2019年11月12日火曜日

フランスの職場でのイジメと嫌がらせから、悲惨な結果になったリンダちゃんの話


   


 リンダちゃんは、主人の姪っ子で、主人の兄夫婦の5人の子供のうちの一人で、暖かい大家族の中で、育った、明るく、大らかな女の子でした。

 義兄夫婦の家族は、パリ郊外に大きな家を持ち、子供たちが独立した後も、兄弟姉妹が皆、近くに家を構えて、週末になると、皆が実家に集まってきて、食事をとり、仲良く暮らしていました。

 リンダちゃんは、お兄さんと弟、そして、妹がいる、ちょうど、真ん中の子供で、私がはじめて彼女に会った時は、どちらかというと、たくましく、どんと構えているタイプの印象の彼女でしたが、その後、彼女は、あることをきっかけに、みるみる変わっていってしまったのです。

 大方の兄弟は、若いうちから付き合っていた彼氏、彼女と結婚し、お互いを若い頃から知り合っていて、その家族とも家族ぐるみの付き合いをしている、いわゆる幼馴染みのような関係でした。

 リンダちゃんも幼馴染みの彼と結婚し、フランスの大きなチェーン展開をしている洋服屋さんで、働いていたのです。

 彼女の幸せな人生が崩れ始めたのは、子供が生まれてまもなくのことでした。

 彼女の職場で、陰湿なイジメが始まり、彼女は、みるみる不安定になっていったのです。悪いことに、ちょうど、彼女には、初めての子供が生まれたばかりで、そうでなくても、育児の不安などが重なり、精神的にも体力的にもキツかったことが、彼女をますます追い込んでいってしまったのだと思います。

 あっという間に、彼女は、重い、うつ状態に陥り、子供を育てられる状態ではなくなりました。しばらくは、ご主人が一人で、リンダちゃんと子供の世話をしていたのですが、そのうち、ご主人の方も音を上げて、リンダちゃんと子供は、実家に帰ってきました。

 状態が、落ち着けば、元に戻るだろうと思っていたのに、そのうち、ご主人に女の人ができ、結局は、離婚することになってしまったのです。

 そして、離婚してすぐに、今度は、ご主人との間での親権争いです。

 フランスでは、共同親権が認められていますので、親権を奪われることは、なかったものの、結局、彼女が精神的に不安定な状態ということで、子供は、お父さんと一緒に暮らすということになってしまったのです。

 職場での事件をきっかけに、明るかった彼女の暮らしは、あっという間に一変してしまいました。

 職場でのイジメがどんなものであったのかは、わかりません。

 一時は、職場のいじめた本人、あるいは、会社を訴えるという話も持ち上がっていましたが、その後の離婚、子供との離別を抱えて、さらに、うつ状態になってしまった彼女には、荷が重い話で、結局、裁判には、至りませんでした。

 私も職場で、仕事が増えていく私に、嫉妬半分で、嫌がらせをする年長の女性に辟易したこともありましたが、私は、もっと図々しく、自分でも、大人気ないなぁ・・と思いながらも、どうにも腹が立って、ボスの元へとその張本人を引っ張っていき、「私は、あなたに依頼されたことをやっているのです。彼女がこの仕事をやりたいならば、どうぞ、彼女にやってもらってください!」と激怒したことがありました。

 イジメや嫌がらせというものは、黙っていると、エスカレートしていってしまうのです。

 それ以来、彼女は、一切、私に嫌がらせをすることはなくなりました。

 話は、それましたが、人生、何がきっかけで、思わぬ方向に転んでしまうのか、わからない・・と、リンダちゃんの事件を見て、つくづく思わされたのでした。










2019年11月11日月曜日

フランスの学校に制服はない




 Liberté, Egalité, Fraternité (自由、平等、友愛)は、フランス中、ほとんど、どこの学校にも、学校の正面玄関の上に掲げられているフランスの国家の標語のように用いられている言葉です。

