2019年7月28日日曜日

ヌーベル・キュイジーヌが嫌いなフランス人の夫




 以前、主人がアメリカのものが嫌いという話を書きましたが、嫌いなのは、アメリカのものだけではありません。

 主人が嫌いなものの一つに、いわゆる、「ヌーベル・キュイジーヌ」 というものがあります。フランス料理の好きなフランス人がなぜ?と、私は、思うのです。

 ヌーベル・キュイジーヌと言うのは、フランス語で直訳するなら、「新しい料理」のことで、いわゆる、ちょっと小洒落たような、現代的で、洗練された、軽くて、繊細なスタイルのフランス料理で、まあ、近代的な、新しい材料やスパイスを使って、見た目にも、彩りよく、美しく、新しいエッセンスで、どこか、日本の懐石料理に似たようなテイストが含まれているものと私は、解釈しています。

 しかし、主人に言わせてみれば、” お〜きなお皿に、ちょこっとだけお料理がのっていて、お皿の空間にソースで絵を描いてごまかしている料理 ” という、身も蓋もない、なんともデリカシーのない表現をします。

 あんな料理は、本当のフランス料理ではない!ナンセンスだ!”と言うのです。
まったく、彼のことは、知れば知るほど、古くさいフランス人なのだと思い知らされるのです。

 彼の言う、フランス料理は、ひとつひとつのポーションがしっかりとあり、伝統的な作り方をしているお料理で、レストランのテーブルクロスは、白。ナイフとフォークは銀。
あくまでも古典的なものがお好みなのでした。(ちなみに彼の大好物は、coq au vin という雄鶏の赤ワイン煮です)

 でも、それは、考えてみれば、彼が嫌いなのは、「ヌーベル」(新しい)なのであって、それは、なにも、「キュイジーヌ」だけに限ったことではなく、つまりは、古い、伝統的なものが好きなのです。

 本にしても、重たいハードカバーのついた、私からすれば、百科事典のような本が好きで、本の裏表紙には、必ず、日付と自分のサインを記入します。娘に本を買ってあげたりしても、これまた、ご丁寧にパパから娘へなどと書き入れてしまいます。

 手紙も自分のお気に入りの万年筆で手書きするのが好きだったり、きっちりと正装して出かけるのが好きだったり、子供にも小さい時から学校へ行くのにも必ず革靴を履かせることにこだわったり、(運動靴、スポーツシューズはスポーツをするときに履くものだと言い張ります)、骨董市のようなものを丹念に見て回ったり。

 こうして書いていると、どこのおじいさんの話?と思うほどです。

 何よりも食いしん坊ゆえの、「ヌーベル・キュイジーヌ」嫌いも、元を正せば、古いもの、伝統的なものが好きな、古典的なフランス人ということなのかもしれません。

 


































2019年7月27日土曜日

フランス人のビックリする日本食の食べ方

今、パリでは、お寿司は、日本食ブームを通り越して、かなり浸透、定着してきた感もあり、今や、どこのスーパーに行っても置いてあるようになりました。

 まあ、お寿司と言っても、フランス人好みにアレンジされているものが多く、サーモンやアボカドを使ったもの等が多く、中には、フランス人が苦手とする、海苔を使わない海苔巻き風のものなどもあります。
 
 そのクウォリティーと値段に関して(つまりコスパ)は、日本人の私としては、甚だ疑問ではあり、バカバカしいなあ・・とクビをかしげる私の思いをよそに、これがまた、結構、売れているのであります。

 パリには、中国人経営の日本食チェーン店がたくさんあり、また、おおよそ日本人からすると、おかしなメニューが並んでいます。お寿司はもちろん、焼き鳥、天ぷら、そして、餃子や唐揚げまでが、おいてあります。

 そして、その組み合わせや、それぞれのお料理も、なんとも奇妙です。

 例えば、にぎり寿司のセットにご飯が付いてきたり、天ぷら、と書いてあるのに、エビフライの写真が載っていたり、その天ぷらを頼むとマヨネーズが付いてきたりします。

 その類のお店には、お醤油が二種類、置いてあり、一つは普通のお醤油、もう一つは焼き鳥のタレを薄めたような、甘いお醤油です。

 例えば、にぎり寿司セットにサラダ、お味噌汁、にぎり寿司、ご飯、が付いて来れば、フランス人は、その一つ一つを順々に平らげていきます。サラダを食べながら、お寿司を食べる・・というような食べ方はしないのです。

