2020年8月7日金曜日

マクロン大統領のレバノン訪問 

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 フランスのマクロン大統領は、レバノンのベイルートの湾岸倉庫で起こった爆発事故(現在のところ事故と見られている)から48時間も経たない混乱状態のレバノンを訪問しました。

 衝撃的な爆発事故による国民のショックは、すでに、潜在的に彼らの中にあった腐敗しているレバノン政府に向けての怒りに変わっていました。爆発の被害に遭い、崩壊した街を歩くマクロンの元には、このご時世には、考えられない群衆が押し寄せていました。

 映像を見ると、マクロン大統領は、レバノンの大統領だった??と思うほどに、群衆は、英語やフランス語で、自国の政治の腐敗をマクロンに訴え、叫び、これが、なぜ、自国の大統領ではなく、マクロン大統領が怒りをぶつけられているのか?と嫉妬のような感情が沸きました。フランス人でもない私がおかしな話です。

 この爆発事故が起こる前から、レバノンは、一部の政治的な特権階級が支配する金融危機の状態にあり、この事故がそれに拍車をかける形になり、人口のほぼ45%が貧困線以下の状態での生活を強いられていると考えられています。国内の政治家には絶望(というよりも怒り)している彼らは、レバノンとは、一番ゆかりの深いフランスに救いを求めているのです。

 「レバノン政府は腐敗しており、もはや国民を保護していません。誰も私たちのことを考えていない!何故なの?」とマクロン大統領に詰め寄り、英語で激しい怒りをぶつける女性に彼は、英語で答え、優しく抱きしめたのでした。

 また、「フランスに求めているのは、援助ではなく政治的な行動なのです!」と訴える人に対しては、「私は、フランス人で、レバノン人ではない。これから大統領に新しい内閣に改造することを提案しますが、この国は、あなた方の国です。フランスが政権に関わることは、別の混乱を起こすことになります」と一貫した姿勢を崩すことはありませんでした。

 夜になって行われた記者会見では、興奮気味の現地のジャーナリストから、同じ質問が重なる状況に対しても、「フランスは、決してレバノンを見捨てることはありません。そして、破壊された首都の通りで遭遇した苦痛の中でレバノン人からの助けの要請に応えて、政治階級の悪しき習慣を変えるよう奨励する」ことを述べ、「新しい政治協定」の確立を確実にすることを宣言し、同時に、それが成功するかどうかは、レバノン人次第であると主張し、9月1日には、再び、レバノンを訪問することを約束しました。

 9月1日といえば、フランスも新年度の始まりの日でもあります。今のフランスのコロナウィルスの感染状況は、ここ数日、一日の新規感染者が、1600人を超えており、7月末に1000人を超えて驚いていた状況から考えるとものすごい増加の仕方です。

 このままだと新年度を迎えるに当たって、正常な学校再開は難しいかもしれません。フランス国内でさえも、決して穏やかな状況ではありません。昨日もフランス・南西部・ル・アーブルでは、銀行に人質をとって立てこもるという物騒な事件なども起こっています。

 フランス国内での問題も堆積する中、レバノンの援助にも乗り出したマクロン大統領。フランス国内には、このマクロン大統領のレバノン訪問を自己アピールのワンマンショーのようで下品だとする人もいます。

 他国の大統領に対して叫ぶように英語やフランス語(外国語)で訴えかけるレバノン国民の必死さと、あくまでも援助をすることは約束しつつも、レバノン人自身が変えていかなければならないと訴えかけるマクロン大統領のブレない姿勢から、フランスとレバノンの関係性が垣間見えるこの訪問は、とても印象的でした。



<関連記事>

「マクロン大統領のパリ病院訪問での医療従事者との衝突・コロナウィルスと戦う医療従事者と大統領の直接対決」

 







2020年8月6日木曜日

100年に一度くらいのことが立て続けに起こる年 レバノンでの湾岸倉庫爆発事件

        Selon le dernier bilan, l’explosion à Beyrouth a fait au moins 158 morts et plus de 6000 blessés.


