2019年6月30日日曜日

海外生活中、もし、ガンにかかったら、あなたは日本に帰りますか?

 私は、フランスに来て以来、ほとんど、仕事場と娘の学校、お稽古事の送り迎えの繰り返し、おまけに仕事も忙しかったので、時間もあまりなく、もともと、人付き合いも良い方ではないので、友人も多くないし、知り合いも主人の友人関係が少しと、娘の学校やお稽古事の関係の方や私の仕事上での付き合いがあった方くらいで、私がパリに来て以来の知り合いは、そう多くはありません。  それでも、20年もいれば、そこそこの知り合いはそれなりには、いるので、日本人の知り合いの中にも、残念ながら、亡くなられた方も数名おられます。事故などの場合は、別として、ガンで亡くなった方が多いです。(これは、あくまで私の周囲での話ということですが・・)  まあ、今までのところ、日本人の平均寿命からするとかなり早い旅立ちの方が多いので、海外生活は、寿命を縮めるのかも!?などと思ってしまいます。  やっぱり、海外生活ならではの緊張や、日本に住んでいたら、決してないであろうストレスも結構ありますから・・そんなことの積み重ねもあったりするのかな?・・となどと、思ったりもします。  また、家族がいるかどうかも大きく関係しているような気もします。  実際に、亡くなった方々は、一人を除けば、皆、独身の方だったのは、偶然だったのでしょうか?  自分がガンだと宣告されて、日本に帰られた方も、中には、何名かいらっしゃいます。やはり、いざとなると、言葉の問題もあるし、こちらの病院では、不安なので、日本で・・と思う心情も、とてもよくわかります。その方々も最初は、治療のために帰られたのに、結果、亡くなられたというものです。  一度、私が怪我をして、病院の救急に行った時、延々と待たされて、怒った主人が、いつまでも放っておくなら、ここから、電話して、救急車を呼ぶぞ!!と怒鳴って、ようやく見てもらえたことがありました。でも、これが命に関わるような病気だったらと思うとちょっと考えてしまうところもあります。  ちょっと、話は逸れてしまいました。  私が親しかったある女性は、ガンが見つかって、手術をして、5年後に再発して、それから、放射線治療、抗ガン剤、そして、さらに2回の手術。(フランスの場合、ガンの場合は、セキュリテソーシャル(国の健康保険)が100%カバーしてくれます。)プラス、失敗してやり直した手術が一回。  そして、とことん、ガンと闘いましたが、結局、彼女は、亡くなりました。  彼女は、とても強い女性で、痛みを感じたら、自分でボタンを押して、点滴でモルヒネをどんどん打つことができるようになっていたのですが、その結果、何度か、幻覚を見てしまい、私は、自分自身を失いたくないからと、痛み止めの点滴も断り続け、痛みに耐えながらも頑張っていました。  そんな中、病院内での盗難事件などもありました。(検査中に病室に置いてあった彼女のバッグが盗まれたのです。病気で苦しんでいる人にこんなことってある!?)    彼女は、最後の最後まで、決して諦めずに、こんなに苦しんだから、絶対に治らなくちゃ!と頑張っていましたが、とうとう最期には、力尽きてしまいました。  彼女の訃報を聞きつけて、ちょうど、その日が、お休みだった私は、病院に飛んでいき、日本から、いらしていたご家族が色々な準備をなさる間、その時の霊安室の係のおじさんが、とても優しい方で、”...

2019年6月29日土曜日

娘の初めてのボーイフレンド 

 私たちは、パリに引っ越してくる前は、RER(パリの郊外線)でパリまで一時間ほどの郊外に住んでいました。例えば、日本だったら、通勤圏一時間以内なら、御の字でしょうが、こちらは、交通事情が日本のように、正確でもなく、四六時中、故障だのストライキだのと問題が多いため、一時間の通勤は、長い方ではないかと思います。(電車の連絡が悪かったりすると、最悪です。)  実際、この通勤時間で、小さい子供がいるとなると、職探しにも、なかなか、苦労しました。  それでも、私たちが住んでいた場所自体は、緑も多く、パリより少し、離れているだけで、のどかで、人も少し、ゆったりした感じの方々が多く、娘の行っていた保育園などは、家の近くの巨大な公園の中にある、空気も良い、自然環境抜群の保育園でした。  エコールマテルネル(幼稚園)に入った時も、学校のフェット(お祭りのような催し物)があると、みんなが大きな親戚のように、親しく集まって、みんながお菓子を焼いてきたり、私も巻き寿司を作って持って行ったりしました。  中には、バンドをやっているミュージシャンのお父さんなどがいたりして、フランス人のある程度の年代の人なら誰でもが知っているであろう、ジョルジュ・ブラッサンスの...

