2019年12月14日土曜日

小さい娘のフランスへの郷愁??? 



 
 娘は、アフリカで生まれましたが、生後、3ヶ月でフランスに来て、それ以来、ずっとフランスで育ってきました。

 娘が初めて、日本へ行ったのは、彼女が2歳になった時で、それからは、ほぼ、毎年、夏休みの度に、娘を日本に連れて行っていました。

 娘は、チヤホヤと甘やかしてくれるパピーやマミー(おじいちゃんとおばあちゃん)や、私の叔父や叔母、従姉妹などの私の家族や友人にもとても、なついていて、日本が大好きでした。

 娘は、日本にいるのが楽しくて、楽しくて、仕方がない様子で、帰りの飛行機に乗るときには、仏頂面で、パリに着いた時には、空港に迎えに来てくれているパパにも、まるで、「パパのせいで、帰らなくちゃ、いけなかった・・」と言わんばかりに不機嫌になるほどでした。

 特に、食事に関しては、全くの和食党で、普段、パリにいるときにも、我が家の食卓は、どちらかというと、和食よりの食事が多く、娘は、フランス料理が好きではありませんでした。

 日本語にも、ほとんど不自由はなく、周囲とのコミニュケーションは、日本語のみで、「フランス語を話してみて!」などと言われても、決して、日本では、フランス語を話すことはありませんでした。

 日本へ行けば、そんな風に、日本にどっぷりと使っている娘でしたが、ところどころで、娘の妙な行動が見受けられるようになりました。

 街中で、パン屋さんを見つけると、娘は、しばらく、パン屋さんにいたがるのです。
娘は、フランスでも、特に、パンが好き、という方ではなかったので、最初は、どうして、娘が日本で、パン屋さんにいたがるのか、わかりませんでした。

 しかし、そのうち、娘が、ほのかに香ってくるパンの香りに、うっとりと浸っていることに気が付いたのです。パンの香りに、無意識に、どこか、彼女を落ち着かせるようなものがあったのです。

 また、娘がトイレに入っているときに、時折、聞こえてくる、ブツブツとフランス語でつぶやいてる声が聞こえてくることもありました。周囲の人たちがいるところでは、頼まれても、話さないフランス語を一人、トイレにいるときに、つぶやいているのです。

 幼いながらも、どこか、フランス語で、ブツブツと呟くことで、自分自身をリセットしているような感じでした。

 また、いつの間にか、ケンタッキーのお店の前に置いてある、カーネル・サンダースの立像に近寄って行ったかと思うと、ポッとした顔をして、「パパ・・・」と言いながら、
立像と手を繋いでいたこともありました。

 ケンタッキーのおじさんは、体格が良い主人と心なしか、似ているのです。

 パリでお留守番しているパパのことも、忘れてはいなかったのです。

 フランスのことなど、まるで忘れたように、日本を楽しんでいる娘が、無意識のうちに、フランスを引きずっている面が現れる、ちょっと、ホッコリする場面でした。

 








2019年12月13日金曜日

フランスのクズ男は桁違い DV被害に遭っていた女性




 DVというものは、あまり、表面化しにくいものなので、実際に目の当たりにすることは、なかなかないとはいえ、フランスでは、実は、かなりの割合で存在しているのだと言います。

 日本でも、DVは、あるのでしょうが、私の周囲には、見かけたことがありませんでした。日本での私の生活は、今から考えれば、限られた世界の人としか、付き合いがなかったからなのかもしれません。

 しかし、パリに来て、色々な国からの、色々な人たちに触れる機会が増えたせいか、知人の数は絶対的に少ないのにも関わらず、そのような人に遭遇するということは、その割合が高いと思わざるを得ません。

 以前、職場にいた若い女性が、ある日、顔を腫らして、出社してきたことがありました。フランス人にしては、少し、おとなしめの、きれいな人でした。

 それは、少し濃いめにお化粧をすれば、隠れるほどだったし、彼女自身も、「転んで、階段から落ちちゃった!」と、照れ臭そうにしていたので、最初は、周囲もそれを信じて、「酔っ払ってたの? 危ないなぁ・・気をつけてね・・」などと言っていたのです。

 ところが、それから、しばらくして、また、彼女は、さらにひどい顔の腫らし方をしてきて、それが、何回か続き、彼女がDVにあっているとしか思えないようになりました。

 しかも、彼女と親しい友人から話を聞くと、相手の男性は、ロクに働きもしない、ヒモ同然の男なのだそうです。その上、嫉妬心も人一倍で、彼女の行動は、彼によって、極度に制限されているのでした。最悪です。