 一昨日に突然起こったレバノン・ベイルートでの湾岸地区で発生した爆発事故の映像は、とても衝撃的で、フランスでは、コロナウィルスをすっ飛ばしての大ニュースになっています。

 現地に住むフランス人の証言によると、激しい爆発音とともに空に立ち昇った炎と雲煙は、広島の原爆の映像のようだったと語っています。最初にこのニュースを聞いた時には、よもやこんな時にテロ???と思いましたが、どうやら、これは、安全対策が取られずに湾岸地区に保管されていた硝酸アンモニウムが爆発の原因と見られています。

 昨日の夜の段階では、死者50名と発表されていましたが、それが75名、100名と増え、これまでに135名の死亡が確認され、5000名を超える負傷者、30万人が家を失ったと言われています。

 この大規模爆発を受け、レバノン政府は、2週間の非常事態宣言を発表しました。

 フランスにとって、レバノンは、過去の歴史上、関わりの多い国でもあり、事故直後にマクロン大統領も「フランスは、レバノンの惨事に際して、連帯の意を示し、フランスは、レバノンに寄り添って協力していく」ことを発表しています。

 さっそく、フランスからレバノンには、現地での被害者の捜索にあたるために55名の消防隊が救助犬とともに派遣されました。また、マクロン大統領も6日、現地を訪れ、視察、現地の人と直に触れ合い、記者会見に臨み、フランスは、決してレバノンを見捨てることはないと宣言しました。

 レバノンの公用語はアラビア語ではありますが、フランス語を話す人も多く、またフランスに移住しているレバノン人やレバノンに移住しているフランス人も多いのです。

 私たちがアフリカにいた頃も主人は、大使館勤務でしたので、フランス大使館を頼って商売を立ち上げようとするレバノン人が多く、私もどういうわけか、アフリカでたくさんのレバノン人と接する機会がありました。商才がある人が多いのか、商魂たくましいのか、フランス語だけでなく、英語も堪能な人が多く、それまで、レバノン料理など、あまり食べた事がなかった私もアフリカでたくさんの種類のレバノン料理を知りました。

 そんなレバノン人の中でも、おそらく日本で最も有名なのは、カルロス・ゴーンですが、彼のベイルートの自宅?(実際は、日産の所有らしい)も爆発があった湾岸地区からは、かなり離れた高級住宅街でもあるにも関わらず、被害を受けているようです。

 フランス人は、日頃は、やるべきことをやらずに主張ばかりで、どうしようもないと思うことも少なくありませんが、ほんとうに困っている時、大変に困難な状況になると、ここぞとばかりに急にスイッチが入るように団結して親切になるところがあります。

 ほんとうは、国内のコロナ対策だけでも大変なところを兄弟のような国の惨事を放っておくことなどできないのです。そして、対応が早い!!。

 このコロナ渦の中で一瞬にして、戦時中のような状況に陥ってまったレバノンですが、レバノンのコロナウィルスの感染状況は、7月に入った頃から上昇傾向には、あったものの、人口が680万人と少ないこともありますが、これまでは、当初からの感染者もトータルで5417名、死者も68名とコロナウィルスでの被害状況は、そこまで酷い状態ではありませんでした。逆に、レバノンでは、一瞬にして、この爆発事故により、コロナウィルス以上の死者、被害者が出てしまったことになります。

 しかし、現在のレバノンの状況を考えれば、マスクどころではなく、実際にコロナウィルスだけではなく、爆発による有毒ガスも発生していることから、今後は、さらに厳しい状況になると予測されます。

 ほんとうに、コロナウィルスといい、レバノンの爆発事故といい、100年に一度あるかないかのようなことばかりが起こる2020年、それでもまだコロナウィルスは、勢いを増し続けているのです。

 レバノンのディアブ首相は、6日から3日間、国家として喪に服す方針を表明しました。パリのサクレクール寺院でも犠牲者を追悼するため、サクレクール寺院の麓でロウソクの火を灯し、祈りを捧げる人が集まっています。


