、” んっ? ” と、思ったものの、話してみると、案外気さくで、話しやすくもあり、よく、手作りのケーキを差し入れてくれたりして、いつも、きれいにメイクをして、おしゃれな服装をしていて、いつの間にか、彼女は、好感の持てる方という印象になっていました。

 しかし、何年か経ち、彼女も年齢を重ねていくうちに、最近、彼女、少しメイクが濃くなったみたい・・と、思うようになりました。服装も、明らかに、危険なパリの日常を歩くような服装ではなくなっていきました。

 気がつけば、冬には、毛皮のコートを羽織って、つばの広い帽子をかぶってみたり、メイクと言ったら、まるで、舞台用のメイクのような濃さになり、周りのフランス人の同僚たちからは、あれでは、マイケルジャクソンみたいだ・・とまで、言われるまでになっていました。

 本当のパリのマダムを勘違いしているようで、もはや、パリに染まっていくというより、かなり、浮いてしまっています。

 慣れというのは、恐ろしいもので、そんな彼女を見ても、何とも思わなくなっていた私も、ある日、その異様さに気がついた時には、自分でも、ハッとさせられたくらいです。

 そして、それは、彼女に限ったことではなく、ごく少数ではあるものの、個性的なパリの日本人マダムは、存在します。それは、ガイドさんや、駐在員の奥様の中にもお見かけすることもあります。(逆に、国際結婚をしていらっしゃる方には、なぜか、あまり、お見かけしないような気がするのも不思議なことでもあります。)

 そんな、彼女らからは、もはや、日本人らしい、たたずまいを感じることはありません。

 パリが彼女をそう駆り立てるのか? それとも、彼女自身が本来、持っていたものが、開花したものなのか? それは、わかりません。

 一般的には、パリに住んでいる日本人の女性は、おしゃれではあっても、パリの治安を鑑みてか、比較的、大人しく、品の良い出で立ちで、ナチュラルな感じのメイクの方が多いのですが・・・。

 その人となりは、その様相に現れるといいますが、私は、どんな顔をしているのかな?と時々、思います。

 品の良いおしゃれは、難しいのです。その人の内面も表れますから・・。