 そして、サラダ、お味噌汁、にぎり寿司を食べ終わった後に、白いご飯に甘いお醤油をかけて、ご飯だけを食べるのです。

 ある時、近くにいたフランス人の様子を見ていると、お寿司を食べるのに、甘いお醤油を手に取ったので、側で見ていて、” あ〜違う!違う!” と思ったのですが、見知らぬ人に声もかけづらく、まあ、一つ食べたら、気がつくだろうと思っていたら、なんと、二つ目のお寿司にも甘いお醤油をかけるのです。

 これには、驚きました。
お寿司に甘いタレをかけて食べるとは!? アナゴじゃあるまいし・・。
 
 全ての人がそうするわけではありませんが、この甘いお醤油、キッコーマンでは、ヨーロッパで、大変な売れ行きなのだそうです。

 また、ラーメン屋さんでも、音を立てて食べることがタブーな国なので、フランス人はラーメンをすするということをしません。というより、麺をすするということができないのです。中には、わざわざ、並ぶほどに混んでいるラーメン屋さんに来て、ラーメンを注文し、” 麺なしでお願いします。" という人もいるそうで、フランス人は、ラーメンをスープだと思っている節もあります。

 また、主人の友人を家に招いた時に、お料理の中の一品として、海苔巻きを出したところ、フォークとナイフで器用に海苔を剥がして食べ始めたのにもビックリしました。
わざわざ剥がすなら、無理して食べなくてもいいのに・・と思ってしまいましたが、これがまた、結構、海苔が苦手なフランス人は多く、体質的に海苔を消化できないという話を聞いたこともあります。

 日本に外国から入ってきている食べ物にも、おそらく、本来のモノとは、まるで、違った食べ方や、違う姿に様変わりしているものも沢山あるでしょう。

 カレーなどは、その最たるもので、日本のカレーは今や、日本食ともいえるような堂々とした地位を築いています。

 フランスに浸透し始めた日本食もいつの日か、まるで、違った姿になっていることもあり得るのかもしれません。

 







 





2019年7月26日金曜日

海外にいるからこそ、日本語を大切にするということ




 私は、本が好きで、どこへ行くにも、本を持って歩いています。
 もちろん、日本語の本です。

 私は、日本語というのは、とても美しい言語だと思っていますし、とても誇りに思っています。日本語ならではの美しい表現や、言葉の使い方などが、とても好きなのです。

 特に、パリでは、交通機関が当てにならないため、仕事の時は、もちろん、ランデブー(アポ)があったりする時も、時間に遅れないように、かなり、早めに家を出て、幸いにも交通機関に支障がなく、早く着いてしまった場合には、本を読んで過ごします。

 私が海外で初めて暮らしたのは、ロンドンでしたが、思っていたよりも、スムーズに英語が伝わらず、イギリス英語ならではの、単語や言い回しなどに苦戦していた頃、英語が出来るだけ、早く上達するようにと、一切、日本語をシャットアウトしていたこともありました。

 あんな風に頑なに頑張っていた頃の自分は、それはそれで、愛おしいような気持ちにもなります。

 しかし、海外生活も長くなってくると、やはり、どうしようもなく、日本語が恋しくなることもあります。

 アフリカにいた頃などは、ネットも繋がらず、日本語を使う機会もほとんどなく、持って行った本も少しだけで、ついには、主人が持っていたNHKの日本語講座のドラマ仕立てになっているビデオを見たりすることもありました。(笑)

 娘が生まれてからは、娘に日本語を教えようと、必死で、娘とは、日本語のみで過ごすようになりました。私と娘の会話は、100%、日本語です。

 甲斐あって、娘は、バイリンガルになりましたが、フランスで育った娘の母国語は、フランス語です。バイリンガルに育てる時に、注意しなければいけないことは、やはり、どちらかに重心をおいた母国語をしっかり持たせなければならないということです。

