ウクライナでの戦争が勃発して以来、フランスはウクライナから避難してきている人々を数万人単位で受け入れていますが、長期にわたることから、フランスに避難してきた未成年の子供たちの教育を支援するために、UPE2A(Unité Pédagogique Pour les Élèves Allophones Arrivants)と呼ばれる適応教育ユニットを立ち上げ、フランス語の集中学習を受けて、後にフランス滞在中に従来のフランスの教育システムに参加できるようにするプログラムを実施しています。
ウクライナ人を受け入れているのはフランスだけではありませんが、このような避難生活を前向きに受け止めるなら、今のウクライナの子供たちは、少なくとも外国語に長けた世代になるかもしれません。
こうして、ウクライナの子供たちを受け入れ、彼らがフランスの学校で教育を受け始めると、彼らの中から思わぬ声が上がり始めたのです。
「ウクライナより数学がずっと簡単!」と・・・。
言い換えれば、「フランスの学校の数学のレベルはウクライナよりも低い」ということなのです。語学にハンディのある学生にとって、数学の授業は順応しやすいとも言われることがありますが、「ずっと簡単!」と言われてしまえば、順応うんぬん以前に義務教育の段階でのレベルが明らかに低いことを認めざるを得ないのです。
このフランスの学生の数学学力の低下については、フランスの教育の専門家は、「フランスは伝統的に少数のエリート教育機関の維持により、この分野ではまだ優れた教育を誇っているが、この学問の基本を多くの人々に教えるという点では失敗している」と分析しています。
つまり、少数のエリート以外の教育には、失敗しているということで、大変、わかりやすい分析です。
文部科学省委託の調査報告書によると、「フランスにおける数学能力の平均レベルはほぼ40年間低下し続けている・・」そうで、国際調査においても、フランスはトルコ、日本や韓国、さらにはアイルランドなどの先進国にも大きく遅れをとっていることが明らかになっています。
主な原因は明らかで、2019年のバカロレア改革で、いわゆる「共通」の授業から数学が純粋に削除され、プルミエールの必修科目から外された(理数系クラスを除く)ことにあります。
結果的に、それからわずか3年後、この報告書に関わった専門家委員会は、すでに以前の取り決めへの復帰を勧告しています。つまり、授業科目から外されたり、試験科目から外されることがわかっていれば、勉強しなくなるということです。
我が家の場合は、娘は理数系のクラスを選択したので、これには該当しませんでしたが、数学に関しては、いくつかのタイミングで思い出されることがあります。
最初は、公文の算数をやらせようかどうか迷ったタイミングでした。娘を日本語でも、読み書きをきっちりさせたくて、公文に通わせていた頃、小学校に上がったばかりの頃に公文には、日本語だけでなく、他の教科もありました。
場所がパリ(海外)ということもあり、公文に来ていた子供はほとんどが日本語をやっている子供たちなのですが、中には日本語だけでなく、算数の計算問題を黙々とやっている子供もいました。
ごくごく基本的な計算問題などは、同じような問題を繰り返しやる訓練でスムーズにできるようになっていく公文のような方式は良いとは思っていたのですが、当時は仕事が終わって娘を迎えに行って、帰って来てから公文の宿題をやらせるには、時間に余裕があるわけではなく、算数の授業はフランスの学校でもやっているんだから、まずは日本語だけで、欲張りすぎて共倒れになってもいけないと、公文の算数は諦めたのです。
私は日本語以外は、あんまり娘の勉強をみた覚えはほとんどないのですが、一度、「数学でわからないところがある・・」と夜、私のところに宿題を持って来たことがありました。娘がいくつだったかは覚えていませんが、私がみられる数学といえば、せいぜい小学校か中学校程度だったと思います。
一応、「これは、こうして、こうするでしょ・・」と説明し、娘にやらせてみると、娘も理屈はわかっている様子・・「ちゃんとわかっているから、あとは何回もやってみて、訓練して慣れるしかないよ・・」と言ったら、娘はとぼとぼと自分の部屋に戻っていきました。
少しして、娘の部屋を覗くと、娘はシクシク泣いていて、猫のポニョが彼女に手をかけて、心配そうにしている・・という、ちょっと心が痛むような、微笑ましいような光景を目にすることになったのでした。
それでも、負けず嫌いの彼女は、めげずに、その後も常に高得点をとり続け、文系か理系か選択する段階になって、フランスの場合はその後にも選択肢の広い理系を選ぶことになったのです。
しかし、彼女がその後、飛躍的に数学の成績が上がり、本格的に理系の道に進んだのは、運良く出会えた先生のおかげで、俄然、数学がおもしろくなって成績も上がったようです。
数学だけに限ったことではありませんが、良い先生との出会いというものは、教育の現場において、なによりも大きなモチベーションとなり得るのだということは、自身の体験からも、そして娘を見ていても実感するところです。
私は全くの文系人間で数学はどちらかといえば好きではなかったので、高度な数学の学力が一般的な人にとってどの程度、重要なことなのか、よくわかりませんが、全般的な学力に関しては、質の高い教師の肩にかかっているような気がします。
フランスでは教師は給料も安く、人手不足も問題になっているので、単に授業の時間数やバカロレアの科目の問題だけではなく、何よりも優れた教師が必要なのではないか?と思っています。
私は娘の学校には、年初に行われる父母会のようなものくらいしか、顔を出していませんでしたが、それでも、その際に滔々と語る先生の話に、「こんなに志の高い先生に見ていただけることは、なんと素晴らしい、幸運なことか・・」と感激して帰ってくることもありました。
何度か、そんな先生のお話を聞きましたが、その中の一人は数学の先生だったことも覚えています。
教師が真剣に向き合っていれば、生徒も感化されるのです。
父母会が終わって、家に戻って、「あの先生、素晴らしいじゃない!」などと娘に話すと、冷めている娘は、「営業、営業・・」などと、茶化していたりしましたが、まんざらでもない様子でもありました。
いくら営業でも、それが口先だけのことか、どれだけの熱意があるのか?本当に信念を持って語っているかどうかは、伝わります。
これまでも、何度か書いてきましたが、やはり、私立の学校の方が、このような先生に巡り合える可能性は高い気がして、やっぱりフランスでも学校選びは、大事だなぁと思うのです。
フランスの数学学力低下問題
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