 フランスの社会が実際に、自由、平等、友愛に溢れる社会だとは、到底、思えませんが、学校がこれをスローガンのように掲げているのは、日本の学校と比べてみれば、何となく、わからないでもありません。

 例えば、この中の「自由」について、私がフランスと日本の違いについて、思うのは、日本の学校の、制服や、服装や髪型などに関する規則です。

 フランスの学校には、公立、私立ともに、ほとんど制服というものがありません。よほど、突飛な格好をしない限り、服装に関して、とやかく言われることはありません。服装や、髪型などに関しては、ほぼ、自由です。

 それでも、むしろ、フランスの学生の服装は、かなり、質素で、地味です。

 私自身も、日本でも、制服のある学校に行ったことはないので、制服を着るという感覚が今ひとつ、わからないのですが、制服があることによって、さらに、その制服のスカートの丈がどうだとかいう制服に付属してくる規則が生まれるわけです。

 また、フランスでは、髪の毛にパーマをかけてはいけないとか、染めてはいけないとかいうことも、ありませんし、(だいたいにおいて、色々な人種が混ざっているため、元々の髪の色や毛質も様々で、それを規制するのは、困難ですし、たとえ、できたとしてもそれをフランスの学校がやるとは思えません。)髪型がどうのこうのと言われることもありません。

 日本は、制服に憧れて、あの学校へ行きたいということもあるのだそうですが、制服を着ることによって、「みんな一緒、みんな同じが安心・・」という観念が、知らず知らずのうちに植えつけられているのではないかと思うのです。

 最近、ネット上で見る、就活ファッションをめぐる就活産業への批判も、集団から浮きたくない就活生の気持ちを巧みに煽った現象ではないかと思っています。

 就職という人生の岐路を何とか無難に乗り越えようと必死になっている学生の弱みに漬け込んで、スーツからバッグ、靴、髪型、メイク、ストッキングの色に到るまで、マニュアルのようなものを作り上げ、それに、就活生がまるまる乗っかってしまっているのです。

 確かに人に好印象を与えるヒントのようなものは、あるでしょうが、これほど見事に没個性、まるで、制服か校則のようにきっちりとみんなが同じ格好をして就活に臨む様子というのは、日本という国の異様な部分が浮き彫りになっているような気がしてなりません。

 実際には、日本の採用者側にとっては、必ずしも、就活ファッションが良いとは、思っていないのではないでしょう。

 もし、フランスで、就活ファッションなる情報が流れたとしても、それが広まることはないでしょうし、それは、ナンセンスで、それに煽られて、みんながあたかも制服のように同じ格好をして、就活に臨むなどという現象は、絶対に起こらないでしょう。

 必ずしも、制服ばかりが悪いとは、思いませんが、みんなが同じであることを良しとする概念に、子供の頃から着続けてきた制服というものも、少なからず影響しているのではないかと思うのです。



 









2019年11月10日日曜日

パリで犯罪から身を守る方法は、まず、犯罪の手口を知ること




 今年に入って、パリ市内の犯罪発生件数は、35000件を超え、昨年と比べて9パーセント以上、うち、暴力を伴う犯罪件数が増加傾向にあると発表されています。

 ことに、スリや置き引きだけでなく、盗難を目的とした暴力被害の増加は、深刻な状況にあります。スリや置き引きならば、ある程度、注意すれば、避けることは、可能ですが、身体的な危害を加えられての盗難は、狙われたら最後、避けることは、難しいでしょう。

 残念なことに、時には、昼日中、凱旋門の辺りにさえ、ナイフをチラつかせて、金品を奪おうとする一団なども現れたりします。

 特に、日本人観光客は、他国の観光客と比べて、高額の現金を持っている確率が高く、確実に狙われています。

 これから、クリスマス、年末年始に向けては、お金が欲しい人が多く、例年、犯罪件数も上がり、日本からの荷物が無事に届かなかったりすることが多いので、私自身は、12月の荷物の配送は、時期をずらすようにお願いしています。