<関連>「カルロスゴーン会見に見るフランス人流の自己主張の仕方」

 

2020年8月5日水曜日

世界中で9月の学校再開が決められない 




 国連は、コロナウィルスの感染拡大により、現在、世界のおよそ100ヶ国で学校を再開する時期を決められずにいる史上最大の教育システムの混乱が起こっており、各国に対して感染の封じ込めに全力を挙げるとともに、教育予算を増やして早期の再開を目指すことを呼びかけています。
 
 このおよそ100ヶ国の中にフランスは、入っているのだろうか?と、私はふと思います。確か、フランスは、5月11日にロックダウンを解除した段階では、9月には学校は、再開する予定、もしできなかった時のリモート授業のシステムを継続的にレベルアップしていくと発表していました。

 フランスでは、3月から2ヶ月間にわたるロックダウン中も学校は閉鎖されていましたが、リモートで授業はずっと継続されていました。しかし、ネット環境の問題や学習意欲の持続や家庭での学習サポート有無などから、脱落してしまった生徒もおり、ますますの格差が生まれてしまった事が問題となっていました。

 5月にロックダウンが解除になって、少しずつ学校は、再開したものの、感染の危険を考える親は、子供を学校へは行かせず、そのまま夏のバカンスに突入してしまった子供も少なくありません。

 今から考えると、現在の新規感染者数は、ロックダウンが解除になった直後よりもずっと多く、感染はずっと広がっている状況です。しかしながら、フランスは、例年どおりとまでは行かないまでも、多くの人がバカンスに出ており、バカンスへは行くけど、学校再開は認めない・・なんてことは、おかしなことだとは思いますが、絶対にそう言って、フランス人は騒ぎ出すと思うのです。

 フランスでは、9月の新学期は新年度の始まりでもあり、一年で最も重要なスタートの時期です。もう9月の新学期のスタートまで一ヶ月を切りましたから、教育現場もそれなりにあらゆるケースを考えて、準備を始めていても良さそうなものなのですが、フランスの学校は、多分、何もしていません。フランスの学校はバカンスの時期(一年に何度もある)は、学校も先生も全く働かないのです。

 たとえば、教師の研修などの機会があったとしても、それは、決してバカンス中には、行われないのです。こんなにたくさんバカンスがあるのに、なぜその期間に研修に行かないの?と思いますが、フランス人にとって、教師とて、バカンスの権利は、絶対なのです。

 日本で感染が拡大しているのは、自粛と言いつつも、GO TOキャンペーンで出かける人が増えている事が理由の一つに挙げられていますが、それを考えれば、フランス人のバカンスでの移動ぶりは、桁違いで、この結果が恐ろしい限りです。

 屋内でのマスク義務化が施行されて、その成果が出れば良いのですが、ほとんどの人がマスクをしている日本で感染が広がっていることを考えれば、あまり期待はできません。その上、秋になって気温が下がってきたら、ウィルスもさらに活発化するのは確実で、今年ほど、秋がくるのが恐ろしいと思う年はありません。

 実は、我が家の娘も、とうとう6月から8月にかけてのイギリスでのスタージュは、結局、リモートワークのみで終わりそうで、さらに10月からは、別の国への留学が決まっているのですが、このままでは、それもリモートという形になってしまうかもしれません。

 しかし、何はともあれ、まず健康でいてくれる事が一番、やっぱり無理はして欲しくないと思う親心なのです。


<関連>「9月のフランスの学校再開へ向けての準備  予定の立たない今後の予定」

 

 















2020年8月4日火曜日

コロナウィルス対応 厳しい日本とゆるゆるなフランス


A Lille comme dans des dizaines de villes françaises, le port du masque est obligatoire dans la rue depuis le 3 août 2020.