 フランス人を見ていると、人にもよりますが、一見、すごく紳士的で女性にも優しいのですが、デモやストライキなどの現場の様子などを見ていると、明らかに日本人よりも血の気が多いというか、感情の高ぶりが激しい様子が見えます。

 ですから、ある程度、自分自身をコントロールできる人ならば、良いのですが、クズ男にあたると、桁違いな暴力を振るったり、束縛や嫉妬心も物凄く強いのです。

 彼女もまるで、呪縛にかかったように、暴力を振るう夫から逃げることができず、結局、いつの間にか、会社にも来なくなってしまいました。

 そんな人が、私が働き始めてから、2〜3人はいたでしょうか?

 近所の主婦にも、時々、顔を腫らしている女性がいました。なかなか、華やかな装いをしているきれいな人でしたが、ご主人から、外出を制限されているという話を聞きました。

 DVにあっている人は、なぜ、それを隠そうとするのか、なぜ、そんな男性から離れようとしないのか? ある種の心理状態の連鎖なのかもしれませんが、暴力を振るう男性は、それだけで、最低です。

 私は、もし、男性が暴力を振るうようなことがあれば、それだけで、即アウトだと思っています。

 娘の将来に、もし、そんな人が現れたらと思うと、心配で、「暴力を振るう人と出会ったら、即、別れなさいよ!」と一応、言ってみたのですが、「私が、そんな人を相手にするわけないでしょ!」と即答。

 本当に、そんな人とは、関わりがないできないことを祈るばかりです。



























 

2019年12月12日木曜日

フランス人の子供のしつけ





 日本に帰国した際に、ちょうど、その時にアメリカから帰国していた従兄弟家族と娘を連れて、水族館に行ったことがありました。

 その時に、驚いたのは、子供が水族館の中で、騒々しくはしゃぎ回ることでした。そして、一緒についている親たちは、館内で騒ぐ子供たちを野放しにしているのです。

 夏休み中の水族館ですから、子供連れで賑わっているのはわかりますが、その騒々しさが、なんだか、フランスの水族館とは、違うなと思ったのです。

 普段、フランスでの暮らしは、サービスも悪く、感じも悪く、不便なことも多く、ダメダメな国だと思っていましたが、こと、子供のしつけに関しては、悪くはないのかな?と思ったのです。

 フランスでは、子供が公の場で騒ぐという場面は、見たことがありません。
 子供とはいえ、私は、それは、公の場での最低限のマナーだと思うのです。

 それが、家庭の教育であるのか、学校の教育なのかは、わかりませんが、少なくとも、家族連れで出かけている場所でのことですから、家庭の教育の一面なのだと思います。

 フランスでは、レストランなどでも、そのお店のランクにもよりますが、子供連れで行くことが躊躇われるようなお店もありますし、そういうレストランには、夫婦だけで出かけます。

 子連れで出かけられるレストランなどでも、子供が騒げば、レストランの人、あるいは、周りのお客さんから、注意されるでしょうし、それ以前に、親が許しません。

 我が家でも、娘には、めっぽう厳しく、怖いパパが控えているので、娘の方も心得たもので、たまには、親子ゲンカをすることがあっても、駄々をこねたり、公の場で、騒いだりすることはありませんでした。

 私も普段から、あまり、娘に対して、うるさいことは言いませんでしたが、ダメなものはダメ、ということに関しては、決して譲りませんでしたので、こちらが、拍子抜けするほど、あっさりと、娘も、すぐに気持ちを切り替える習慣がついていました。

 例えば、買い物に行って、欲しいものがあって、「これ買って〜!」と娘が言ってきても、私が、ダメ!と言えば、すぐに、「じゃあ、今度、日本に行った時に、買おうか!」
などと返されて、こちらも苦笑してしまいました。

 ある時期、NINTENDO のゲームが大流行した際も、主人も私も、そういったゲームで遊ぶことよりも、他のことをして欲しかったので、娘にどんなにせがまれても、買うことは、ありませんでした。

 すると、娘は、せっせと日本にいる、私の父に、さっさと自分でメールをして、ゲームを買ってもらう約束をとりつけ、(当時は、予約しないと買えないほどでしたので)私たちが帰国するタイミングにしっかりと予約して、日本に着くなり、二人でゲームを買いに出かけたりしていました。

 まあ、たまに会う孫と私に内緒で楽しそうにコトを進める父に免じて、私もその時は、目をつむりましたが、親がきっぱりとダメだと言うことは、ダメなんだと言うことは、娘には、通じていたのだと思います。