2019年6月28日金曜日

日本はフランス人になぜ愛されるのか? フランス人は日本をどう見ているのか? 

 多くのフランス人にとって、日本といえば、世界に名だたる先進国でありながら、実際には、フジヤマ、サムライ、ハラキリ、トヨタ、くらいのイメージしかなかった時代が長く続いていましたが、今や、日本の印象は、ここ数年で、うなぎ登りで急上昇中です。  ちょっと前までは、圧倒的に、日本の知名度の根源は、漫画とアニメ、NINTENDO などのゲーム類が主流でした。いわゆるオタクと呼ばれる人たちを中心に広まり、日本のアニメは、フランスの一般家庭でも、テレビで見られる身近な存在となり、19歳以下のフランス人の51%は少なくとも1日に一時間は日本のアニメを見ていると言われており、おそらく、ポケモンを知らない子供はいないでしょう。  ラーメンなどの日本食の流行も日本の漫画に登場した食べ物を実際に食べてみたいというところから、火がついたようです。  年に一度、フランスで開催されるジャパンエキスポなどでは、アニメの主人公などのコスプレをしたフランス人で溢れかえり、昨年の来場者数は24万人を超えています。  しかし、現在の日本ブームの圧倒的なきっかけとなったのは、YouTube...

2019年6月27日木曜日

国際結婚の家事・育児の分担ーフィフティフィフティ

 夫婦の役割分担として、よく、フィフティーフィフティーという言い方をしますが、客観的に見ると、フィフティーフィフティーという関係は、なかなか、あり得ないもので、やはり、どちらかに偏ってしまっているように思います。  とはいえ、これは、客観的に見たらの話であって、もちろん、それぞれの夫婦には、それなりの分担と、それぞれにできることと、できないことがあるので、何を基準にそのパーセンテージを測るかは、その夫婦にもよるので、一概に言うことはできませんが・・。  まあ、お互いに納得していれば良いのですよね・・。  海外で暮らしている国際カップルの様子を見ていると、(夫が外人で、妻が日本人...

2019年6月26日水曜日

国際結婚の夫婦喧嘩

 国際カップルの家庭は、どちらの言語で会話しているのでしょうか?    私と主人は、日本で出会ったので、その頃から、基本、英語で会話していました。 そして、その後、アフリカに転勤になり、私がフランス語の勉強を始めてからは、フランス語も少しずつ混ざるようになりました。  そして、娘が生まれてからは、さらに複雑になり、娘は私とは、日本語、パパとは、フランス語、主人と私は、英語。基本、娘は、フランスの学校に行っているので、フランス語は良しとして、娘の日本語、英語の習得を基本に考えていました。    ですから、5〜6才の頃からは、私と主人の英語での会話にも、娘はフランス語で参加する...

2019年6月25日火曜日

フランス語力ほぼゼロだった私のフランス人外交官の夫とのアフリカ生活 

 フランス人の外交官とアフリカのプール付きのアパートで、フランス語でボーイさんを使う生活? なんだか現実感がわかなくて、想像もつかない!?。私がアフリカに行ったばかりの頃、友人からの手紙に書いてありました。(外交官といっても、財務省からの派遣外交官)  確かに、その言葉面からは、なんだか、一瞬、優雅な響きに感じられるかもしれませんが、実際は、とんでもありません。  何といっても、私にとっては、初めてのアフリカ。私たちの生活していたコートジボアールのアビジャンという街は、西アフリカの中心のようなところで、アフリカのパリなどと呼ばれています。  しかし、パリはパリでもアフリカのとい...

2019年6月24日月曜日

子供が生まれて思ったことーアフリカでの出産 

 母は、私に常々、言っていました。一度は、子育てを経験した方がいいわよ・・と。  子供を持つことで、自分の中の欠落している部分が少しずつ埋まり、今まで知らなかった世界が広がるから・・違う視点でものごとを見ることができるようになるから・・と。  その母の言葉は、常に私の中のどこかにいつも潜んでいました。  私が、子供を産むなら、これくらいまでかな?と思っていた年齢に出会ったのが、主人でした。それは、私にとっての大きな人生の転機でした。  そして、私が、子供を出産したのは、よりにもよって、主人の転勤に付いて行った先、アフリカでのことでした。  分娩台の上で、あまりにも痛くて、...