 久しぶりに日本のコロナウィルス関連のニュースを見たら、あまりにきっちりとしていて、びっくりしました。東京都の新規感染者は292人、沖縄県が64人、兵庫県では60人、なかでも兵庫県は、感染した県議会議員の氏名まで公表していました。これでは、まるで感染した議員さんが事件でも起こしたかの印象さえ受けてしまいます。

 また、東京都では、アルコールを提供する飲食店の営業時間短縮やアルコール提供停止などの措置が取られるとの内容に、まるで、フランスとは、違う感染症の話を聞いているような気分でした。

 フランスでは、屋内でのマスク着用が義務化されたのみで、ニースやビアリッツなど、現在観光客で賑わっている都市や感染拡大の著しいマイエンヌなど、都市によっては、屋外でもマスクが義務化されているものの、パリなど、義務化されているにも関わらず、屋内でさえもマスクをしていない人がいるほど・・しかも、マスクはしていても、口だけ塞いで、鼻を出している人がどれだけ多いことか・・。

 今は、バカンス中で、パリも人が減っているので、敢えてパリ市はマスクの屋外での義務化に踏み切らないのかとも思えないこともありませんが、いくら人が減ってもパリはパリ、圧倒的に人口は多いのです。 

 フランスでは、テレビの報道などでも、未だにマスクの義務化は、必要なのか? 若者にマスクを義務化させるのは、無理な話なんじゃないか?などと話しています。若者とはいえ、いい大人に対して、無理なんじゃないか?とは、どういうこと??と思ってしまいます。

 今や日本では、義務化されていなくとも、マスクをしていない人はほとんどいないことでしょう。日本のニュースでは、もはやマスクをするしないなんていう話は、微塵も出てきません。唯一、日本のニュースで出てきたマスクの話題と言えば、安倍首相がアベノマスクをやめて、違うマスクに変えた・・という話だけでした。

 もしかしたら、日本の屋外のマスク率とフランスの屋内のマスク率が同じくらいかもしれません。(私が日本のニュースを見た印象では・・の話で実際はわかりませんが・・)

 先日、ホリエモンが「久しぶりにJALに乗ったら、マスクを少しでもズラしたら注意された!マジ、狂ってるな、こいつら・・そら羽田空港もガラガラだわ!」とツイートしているのを見ましたが、たとえ気をつけていても、ついうっかりしてしまうところを注意してくれるのは、スゴいなと思います。

 フランスでは、たまにメトロの中などで、いかにマスクは、身体に有害かということを、マスクをせずに滔々と訴えて、地下鉄職員に注意されている人を見かけますが、まるで異次元の世界です。

 たしかに、日本の新規感染者数は、増加してきていますが、日本の人口はフランスの倍以上、新規感染者数がたとえ同じくらいだったとしても、感染率を考えたら、フランスは、日本の倍以上です。本来ならば、対応の厳しさの度合いは、逆であるはずです。

 毎日、どこの県では、何人の感染者・・などと発表している日本と比べてフランスは、土日は、休みで感染者数の発表はなし、月曜日に3日分発表するので、どうにも奇妙な数字です。
フランスは、ここのところ、新規感染者数1300人前後を保っていますが、どういうわけか、日曜日は2820人と跳ね上がっているかと思うとその前日は発表されずじまいだったりします。

 私は、フランスにいるので、どうしてもフランスと日本とを比べてしまうのですが、あまりに違うこの危機感に、危機感のあまりに薄いフランスには、やはり不安を感じ、この際、多少、厳しくとも現在の状況では、日本のようにきっちりしてくれた方がどんなに安心かしれません。

 強制されることが嫌いなフランス人に強制を強いるのは、難しいことはわかりますが、今はそんなことを言っている場合ではありません。日本の何倍もの犠牲者を出し、今もずっとたくさんの感染者を抱えるフランスの対応の甘さには、閉口するばかりです。

<関連>
「ロックダウン中のDV 心理学的に強い強制への反発心 ストレスに弱いフランス人」

 

 