 それぞれの家庭で、何を大事にするのかは、その家庭次第のことです。

 ただ、なんでも、かんでもうるさく注意していると、子供には、響かないのです。

 大人が子供に、ダメなことは、ダメときっちり言い効かせることは、どこの国にいても、大切なことなのだと思うのです。

























 

 












 

2019年12月11日水曜日

外国人になる体験





 私は、海外での生活を始めて以来、外国人として、ずっと生活しています。

 フランスでは、たとえ、フランス国籍を持っていたとしても、純粋なフランス人という人の方が少ないくらいで、外国人も多いので、フランスで外国人として生活することは、きっと、日本に住む外国人よりは、抵抗が少ないのではないかと思います。

 それでも、フランスでの選挙権はないし、ビザも10年に一度ですが、書き換えをしなければなりません。何か、交渉ごとがあったりしても、フランス人が出て行けば、スムーズに行きやすい場合も、なかなか、すんなりと、ことが運ばなかったりすることもあります。

 日本では、二重国籍が認められていないし、フランスに住んでいるからといって、私は、日本国籍を捨ててまで、フランス国籍を取ろうとは思いませんが、二重国籍が認められている国から来ている外国人は、フランス国籍を取りたがります。

 フランス国籍を持っていないと就けない職業や、同じ職業でも、フランス国籍を持っていないことによって契約形態が異なり、待遇が違ったりすることもあるのです。

 外国人であるということは、不便なことも多いのです。

 それでも、長年、生活していれば、だんだんと図々しくなって、ある程度の処世術は、身につき、こういう風に話を進めれば、ことは運びやすいとか、仕事や公の場に出るときは、ある程度の身なりというか、武装をして、出かけると良かったりもします。

 私自身は、海外に出て以来、日本にいる時よりも、ずっと、気軽に、知らない人とも話すようになりました。一見、冷たいように見えるフランス人の中での生活は、実は、コミニュケーションをある程度、取ることで、ずっと暮らしやすくなるからです。

 また、人から、話しかけられることも意外にも多いのです。

 日本では、普通、あまり知らない人に話しかけることも、話しかけられることもありませんよね。

 日本に住んでいれば、改めて、自分が日本人であると自覚することすら、あまり、ありませんでしたが、海外に住んでいると、逆に、日本人であると自覚させられることは、多いです。

 特に、海外に出て、当初は、いちいち日本と比べては、日本だったら、とか、日本人だったら・・と思うことばかりでした。

 最近、日本にも外国人が増えたとはいえ、一般的には、日本人には、外人を特別視する人が多いような気がします。外国人が増えたとはいえ、「あっ!!外人だ!!」と、構えてしまうようです。

 例えば、日本に帰国した際に、娘を連れて、実家の近所のスーパーマーケットに行ったりすると、娘は、「あっ!!外人だ!!」という視線で見られると言います。

 二度見されるというか、ちょっと遠巻きに見られる感じだそうです。

 娘も私も、ここぞとばかりに日本の食料品の物色に必死になっているので、そんなことは、気にせず、買い物を続けますが、日本にいる外国人には、さぞかし煩わしく、生活していくとなったら、ちょっと神経質な人なら、なかなかなプレッシャー、ストレスになりうるのではないかと思います。

 文化の違いや、言葉とコミュニケーションの問題は、ありますが、なんだか、日本にいる外国人は、どんな気持ちで日本で生活をしているのだろうかと、ついつい、話しかけたくなるフランスでは、外国人の私です。
















2019年12月10日火曜日

フランスの保育園で・・・




 私が、仕事を始めたのは、娘がちょうど、一歳になった頃でした。

 幸いなことに、保育園には、すぐに入れることになりましたが、それまで、娘が生まれて以来、1日たりとも娘と離れて過ごすことがなかったので、娘が保育園に順応できるかどうか、少なからず、不安がありました。

 最初の2日間は、別の保育施設に、半日だけ、預かってもらうことから、少しでも、他人と過ごすことに慣れさせようと、娘を連れて行きました。

 初めての場所に、娘を連れて行って、保育士さんに、娘を手渡して、置いてこようとすると、娘は、火が付くように泣き出し、焦りました。こんな様子でいては、これから先、娘を預けて働きに行くことができるのだろうかと私自身も不安になりました。

 しかし、ここで、負けてはいけないと、心を鬼にして、娘を置いてきました。
二日目になっても、娘は、また、グズグズと泣き始めましたが、前日よりは、あっさり、娘も諦めたようでした。