 そのどちらかの軸足がしっかりしていないと、その子のアイデンティティーがぐらついてしまうからです。

 それと同じように、私は、海外、どんな国にいても、日本語を大切にしていたいのです。それは、娘をバイリンガルに育てた時に大切に思ってきたように、自分自身のアイデンティティーを守り、保つことでもあるからです。

 また、皮肉なもので、海外にいるからこそ、自分が日本人であるという自覚がはっきりしてくるものです。

 私は、日本人で、日本語を母国語として育ちました。

 英語やフランス語も多少はできるようになり、今までよりも多くの人と関われるようになりました。そして、イギリスやアフリカ、フランスで暮らしてきて、日本にだけ住んでいた頃とは違う考え方や感じ方もできるようになりました。

 しかし、私のアイデンティティーを育ててきたのは、日本語を軸としたものなのです。

 幸い、今では、ネットで世界中の人たちと繋がれるようになり、世界中の色々なものを見たり、感じたりしている人たちと、色々なことを日本語で共有できるようになりました。

 なんと、素晴らしいことではありませんか?



 












2019年7月25日木曜日

フランス人はとうもろこしをブタのえさだと思っている




 フランスには、コーンスープというものがありません。

 そもそも、とうもろこしというものをフランス人は、あまり食べないのです。
コーンを食べるといったら、サラダに散らしてある缶詰のコーンくらいなものです。

 ですから、スーパーマーケットにも、とうもろこしは、たまに、しおれたようなものは置いてありますが、あまり、華々しい場所に置かれていることはありません。

  フランスにおけるとうもろこしの地位は、極端に低いのです。

 ですから、缶詰のコーンもホールコーンは売っていても、クリームコーンは売っていません。ですから、私は、時々、コーンスープが恋しくなって、ホールコーンの缶詰を買ってきて、自分でミキサーにかけて、コーンスープを作ります。

 玉ねぎのみじん切りとベーコンを細かく切って、ちょっと胡椒を振って、炒めて、ミキサーで潰したコーンを入れて、ミルクを入れて、ブイヨンキューブを入れて出来上がりです。

 これは、我が家の母から直伝の、私のご自慢のコーンスープです。
 クリームスープではありませんが、帰って、ザクザクした玉ねぎや潰しきれていないコーンが美味しいのです。
 よかったら、お試しください。とても、簡単で美味しいです。

 主人曰く、とうもろこしは、フランスでは、主に、豚のエサ用に栽培されているもので、あまり、人間は、食べないのだとか・・。

 かく言う主人は、珍しいことに、フランス人が食べない、コーンスープが大好きで、これは、日本に住んでいた時の名残りだと言います。

 アメリカのものは、嫌いなくせに、日本のものは大好きなのです。しかし、そもそも今、日本にあるコーンスープは、アメリカから来たものを改良して作られたものだと思うのですが、彼は、そこは、勝手にスルーしています。

 私たちが日本に行くときも、必ず、コーンスープを買ってきて!と頼まれます。

 フランス人もスープは、簡単だし、好きで、よく食べるので、スーパーなどのスープ売り場には、たくさんの種類の液体、粉末、冷凍のスープがたくさん売られています。
 シャンピニオン(マッシュルームやセップ茸など色々)、ポアロ、トマト、アスパラ、野菜のミックス、オニオン、かぼちゃ、などなど種類もなかなか、豊富です。

 しかし、コーンスープはないのです。

 日本人は、カップスープ、インスタントスープをよく飲まれると思いますが、おそらく、一番人気は、コーンスープでしょう。そのコーンスープがないのは、私には、なんとも解せないのです。

 何しろ、私は、大のとうもろこし好きで、3食、とうもろこしでもいいくらい、とうもろこしが好きなのです。

 ですから、夏の間は、わざわざ、アジア系の食材を置いているスーパーまで、とうもろこしを買いに行きます。

 実際に、コーンスープを食べてみれば、絶対、フランス人も好きになってくれると思うのですが、どこかの食品メーカーの方、フランスで、コーンスープを売り出してもらえないでしょうか?