2020年8月3日月曜日

コロナウィルスで日本が遠くなった




 正直、ここ数年は、日本に行くのは、少々、億劫になっていました。何より、両親ともにもう他界してしまったことが大きいのですが、長時間のフライトもキツいし、時差ボケも年々酷くなってきました。そして、残された家のこと、普段、あまり合わない人に目白押しに会うために、どうしてもスケジュールがキツキツになってしまうこと、限られた時間の中でフランスに戻るまでにやらなければならないこと、それぞれの人のために用意するお土産のこと・・などなど、年々、腰が重くなってきてしまっていたのです。

 とはいえ、一年に一度くらいは、だいたい行っているのですが・・。

 実際に行ってしまえば、美味しいものもたくさんあって、友人や親戚に会えるのも嬉しいし、楽しいし、こんなゆったりとした気分になれるのも、昔からお互いを知っている人と時間を過ごせるかけがえのない時間だなぁ・・とも思うのです。

 昨年末に、日本へ行くことは、考えていたのですが、年末には、フランスではストライキやデモがあり、帰ってきたら、電車もタクシーもバスでさえもない・・なんてことになるのが嫌で、(実際にそういうことがあったので・・)ぐずぐずと躊躇しているうちに年が明けて、結局、今年の2月にようやく重い腰をあげて行ってきたのです。

 結局のところは、大満足で、楽しい時間を過ごし、山ほどの食料品を持って帰ってきました。

 あれから約半年、みるみる世界は変わり、そう安安と日本に行くことはできなくなりました。半年前に行ったばかりなのに、なんだかもうずっと行っていないような気分になっているのです。

 これまでは、日本とフランス、遠いとはいえ、その気になれば、チケットさえ取れば、翌日に急に行くことにした・・明後日、着くから・・なんてこともあったので、パスポートとチケットさえ取って、飛行機に乗れば、一晩、飛行機で寝て、翌日には、日本・・と、さほど遠いとも思っていなかったのですが、今は、コロナ渦のおかげですっかり遠く感じられます。

 遠距離での飛行機の移動での感染の心配、そして、2週間の自宅待機生活を考えると、そうそう簡単に行くこともできません。

 ここのところ、私自身もそう若くもないし、両親はもういないとはいえ、周りの叔父や叔母は軒並み後期高齢者ばかり、行くたびに私も含めて、もしかしたら、これが最後かもしれないとどこか思いながら、日本を発つときに、「ありがとう、元気でいてね!」という言葉にも、どこかに真剣な思いがこもることを感じずにはいられません。

 「この人たちがいなくなったら、私は、もう日本には行かなくなるかもしれない・・」そんなことさえ、時々、考えます。実際に、私の周りでパリに住む日本人で、両親が他界して実家もなくなり、「私には、もう帰るところがないから・・」と言っている人たちもいるのです。

 それは、母が最後に家の玄関先で見送ってくれた時の姿を今でも忘れられないことにも起因しているような気がします。あの時、娘もまだ小さくて、出発時でバタバタしていて、私は、「じゃあね!また!」と、まさか、あれが最後になるなど露ほども思わずに、ろくな挨拶もしなかったのですが、母の方は、自分の病状から(心臓病でした)かなりの覚悟をしていたようで、いつもは、「またいらっしゃ〜いね〜!」などと娘と抱き合ったりして別れるのに、背筋を伸ばして、娘と握手したりしていた場面を今でも鮮明に覚えているのです。

 後から思えば、あれが最後の瞬間だった・・と思うことは、多々ありますが、今、日本に気安く行けなくなってみると、そんな瞬間を私は、いくつも逃してしまっているのかもしれない・・と思ったりもするし、海外に住むということは、こういうことだと妙な覚悟をしたりします。

 いつでも行ける時には、あまり気が進まないくせに、簡単に行けなくなってみると、行きたくなる厄介なあまのじゃくな性格です。そして、今はやたらとコロナ渦のためにさらに遠く感じられる日本に、早く行けるようになったらいいなと思っているのです。

 とはいえ、前回日本に行ってから、まだ半年、そんなに時間が経っているわけでもないのです。要は、なんとなく、コロナウィルスという世界的な危機に瀕して、ちょっとセンチメンタルになっているのかもしれません。