 そして、次の週になって、保育園への通園が始まりました。

 前の週の予行演習が役立ったのか、もう、その時点で、娘は、泣きだすことは、ありませんでした。娘は、日に日に保育園に慣れていき、お気に入りの先生を見つけて、保育園に行くと、彼女の姿を見つけては、駆け寄って行くようになりました。

 私も初めてのフランスでの仕事に緊張の連続でしたが、なんとか、彼女の保育園生活は始まりました。

 でも、さすがに、保育園は、風邪を引いたり、熱を出したりすると、預かってもらえません。私も仕事を始めたばかりで、そう簡単に仕事は休みづらく、それからというもの、娘が鼻をちょっと垂らしていたりしても、すぐに医者に連れて行くようになり、結果、私がお休みの日には、ほとんど毎週のように医者に連れていって、早め早めに薬をもらっては、娘に飲ませて、なんとか、保育園に預かってもらえるようにしてきました。

 今から考えると、フランスでは、子供が病気の時は、親に対しても、休暇を取れる書類を書いてもらえるので、それを書いてもらえば、公然と、大腕を振って休むことができるので、堂々と大きな顔をして休めばよかったのですが、その頃の私は、そんなことも知らずに、ひたすら、なんとか、娘が病気にならずに、保育園に行けるように、必死になっていたのです。

 まだ、オムツ持参で保育園に通わせていた頃です。
ある朝、ちょっと、娘の体調が怪しいかな?と、思ったので、座薬を入れて、なんとか、一日、乗り切ってくれますようにと祈るような気持ちで、出してしまったのです。

 心配していたとおり、オムツを変えた際に、座薬が出てきてしまったと、保育園から電話があり、娘は、発熱し、迎えに行かざるを得なくなったこともありました。

「お嬢さんは、もう一人の女の子と一緒に、お昼寝をしないで、周りの子供たちを起こして回るから、これからは、お昼寝の時間は、その子と一緒に、別の部屋にいてもらいます!」などと、怒られたこともありましたが、概ね、娘の保育園生活は、順調でした。

 色々、大変なこともありましたが、迎えに行くと、それまで、遊んでいたおもちゃを放り出して、「ママ〜!!」と駆け寄ってきてくれていた娘の姿が、今でも、忘れられません。

 
















2019年12月9日月曜日

パリはフランス人に嫌われている




 私は、パリに住んでいるし、職場もパリなので、日頃は、フランス人といっても、パリ、あるいは、パリ近郊に住む人としか、付き合いがないので、パリがフランス人に、疎まれているということを、あまり感じることは、ありません。

 しかし、パリの人は、感じ悪いな、と思うことは、多々あります。
 特に、サービス業に関しては、特に、お客様は、神様の国、日本から比べたら、天と地ほどの差があります。

 「お待たせいたしました。」とか、「申し訳ありませんでした。」とか、たとえ、相手が客であっても、自分の方が下手になるようなことは、まず、言いません。

 常に、自分の方が上から目線な物言いをすることが多く、何か、問題が起こって、苦情の電話をしたりしても、まず、謝ることは、しません。

 最初は、あまりの感じの悪さに、いちいち腹を立てていた私ですが、そのうち、慣れてしまい、それが、当たり前になり、ムッとはするものの、特に驚くこともなくなりました。

 ある時、仕事で、取り扱いのある、フランスの新製品に関する説明会が、大々的にパリの一流ホテルで行われ、朝食のビュッフェから始まり、昼食には、フルコースのランチを挟み、まる二日間、フランス全土からの参加者と一緒に過ごす機会を持ったのです。

 そこで、私は、初めて、パリ以外に住むフランス人と接する機会があったのです。

 私が、最も驚いたのは、「パリはフランス人にこんなに嫌われているのか・・」ということでした。

 地方から来ていたフランス人は、口々に、「パリなんか、人間の住むところじゃない!」とか、「パリジャン・パリジェンヌは冷たい!」「パリは、公害で、空気が汚い!」「せかせかしていて疲れる!」「お高くとまっている!」などなど、パリの悪口が止まらないのです。

 日本人である私が、パリに対して、あれこれ不満を感じることは、あっても、それを同じフランス人同士で、地方の人が、パリをこれほど毛嫌いしているのには、驚き以外の何ものでもありませんでした。