 それでも、ある程度、犯罪には、こんな手口が、あったということを知っていれば、多少は、注意して、回避することができると思うので、ここでは、今まで私が耳にした犯罪を書いておこうと思います。

 メトロでのスリ被害で言えば、よく聞くのが1号線で、これは、パリの中の観光地をいくつも通っている線でもあり、日本語のアナウンスも入るくらいですから、きっと日本人観光客も多いのでしょう。

 一つ一つの駅の間隔が短いため、犯人が逃げやすいということもあるのだと思います。そして、メトロに乗る時には、ドア近辺には、できるだけ立たないことです。

 犯人が降り際にひったくって、逃げていくからです。

 また、最新型の携帯電話などは、狙われやすいので、注意が必要です。

 オペラ座界隈は、日本食のレストランや食料品などのお店も多く、日本人の集まることでも有名なので、常時、狙っているジプシーの子供達がいます。何度、捕まっても、子供なので、フランスでは、警察もすぐに逃してしまうのです。

 また、オペラ座前の広場には、アンケートを装って近づいてくるスリの一団もいます。親切にアンケートに答えていたりすると、仲間の一味がアンケートに気を取られている間にスリを働いていきます。

 また、スリがいるのは、路上だけではありません。デパートの中や、お店の中、レストラン、食料品店などにも、観光客になりすましたスリや、きちんとした身なりのビジネスマンを装った置き引きなどもいます。

 一時、日本人狙いなのか、日本食レストランや、日本食料品を扱うお店にスリや置き引きが多発して、必ずお店には、注意喚起の張り紙が貼られていました。

 よく、レストランなどでは、バッグを椅子の背にかけたりしますが、絶対にバッグは、そのように置いてはいけません。相手は、プロなのです。座って、おしゃべりをしながら食事をしている間にも、一瞬の隙を狙って、奪っていきます。

 駅では、切符を買うために並んでいたりすると、自分のカードが通らないから、その分の現金を渡すから、カードを使わせて欲しいと寄ってくる人がいます。その分の現金は渡すのですが、その間に、カードナンバーを控えられ、後日に多額の買い物で引き落とされていたりすることがあります。

 観光客の人は、あまり、パリで自分で運転をする方はいらっしゃらないと思いますが、パリで、自分の車を運転していて、運転中、うっかり車をロックし忘れて、車が停車した途端に車に強引に押入られたケースもあります。

 オートバイでのひったくりもあり、たすき掛けにしていたショルダーの紐が切れずにそのまま引きずられたり、高額の現金を持っていることを狙われたパリのガイドさんがホテルの前で早朝に強盗に殴り倒されて、死亡したという悲惨な事件も起きています。

 ここで、そのホテルの名前(パリの北部にあるホテルです)をあげることは、避けますが、驚くことに、日本の旅行会社は、その事故の起こったホテルの提供をやめていませんので、パリに来られる際は、ホテルの場所にも十分に注意された方が良いと思います。

 そういう私も、一度、知人のお葬式の帰りにお葬式でもらった花束を持って、ちょっと知人の亡くなったことに呆然としながら、歩いていたところ、(観光地でもなんでもなく、日頃、通勤で通っているオフィスビルが広場を挟んで立っているごくごく安全な場所です)、普通に黒人の男性が歩いてきて、いきなり、していたネックレスを引きちぎられたことがありました。

 お葬式だったので、そんなに派手な身なりをしていたわけではないのですが、どこか、我を失っているような私の様子が犯人には、目についたのでしょう。

 恐怖で、声も出ずに、一瞬、何が起きたのかもわからなかったくらいです。ハッと我に帰って、直後に「ぎゃ〜!助けて〜!」と叫んだのですが、時すでに遅しで、走って逃げていく犯人を追ってくれる人は誰もいませんでした。

 残念なことですが、パリの街を歩くときは、絶対に華美な服装は、避け、ブランド物などは、間違っても持ち歩かないことです。そして、ごく身近に知らない人が近寄ってくる場合は、避け、ある程度、他人とは、距離をとることが賢明だと思います。