 日本に行って、「あの時は、本当に大変だったね〜」なんて言えるような日が早く来てくれないかな〜と思う今日この頃です。



<関連>「海外在住者が母を看取る時」

2020年8月2日日曜日

からっぽになるパリ パリから救急車のサイレンの音が消えた



 そういえば、ここ数日、救急車のサイレンの音が聞こえなくなった・・と思ったら、パリは、みんなバカンスに出かけているのでした。人がいなければ、病人も出ないし、事故も起こらないので、救急車やパトカーが出動することもないのです。

 逆に静かになった今になって、あれだけサイレンが一日中聞こえていた状況がいかに異常だったかを改めて感じさせられています。

 毎週土曜日に行われていたデモも、今は、バカンスのために休止中。静かで平和なパリです。あんなに凄い勢いで、人種差別問題や年金問題、病院の問題を叫んでいたのに、バカンスになるとピッタリ止まるところが、いかにもフランスです。

 実に、今年は、3月以来、家の中からでも四六時中、救急車のサイレンが聞こえ続けている状態だったので、なんだかサイレンが聞こえない静かな夜が久しぶりな気がしています。

 毎年、8月になると、パリはガランとして、メトロも空いていて、買い物に行っても素早く用事が済み、私の住んでいるアパートでも滅多に人に会うことはなくなり、家の駐車場もガラガラになるのです。晴天の中、外も静かでシーンとした街。

 この時期は、そんな静かなパリもなかなか良いもので、観光客が訪れるような場所は別として、パリは、ガックリと人が減り、大気汚染も少し解消され、空気まで浄化されます。今年は、コロナ渦のために、その観光客でさえ圧倒的に少なく、しかし、いつもほどは、パリから人が減らないのではないかと思っていましたが、果たして、大多数は、(海外旅行は控えるという人も多いですが)どこかしらにバカンスに出かけているようです。

 それでもバカンスに行けない人は、パリプラージュや近所のプールなどに行くのですが、我が家の近所は、夏にバカンスを取って閉めてしまうプールで、しかも、コロナとは、関係なしに現在、改装中のため、長いこと閉まったままです。

 2017年から閉まってしまったプールは、改装工事が始まったのが2018年、2021年春には、完成予定ということになっていますが、コロナ渦のために改装工事も遅れているでしょうから、完成は、きっと、さらに延期されることでしょう。工期どおりに工事が終わらないのは、フランスでは、普通です。

 近所のパスレール(陸橋)のエレベーター(以前は、エスカレーターだった)の工事もかれこれ5〜6年くらいかかり、ちょっといじっては、中断し、また工事を再開して・・を繰り返して、工期などあって無きの如しになっていたので、もう半ば諦めていたところに、ある日、久しぶりに通りかかったら、完成していてびっくりしたことがありました。恐る恐るエレベーターに乗ってみたら、これがまた、ちゃんと動いたので、ちょっと呆然とするほどビックリしました。

 しかし、つい先日、通りかかった時に、そのエレベーターに乗ろうとしたら、しっかり故障して動かなかったので、「まあ、普通だな・・」と、故障していることに、妙に納得しているような次第です。

 話は、逸れましたが、そんなわけで、すっかり静かになってきたパリ。皆、少なくとも2週間、だいたいは、3週間は、皆、帰ってきませんから、しばらくは、静かになると思います。

 ドイツのベルリンでは、コロナウィルス対策で行われている感染予防のための様々な行動制限措置に反対するデモが行われ、「マスクを外す」、「強制ワクチン接種反対」、「自由の復活」を叫び、約17000人が集まったというニュースを見て、「ドイツ人は、バカンスにも行かずに真面目だなぁ〜」と妙な感想を持つに至っている自分は、ずいぶんとフランスに侵されている・・と思います。