 地方の人が都会を嫉妬しての感情というのも、多少は、あるにせよ、それだけであるとは、とても思えません。

 フランスでは、パリ以外の街に行く機会があまりない私ですが、それでも、たまに地方に行く機会がありますが、悉く、パリほど評判の悪い街はありません。

 例えば、東京が日本の中で、これほど、地方の人に嫌われているとも思えないのです。

 東京を知っている私としては、パリの暮らしが、せかせかしているとは、決して思わないのですが、パリジャン・パリジェンヌの感じ悪さは、フランス人がフランスを特別な国と思っている以上に、フランスの中でもパリが特別の場所だという、フランス人のプライドを凝縮させたような、パリジャン・パリジェンヌのプライドの一面が見え隠れするせいではないかと思っているのです。

 
























2019年12月8日日曜日

フランス人の結婚観




 先日、久しぶりに、歯医者さんに行ったら、彼女に孫ができたという話をしていたので、「え〜? そんなに大きなお嬢さんがいらっしゃったのですか? お嬢さん、おいくつなんですか?」と驚いて、聞いたら、お嬢さんは、23歳で、まだ学生なのだそう。

 「学生なのに??」と驚く私をよそに、余裕で、「人それぞれのタイミングと生き方があるから・・」と、孫の誕生を喜ぶ彼女に、私は、なんだか、懐の大きさ、大らかさを感じました。

 彼女のお嬢さんのカップルが、結婚しているのか? また、子供を持つタイミングや順序などには、あまり、頓着していないのです。

 フランス人には、日本のような、結婚に対する適齢期のような観念が薄いように思います。それが、早かろうが遅かろうが、その人、その人のタイミングだと考えているのです。

 フランスでは、そもそも、結婚の形態自体が、いわゆる日本の結婚という形態だけでなく、Concubinage (コンクビナージュ・内縁、同棲関係)や、PACS (パックス・コンクビナージュよりも、もう少し正式な関係で、税金、児童手当、相続なども認められる内縁以上、結婚未満の関係)といった事実婚のような形態があるのです。

 結婚の形態をとった場合、離婚の手続きも大変になるため、カップルになって、しばらくは、様子を見て、子供ができたら、せめて、パックスにし、それから、何年か経ったのちに、ようやく結婚するというカップルも少なくありません。

 ですから、家庭を持っていて、子供がいても、その結婚の形態が、正式な結婚の形態なのか? あるいは、パックスなのかは、いちいち尋ねることもありませんし、それほどのこだわりもなく、それがどのような形態であるにせよ、結婚と同様に見なされているのです。

 とはいえ、パリでは、3人に1人が離婚すると言われるほど、離婚率の高い国であるにも関わらず、再婚もまた多いのにも、生涯現役、懲りない人たちだなあと感心させられます。

 実際に、私の主人も再婚ですし、私の同僚にも、よくよく話を聞くと、今のご主人とは、再婚で、子供もその度に産んでいるので、子供も異母兄弟という場合も少なくありません。

 結果、兄弟の年齢差も大きくなり、数も増えるので、はたから、子供の話を聞いたりしても、一体、どの結婚の際の子供だったのか、わからなくなるくらいです。

 また、フランス人には、「結婚と仕事のどちらかを選ばなければならない。」という、観念もありません。結婚しても、働くことは、当然のことだからです。

 おそらく、多くの親世代の人たちが子供に望むのは、結婚の形態がどうであるかということよりも、「良い相手、パートナーを見つけること」や、「充実した仕事につけること」「子供を持つこと」であるように思います。

 ですから、それらは、そのうちのどれを選択するかではなく、それらをどう、うまく組み合わせていけるかということを考えるのです。

 私の若い頃、いわゆる結婚適齢期には、親は、うるさく結婚しろ、結婚しろとうるさくなり、お見合いの話が回ってきたり、母などは、「とにかく、一度でいいから結婚してちょうだい!」などと、結婚するように、急き立てていた時期がありましたが、当時から、母のそのような考え方は、私には、全く理解できないものでした。

 「とにかく、一度でいいから・・」などと、世間体だけを気にしたような物言いは、実際には、何の意味もないのです。

 私は、娘には、なにが何でも結婚して欲しいとは、全く思っていません。クズ男に当たって、人生がめちゃくちゃになる場合だってあるのです。

 だったら、まず、結婚よりも、まず、自分で自立して、生活できるような仕事を持ち、その上で、もし、良いパートナーが見つかり、子供が持てれば良いと思っています。

 ですから、結婚の形態は、パックスであろうと結婚であろうとどちらでも構わないと思っています。

 もっとも、フランスでも、保守的な家庭では、正式な結婚へのプレッシャーは、強いかもしれませんが、それは、少数派だと思われます。