2026年9月26日土曜日

ローマ教皇がパリ・ノートルダム大聖堂にやってきた!

  


 パリ・ノートルダム大聖堂にローマ教皇がやってきました。ローマ教皇は、カトリックのトップですが、パリ・ノートルダム大聖堂はフランスにおけるカトリック信者の教会という位置づけに留まらず、フランスの歴史学者などによれば、「国民の教区(paroisse de la nation)」ともいうべき存在です。

 ノートルダム大聖堂は、中世以来のフランス史、パリ、王権、革命、共和国、そして近代フランスの記憶が重なる独特な存在感を持っています。

 2019年の火災がフランス社会全体に強烈な衝撃を与えたのもそのためだと言われています。

 そのため今回のローマ教皇のノートルダム大聖堂訪問は、火災から復活したフランスの歴史的共同体を訪れるという意味でも特別の意味を持っています。

 最近は、若者や聖人の洗礼が増えるなど、カトリックの一部に新しい活力が見られるとの報道もありますが、現代のフランスは非常に世俗化が進んだ社会です。ル・モンド紙などは、レオ14世が「再び活力を見せ始めているフランス・カトリック」を訪問するものだと分析しており、世俗化したフランスの中でカトリックが再びどのような位置を占めるのかという問いが生まれています。

 今回のローマ教皇の行程には、数十万人規模の人出が見込まれており、約8万人がサンドニの若者向けのミサに登録しています。

 しかし、フランスは、政教分離を非常に重視する国で、そのため教皇が来るといっても国家がカトリック国家のように振舞うわけではありません。

 それでもマクロン大統領側は、レオ14世にノートルダム再建を案内する時間を設けることを望んでいたと報じられていますが、バチカン側はそれを断っています。背景には、ノートルダムを単なる国家的な文化財・観光施設ではなく、まず宗教施設として扱うという考え方があると見られています。

 つまりフランス側としては、「ノートルダム大聖堂はフランスの歴史・文化遺産である」という姿勢、カトリック側としては、「もちろん、そうではあるが、同時にここはキリスト教の聖堂である」という二つの見方が交差しているわけです。

 実際にノートルダム大聖堂を訪れたレオ14世は、再建された大聖堂について「単なる記念碑以上のものであり、ここでは一つの民の心臓が鼓動している」という趣旨の言葉を述べています。

 彼はフランスはカトリック国家であるといっているわけではなく、「宗教的には世俗化したフランスであっても、キリスト教はこの国の歴史・文化・記憶の深層に存在しているということをノートルダム大聖堂そのものが語っている」ということを言っているのです。

 9月25日のパリでは教皇のルート沿いに約30万人が集まったとバチカン側は発表しています。

 前日に発表された世論調査では、フランス人の80%がレオ14世に良い印象を持っていると回答しています。

 フランス人が彼に持つ印象は、穏やかで、慎重で、人の話を聞き、平和、弱い人、貧しい人への配慮を持つ人であり、教会内での性的虐待などへの対応を評価しており、カトリックの教義を拡げてほしいというよりも、世界情勢への道徳的な発言を求めているようです。

 また、フランスは本当に世俗化してしまったのか?という問いも生まれつつあり、60万人規模が参加予定となったコンコルドのミサや8万人規模の若者のスタット・ド・フランス集会などを鑑みて、「フランスではカトリックが完全に消滅したわけではない」との見方も強くなりつつあります。

 私が昔、比較的、長めにイタリアを旅行した時に、感じたイタリア人の中のパップ崇拝のようなものをフランスで感じたことはありませんが、フランス人の意識下には、なにかそのようなものの片りんがあるのかもしれない・・と今回のローマ教皇のフランス訪問の様子を見て、感じないこともありません。


ローマ教皇パリ・ノートルダム大聖堂訪問


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