 しかし、バカンスから戻ったら、フランス人もしっかりと職務(デモ)に戻り、デモは再開されることでしょう。ヤレヤレ・・でも、今は、静かなパリを堪能したいです。


<関連>「基本、信用しないことで成り立つフランスでの生活」






2020年8月1日土曜日

本格的なバカンスに突入するとともに40℃の猛暑のフランス


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 7月に入ってバカンスシーズンを迎えたフランスも本格的なバカンスは8月。マクロン大統領でさえも、3週間のバカンスを取り、フランス南東部にあるブレガンソン城(バール県)(大統領用別荘)に、ブリジット夫人とともに滞在しています。

 本格的なバカンス突入するこの週末、バカンスに出かける人の車の渋滞とともに、フランスは、気温も一気に上昇し、40℃超えという予報に、エアコンのない我が家は、万全の態勢で臨みました。何と言っても、今年は、コロナウィルスが蔓延している中、外へ出るのもマスク。気温40℃でのマスクは、ちょっと拷問に近いものがあります。
 
 当然、外出しなくてもいいように前日に外出の用事は済ませ、朝、早起きして、一日分の料理を済ませ、朝の比較的涼しいうちに家の中の空気を入れ換えて、天気と気温を見ながら、午前10時半頃に、家中の窓を閉め、シャッターのある窓は、少しの光を残して全てシャッターを下ろし、シャッターのない窓には、使っていないテーブルの台でバリケード。ベランダの野菜には、早朝と窓を閉める直前に大量の水を撒き、昼の段階では、家の中は薄暗い状態にしました。

 首には、濡らしたタオルを巻きつけ、お風呂には、水をはり、冷凍庫には、ペットボトルを凍らせて、氷も大量にストックし、アイスキャンディーやスイカなども準備しました。

 なにせ、昨年は、パリでさえ42℃という記録的な猛暑ですっかり、暑さ対策にも磨きがかかりました。(こんな技術は、あまり他では役立ちませんが、フランスで生き抜くには今や必要な対策です)

 おかげで、当日の暑さは、思っていたよりもこたえずに、夕方になった頃には、「あれ?今日は、あんまり暑くならなかったね・・」と思ったほどでしたが、後から、気温をチェックすると、しっかり暑かったようです。育てている野菜に水をやるために置いてあったペットボトルの水は、お湯になっていました。

 ところが、フランス人は、さすがのバカンス中でもあり、全般的に、40℃に迫る暑さでさえも、太陽の光を享受し、楽しまなくちゃ損と思う人が多く、負けじと飲み物や簡単な食べ物を用意してピクニック・・なんていう人も少なくありません。この猛暑でさえも楽しもうという根性は、凄いです。とことん人生を楽しみたいエネルギーに溢れています。

 しかし、今年は、何と言ってもただの猛暑ではなく、コロナ渦の中の猛暑。屋内でのマスクは義務化されていますが、外でのマスクは推奨されているものの、さすがにこの暑さでは、マスクをしている人は、さらに少なく、だからといって、屋内の冷房の効いているところでは、食肉工場でのクラスターがいくつも発生していることを考えると、冷房で気温が下がっている屋内は、やはりさらに危険と考えざるを得ず、私としては、なるべく避けたいところなのです。

 この日の気温は、GEUGNON(グーニョン・フランス・ソーヌ・エ・ロワーヌ県)で、41.5℃を記録した他、数カ所で40℃以上、パリでは 39.3℃を記録しました。

 しかし、これはこれで、慣れてくると、外からの強い日差しが微かにブルーのカーテン越しに入ってくる部屋の中で、静かに読書などして過ごすのも、私としては、なかなか贅沢な時間のような気がしてきました。

 翌日のパリは30℃という予報。どんなに暑い日でも翌朝は、スッと暑さが引き、うそのような爽やかな朝。とりあえず40℃近い暑さを続けて引きずることはなさそうですが、このまま暑さがおさまるとも思いづらく、また、コロナウィルスの感染もおさまるとも思いづらく、今年の夏は、いかに家を涼しく保って、静かで快適な時間を過ごすことを楽しもうかと、私なりの夏を楽しみたいと思っています。

<関連>「パリで冷房なしで猛暑を乗り切る方法」