2019年11月20日水曜日

フランスにもいる困ったママ友

 私は、日本で子育てをしたことがないので、日本のママたちの公園デビューとか、ママ友同士のお付き合いというものを知りませんが、ママ同士のお付き合いが子供同士の関係にも影響するとかいう話を聞いたりすると、なかなか大変そうで、そんな時は、パリで良かった・・と密かに思います。  日本にいる私の従姉妹などは、息子が大学生だというのに、野球部のお手伝いに行っていたなどというので、ひっくり返ってびっくりしました。  だいたい、パリの場合は、ほとんどのママが働いていますので、夏休みなどバカンス期間中は、別として、通常の保育園、幼稚園、小学校の拘束時間も長く、平日に子供を公園で遊ばせるという...

2019年11月19日火曜日

時々、見かけるパリにいる、虚言癖の人

 ウソつき〜〜〜! と、冗談めいて、茶化せるぐらいの嘘や冗談は、日常によくあることです。また、人を傷つけまいとついてしまう嘘もあります。  しかし、私は、パリにきて、なかなかのウソつきに会いました。  嘘というより虚言癖とでもいうのでしょうか?   別にこちらが聞いてもいないことを自分でふれまわるのです。  海外にいるから、素性がバレにくいとでも思っているのでしょうか?  だいたい、彼女のつく嘘は、聞くに耐えないような自慢話なので、聞き流して、生返事をするのですが、それをいいことに、彼女は、とうとうと、誰に対してでも、自慢話を続けるのです。  だいたいが、自分や自分の連...

2019年11月18日月曜日

パリ一人暮らしの日本人女性の死

 パリには、一人暮らしの日本人も多いのです。留学生や仕事で来ている場合など、考えてみれば、もしかしたら、むしろ、一人暮らしの方が多いのかもしれません。  今日の話の主人公の女性は、パリで個人で仕事をしておられた女性の亡くなった時の話です。  彼女とは、顔を合わせれば、世間話をする程度の知り合いでしたが、年齢も私よりもかなり上でしたが、いつも気さくに話をしてくださり、とてもサバサバとした方で、とびっきりの美人というわけではありませんでしたが、さり気ない、おしゃれの上手な方で、決して、派手すぎず、でも、いつも洗練された身なりをされていて、メイクやヘアもいつもきれいにしていらっしゃる...

2019年11月17日日曜日

パリにいた、ある日本人カップルの離婚劇

 私が出会った頃、彼女は、30代前半の女性で、日本人の絵描きさんのご主人と二人でパリに来ていました。絵描きさんといっても、当然、絵で収入があるわけでもなく、かといって、フランス語のほとんどできない人が、容易に他の仕事につけるような状況にもなく、収入のほとんどないご主人を彼女が働いて、支えていました。  パリに来るときは、二人で夢をふくらませて、地方から東京に出てくるような気分で、来てしまった感じで、いくら、子供はいなくて、夫婦二人で身軽とはいっても、現実は、そんなに簡単ではなかったようです。  それでも、彼女は、彼女なりに、パリへの憧れなどもあったようで、わずかなお給料で、ご主...

2019年11月16日土曜日

フランス最大のスーパーマーケット カーフール

 我が家の近所のスーパーマーケット・カーフールは、コマーシャルセンターの一角にある大きな規模のスーパーマーケットで、2フロアーにわたる店内は、食料品はもちろんのこと、ワインなどの酒類、衣料品、化粧品、日用品、文房具、本、電化製品、大工用品、園芸用品、食器類、ペット用品、玩具類から自転車まで、おおよそのものは、揃うので、とても便利です。  そのコマーシャルセンターがあるおかげで、我が家の徒歩圏内には、個人商店などは、パン屋さんくらいしかなく、マルシェさえもありません。  しかし、まあ、例えば、娘の学校で、明日、〇〇を持ってくるように・・などと言われたりする急な買い物の時などは、ま...

2019年11月15日金曜日

フランス語には、引きこもりという言葉はない

 フランスには、「引きこもり」に当たるフランス語は、ありません。ですから、「引きこもり」のような状態を説明するには、「HIKIKOMORI」という言葉を使います。  また、フランスでは、引きこもりと似たような状態で、ニートという言葉が混同して使われることもありますが、このニートというのは、Not Education Employment or Training つまり、学校にもいかず、仕事にもいかず・・という意味で使われているので、確かに、ニートの人が引きこもりでもある可能性もありますが、必ずしも、引きこもりとは限らないので、引きこもりに関する正確な把握は、出来ていません。  ...