2019年7月24日水曜日

オランウータンと友達になったフランス人




 まだ、娘が小さい頃、一度、ヴァンセンヌの動物園に行って、象の前で、娘に、
” Il est plus gros que toi !! " (パパより、デブだ!!)と大声で叫ばれて以来、夫は、動物園に行くのを避けていました。

 しかし、たまたま、行った、オーステルリッツにある、JARDIN DES PLANTS (植物園)に行った時に、偶然、動物園が併設されているのを見つけ、ひょんなことから、動物園をのぞいてみることになったのです。

 植物園の中の動物園ですから、大したことはないとタカをくくっていたのですが、意外にも、結構、ちゃんとしたもので、私たちは、楽しく動物を見物して回っていました。

 その一つに、オランウータンの檻がありました。

 ちょうど、お昼どきに近かったので、バカな私たち親子3人は、一生懸命にオランウータンに、” お昼、食べた? " とか、” お腹すいてないの? " とか、つぼめた手を口にあてて、”ご・は・ん・・・ご・は・ん・・食べたの?” と必死になって、三人三様、バラバラに話しかけていました。

 考えてみれば、オランウータンからしてみても、実に、マヌケな親子に映ったことでしょう。「こんな、人間、見たことない・・へんな奴らがやって来た・・」と。

 すると、その中のWATANA(ワタナ)という名前のメスのオランウータンが、夫に興味を持ったのか? もしくは、つぼめた手を口にあてたりしているので、私たちの方がお腹がすいているとでも思われたのか? 小さな木のかけらを檻の向こう側から夫に向けて、ポーンと投げて寄越したのです。

 感激した主人は、" Merci ! Merci ! " (ありがとう)と、オランウータンに何度も感謝の気持ちを伝えていました。すると、びっくりしている私と娘をよそに、オランウータンは、夫に次のモーションをかけてきたのです。

 自分が普段、持っていると思われる、長いボロ切れのような布を柵の上から、夫の前に垂らし、夫と二人(!?)で、布を引っ張ったり、離したりして、遊び始めたのです。

 これには、周りにいた、動物園を訪れている人もビックリで、中には、ビデオを撮り始める人までいました。

 残念ながら、私たちは、カメラも何も持っていなかったので、ワタナと夫との記念写真を撮ることはできませんでしたが、意外なハプニングに、十二分に楽しめた日曜日の午後のひとときでした。

 しかし、それにしても、ワタナがなぜ、夫を気に入ったのか? 
大きさが同じくらいだから、仲間だと思ったのか? 

 それとも、動物的な感で、この人は、自分と遊んでくれる人だと思って気に入ったのか?

 はたまた、彼がオスとしての魅力を放っていたのか?(笑) 

 だとしたら、もしかして、私は、ワタナと趣味が一緒ってことなのかしら?

 






















2019年7月23日火曜日

日本語で言いたい放題、言ってしまう悪い癖


  

 パリにいると、私は、娘と二人で外を歩いていても、日本語で話していると、周りの人には、通じないために、言いたい放題、言ってしまう悪い癖がついてしまっています。

 普通なら、心の中で、こっそりとつぶやくようなことを・・。

 買い物などに出かけても、” なにこれ〜!?あり得ないでしょ!!" とか、” これ、もう、腐ってるじゃない!? これもう、売り物じゃないし・・” とか・・。
(その暴言を吐かせるネタがパリにはあちこちに転がっています)

 私たちの暴言は、もはや、自分たちが公共の場にいる自覚がない、本来なら、人目を憚るようなことを平気で言ってしまっているのです。

 だから、日本に行くときは、正確には、日本行きの飛行機の中から、注意するように心がけています。飛行機の中には、すでに、日本人もいるし、外人でも、日本語がわかる人が多く乗っているからです。

 いつもの癖で、つい、口をついて出てしまいそうになるたびに、お互いに、”ほらほら!!ダメダメ!もう、ここからは、日本語がわかる人がいっぱいいるんだから、気をつけないと・・!” と、戒めあうことになります。

 しかし、先日、パリのメトロの中で、箱型の四人がけの席に座ると、すぐ、近くには、音楽を大音量で、演奏して、お金を集めて回る一団がいたのです。あまりの大音量に、” うるさいなあ・・頭がガンガンする!!”と言って、思わず耳をふさいだのです。

