私の海外生活も長くなって、これまで、何人の身近な人を遠くから見送ることになったかは、覚えていないくらいになりました。
実際に危篤の報せを聞いて駆け付けたのは、母の時くらいなもので、父の時には、もう間に合わず、訃報となった時点で報せを受け、葬儀のために、一人で帰国しました。
その後は、ポツポツと父方の親戚は亡くなっていって、母方の親戚・・というか兄弟姉妹たちは、母の没後もずっと皆、元気で、私が日本に帰国する度に顔を合わせていました。内心、「なんでママだけがあんなに早く亡くなっちゃったんだろう?」と、こっそりと、ちょっと悔しく思ったりするくらいでもありました。
しかし、母方の兄弟姉妹たちは、いつまでもとても仲が良く、また、私や娘とも海外でずっと暮らしているというのに、これまでと変わらずにずっと私たちともつきあいを続けてくれていました。(父方の親戚とも仲良しですが・・)
けれども、突然、昨年、母の兄が亡くなり、ちょうど、そのすぐあとに日本に帰国したときにお参りでもしなくては・・残された叔母と少しでも話したい・・と思っていたところに、帰国早々に羽田から、亡き母の妹(叔母)に電話したところ、なんと、亡き母の弟が入院してしまったという話を聞いて、びっくり!急遽、一人の叔父の弔問と、もう一人の入院している叔父のお見舞いに別々の日に予定をあけて、行くことになったのでした。
結果的にその時に入院していた叔父に会ったのが、最期になってしまったわけですが、もうこちらの方の叔父は、特に私とは、関係が深く、私がまだ子どもの頃、物心つくかつかないかくらいの頃、まだ叔父が独身で実家(私の祖父母の家)にいる頃から、私は叔父にずっとお世話になり続けてきました。
叔父はあまり器用に世渡りするタイプではありませんでしたが、お坊ちゃん育ちの優しい優しい人でした。特に私の大好きだった祖母はこの叔父が誰よりもお気に入りで、私と祖母とこの叔父と3人で出かける機会がとても多かったのです。
祖父が突然、入院した際などにも二人で何回もお見舞いに行きましたし、祖母が亡くなるまでの半年間も頻繁に病院で顔を合わせてきましたし、何より、私が娘とともに一時帰国をする際には、娘が小さい頃かった頃から、もうかなり大きくなってまでも、必ず羽田に迎えに来てくれて、送ってくれて、日本滞在中にも、一緒に山の家に付き合ってくれたり、料理の上手だった叔父は、自分の手料理をわざわざ私の実家まで届けてくれたりもしていました。
母の没後もそれは変わることなく、時には両親以上というか、私にとって、とてもとても大きな存在でした。ここ数年はもう運転するのは危ないし、迎えに来てくれることはなくなりましたが、それでも、必ず一度は会って、一緒にお墓参りに行ったり、うちの近所で二人で食事したりと、もうそれは、思い出は限りなく浮かんできます。
昨日の朝、たまたま午前中、私の外出中に従姉妹からLINEが入り、突然の彼の訃報に、もう呆然。その後、すぐにその従姉妹が電話をくれました。そのあと、娘からもすぐに電話がありました。
もうただただショックなのですが、悲しいのに涙も出ない・・というか、どうしても実感が湧きません。なのに、心の中はずっしりと重たく、何も手につきません。
あいにく、娘も翌日から海外に出かける予定になっているので、娘に頼むわけにもいかず、私も今、猫の具合が悪いので、長期間、家を空けるわけにもいかないので、日本にも行けません。
こんなとき、海外生活の悲哀を感じます。大切な人の最期に立ち会えないこと。
これは、海外生活のとても辛いことのひとつです。
この間、会っておいてよかった・・と思う気持ちと、また、来るからそれまでに元気になってって言ったじゃない!と両方の気持ちが渦巻いています。
最初に届いた訃報のLINEを何度も何度も読み返しています。
日本からの訃報
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