2019年11月14日木曜日

パリの公文 やってて良かった!

 私は、娘が生まれた時から、とにかく、日本語は、しっかりできる子供にしたいという気持ちがとても強く、主人もそのことに関しては、快く賛同してくれていたので、娘が生まれて以来、物心ついた頃から、パパは娘とフランス語で話し、フランス語を教え、私は、娘とは、日本語で話し、自分で、カードを作ったりして、日本語を教えていました。  それでも、パリにいる日本人の先輩ママなどの話を聞き、フランスは、他言語に対して、かなり排他的であることや、パパがフランス人、ママが日本人とはいえ、放っておいたら、日本語は、どんどん、面倒臭い言語になってしまう、だって、こちらの生活では、必要ないんだから・・などという話を聞くにつれ、これは、私、一人だけで、日本語を教えるのではなく、誰か、他人の手を借りた方がいいと思うようになりました。  私が、娘に望んでいたのは、ただ、日本語が話せるだけではなく、きちんと文章も読めて、書けるようになって欲しかったのです。  周りの助言もあり、フランスの学校(実際には、幼稚園ですが、2才から始まります)で、フランス語を始める前に、(多少なりとも日本語を始めた方が、日本語を億劫に感じにくいだろう)ということで、2才から、娘を公文の日本語教室に通わせ始めました。  当時は、公文は、シャンゼリゼにあった、日本人会の中の一室にあり、そこへ、毎週、土曜日、週一回、通い始めました。本当は、同じ料金で、水曜日と土曜日、どちらも行くことができるのですが、さすがに、私も仕事をしながら、両方は、無理なので、土曜日だけにしていました。  最初は、本当に、鉛筆の持ち方から、線をなぞるような、お遊びのようなものでしたが、それでも、他に、日本人の子供に会う機会、私以外に日本語を話している人に会う機会のなかった娘にとっては、良い刺激になったと思います。  そのうち、オペラ近辺にも教室があることがわかり、教室を変わりましたが、それこそ、幼稚園から上は、中高生まで、一緒の教室で、それぞれが違うレベルのプリントを黙々とやる中、数名の先生が、生徒の間をまわって、少しずつ見て下さるのです。  大半は、日本語を学びに来ている現地校に通う小学生でしたが、中には、数学と日本語の二本立てをこなし、日本語とともにスラスラと計算問題をこなして行く子もいたりして、内心、舌を巻いていました。  本当なら、数学もできたらとも思ったのですが、消化不良を起こしては、いけないと日本語だけをお願いしていました。毎週、土曜日の14時から17時までの時間帯の好きな時間に行って良いので、午後、バレエのレッスンが終わると、飛ぶようにして、公文に移動していたものです。  土曜日の授業の他に、次の一週間分の宿題のプリントをもらうので、一週間、毎日、学校から帰ると公文の宿題をするのが日課になっていました。  それでも、大きくなるにつれて、駐在でパリに来ている人の子供たちは、日本へ帰ってしまったりして、いつの間にか消えていき、フランスの学校の授業が大変になってくるとやはり続かないのか、高学年になるにつれて、生徒さんは、少なくなっていきました。  結局、娘は、10年間くらい通ったでしょうか? 一時、日本語の勉強は、ストップした時期もありましたが、高校生になってから、再び、バカロレア(高校卒業資格試験のようなもの)の第二外国語のオプションを日本語で取ることに決めてから、再び、別の日本語の教室で勉強を再開しました。  しかし、継続は力なりとは、よく言ったもので、毎日、少しずつでも、10年間、続ければ、おかげさまで、そこそこの読み書きもできるようになりました。  親子二人きりでは、ここまで続けることは、できなかったと思います。  お世話になった先生方には、とても感謝しています。  今では、公文もすっかり立派になり、全世界に50ヶ国以上の国にあるそうで、パリ市内には、4ケ所、パリ近郊を合わせると6ヶ所もあるようです。  以前は、日本人の生徒がほとんどでしたが、今は、数学、英語なども加えて、フランス人に向けても、METHOD...