 忘れ物をしても、かなりの確率で出てくる日本と違って、パリは、警察に被害届を出しても、(保険等の手続きに必要だと思いますが)戻ってくることは、まず、ありえません。

 何より、楽しいはずの旅行が気分、台無しになってしまいます。

 パリを旅行される方は、十分に気を引き締めて、歩かれることをおすすめいたします。

 


2019年11月9日土曜日

ユーミンは、お掃除の曲




 海外生活をしていると、その土地に馴染んで行こうとする、また、馴染まなくては暮らしづらい部分が多々ありながら、どこか、やはり、自然と郷愁にのような感覚を求めることが、生活の節々には、出てきます。

 日本のドラマなどのテレビ番組や、日本で好きだったミュージシャンの曲などは、日常で、どこかホッとさせてくれる力を持っています。

 ですから、私は、休みの日などは、昔、私が好きだった日本の音楽をかけながら、家事をしていたりしたものです。

 ですから、娘も、小さい頃から、私が家事をやりながら聴いていたユーミンなどの曲をいつの間にか、覚えてしまっていて、彼女なりの思い出を持っています。

 今は、大きくなってしまった彼女は、ある時、「ユーミンを聴くと、お掃除をしている場面が浮かぶんだよね・・・」と言うのを聞いて、なんか、笑ってしまいました。

 音楽というものは、それをよく、聴いていた背景を、その曲と共に、ぴっくりするほど鮮明に思い出したりすることがありますが、娘にとっては、ユーミンがお掃除の曲となっていたとは・・・。

 娘の年代で、しかも、フランスで、フランス人のように生活している娘がユーミンを知っているということだけでも、なんだか、ちょっと新鮮な感じがするのに、それが、お掃除を連想させる曲となっていることに、なんだか、娘にとっては、生活感溢れる曲となっていることに、なんだか、嬉しいような、照れくさいような、微妙な気分になった私なのであります。










2019年11月8日金曜日

フランスのシェアハウスで二年目を迎えた娘は、今年も寮長を続けているのか?




 昨年から、シェアハウスで一人暮らしを始めた娘。

 去年は、家を離れての初めての一人暮らしで、当初は、多少なりとも心配したものです。しかも、周りは、全てフランス人の、彼女より年上のかなり個性的な?男性ばかりで、うまく、みんなと仲良く暮らしていけるのだろうか? 

 家では、洋服は脱ぎっぱなし、何かを出したら、出しっ放し、お料理もこれから仕込もうと思っていたところに、突然のように学校の通学の問題から、一人暮らしをすることになってしまって、大丈夫だろうか?と、多少なりとも心配していたのです。

 ところが、同居人たちは、彼女よりも年長者ばかりにも関わらず、学生なはずなのに、学校に行っていない、仕事をしているはずなのに、すぐに辞めてしまう、四六時中、家にいて、暇なはずなのに、忙しいと言って、ゴミをちゃんと捨てない、大きな音で音楽を聴く、食器、調理器具を洗わない、片付けない、一応、共同スペースの掃除は交代で週末にやることになっているのにやらない・・などなど、だらしない人たちばかりで、そんな中に入ると、俄然、娘は、しっかりとし始めて、彼らにゲキを飛ばし、諸々の問題を取り仕切り、いつの間にか寮長のような存在になっていたのです。

 今年は、大家さんの方針で、シェアハウス内は、学生のみということになり、彼女以外の昨年の同居人は、全員退去となりました。

 なんでも、昨年の同居人の中に、マリファナを吸っている人が見つかったのだそうです。

 シェアハウスを運営している大家さんにとったら、シェアハウス内でマリファナ問題勃発・・となったら、これは、放置しておくわけにはいきません。

 彼女がスタージュと夏休みのためにパリに帰ってきていた間に、代わりの同居人の部屋は、全て埋まり、今年のメンバーは、彼女と同じか、少し年下の学生、スタージュ中で、学生と社会人の半々の生活をしている、比較的、おとなしめの人だけになっていました。

