昨日の朝、一番で入ってきたのは、「マルシェ・デ・ザンファン・ルージュで激しい火災が発生した!」というもので、これは、私にとってもかなりショッキングなニュースでした。
すぐには、情報は入ってこなくて、「激しい炎に包まれている!」とか、「エリア全体から高い炎が上がっている!」とか、そんな感じでしたが、マルシェの構造上、エリア全体が燃え上がるなんてことは、途中で鎮火する・・なんてことは、考えづらいわけで、それから、まもなくして、「全焼した・・何も残っていない・・」という知らせが入ってきました。
ここは、私にとっても、パリで大好きな場所のひとつ、近くを通れば、何も買わなくても、何も食べなくても、ブラ~ッと覗いて歩くだけで、楽しい・・そんな場所でした。
警察当局によれば、火災発生は午前3時頃、火災報知器が鳴ったのは午前4時15分頃で、消防隊が到着した時には、高い炎が屋根付き市場全体を包み込んでいたそうです。
約150人の消防士と約50台の消防車が出動し、その後、火災は鎮火したものの、1,000㎡の市場は完全に焼失してしまいました。
Le Marché des Enfants Rouges (Paris) a été "ravagé" par les flammes, lundi 12 octobre. L’incendie s’est déclaré à 3 heures du matin, aucune victime n’a été déclarée. https://t.co/ZhfDisWObj
— franceinfo (@franceinfo) October 12, 2026
このマルシェは1615年に設立され、16世紀に近くに設立された病院兼孤児院にちなんで名付けられました。フランソワ1世の妹によって設立されたこの施設は、パリのオテル・デュー病院から子どもたちを受け入れていました。
ここはパリで初めて孤児の養育に特化した施設で、そこに暮らす子どもたちは、「神の子」と呼ばれていました。キリスト教の慈善の象徴である赤い布を見に纏った孤児たちは、赤い子どもたちと呼ばれるようになり、18世紀半ば、この孤児たちと施設に敬意を表して市場は、「マルシェ・デ・ザンファン・ルージュ」(赤い子どもたちのマルシェ)に改名されました。
それ以来、ずっとパリに存在してきたこのマルシェは、観光客にとっても地元民やフランス国内外の多くのセレブにとっての憩いの場としても超有名なスポットでした。時には、ミシュランの星付きシェフたちも、賑わうマルシェの中をひっそりと訪れている・・そんな場所でした。
この火災により、市場内の約20軒の露店が店を失いました。フレンチのみならず、色々な国のお料理が気取らずに楽しめるお店ばかりでした。たしか、和食のお弁当屋さんのようなお店もあったと思います。
ず~っと昔からあるものは、これからもず~っとあり続けると思っていましたが、このような災いが起こるのは、ちょっとタイプは違いますが、ノートルダム大聖堂が焼けてしまったときと似たような思いです。
火災の原因はまだ発表されていませんが、しかし、出火したのが午前3時頃、どのお店も閉店していて、誰もいない時間帯に出火するのは、不自然です。逆に人のいる時間帯ならば、このような大災害になる前に鎮火できていたでしょう。
ともかくも、この場所は歴史的建造物(1982年から)にも指定されていた場所で、パリ市が廃墟のようになってしまったこの場所をこのままにしておくわけがありません。
今後の再建は、どのようにして、マレ地区の、パリ市の象徴的存在であった、この市場がその魂を取り戻せるのか?と早くもパリ市は、このマルシェの復興を約束しています。
マルシェ・デ・ザンファン・ルージュ全焼
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