 すると、前に座っていた、アジア系の女性が私の耳を塞ぐしぐさからか、同調してくれるが如く、顔をしかめて、私に目配せをしてくれたのです。私も半分、困ったような顔をして、その女性に頷きました。
 心の中で、” ほんと、うるさすぎますよね〜” と言いながら・・。

 そして、何駅かが過ぎて、その楽隊の一団は降りていきましたが、その後も私と娘は、まだ、夢中になって、おしゃべりを続けていました。何を話していたかは、あまり、覚えていないのですが、例によって、パリの中ですから、自覚なしに言いたい放題だったに違いありません。

 すると、また、何駅か過ぎて、向かいに座っていたアジア系の女性が、” じゃ、お先に・・” といって、立ち上がったのです。私が、驚いて、” 日本人の方だったんですか?” と言うと、その方は、なぜか、ニッコリ笑って、” はい、3区に住んでます。” といって、降りていきました。(なぜ?3区に住んでいると言ったのかは、不明ですが・・)

 ・・・と言うことは、これまでの会話は、全部、彼女に聞かれていたと言うことです。特別なことを話していたわけではないと思うのですが、何ともバツの悪い思いをしました。まあ、その女性にしたって、何も、” 私も日本人です。"といちいち申告する必要もないし、それもまた、不自然です。

 しかし、これからは、パリの中でも、気を引き締めて、おしゃべりには、気をつけなくては・・と改めて、思わされた次第です。




















2019年7月22日月曜日

子供に自分で考えることを学ばせるためにすること。




 私は、娘に、” 勉強しなさい!" と言ったことは、ありません。

 日本語に関しては、熱心に教えたつもりですが、これでさえ、" 日本語の勉強をしなさい!” とは、言いませんでした。ただ、” 日本語のできない子は、日本に連れて行きません。” とだけ、言いました。

 学校の勉強に関しては、まあ、学校を追い出されない範囲であれば、別にいいよ!と言ってきました。だから、学校の成績に関しても、あまり、気にしていませんでした。
ましてや、他の子と比べるなどは、もってのほかです。

 私は、他人の子供の成績に興味はありませんし、その興味のない子供の成績と比べてどうこういう趣味もありませんでした。しかし、フランスでも、結構、他人の子供の成績が気になる親が結構いるもので、娘の学校の成績の順位を他のお母さんから聞くこともしばしばでしたが、個人主義に見えるフランスで、結構、意外な気もしました。

 だいたい、私は、子供を他の子と比べるということは、一番いけないことだと思っています。その子は、その子なりに良いところもあり、悪いところもあり、子供は、それぞれに違う個性を持っているのです。

 それを通り一遍の基準で、比べるなどもってのほか、ある一面だけで、いちいち、人と比べても、それは、不必要に子供を混乱させるだけで、何の意味もありません。

 勉強さえできれば、将来、安泰なわけでも、幸せになれるわけでもありません。
勉強が好きで、得意な子はその能力を伸ばせばいいし、それ以外のことが好きで得意な子は、そちらの方を大事に育てたほうが良いと思うのです。

 もともと、別の個性を持った子供を比べるのは、意味がありません。

 それよりも大切なことは、自分自身で、大切なものを見極め、自分自身でものごとを考えることができるようになることです。

 生きていれば、その場面、場面で、色々な人に出会います。
 そして、世間の人は、色々なことを言うこともあるでしょう。

 自分の考えをしっかり持って、それを貫く強さと信念を持って、進んでいければ、きっと子供はしっかりと自分の道を歩んでいけます。
 
 結果的にうまくいけば、世間なんて、調子のいいもので、まるで、過去に非難めいたことを言っていた人たちも、まるで、そんなことを忘れたかのように、同調していきます。

 一時の世間の風当たりなど、自分自身の信念がしっかりしていれば、何と言うことはありません。世間の目は、それくらい、いい加減なものなのです。

 そして、当たり前のことを当たり前と思わないことを気付かせること。
 そして、それに感謝ができる気持ちを持てるようになること。

 当たり前のことなど、一つもないのです。

 当たり前のことを当たり前と思っていては、感謝の気持ちは生まれないし、幸せを感じることはできません。

 能動的に自分自身で考えるようになること。

 それには、勉強しなさいとか、〇〇をしなさい、とできるだけ言わないことです。

 自ずと子供は、自分で考えるようになります。