 彼女の学校が始まるのが、他の学生よりも少し遅かったため、彼女がシェアハウスに戻った時には、もう、すでに、他の全員が新しい生活を始めていました。

 今年の同居人の様子を聞くと、大家さんが、昨年のメンバーに懲りて、慎重に人選をしたのか、みんな、全然、まともな人たちで、みんなに去年の話をしたら、「そんな中で、よく我慢してきたね〜!」などと言われたとのことで、「もう、寮長は、引退だ〜!」と話していました。

 ところが、新学期も始まって、約二ヶ月経って、自分の部屋で勉強していた彼女は、隣のキッチンでの、同居人たちの話が漏れ聞こえてくる話を聞いてしまったのです。

 「ちゃんと、ゴミの分別やらないと彼女に怒られるよ!」とか、何か、同居人同士で、少し、揉めている様子の時は、「じゃあ、彼女にどうしたらいいか、聞いてみたらいいよ!・・」と話しているのを・・。

 やはり、娘は、今年も寮長を継続している模様です。

 しかし、シェアハウスで一人暮らしをしたことによって、彼女に植えつけられた寮長気質に母としては、複雑な思いなのであります。









 

2019年11月7日木曜日

パリでも日本語を堂々と話す叔母 そして、それが通じる不思議






 今からだいぶ前のことになりますが、日本から、叔母二人がパリに来てくれたことがありました。

 二人とも、フランス語は、できないので、到着当日に、空港まで迎えに行くことができなかった私は、彼女たちに不自由な思いをさせてはいけないと、いつもお願いしている運転手さんに空港送迎をお願いしました。

 彼女たちは、一週間ほどの滞在でしたが、私は、その間、数日しかお休みが取れずに、ちょうど、学校がバカンスでお休みだった、当時、10歳だった娘が、叔母たちがパリを観光して歩くのに付いて回って、行く先々で、買い物をしたり、食事をしたりするのに、通訳のようなことをしてもらおうと思っていました。

 山ほどの日本食を持ってきてくれた叔母たちも、せっかくパリに来たのだから・・と、自ら、パリのスーパーマーケットなどで買い物をしてきて、夜は、食事を作ってくれて、家でワインを飲みながら、一緒に食事をし、楽しい時を過ごしました。

 二人の叔母のうち、一人は、母の妹で、もう一人は、母の兄嫁さんに当たる人で年齢も当時、70代半ばくらいだったでしょうか? 

 この年長の方の叔母の堂々とした振る舞いが、まさに、圧巻だったのです。

 念の為、彼女の名誉のために、先に申し上げておきますが、彼女は、お茶の水女子大を優秀な成績で卒業した才女で、その後、保育士として数年働いたのち、夫と共に、都内に保育園を立ち上げて、今では、複数の保育園を持ち、ずっと幼児教育に携わっているスゴい人なのです。

 彼女は、とにかく、純粋で、何事にも真面目で前向きで、一生懸命で、それでいて、とても明るく、大らかで親しみやすい人柄なのですが、いかんせん、その真面目さと自分の世界が、かなり、ストレートで、ちょっと浮世離れした感じのところもあるのです。

 それが、パリに来て、全開になった感がありました。

 私が仕事を終えて、家に帰って、「今日は、どこへ行ってきたの?」と娘に聞くと、「オー・シャンゼリゼを歌いながら、シャンゼリゼを散歩してきた。」これには、娘も苦笑い。彼女は、コーラスをやっていて、とても、良く通る声なのです。

 また、私がお休みの日に、ショッピングに付き合った時も、彼女は、堂々と店員さんにも日本語で話しかけ、帰りの混み合ったバスで、バスを降りる前にドアが閉まりそうになった時も、バスの後方から、大きな声で、運転手さんに向かって、「すみませ〜ん!降りま〜す!」と、良く通る声で叫び、ドアを開けてもらっていました。

 普段、パリでは、ことごとく、駅などでも、「ここは、フランスなのだから、フランス語で・・」などと言われている観光客を横目で見ている私は、そんなフランス人をさえ、圧倒して、日本語を堂々と使う叔母に、あっぱれ!と思わされたものでした。

 彼女の口から出るのは、英語でさえなく、日本語なのです。

 きっと、彼女の純粋さが、パリの人たちをさえも圧倒してしまうのでしょう。途中で、フランス語で割って入った私たちにも、彼女のペースにすっかり巻き込まれた店員さんたちは、珍しく感じよく、終始、笑いに包まれ、彼女のオーラの凄さに改めて、感心したものです。

 それでも、周りに全く不快感を与えないところが彼女のスゴいところなのです。
彼女の嫌味のなさ、伝わるかな〜?

 私は、後にも先にも、あんなに堂々とフランス人に、パリで、ためらいなく日本語で話しかける人を見たことは、ありません。

 彼女に国境は、無いようです。
















2019年11月6日水曜日

画家を志してパリへ来た日本人




 芸術の都と言われるパリならではなのか、パリには、日本から、絵を志して、移住している人が少なからずいます。

 私も少しですが、パリで絵を描いている日本人を知っています。

 画家を志してフランスに来ても、それを生業に出来る人は、ほんの一握りもいないでしょう。その多くは、一時の留学に留めるか、しばらくいても、結局は、諦めて、日本へ帰るか、そのままパリに留まるために、何か他の職業に付いて、絵を描き続けています。

 今は、長期滞在するビザを取ることは、そんなに簡単ではないようですが、一時期は、フランス政府の政策で、移民を積極的に受け入れるために、ビザを取りやすかった時期や、また、不法労働者から、税金を徴収するために、一定期間中に、自己申告して、雇い主との契約ができれば、ビザが取得できるという期間があったようです。

 実際に、この期間中に、移住、もしくは、長期滞在に切り替えている人は、かなり多く、それまで、学生ビザなどで、滞在していた人なども、この時期から、パリに長期で滞在、居住することになった人も多いのです。

 その中には、画家を志していた人も少なからずいたのです。

 その世代の人たちの中で、ある絵描きさんの御一家がいます。

 ご主人の方が絵を描き続けていらっしゃる方で、最初は、ご夫婦二人で、パリにやって来たようです。ご主人の方がかなりの資産家なのか? ご両親にブローニュの方に家を買ってもらって、当初は、生活費も送ってもらっていたようです。

 しかし、数年して、子供ができて、生活も拡大していくと、生活費もかかるようになり、かと言って、絵では、お金にはならず、でも、絵は諦められず、そのうちに、奥さんの方が働き始めました。

 外野の私が言うことではありませんが、子供ができた時点で、ご主人は、少なくとも、生活の糧を得られる道を探すべきだったと思うのです。

 あくまで絵を追求するというような、難しい芸術のことは、私には、わかりませんが、人として、子供に対しては、責任があると思うのです。

 こもりっきりで、売れない絵を描き続ける父親のせいかは、わかりませんが、上の子供は、優秀で、医学部に進んだものの、周囲の人と関わることが苦手で、医学の研究の道に進みましたが、下の子供は、自閉症だとのこと。

 唯一、社会に出て働いている奥さんの方も、あまり、そのことを公にしたくないのか、本来なら、自閉症のようなハンディキャップのある子供なら、フランスの場合は、色々な社会的な保障を受けられるところを、それも受けずに、子供は、大きくなりました。

 ご本人たちが納得して、こういう生活をしているのでしょうから、外野があれこれ言うことではありませんが、この御一家を見るにつけ、芸術で身を建てるということの難しさを考えてしまうのです。

 芸術を志すということは、結局は、日本にいても同じことなのかもしれませんが、言葉の問題や、何か少しでもお金になるような仕事を探すにしても、簡単にままならないのが海外生活です。

 現実の日常生活と芸術の兼ね合い。
海外だと、余計に、厳しそうだと思うのは、私だけでしょうか?